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ユエ視点 黒き幼竜と現在と過去とメンチカツ 5

 外は夕日で茜色に染まりはじめ、水鳥達が居心地のいい寝床を探して、空を飛び回っている。

 風が段々と冷たくなってきたこの頃は、夕方にもなると扉を閉め切って温まりたい衝動に駆られる。

 だけど、今いるのは領主の館の厨房。

 轟々と火が燃え盛る竈が幾つもあるそこは、熱気に溢れていて、正直言って息苦しいくらいだ。


 沢山の竈が並び、みたこともないような調理器具が備え付けられ、皿や鍋が並んでいるこの場所は、本来ならば料理人たちが忙しく働いている場所なのだろう。

 けれども、今日この厨房を占領しているのは僕たち四人。

 そう、今日の夕飯をこの場所で一緒に作ることになったのだ。


 僕たちは風の神殿から戻って、市場でお腹いっぱいいろんなものを食べた後、皆でレイクハルトのあちこちを見て回ったんだ。

 港に行って船を眺めたり、湖のほとりで冷たい水に足を浸してみたり、街にある店を覗いたり。止めるカインを振り切って、ひよりとふたりで領主の館の天辺の屋根の上に登って街を見渡したりもしたね。……そのあと、色んな人に怒られたけど。

 目一杯遊んで、食べて、観光して――気がつくと、夕方だった。

 すると、ひよりは夕飯はおねえちゃんのご飯がいい! とウキウキで領主の館に戻り、部屋に居た茜にご飯を要求したのだ。


 どうやら茜はあの神殿から戻った後、部屋でお酒を飲んでいたようなんだけど、僕達が部屋を訪ねると、何故か赤くなったり、青くなったりして挙動不審な動きをしていた。まあ、結局は料理を請け負ってくれたんだけど。

 ……なにかあったんだろうか。


 まあ、茜が変なのなんていつものことだからいいんだけど、問題がひとつ発生した。茜が料理の支度を始めようとしたとき、ひよりが僕を巻き込んで料理の手伝いをすると騒ぎ出したのだ。



「いつもおねえちゃんにばっかり作ってもらって、申し訳ないと思ってたんだよね!

 今日は私も手伝うから……任せておいて!」

「カイン王子やセシルくんと一緒に、待っていてもいいんだよ?」

「いやいや、私も料理が出来るようにならなくちゃって思ってたんだよね〜だから、手伝わせて? ね?」

「う、うん……」



 張り切っているひよりをみて、何故か茜は顔を引き攣らせている。

 僕は気になって、こっそり茜を厨房のすみっこに呼び出すと、事情を聞いてみた。



「ひよりは、お菓子づくりは上手いんですよ。

 だけど、料理になると何故かとっっっっっっても大雑把になるんですよね。お菓子づくりのときは、びっくりするほどきっちり分量を計ってやるのに、料理となると……。

 何故か目分量が母の味! とか言い張って、無駄にしょっぱい料理か、嫌になるほど甘い料理を作り出すんですよ。それに、母のアレンジャー……いや、魔改造好きの遺伝子を若干受け継いでいるんですよねえ」

「魔改造ってなに……料理の話だよね?」

「恐ろしいことに料理の話ですよ」



 魔改造――その言葉を聞いて、ひよりが一見普通な料理を、へんてこなおばけみたいなものに作り変える様子を想像してしまって……ぞっとした。



「そ、それは大変だね……」

「だから、ユエ。出来れば、ひよりが変なことをしないか見張っていてくれますか?」

「まあいいけどさ……ところで、茜」

「なんですか?」



 僕は忙しそうに手を動かしている茜を見た。

 茜は何故か、話をしながら僕の髪の毛を一生懸命三つ編みにしていた。



「……なにをしているの?」

「髪が長いと、料理の邪魔ですからねー……あ、動かないで」

「う、うん」

「おねえちゃん! なにやってるの! ずるい、私もやる!」



 その後、僕は茜とひよりに髪の毛を編み込まれ、三つ編みをぐるぐるに纏めてお団子にされた。


 ……なんだか、複雑な気分なんだけど。


 きゃあきゃあ煩いふたりの声を聞きながら、されるがままぼうっとしていると、ジェイドと目が合った。

 するとジェイドが哀れみを帯びた視線を向けてきたので、なんだかカチンと来た。

 だから、僕は近くにあったボウルを思い切りジェイドへ投げつけてやった。ボウルは見事ジェイドの顎に当たったけれど、跳ね返って壁にぶつかり、そこに置いてあった色々な調味料が床に散らばってしまった。

