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初めての旅路、聖女の足跡4

「ジェイドさん、あれは……」

「なんでしょう。俺もあんな現象は知りません」



 ジェイドさんすら知らない、あの光の柱。

 一体何ごとなのかと見つめていると、時が経つにつれ、その柱はどんどんと太さを増していき、光量も増えてきた。


 ――次の瞬間。



 ドンッッッッ!



 いきなり大きな爆発音が聞こえたかと思うと、その光柱が一瞬、細く収束した後、急激に勢いを増して大きく広がった。

 白く輝く、衝撃波が光の柱から円形に広がり、こちらに迫ってくる。



「……茜!」



 ジェイドさんは、それを見てとっさに光の柱に背を向けて私を庇った。

 強く抱きしめられて、ジェイドさんの腕の中に閉じ込められる。

 すると間もなくして、びゅおう、と荒れ狂う風の音が聞こえると、目も開けていられないほどの風が吹き込み、思わず目を瞑ってしまった。


 暫くして、辺りから風の音が聞こえなくなると、途端に――しん、と静まり返った。

 ほ、と息を吐いて、目をゆっくりと開ける。

 ジェイドさんは辺りを暫く伺っていたけれど、今のところは問題はないと判断したのか、私を開放してくれた。お陰で、漸く周りの状況を、私も確認することが出来た。

 すると、私の目に飛び込んできたのは――……月明かりの元、果てしなく広がっていた筈の雲海が、綺麗さっぱりと消し飛んだ風景だった。


 そのお陰と言ったら変だけれども、隣国の様子がよく見えるようになった。

 ジルベルタ王国の国境であるという石壁を越えた向こう、隣国の領地は言うならば森だった。

 国境に聳え立つ山脈の際こそはむき出しの岩肌だけれども、しばらくするとぽつぽつと樹木が生え始め、あっという間に深い森となって大地を埋め尽くしている。隣国の地形は、大きな山脈にぐるりと囲まれた、盆地。その盆地の平坦な部分は例外なく森だった。

 その森の中に、先程みた光の柱が一本、今も立ち昇っていた。



「ジェイドさん、あれ。あそこ……光の柱が立っている場所の辺り。森が、真っ黒に見えるんですけど」

「ああ。俺にもそう見えますね。……夜だからでは、ないでしょうね」



 月明かりの下に見える森は、夜だからだろう、そこまではっきりとは見えない。

 けれども、光柱の周囲だけは、不自然に真っ黒に染まっていて、煌々と光を放っている柱の近くにあっても、照らされることはなく、ひたすら影と同じ色をしていて、なんだかとても不気味だ。

 戸惑いながら、その黒い森を見つめていると、また光の柱が、細かく何度か瞬いた。

 すると、黒々としていた周囲の森に劇的な変化が現れ始めた。



「ああ、見てください。茜、黒かった森が――……」

「黒色が、散っていく……」



 光が瞬く度に、光の柱から一番近い森の木々から、黒い色が溶けるように散って、消えていく。

 それは、まるで何かに溶かされていくように。

 黒い色が、まるで光の柱の力を嫌がるように。瞬きに合わせて、はらり、はらはらと空に散っていく。



「あれは、聖女様の浄化の光ですよ」



 その時、リゼルさんが言った言葉に驚いて、思わず振り返った。

 彼は、目を細めて、光の柱を見つめている。



「先週、聖女様がいらっしゃったとき、浄化の行程を伺ったんです。それで、上手くいけば聖女様の浄化の光景をお見せできるのでは無いかと思いまして。ほら、部屋に絵があったでしょう?あれは大昔に聖女様が浄化した時の風景を、当時の砦の兵士が描いたものなのです。だから、もしかしたら、今回の浄化もここから見えるんではないかと思いまして」

「つまりは、あそこにひよりが?」

「そうですよ。あの辺りは邪気の噴出地なんです。黒い森は、邪気に汚されてしまった穢れの森。そこに住まうゴブリン共が邪気に当てられて、大きな巣を作り、酷い有様になっていたと聞いています」

「邪気の浄化というのは、こんな……夜遅くにするものなのですか?」

「いいえ。ゴブリンの寝ている隙を狙って、行動を起こすつもりだと言っていました。ですから、今晩は特別でしょう」



 それを聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。

 こんな深夜に浄化をするなんて、危険極まりない。浄化に危険がつきものだと知っていたけれども、実際こんな暗闇の中、あの真っ黒な森の奥に妹がいるなんて、想像しただけで恐ろしい。


