番外 チーズな女子会 in 獣人の国 2
ジェイドさんとマルタと色んな話をしつつ、何を作ろうかと食材を求めて市場を彷徨っていると、さすが収穫の秋。品揃えが豊富だ。
市場に並んでいる品物は秋だからか、きのこ類が多い。
勿論、瓶に詰められた、この国の特産の蜂蜜や、沢山のチーズ、屋台に吊るされている肉類……様々なものがあって、思わず目移りしてしまう。
そして何よりも、辺りに甘い香りが漂っている。
今は秋。そう、果物の多い季節でもある。
「……あ! あれ!」
市場を歩いていると、視界にオレンジ色の果実が目に入ってきた。
急いでそれを売っている店先に近づくと、ジェイドさんを呼び寄せて、早速鑑定してみた。
「おおお! 柿だ! 柿!」
それは、日本でいう柿相当の果物だった。こちらの世界では「ペペ」というらしい。
平べったい丸みのある柿ではなくて、まるで渋柿のような形をしているのが特徴だ。
「ペペかい? 秋の恵みといえば、これだね」
「あたしも好き! これは、皮を剥いて食べるだけでいいから、楽ちんだし。何より安いし」
ふたりは嬉しそうにペペを見つめている。
私というと、店のおじさんに味見をさせてもらったペペの甘さに、震えるほど感動していた。
ジューシーで瑞々しいこの味は、まさしく柿だ。
「おじさん、これください!」
「茜、おつまみの材料を買いに来たんだよね?」
私がおじさんにペペを幾つか包んでもらっていると、マルタが不思議そうな顔でこちらをみていた。
確かに、果物をおつまみにするなんて、と思うかもしれない。
でも、柿といったらおつまみにピッタリのレシピがあるのだ。
私は、にひひ、と含みのある笑いをマルタに向けて「楽しみにしていてね」と言った。
その後は、乳製品を扱うお店と、肉屋さんに立ち寄った。
……この国は、鶏の獣人のときのように、似た姿の獣人が店をやるという伝統でもあるのだろうか。
私は牛の獣人から、幾つかのチーズ、羊の獣人から、ラム肉やハムを買った。
なんだか、とてもいたたまれない気持ちになった。特に肉屋……。思わぬところで精神攻撃をしかけてくる獣人の国は恐ろしいところだ。
「ねえねえ、団長様は何が好きなのかなあ」
羊の獣人の、ふわふわもこもこで可愛らしい見た目のくせに、何故か恐怖感を煽る目に怯えながら、品物を受け取って振り返ると、マルタはうんうん唸りながら、店先のお肉を眺めていた。
「乳貝は好きだって言ってたよ」
「それはここじゃあ、手に入らないもんね」
「男の人だからね。お肉料理なんていいんじゃない? ジェイドさんはどう思いますか?」
私に話題を振られたジェイドさんは、ううん、と少し考えるとにっこりと笑った。
「味が濃い目のものが好きみたいだけれどね。でも、最近胃がもたれるとか言っていたような気も」
その瞬間、私とジェイドさんの頭のなかに、胃をさすりながら酒瓶を持つダージルさんの姿が思い浮かんだ。
「ダージルさん……切ない……」
「寄る年波には勝てないものだね」
「ちょっと! 団長様が年寄りみたいなことを言わないでくれる!団長様は、ああみえてまだ30代なんだから!……ギリギリ!」
「マルタが一番ひどいような」
「遠回しに、老けているっていってるよね」
私達がそういうと、マルタはハッとして青ざめた。
そして、ダージルさんがここに居るわけでもないのに、違うんです……! なんて、言い訳をしていた。
私とジェイドさんは、口元を隠して、ぶくくく、と笑いを堪えるので必死だ。
マルタは正気に戻ると、私達がからかっているのに気付いて、顔を真っ赤にして怒り出した。
「なんだか、ふたりって似てるよね! そういうとこ!」
マルタはそう言うと、頬をぷくっと膨らませて、そっぽを向いてしまった。
私とジェイドさんはお互いに顔を見合わせると、ぷりぷり怒っているマルタに必死になって謝った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
市場から帰ると、早速料理に取り掛かることにした。
今日の女子会とダージルさんのおつまみは、ダージルさん用にラムチョップ、女子会用にはチーズフォンデュ。そして、共通に出すのは、チーズと柿の生ハム巻きだ。
……折角、チーズの美味しい国に来たのだからと、チーズは単品でつまむ分も用意してある。チーズ祭りだ! とマルタは大張り切りだ。
それに、チーズフォンデュは女子会には鉄板のメニューだろう。
女同士で、きゃっきゃしながら摘まむにはちょうどいいに違いない。
「ふっふっふ。腕が鳴る」
