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ひより視点 君と共にある旅路と、あったかうどん 前編

 太陽はとうの昔に沈み、辺りは闇に包まれている。今日は曇っていて、星どころか月さえ見えない暗い夜だった。私を中心にして、光の柱が天に向かって立ち昇っている。その柱は、雲を突き抜けて、きっとはるか上空まで照らしているに違いない。それほど強い光だった。

 私はその光に、更に魔力を注ぐ。その度に光の柱は明滅して、段々と明るさを増していった。


 周りを見渡すと、騎士たちやテスラ王国の獣人の兵士たちが、ゴブリンと戦闘を繰り広げている。勿論、その中には、王子であるカインも居る。彼は王子でありながら、先頭を切って戦っていた。そして、姿は見えないけれども、セシルやダージルさんも居るはずだった。


 ――ゴブリン。

 人よりも遥かに小さな矮躯、大きく付き出したお腹。細く、ひしゃげた手足。

 ゴブリンたちは威嚇するように、鋭い牙をカチカチと鳴らして、口端から泡立った涎を零しながら、不格好な手作りの武器でもって次から次へと襲い掛かってくる。

 テスラ王国の国土の八割を占める針葉樹林の中で、この辺り一帯は、昔々からゴブリンの棲み家だったらしい 嘗ては緑豊かだったというこのあたりの森は、いまや邪気に染められて、森も、大地も草花も黒く染まっている。漆黒の森。それだけで、恐怖を煽るのに充分なのに、邪気に当てられて正気を失ったゴブリンが地面から這い出して次から次へと現れる。倒しても倒しても、地下から沸いてくる、狂気に彩られたゴブリンの姿は、とても恐ろしい。

 

 ……私が再度、魔力を光の柱へと注ごうとした瞬間、狂ったゴブリンと目があってしまって、ぶるりと身震いする。ゴブリンの瞳は、暗闇の中にあっても、紅く禍々しい光を放っており、それが暗い中で揺らめいている様は、なんとも不気味だ。


 ――怖い。怖いよ。……でも、やらなきゃ。


 なんとか自分を奮い立たせて、私は地面に跪いて、この戦いに決着をつけるために祈り始めた。


 私の身体からは、清浄といわれる魔力が広がり始め、邪気を包み込むとそれを消し去っていく。

 浅く息をしながら、祈りに集中する。けれども、ふと視界の隅にカインが斬りつけられているのを見てしまって、思わず動揺してしまった。そのせいで、私から流れ出ていた魔力にぶれ(・・)が生じた。



「――ひより、集中しろ!」

「わかってる!」



 カインがすかさず私を叱咤した。

 私は、動揺してしまった心をなんとか宥めて、目を瞑って祈りへと集中して魔力を練り上げていく。

 やがて、浄化の力が限界まで高まると、今までで一番光の柱が眩く光った。

 よし、あとは――……!!!

 私は全身に漲る魔力を感じながら、手の中の秘石を握りしめた。

 ……最後の仕上げ、とばかりに秘石の力を開放し、邪気の噴出孔となっている大樹へ秘石を投げ込む。


 ――ドンッッッッッ!!!


 すると浄化の力によって、大きな衝撃が発生し、大樹の中から漏れ出ていた邪気は全て浄化され消え去った。ゴブリンたちも、正気を取り戻したようで、辺りをキョロキョロと不思議そうに眺めている。

 誰もがほっと胸を撫で下ろし、先程までは剣戟で騒がしかったその場所は、今は静まり返っている。

 そんな私達を、浄化の余波で雲が消し飛んだ夜空に広がる、満天の星々が見下ろしていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 浄化が終わり、大樹は元の姿を取り戻した。

 先程まで禍々しい見た目だったその大樹は、今は深い緑の苔に覆われ、沢山の葉を茂らせている。

 その姿は、永い時を生きてきた大樹の歴史が感じられて、何か神々しいものが宿っているようにも見えるから不思議だ。

 私は、足元のふわふわの苔を踏みしめて、カインの元へと急いだ。

 カインは指示を忙しく飛ばしながら、セシルと話をしていた。



「……カイン!」

「ああ、ひより。ご苦労だったな、今は休め。支度が整い次第、野営地へ戻るぞ」

「それよりも! 怪我してなかった?」



 カインは先程、大きな鎌のような武器をもったゴブリンに、横薙ぎに斬りつけられていた。

 視界の隅に、カインから鮮やかな血が飛び散るのをみてしまった。……だから、私は動揺してしまったのだ。



「かすり傷だ」

「駄目よ、手当もしてないじゃない。ばい菌が入ったらどうするの!」



 カインの片腕は鮮血に染まって真っ赤になっている。

 それをちらりと見たカインは「問題ない」と切り捨てた。

 その自分を省みようとしない態度に、私はカッと血が頭に登ったのを感じた。

 私は、無言で無理やりカインの上着を脱がせた。カインが戸惑っているけれど、知るもんか。――すると、上着の下から、真っ赤に片腕が染まった白いシャツが現れた。随分と出血している。