 私は振り返って、もう一度光の柱を眺めた。

 真っ暗な夜空に立ち昇る光の柱。

 あれが、妹の「聖女」としての力。

 圧倒的な力で、穢れを浄化する、妹の――与えられてしまった力。


 きゅ、と胸が苦しくなる。

 あの光の下では、どんな戦いが行われていたのだろう。

 妹は無事なのだろうか、怪我はしていないだろうか。……そんな気持ちが、また沸々と湧き上がってきて、不安で不安でたまらなくなる。



「ジェイドさん。明日の出発は」

「……わかったよ。なるべく、早く出発できるように、みんなに話しておこう」



 縋るような目で、ジェイドさんを見ると、彼は柔らかく笑って頷いてくれた。

 ……ああ。ひより。早く会いたい。会って、無事を確認したい。



「ごめんなさい。我儘を言って」

「そんなことはないさ……。貴女の気持ちは、みんな解っているから」



 気づけばバルコニーには、私とジェイドさんの二人きりだった。

 ジェイドさんの温かな手が、そっと私の頬に触れた。

 私はその手に、頬を擦り寄せる。温かくて気持ちいいその手はまるで、ジェイドさんの優しさのよう。その暖かさに甘えて、私は目を伏せた。



「茜は馬鹿だな。また、浮かれていたとかなんとかって、自己嫌悪に陥っているだろう」

「――……でも」

「でもじゃない。また聖女様に怒られるよ?」



 的確に図星を突いてきたジェイドさんは、続けて言った。



「……いつも通りで居て欲しい。それが、彼女の願いじゃないか」



 ああ。ジェイドさんには敵わないなあ。

 つくづくそう思う。

 私のことはなんでもお見通しだ。

 ――今朝からの浮かれていた自分を思い出して、後悔してしまったことも。

 ――こんなところで、見ていることしか出来ない自分をもどかしく思っていることも。

 全部、全部。ジェイドさんは感じてくれている。見てくれている。



「私、結構、後ろ向きなんです……」

「知ってるよ。普段は脳天気なのに、急に落ち込むから、見ているこっちがハラハラするんだ」

「脳天気だなんて、酷い」

「ごめん、ごめん」



 ジェイドさんは、少し笑うと、真剣な顔に戻ってこういった。



「さあ、茜。聖女様はきちんとやるべきことをこなしたんだ。だから、俺達もやれることをやろう」

「……私達も?」

「そうさ、俺達も。明日、聖女様と合流する予定だよ。きっと疲れて帰ってくる聖女様に、美味しいものを食べさせてやらなきゃ」

「うん。……そうだね。……そうだね!」



 そうだ。そうだった。私に出来ること。今、私にしか出来ないこと!

 私は、口をきゅっと引き結んで、沈んでしまった気持ちを奮い立たせた。

 決意を込めて、ジェイドさんを見上げると、ジェイドさんは優しい目で私を見下ろしていた。



「……茜はやっぱり明るい表情のほうがいいね」

「……なっ!恥ずかしいから、そういうことを言うのはやめてください!」

「誰も見てないから、大丈夫だよ」

「ふ……。今回はそんなことありませんよ!」

「ええ?」



 戸惑うジェイドさんに、私はそっと部屋の方を指し示した。

 ……そこには。

 部屋の中から、お酒の入ったグラスを手にもって、ぼろぼろと涙を流しながらこちらを見ているリゼルさんがいた。

 しかも、小さく「私も、若い頃は嫁とああやって……」だの言っているのが聞こえる。

 それを見たジェイドさんは、まさか見られているとは思っていなかったのか、顔を真っ赤にして、窓をごん!と強く叩いた。

 お酒を飲んで、物思いに浸っていたリゼルさんは、私達が見ていることに気づくと、ぺろ、と小さく舌を出して退散した。


 真っ赤になって顔を手で抑えてしまったジェイドさんが、なんだか可愛くて。

「恥ずかしいことを言っている自覚はあったんですね?」と茶化すように、私が言うと、手のひらでどん、と軽く額を押されてしまった。


 ――帰り際、リゼルさんの部屋に飾られた大きな絵を見た。

 そこには、美しい衣を纏った黒髪の女性が、天に向かって手を掲げている姿があった。その女性が、当時の聖女なのだろう。美しい黒い瞳を煌めかせて、優しげにこちらを見つめているその女性も、私達のように突然この世界に呼び出された、元々は普通の女性だったに違いない。

 けれども、その姿はとても神秘的で、まさしく聖女と言った様子だ。

 

 ……あなたも、色々と思い悩んだのかな。


 私は、絵の中の聖女に、心のなかでそっと語りかけた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 ――翌日、私たちは朝一番で出発することにした。

 身支度を整えて、荷物を積み直して、リリの背中の鞍に跨ると、リゼルさんが近づいてきた。



「昨日は、色々ご迷惑を……」

「いえ、楽しかったですよ」

「そう言っていただけると、助かります。これお土産にどうぞ」



 そう言って渡してくれたのは、昨日の晩食べた極太ソーセージだ。



「わあ、これ、とても美味しかったから嬉しいです」

「こんなことしか出来ませんが……これから、隣国へ行くのでしょう?どうかお気をつけて」

「はい。ありがとうございます!」



 リリが風の魔法を纏って空に浮かび上がる。

 また積もっていた雪が舞い上がって、視界を白く染めた。

 そして、高く高く飛び上がったとき、地上を見下ろすと、国境の多くの兵士たちが手を振っているのに気がついた。

 それに大きく手を振り返すと、彼らもまた手を大きく振り返してくれた。


 ――ぐっと顎を引いて前を見据える。

 リリは既に隣国の上空へ差し掛かっている。

 そこには、昨日の夜は暗くてよく見えなかった、どこまでも広がる森が見えた。

 針葉樹が主なのだろう、ジルベルタ王国と違って、青々とした木々が広がっている。

 昨日見た黒々とした森はどこにも見えない。

 光の柱は既に消え去って、姿形もなかった。


 ――ひより。今はどこにいるんだろう。


 上空から眺めても、妹たち一行の姿は見えない。

 けれども、この国に妹がいることは確かだ。



「茜。あそこ。煙が立ち昇っているところがあるだろう?」

「あれですか?」

「そう、あそこが今日の目的地だよ」



 遠く、森の向こう。

 確かに白い煙がゆらゆらと立ち昇っているのが見えた。



「あれが森と獣の国、テスラの首都だ」

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