マルタは、腕をまくって材料を眺めた。
「マルタ、張り切っているねえ。料理得意なんだね。知らなかったよ」
「お、おう! 任せておいて!」
素直に私が感心していると、マルタは、何故かどもって包丁を手に取った。
そして、まな板にじゃがいもを乗せると、ごくり、と唾を飲み込んだ。そして、すうっと瞳を細めたかと思うと、握りしめた包丁を頭上まで振りかざして――だんっ! と、思い切りじゃがいもに向かって包丁を振り下ろした。すると、じゃがいもがぽーん! と宙を飛び、どこか遠くへ転がっていってしまった。
「……」
「……」
「……てへっ!」
取り敢えず、マルタには包丁ではなくて、ジェイドさんが卒業したピーラーを贈呈した。
ピーラーを使ってみたマルタは、簡単に皮が剥けることに酷く感動しながら、じゃがいもの皮を剥いていた。
「うちって、兄弟がすごく多くてね。だから、料理はおかあちゃんと一番上のおねえちゃんがやって、私は下のやんちゃ坊主共の面倒ばっかりみてたから、正直まともに作ったこと無かったんだよねえ」
「そうなんだ」
「なので、思い切り見栄を張りました。許してくれとは言いません」
「マルタのその潔さ、嫌いじゃないよ」
「おお、茜のそういう優しいところ、好きよ」
「私には、ジェイドさんが……」
「ダメージがでかいから、それはやめてくれるかな」
キッとこちらを真顔で見てきたマルタに、私はごめんなさいと勢い良く頭を下げた。
こんな適当な掛け合いをしながら、野菜の皮むきをすすめていった。
「野菜はひとくちサイズでいいかな」
「はい、ジェイドさん。お願いします」
じゃがいもや大きなマッシュルームはチーズフォンデュ用。切り分けた後に、それを茹でて火を通しておいた。これ以外にも、国境の砦で貰った巨大ソーセージも一口サイズに切り分けて茹でておく。パン屋で買い込んだ、ハード系のパン……フランスパンっぽいのも、サイコロ状に切り分けた。
チーズフォンデュのチーズは、ナチュラルチーズであれば、基本何でもいい。プロセスチーズでなければ、問題ないので、お好みのチーズを入れて作るとなかなか楽しい。
今回はシンプルに、チーズを売っていた売り子さんと相談して、癖のない無難な味に収めた。普段であれば、ブルーチーズを混ぜたりするのだけれど、流石にブルーチーズは味の好みが別れるのでやめておいた。
……あの一瞬だけ香る黴っぽさすら気にならなかったら、塩っ気の強いとろとろブルーチーズは最高に美味しいのだけれどね。ブルーチーズと白ワイン。堪らない組み合わせだ。
取り敢えず、買ってきたチーズを溶けやすいように小さく切り刻んでおく。そして、それにコーンスターチをまぶしておいた。
チーズフォンデュに使う鍋は、調理場に、鉄製の重い鍋があったのでそれを使わせてもらうことにした。
これで、一応チーズフォンデュの下拵えは完了。後は食べる直前に、チーズを溶かせばいい。
私がチーズフォンデュの支度が終わったことを告げると、マルタは材料と鍋を見比べて、不思議そうな顔をした。
「鍋でチーズを煮るの?」
「そうだよ……煮る、というより溶かすかなあ?白ワインでチーズを伸ばすの。それがとろとろに溶けたところに、具材を入れて、チーズを絡めて食べるんだよ」
「なにそれ、美味しそう!」
「でしょう?」
マルタはチーズフォンデュの詳細を聞くと、ぱっと表情を明るくした。
チーズフォンデュというと、どこか女心を擽るところがある。というよりも、とろとろのチーズというワードがなんとも唆るのだ。
私達がはしゃいでいると、後ろからため息が聞こえた。
「……いいなあ、今日は俺は参加できないんだろ?」
「そうですよ! ジェイドさん! 今日は女子会ですからね」
「ええー。なんだよ、女子だけって。寂しいなあ」
ジェイドさんがそういった瞬間、マルタがカッ! と目を見開いて、指先をジェイドさんへと突きつけた。
「ふっふっふ、今晩の茜は私のものだからね……! ジェイドさんは、今晩は暗い部屋に独りで帰って、寂しく独りで冷たいご飯を食べて、独りで寂しく冷たいお布団で寝ればいいのよ! ……あれ?可笑しいな、涙が」
「ちょ、マルタ」
「ふう……なにはともあれ、今日はひとり寝で枕を涙で濡らすが良い! あーはははは!」
「茜、俺マルタになにかしたかな……」
「わ、わかんない」
……なんだか、マルタが以前よりパワーアップしているような気がする。
私とジェイドさんはそっと顔を見合わせた。
マルタはピーラーを握りしめて「この気持ちをなんて表現すれば……!」と天を険しい顔で睨みつけていた。