 私は痛々しい傷口を剥き出しにすると、手を当てて、魔力を注ぎ始めた。これは治癒の魔法だ。――正直、得意ではないけれど。



「おい、ひより……」

「黙って」

「無駄な魔力を使うんじゃない。君の魔力は温存しておかないと」

「黙ってって、言ったでしょう!」



 私が怒鳴ると、カインはやっと黙った。

 私の魔力がカインの患部をやさしく撫でる。時折、カインは顔を顰めているから、やはり痛みがあるのだろう。そして、数分もすると、すっかりカインの傷は消えていた。



「……」

「ひより……」



 私は、魔力を行使したあとの気だるさを感じながら、傷が癒えたカインの腕に、そっと額を押し付けた。

 血で汚れているシャツは未だしっとりと濡れていて、私の顔を血が汚す。けれども、そんなことはどうでもよくて――……私は、ほっと安堵の息を漏らした。

 ……カイン。

 今回も、無事で良かった。



「無茶したら、嫌だよ」

「ん……すまない。ひより、今後は気をつけよう」



 見上げたカインの顔は、少し赤くなっていた。

 けれども、次の瞬間、なぜかカインがぶっと吹き出し、私から勢い良く顔を背けたではないか。



「な、なに?」

「いや、なんでも……くッ……」



 明らかにカインは笑いを堪えている。

 何事かと思って、セシルの方をみると、セシルも口元に手を当てて笑っていた。



「セシル、どういうこと?」



 私がそう聞くと、セシルは気まずそうに視線を彷徨わせたあと、私の顔を指差してこういった。



「聖女様。……なんというか。殿下の血が顔について、部族の戦士っぽい感じに」

「え、あ、ぎゃあああ!」



 顔に手を遣ると、おもったよりもべっとりと血が付いている!

 鏡がないから見えないけれど、きっと今の私はウォリアー的な感じになっているのだろう。



「……もう! だれか、布ー!」

「あはははは!」



 セシルとカインの笑い声が、浄化の後処理で慌ただしい森のなかに響いて、次第に私もなんだかおかしくなってきて、三人で笑ってしまった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ゴブリンの生息地の浄化が終わった翌日。

 私はそこからほど近い、小さな村に貼った天幕の中に居た。



「さあ、次の人どうぞ」



 私が声をかけると、天幕の中に女の人が入ってきた。

 私はその人に近寄ると、服を脱ぐように指示をする。

 女の人は、一瞬躊躇したけれども、天幕の中にいるのは私と女性の騎士だけだと教えると、安心したように服をゆっくりと脱いだ。

 すると、その人の背中に黒い染みが広がっているのがみえた。



「……これは、一体いつから?」

「数ヶ月前……でしょうか。夫がはじめ気がついたのですが、知らないうちに小さな黒い染みが出来ていたのです。それが、今やこんなに広がって……夜になると、じくじくと痛んで眠れないのです」

「それは辛かったですね。この染みは邪気に侵されている証拠なんですよ。……でも、もう大丈夫。明日からは、ぐっすりと眠れますよ」

「……本当ですか!」

「ええ」



 私はその人を安心させるように、にっこりと笑うと、背中の黒い染みに向かって魔力を放ち始めた。

 私の魔力がその背中の染みに触れると、その人は小さくうめき声を上げた。

 ぞろり、とその黒い染みが私の魔力を嫌がるように蠢き始める。

 その黒い染みを逃さないように、私が魔力を送り続けると、やがて染みは縮小していって、最後には消えてなくなった。

 ――ふう、と息を吐くと、目を固く瞑っていたその人の肩を叩いて「終わりましたよ」と声をかける。

 すると、その人は恐る恐る目を開けた。



「綺麗になくなりましたよ」

「本当ですか……!!」



 その人は、首を回して、自分の背中を見ようとしている。

 私は手鏡を持ち出すと、角度を調整して背中が見えるようにしてあげた。すると、その人は目を見開くと――……顔をくしゃくしゃにして、泣き出してしまった。



「……ありがとうございます……! ありがとうございます……! もう、駄目なのかと思っていたのです。子供もまだ小さいのに、置いて逝かなければいけないのかと……!」

「良かったですね」

「はい……! 聖女様、本当に。本当にありがとう……!」



 そのとき天幕の中に、姉妹が入ってきた。姉のほうが5歳くらい、妹は3歳くらいの本当に幼い姉妹だ。その二人は、不安げにきょろきょろと辺りを伺っていたけれども、母親を見つけると、ぱっと表情を明るくして、母親に駆け寄った。



