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ユエ視点 黒き幼竜と現在と過去とメンチカツ 3

「聖女を喚ばなくてもいいように」……その言葉に僕は思わず息を飲んだ。

 ……ひよりは聖女。異界から喚び出された聖女だ。

 そう、マユと一緒。確か、邪気を唯一祓える存在――それが聖女。

 邪気が異常に増える急増期、増えすぎた穢れを祓う為に喚び出された存在――。


 古の森の棲み家で、茜と長が話していた内容を思い出す。

 長が必要のないことだと斬り捨てていた聖女召喚。「星と共に生き、星と共に死ぬ」という掟から考えると要らないと言っていたもの――けれども、ヒトは急増期を迎える度に聖女を喚び出してきた。

 自分たちの棲み家、生活、命――そしてこの世界を守るため……自分たちでは手に負えなくなった邪気を、彼女たちに祓ってもらうために。


 きっと今までのヒトの長い歴史の中で、色々と試行錯誤をした上で、聖女召喚というものに辿り着いたのだろう。

 それをしなくてもいいように? そんなこと、出来るのだろうか。

 そう簡単にいくものなのだろうか――。


 僕が頭のなかで聖女召喚に関して考えを巡らせていると、ひよりが「びっくりした?」と聞いてきたので頷いた。



「……うん。びっくりした。それに、聖女がいらないように……ってそんなことできるの?」

「さあね。出来るかどうかなんてわからないよ」



 ひよりはそういうと、乙女の像を見上げた。



「私、この世界に来てさ。いろんなところを浄化して回って――いろんなものを見て、いろんな人にあったよ。

 浄化すると、すっごい皆喜んでくれるんだよね。

 何度、涙を流した人にお礼を言われたかな……。それはもう、数え切れないくらい。

 すっごい嬉しかった! 頑張った甲斐があったって、心の底から思った」



 ひよりはその時の事を思い出しているのか、一瞬遠い目をした。

 けれども直ぐに僕の方へと向き直ると、酷く真面目な顔で話を続けた。



「聖女の力って凄いなって、実感した。けどさ、今回の旅で私が一生懸命浄化をしたって、また何百年後には邪気の急増期がやってくるんでしょう? そうしたら、また聖女が喚び出されて――同じことの繰り返し。

 それじゃあ、駄目だと思わない?

 それにね――異世界から誰かを召喚して聖女に……なんて、やっぱり駄目だよ」



 僕は召喚した側であるカインを見た。

 ――こいつはこの話を聞きながら、どんな表情をしているんだろう?

 そんな興味が湧いたからだ。

 きっと申し訳無さそうな、情けない顔をしているんじゃないか――そう思ったんだけど。


 意外なことにカインは背筋を伸ばし、表情を曇らせることもなく真剣な面持ちで話を聞いていた。

 そして、僕の視線に気がつくとこちらに視線を向けて――また(・・)、僕を真っ直ぐ見据えて言ったんだ。



「ああ。私も聖女召喚に関しては、思うところがある。

 誰かを強制的に召喚して、その誰かに世界を救ってもらおうなんて――あってはならないのだ。

 ひよりたちを召喚したのは私だ。その私が、そんなことを言っても正直説得力はないのかもしれないが――……私は、聖女召喚というもの自体、無くなって然るべきだと思う」



 その強い意志が込められた瞳に、僕はドキリとしてしまった。

 竜という強大な相手である僕を恐れずに真っ直ぐ見据えていた――フェルの姿がダブったのだ。


 けれど、僕は直ぐにその考えを振り払った。

 ……こいつが、あのフェルに似ているわけがないじゃないか。

 こんな軟弱な奴。

 僕は、今感じたことを素直に認めたくなくて小さく頭を振ると、ひよりの話に耳を傾けた。



「聖女には邪気を浄化できる力がある。けれど、それに頼りっきりじゃ駄目。

 浄化するだけじゃ問題の解決にならない。

 根本をなんとかしなくっちゃ。この世界の未来のためにも、自分たちでなんとか出来るようにならなくちゃ!