 ……その後、ジェイドとふたりで茜に滅茶苦茶怒られた。

 ジェイドは納得出来ないような顔で叱られていたけどね。

 ざまあみろー。



「ふふふ、腕がなるわ……」

「ひよりは、私の指示をきちんときいて、余計なことをしないこと」



 妙に張り切っているひよりに、茜が指を突きつけてそう言った。

 だけど、浮かれているひよりの耳には届かなかったようだ。



「いやあ、久しぶりに私の本気を見せる時が来たね……!」

「見せなくていいよ……」



 茜はため息を吐くと、ひよりを説得するのを諦めたのか、今度は僕に向き直って言った。



「ユエは、ひよりの見張りです。大量投入、魔改造を阻止してください」

「なにそれ」

「ジェイドさんもよろしくお願いします」

「ああ」



 ……仕方ない。手伝ってやろう。

 僕は古の森で料理を手伝った時に貰ったエプロンを身に着けた。

 すると、何故かひよりが壁を力いっぱい叩き出した。

 ジェイドもあからさまに顔を逸し、僕を見ないようにしている。

 茜だけは、いつもどおり(・・・・・・)にこにこしていたのだけれど、エプロンをした途端、茜以外のふたりが変な反応をしたものだから、僕はなんだか不安になった。



「……もしかして、似合ってない? 変?」

「いえ、とっっっっっても可愛いですよ、ユエ」

「可愛いって……それは、雄に言う言葉なの?」

「ええ、人間のあいだではよくあることですよ、ねえ。ひより」

「………………うん! に、似合ってる……ッ!!! 可愛い……! 妹みたい」

「妹?」



 意味がわからずに、茜のほうをみるとそっと目を逸らされた。

 ……なにかおかしい。

 僕が更に追求しようとすると、茜が両手をぱん! と打ち付けて、皆に声をかけた。

 なんだか誤魔化されている気がする。



「さあ! 今日はメンチカツですよ! キャベツたっぷりのキャベツメンチと、お肉たっぷりのメンチカツと両方作りますからね! 後はお味噌汁に、キャベツの千切り! 浅漬けとご飯! 各自、指示したとおりにお願いします!」

「もしもし?」

「はーい! 私はメンチカツねー」

「俺は、味噌汁と浅漬け。あとはご飯だね。わかったよ」

「私は総括ですから、なんでも聞いてくださいね」

「おーい」

「では……はじめましょう!」

「「おう!」」



 威勢のいい声が厨房に響き渡って、みんな一斉に調理をはじめた。

 ……やっぱり、何か誤魔化してるよね?



 まるいつやつやしたキャベツを取り出した茜は、『菜切り包丁』という薄い刃をした長方形の刃物で手際よくザクザクと切りはじめた。


 ――おお! 凄い……!