「おかあさん、もうだいじょうぶなの?」

「おかあしゃん!」

「お前たち……! もう大丈夫よ、聖女様が治してくれたのよ」

「ほんとう……!?」



 その人がそう言うと、姉妹は私の方をふたり揃って見た。

 そして、真っ赤なほっぺを更に興奮で赤くさせて、にっこりと笑ってお辞儀をした。



「……せいじょさま! おかあさんをたすけてくれて、ありがとー!」

「……がとー!」



 そして、顔を上げたその姉妹は口を大きく開けて、とてもとても嬉しそうに笑った。

 私は鼻の奥がつん、とするのを感じながら、その眩しい笑顔に、笑顔で返した。


 親子が天幕を出ると、途端に疲れが身体を襲う。

 ……今いる場所は、最近、新たに現れた穢れ地からほど近い、小さな村だ。

 その村の建物や生活に、邪気や魔物の被害は無かったのだけれども、そこに住まう人々に影響が出始めていた。

 新たに邪気の噴出地となってしまった場所には、この村の水源が在った。

 邪気の噴出地が現れてからも、その水を飲んで過ごしていた人に穢れの症状が現れ始めたのだ。

 不思議と邪気の影響は女性に現れた。それも、子供を産める年頃の女性ばかり。

 身体に取り込まれた邪気は、女性の身体に黒いあざとして現れ、最後には体中を蝕んで――その人を、人間ではない何か(・・)に作り変える。それを避けるには、今までは症状が酷くなる前に殺すしかなかったという。

 けれども、聖女である私が居れば、その邪気を祓うことが出来る。

 ……これは、本当に、私にしか出来ないことなのだ。

 私は旅に出てから、テスラの国中の邪気の噴出地を回って、邪気を払い続けた。そして、時間をみつけては、邪気に侵された人々の治療を行っている。


 私は人払いをすると、椅子に座って天幕を見上げた。


 ――この村は、間に合った。良かった。


 その時、私の脳裏に浮かんでいたのは、真っ赤な炎に取り巻かれ、その様子を絶望的な表情で見ている人々の姿。穢れ地から溢れた魔物の群れの進路に偶々(・・)、行き合ってしまった、小さな町の光景だ。

 そして、呆然と燃える町を見ていた人々は、私達が近くに来たことに気がつくと――一斉にこちらを見た。

 ――なんの感情も篭っていない、赤い炎で照らされた無数の目が、私を見ている、見つめている、じいっと私を只々――……。

 ……その光景を思い出して、ぶるりと震えた。

 口を引き結んで、涙が零れそうになるのを耐える。椅子にだらりと身体を預けて目を瞑った。



「……入るぞ。ひより」



 すると、カインが天幕の中に入ってきた。

 カインは私の様子をみると顔を顰めた。


 ……あ、怒られるかも。


 そう思った瞬間、案の定カインが大声で叱りつけてきた。



「ひより、昨日、私に言ったことを忘れたのか?」

「うん? なんだっけ」

「……君は! 私に無理をするなといっただろう! 君が無理をして、どうするんだ!」

「ああ、そうだったね」



 そうだ、私は昨日の晩、怪我をしたカインにそう言って怒ったんだっけ。



「もう、今日の午後にはテスラの首都へと戻るんだ。……茜にも会えるんだぞ。無理して倒れでもしたら、どうするんだ。茜が心配するぞ」

「それはいけないねえ。……無理をしてはいないよ。ちゃんと、自分の魔力量はわかっているし」

「そうは見えない。現に君はそうやって、疲れた様子じゃないか」

「むう……」



 鋭い。カインは意外と私をよく見ている。

 私はもたれ掛かっていた椅子から身体を起こして、問題が無い風に装った。

 バレバレだったらしく、カインの蒼い瞳に、ぎらりと睨まれてしまったけれど。



「わかったよ! この村の要治療の患者は、さっきの女性で最後だから。これで、おしまい!」

「……さっき、長老に、浄化の力を込めた秘石を渡すと安請け合いしてなかったか?」

「おお。よくご存知ですね! 流石〜」

「こら、茶化すな」

「ごめんなさい」



 怒ったカインは意外と怖い。某宰相様を思わせる怖さだ。

 私は、さっと椅子から立ち上がると、カインに向かって、へらへらと笑った。



「だから、大丈夫だってば。ちょっとね、これからおねえちゃんに会えると思ったら、張り切っちゃっただけだもん」

「だからといって……」

「もう!カイン、あんまり怖い顔してると、そのうちルヴァンさんみたいになるんだから」



 私はルヴァンさんがよくやる、指先で眉間を解す仕草をした。

 それを見たカインはとっても嫌そうな、変な顔をした。



「それは嫌だな……」

「でしょう?」



 そういって、ふたりで笑いあった。

 そこにセシルさんがやってきて、昼食だというので天幕を後にした。

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