 ……だから、私ね。カインと一緒に色々と調べているんだよ。

 これが私のやりたいこと。でも色々と問題が山積みで、達成できるかわからないから、まだおねえちゃんには内緒だけどね」



 そう言って、ひよりは照れくさそうに笑ったんだ。

 ひよりの話を聞き終わった時、僕は正直言ってかなり驚いていた。

 目の前で笑っているひよりの第一印象は、彼女には悪いけれど、何も考えていないような印象だった。こんなにもこの世界の為に色々と考え、行動に移しているようには見えなかった。


 ……今代の聖女は、色々と考えているんだなあ。マユは……どうだったかな。


 そこまで考えて、僕は顔を顰めた。

 当時のマユが何を考えていたか、ほとんどわからないことに気がついたのだ。

 一緒に過ごしたのはたったの数日間。

 大切だと思っていた。友達だと、そう思っていた筈なのに……彼女のことを何も知らない自分に失望して――同時に、彼女を知る時間を得られなかったことが、なんだか寂しく思えた。




 風の神殿から戻ってきた僕は、竜蓮桃のお陰で一睡もしていないのに元気いっぱいのひよりたちと一緒に、街へと繰り出していた。


 ひよりたちの話によると、今日明日の二日間はお休みらしい。

 元々聖女であるひよりが病で伏せっていたのもあって、旅に同行している騎士たちへ久しぶりに休暇が与えられていたんだそう。まさか、ひよりがこんなにも早く回復するとは誰も思わなかったらしく、旅に同行していた騎士たちは随分と慌てていたようだけれど、決して少ない人数ではないから、そう直ぐには次の街へ出発する準備が出来るはずもない。

 だから、予定どおり今日明日の二日間は休暇とするということが決まった。

 ひよりは出来れば早く次の国へ行きたがったけど、休息も必要だとカインに諭されて渋々了承していた。


 ……自分が元気いっぱいな分だけ、なかなか複雑な気分なのかもしれないね。


 四人連れ立って湖の上に浮かぶ都市を散策する。

 神殿と同じような白い石で造られた街並みは、建物自体古いものが大半で、歴史を感じさせる造りだ。

 そこは古いだけではなく、出窓に鉢植えを飾っている家が多く、行く先々で色とりどりの美しい花々が迎えてくれた。レイクハルトは、街全体がとても色鮮やかなところだった。


 ――ヒトってこういう風に暮らしているんだなあ。


 どこからかパンの焼けるいい匂いがする。

 家々の間には細い縄が貼られていて、そこに掛けられている洗濯物が風にひらひらと靡いていた。

 道を歩いていると、どこかで誰かがおしゃべりしている声がする。

 にゃあ、と姿の見えない猫の鳴き声が降ってくる。

 湖上都市は、小さな島に住宅が密集して建てられているので、そこに住む人々の生活感というのが間近に感じられる場所でもあった。


 竜というのは、普段薄暗い洞窟のなかや、人里離れた森の奥にいるものだ。

 こんなにヒトが沢山住んでいるところなんて、滅多にお目にかかれない。

 茜たちに出会う前は、なるべく避けてきたヒトだけれど、こうして生活を垣間見ると中々面白い。


 ――狭ッ! それにちっちゃい棲み家……こんな箱みたいなものに住むなんて、人間って変なの!


 なんだかワクワクしながら、あちこちひょいひょい覗いていたら、入ってはいけないところに入り込んでしまったらしい。険しい顔をしたヒトに怒鳴られ、慌ててひよりたちの元へと戻ると、カインに勝手な行動はしてはいけないと説教されてしまった。


 ……ぐぬう。偉そうに! なんかむかつく!