 キャベツが茜が包丁を振るう度に細く長く刻まれて、ふわりとまな板の上に落ちる。

 あっという間に、丸いキャベツがふわっふわの()みたいになった。

 まるで魔法のように勢い良く『千切りキャベツ』が量産されていく姿に、僕は思わず見惚れてしまった。



「……凄いね! あっという間に山盛りだ!」

「ありがとうございます。慣れれば誰でも出来ますよ。私は正直言って、器用な方じゃないですからね」

「そうなの? でも凄いねえ!」



 僕が茜を見上げて正直な感想を言うと、何故か頬を染めた茜が僕の肩に手を置いて興奮気味に言った。



「……もっと、褒めてもいいですよ……!」

「な、なに? 怖ッ」

「是非、上目遣いで。……さあ! さあ!」

「茜。落ち着こうか」



 なんとも絶妙なタイミングでジェイドが割り込んできてくれて、茜は正気に戻ったのかはっと顔を上げた。



「すみません。……ジェイドさん……もう、ユエが……ッ、ユエが……ッ」

「駄目だよ、新しい扉はしっかりと閉めておきなさい」



 わっと両手で顔を覆ってしまった茜を、ジェイドが慰めはじめた。

 ……一体何なんだ。料理しようよ。


 僕はふたりを放っておいて、一生懸命ボウルに向かって何かをしているひよりに近寄った。

 そういえば、僕の役目はひよりの見張り。仕事を忘れそうだった、危ない危ない。



「ふん、ふん、ふん〜」



 ひよりは機嫌が良さそうに、茜に指示された行程をこなしていた。

 今はボウルに粗挽きの豚肉を入れ、それを塩で練っているようだ。



「それ、お肉?」

「そうだよ〜。これをね、塩を入れてこうやって……! うっすら白くなるまで捏ねるの。指をちょっと開いて、ぐわーっと! お肉が温まらないように手早くね」



 ボウルの中の肉は、確かにうっすらと白くなって粘り気を帯びている。

 ひより曰く、『メンチカツ』は『ハンバーグ』と中身はあまり変わらないらしい。

『ハンバーグ』というのは食べたことはないけれど、同じような肉を捏ねる料理だという。



「生地にウスターソースを混ぜて、濃いめの味付けにしてもいいんだけどね。

 うち……というより、私はたっぷりソースとからしをつけて食べたいから、中身は基本的にはハンバーグと一緒なんだよ。揚げる時にちょっとしたコツがいるんだよねえ。

 それさえ上手くいけば……お家で食べる揚げたてのメンチカツは……正直やばいよ。白飯ならいくらでもイケるくらいね」

「へえ……楽しみ。このあいだ食べたシチューも美味しかったから、期待してる」

「シチュー! うわあ、私も食べたかったそれ!」



 ひよりはそんな話をしながら、しんなりするまで炒めた玉ねぎ、卵、牛乳でふやかした『お麩』を砕いたもの、あとは赤い『ナツメグ』とかいうスパイス。それと――。



「ひより。それは、茜はひとつまみでいいって言ってた。少々だよ、少々」

「えええ、こう高く手を掲げてぱらぱらーっとやったほうがかっこいいじゃない」

「いや、そういう問題じゃないから。それにその量だと、ぱらぱらにならない。どさどさってなるよ」



 ひよりが、鷲掴みにしたコショウをボウルにぶち込もうとしたので寸前で止めた。



「……ユエは、おねえちゃんの回し者だね!?」

「そうだよ! ひより、僕は美味しいご飯を食べたいよ!」

「むむむ」



 ……危ない! ひより、流れるような仕草でコショウを大量投入しようとしたよ……!!!!

 僕が切なる願いを込めてやめてほしいと頼むと、ひよりは頬を膨らませて、渋々量を減らしてくれた。

 ……セーフ!

 


「ねえ、ひより。そういえば、キャベツいっぱい入れるほうは?」

「それはねえ、こっち」



 ひよりはそういうと、ボウルに入っているキャベツを指差した。

 けれど、なんか変だ。なんだかしんなりしている。



「千切りした後、更に細かく切ったキャベツを塩で揉んでおいて、水分を抜いたやつね。

 それをぎゅーっと思いっきり水を絞る!」



 ひよりはザルにそのキャベツを移すと、思い切りそれを手で絞った。

 するととんでもない量の水が出てきて、びっくりしてしまった。



「塩で水が出るんだ。凄いね!」

「浸透圧っていうのでね、水が出るんだって〜」

「なんでそんなことをするの?」

「これをしないと肉ダネに入れた塩と反応して、タネと混ぜ込んだキャベツからいっぱい水が出てくるんだよ。肉ダネを作ってから直ぐに揚げるんだったら、そのままのキャベツでもいいけどね……今回は量も多いし。順番に揚げているうちに時間が経っちゃいそうだから」



 そこまで言うと、ひよりは何故か遠い目をした。



「一回、なんだか面倒くさくなって、この手間を省いた時があってね。……大丈夫だろうと楽観視してたら、成形前にちょっと目を離した隙に、肉ダネがびしゃびしゃになっていたことがあって。

 もうゆるっゆるで、丸まらなくって……泣きたくなったよね」



 どうやらひよりの実体験らしい。母親と一緒に作った時にそうなったらしく、茜に母親諸共こっぴどく怒られたようだ。

 ……茜、意外と怖い?



「だから、この手間は大事なんだよ。ユエ、わかりましたか!」

「わかりました!」



 ひよりが真剣な面持ちで指を突きつけてきたので、僕も背筋を伸ばしてそれに応えた。



「ひより、ユエ。進み具合はどう?」

「うん、いい感じだよ〜一緒にやろう」

「そうだね」



 茜たちはお味噌汁やご飯の仕込みは終わったらしい。

 ここからは茜とジェイドも一緒に作業を進めていくことにした。

 キャベツメンチの肉ダネも、作り方はあまりお肉たっぷりのメンチカツと変わらない。

 よく練った豚の挽肉と同量(!)のキャベツを混ぜ合わせて、塩、こしょう、卵、『お麩』、『ナツメグ』。これをしっかり混ぜていった。



「お肉よりキャベツのほうが多く見えるよ……?」

「ふふふ、キャベツはたっぷりのほうが美味しいんですよ。ユエ」



 茜はにっこり笑って、それらを手早く混ぜ合わせた。

 ピンク色だったお肉に、緑のキャベツが混じり合って、なんだかよくわからない色になった。

 ……これがどうやって『メンチカツ』とやらになるんだろう。

 でもきっと美味しいんだろうな!

 茜のご飯はなんだか食べるとほっとするんだよなあ。

 僕はこっそりひとりで笑って、期待を込めてボウルのなかの肉ダネを眺めた。


 そのあとは皆と一緒に肉ダネを一緒に成形した。

 ねっとりしている生地は、かなり柔らかめ。うっかりすると手から零れそうになる。それをお肉たっぷりのメンチカツの方は『俵型』、キャベツメンチの方は小さめの丸型にしていった。



「おお! ユエ、上手!」

「うん、そうですねー。手が小さいのに、綺麗に纏まってる」

「ほんとう? ジェイドより?」

「こら、調子に乗るな」



 成形した肉ダネにはしっかりと小麦粉を纏わせる。

 ぱん、ぱん! と粉をはたき落として、満遍なく。そうしたら、丸い肉ダネがうっすら白化粧をしたみたいになった。



「なあ、茜。揚げ物をするときは、卵と小麦粉を混ぜておくときもあるだろ?

 今日はそうはしないのかい?」

「メンチカツは肉汁が外に溢れやすいんですよ。だから、しっかりと小麦粉でコーティングしないと、爆発しちゃうんです」

「はい! 茜! 僕、爆発をみてみたい!」

「却下!」



 小麦粉をつけたら、よく溶いた卵をとろりと纏わせる。そしてパン粉をつけたら、漸く一段落。

 そしたら、とうとう油の中に投入だ!

 しっかりと温めた油に、パン粉を少しだけ落として、それがしゅわしゅわと軽快な音を上げて浮かんできたら、ちょうどいい頃合い。


 メンチカツを油の中にそっと入れる。

 中身が柔らかいメンチカツは、触るだけで変形しそうなほどだ。だからそうっとそうっと優しく入れた。


 ――じゅ、しゅわわわわわわ……。


 途端に細かい気泡が上がってきた。

 ゆらゆらと油のなかで泳ぐメンチに、ひよりが菜箸で触れようとしたら茜がすぐに止めた。



「表面が固まるまで触っちゃ駄目だよ、ひより。崩れちゃう」

「あ。おねえちゃん、ごめん」

「そうなの? 茜」

「そうなんですよ。ユエ。柔らかいですからね。固まるまでひっくり返すのは我慢です」

「へえ、そうなんだ?」

「ちょっとした工夫で、随分美味しくなるんですよ。メンチカツを揚げる時は、はじめはゆっくり低温で揚げて、色はきつね色の手前くらいで止めておくんです。

 メンチカツは、火の通りが遅いですからね。一旦油から上げて、予熱で火を通す為に暫く放置。食べる直前くらいに高温の油で二度揚げして、色をきつね色にする感じです。

 そうすると、中までしっかり火が通って、サクサクなメンチカツになるんですよ」

「ふうん……」



 油の中でしゅわしゅわ泡を発しているメンチカツは、うっすら黄金色に変わってきた。

 そうしたら、それを網の上に上げて暫く置いておく。

 メンチカツは油から上がっても尚、しゅわしゅわと軽い音をさせていた。


 それを横目に見ながら、残りの仕上げだ。

 お味噌汁はほうれん草の味噌汁。味噌を溶いた後の出汁に、ざく切りのほうれん草をたっぷりと入れた。

 浅漬けは大根の薄切りを塩で揉んだ後に、大葉の千切りを和えたものだ。

 

 平皿にはたっぷりと千切りキャベツを盛った。くし切りのトマトも添えて――。

 茜がもう一度揚げてくれたメンチカツを、そこに乗せれば完成!



「……うわあ、美味しそう!」



 ご飯も炊きたて。つやつや真っ白で、ほんわか湯気を上げているご飯が僕を誘っている。

 ……うう、早く食べたい!



「じゃあ、食堂に行って食べましょうか」

「うん、うん! メンチは揚げたてがいいよね〜! 早く行こ!」



 ひよりは僕の手をとると、食堂に向かって早足で歩き出した。

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