 ちょっぴり腹が立ったけれど、珍しいものをたくさん見て気分が良かったから、カインの説教は聞き流すことにした。

 そんな感じで、僕は珍しいヒトの棲み家の光景を、楽しく観察しながら歩いていった。



「ねえ! あそこ……! 市場じゃない!?」



 ひよりがはしゃいだ声を上げている。

 細い路地から湖が一望できる場所まできたとき、湖沿いに市場がたっているのを見つけたのだ。

「折角だし、行こうよ!」というひよりの提案に乗ることにして、皆でそこに行くことにした。


 朝早いこともあって、湖沿いにある市場は沢山のヒトで賑わっていた。

 この国の名産は、湖で採れる魚らしい。店先には沢山の魚が並び、売り子が威勢よく客を呼び込んでいる。

 朝から買い物かご片手に主婦や子供が買い物に来ていて、市場は活気に満ち溢れていた。


 市場の片隅では沢山の屋台が並び、屋台の前には小さなテーブルが設置されていて、みんな思い思いに買い求めた品物をそこで食べていた。



「カイン! これ食べよう〜! 魚の塩焼きだって!」

「ああ、わかったわかった」



 塩を吹いて真っ白になっている魚を、ひよりは今にも涎を垂らしそうな顔で見つめている。

 カインはひよりの姿を眩しそうに眺めて、財布から小銭を取り出して買い与えていた。

 色々なものを食べたいというひよりの希望で、ふたりは一串の魚を半分ずつ食べ、「うまい!」と楽しそうに笑い合っていた。


 僕はセシルが買ってくれた、甘いうずまき状のパンを齧った。

 真っ白な砂糖がたっぷりとまぶされたそのパンは、とても甘い。ひょろひょろ細長い生地を端っこからサクサク食べていると、なんだか栗鼠かなにかになった気分。


 甘いお菓子なんて久しぶりだ。

 僕にとっての甘い味というと、春になると長の背中に成るベリーの甘味。秋頃、森の奥に生えている、魔木(トレント)から収穫できる、真っ赤な林檎。

 けれど、こんなに甘いのはなかなかない。


 その菓子の生地には不思議な溝が入っていて、断面は星型だ。

 ぱくっと齧り付くと、新しい星型。

 ちょっと斜めにぱくっと齧り付くと、歪んだ星型。

 ……なんだか、ちょっぴり楽しい。


 でもちょっと甘すぎるかなあ、なんて思っていたら、セシルが果実を絞ったジュースを持ってきてくれた。

 真っ赤なそのジュースは、ひとくち飲むととっても酸っぱい!

 顎のあたりがきゅーっとするくらいの酸味がして、僕は「むうう!」と思わず唸って、足をバタバタさせた。



「おやまあ。酸っぱすぎましたか。じゃあ、こっちをどうぞ」



 セシルはそう言うと、別の白く濁ったジュースと交換してくれた。

 そのジュースも酸っぱくはあったけれど、ほんのり酸っぱいくらい。どろどろしているそのジュースは、牛の乳に果汁を絞って入れたもののようだった。

 それを飲んでから、うずまきパンを食べると、甘すぎる味が丁度良く感じるからなんとも不思議!


 なんでだろうなあと思いながら、まじまじと手元のうずまきパンを見ていると、セシルが「美味しいですか?」と聞いてきたので頷いた。すると、セシルは僕の頭をぽんぽんと叩いて、嬉しそうに笑った。



「カイン! あれも、あれも!」

「待て、ひより。ひとりで勝手に行くな」



 ひよりはまた新しい食べ物を見つけてはしゃいでいる。カインはどんどん先に進むひよりに置いていかれまいと、必死でその後ろ姿を追いかけていた。

 僕はジュースを飲みながら、そんなふたりの様子を眺めた。

 随分と仲がいい。けれど、フェルとマユのように番というには、なんだか幼い印象だ。


 時々、ひよりの横顔にカインが見惚れていることがある。

 ひよりは嬉しそうにカインの手をとって走り出す。


 ……なんだか、見ているとやきもきというか、イライラするのはなんでだろう。



「あのふたり、じれったくて面倒ですよねえ」



 気がつくと、僕の隣にセシルが立っていた。

 僕がセシルを見上げると、そいつは「そう思いませんか?」と、僕に同意を求めてきた。



「……知らないよ。ヒトのことなんて僕にはよくわからない」

「そうですか。竜ですもんねえ」

「わかっているなら、聞くなよ」

「んー。でも、なんとなくですけど。ユエはきっと人間の気持ちを解ってくれるような気がしたんですよ」

「……なんだそれ」



 その物言いが気に食わなくてセシルを睨むと、なぜか優しげな視線を返されて、僕は戸惑ってしまった。



「だって、人間を理解しようと一生懸命努力しているじゃないですか。

 聖女様も、殿下も。それに僕も、貴方が人間の社会に馴染もうとしていることくらい直ぐにわかりましたよ。

 それに、殿下と初めて会った時の顔。

 ――まるで、迷子の子供が親を見つけたときみたいな顔でしたから」

「……ッ、な、なにを!」



 その時、ひよりが僕達を大きな声で呼んでいるのが聞こえた。



「おおーい! 早く行こう! 行列ができてるよー! 売り切れちゃう!!」

「セシル、ユエ! 行くぞ!」

「ほら、ユエ。僕達も行きましょう」

「……あ、うん」



 物凄くいいタイミングで、ひよりが僕のことを呼んだものだから、怒りの矛先を見失ってしまって……僕はどうすることもできずに口を引き結んだ。

 すると、セシルがしゃがんで僕の顔を覗き込んできた。



「どうしました? ユエ。朝早かったですからね。疲れちゃいましたか?」



 ……こいつ、なんだか僕を子供扱いしているような気がするんだけど。


 それが凄く気に食わなくてセシルをまた睨みつけると、なぜかそいつはにっこりと微笑んで「飴、食べますか?」と聞いてきた。


 ……いらないよ! ばあか!

「悪役令嬢は俺様王子から逃げられない」という短編を投稿しています。

初めての悪役令嬢もの!

さらっと読めると思いますので、時間があればどうぞ〜

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