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初めての旅路、聖女の足跡2

 何度か休憩を取りながら、空の旅は進んでいく。

 半日ほど飛んだ辺りだろうか、真正面に頂上に雪を冠った山脈が見えてきた。



「今日はあそこで泊まるんだ」



 ジェイドさんが指差す先をみると、山の頂上になにか砦のようなものが見える。

 それは山の稜線に沿って建てられた、人工の石壁の中央に位置していた。

 石壁はまるで万里の長城のように、ひたすら長く、長く、雲に煙って見えなくなるほど遠くまで続いている。

 その砦の上では、篝火が炊かれ、その近くで兵士らしき武装した人が私たちに向かって手を振っていた。



「ほら、茜。手を振ろう」



 ジェイドさんがそう言うので、思い切り手を振り返すと、それに気づいた兵士がまたぶんぶんと大げさなほど大きく手を振った。

 それを見て、なんだか嬉しくなる。

 旅先で知らない人とこういうふれあいをするというのは、なんだか恥ずかしくもあり嬉しいものだと思う。



 少し開けた広場にリリが降り立つと、粉雪が舞い上がって一瞬視界が真っ白に染まった。

 そして、粉雪が落ち着いて視界がはっきりしてくると、誰かがこちらに近づいてきていた。



「茜様、ジェイド様ですね。お待ちしておりました。自分は、国境の管理を任されております、リゼルと申します。滞在中、何かご不便なことがありましたら、何なりとお申し付けください」



 分厚い毛皮のマントを羽織り、赤銅色の鎧を着込んだその人は、優しげな鳶色の瞳を細めながらそう言うと、私たちに笑顔を向けた。



「ありがとうございます。取り敢えずは、積んである荷物を一旦預かっていただきたいのと、大鷲たちに水を」

「はい。受け入れの準備は整っております。それと、ここは随分と寒い。地上に比べると気温がまったく違いますからな。驚いたでしょう」

「……そうですね。雪がもうこんなにあるなんて」

「先ごろまでは紅葉が美しかったのですが、ここ数日で急に冷たい北風が吹き込んできてこの有様です。……暖かい部屋で温かいお茶を用意しておりますので、どうぞこちらへ」



 リゼルさんは、そう言って私達を砦の中へ案内してくれた。

 用意してくれた応接室らしき部屋へ入ると、赤々と暖炉で火が燃え盛っておりとても暖かい。



「この砦と石壁は遠い昔、各国間での戦が激しかった頃、つくられたものでしてね。隣国と友好的な関係を築いている今でも、我が国の国境を守る要です」



 暖炉の近くのソファに座って、リゼルさんの話を聞いていると、若い女性兵士がお茶を用意してくれた。出てきたお茶は、たっぷりのミルクに独特な風味の茶葉が入れられたものだった。それだけだと、ミルクティーかと思うけれども、紅茶の香りとは別に何か刺激的な香りがする。

 飲むと、体のうちからポカポカとしてきた。これはおそらく生姜だ。

 どこかで飲んだことのあるようなこの味は、インドでよく飲まれているチャイの味に似ている。

 生姜の風味に、濃いめの茶葉の味。まろやかなミルクの味が合わさってとても美味しい。



「生姜を一さじだけ入れるように言っておいたのです。どうです?温まるでしょう?」

「美味しいです……!すごく好みの味」

「そうでしょう。そうでしょう。聖女様も、茜様が好きそうだと仰っていました」

「ひよりも、ここでこれを……?」

「ええ。この山を超えなければ、隣国へは行けません。聖女様がいらっしゃったときも、随分冷えておりましたので、これでおもてなしをさせていただいたのです」

「そうですか……」



 妹の旅の足取りが垣間見えて、少しだけ切なくなる。

 妹はもう既に隣国入りをして、数カ所の穢れ地の浄化を終えているはずだ。

 ……怪我なんてしてないだろうか。無事なのだろうか。

 妹のことを想って、急になんだか心細くなってしまった。

 そんな私の様子に気付いていないリゼルさんは、にこやかに話を続けている。



「茜様は大変料理上手なのだと伺いました。ですが、今晩の夕食は是非、うちの料理人におまかせください。冬に向けて大量に獲物を狩ってきましてな。うちの料理人の自慢料理である肉詰めをお出しできると思います。お酒も嗜まれるとか。美味しいお酒と一緒にいかがでしょうか」



リゼルさんは、そう言って整えられた髭を指で擦りながら、期待の眼差しをこちらに向けた。



「それはいいね。茜、ごちそうになろう」

「あ……はい。ありがとうございます」



 物思いに沈んでいた私が、ふと顔を上げると、心配そうに私を見つめるジェイドさんと目が合った。

 ――ああ、また心配させてしまった。

 そのことを苦く思いながらも、私は好きなお酒について語りだしたリゼルさんの話に集中した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 リゼルさんのおすすめの腸詰め。それはとてつもなくダイナミックな一品だった。

 まず、言いたいのは大きさ。その腸詰めは私の予想していたものとはまったく違って、とてつもなく太くて大きい。

 なんだろう、日本のよく食卓に上るソーセージをいちソーセージとするならば。十ソーセージくらいの太さ。

 簡単に言うと、私の手首の太さほどのソーセージが、カットすらされていないゴロゴロした根菜と一緒に、たっぷりのスープと一緒に深皿に盛られていた。まるで、というか、まんまポトフのような料理だ。

 確かにボロニアソーセージという太くて大きい牛の腸詰めは、見たことがあるけれども……。

 それは食べやすいようにスライスしたり、薄く切ってハムのように食べたりするものであって、こういう風に丸のまま皿に盛られることはない。

 私はでん、と皿の上に鎮座するそれを見つめて、固まってしまった。

 そんな私を見て、リゼルさんはご機嫌だ。



「流石は姉妹ですな!同じ反応をしていらっしゃる」

「え」

「聖女様も、この料理をお出ししたときは暫く皿を見つめて動かなかったですからね」



 新しもの好きな妹を固まらせるとは。恐ろしい。



「まあまあ、見た目は雑ですが、味は格別ですよ。こうやって、ナイフで切れ目を入れて、中の肉だけを食べるんです。なかなかイケますよ」

「へえ……」



 リゼルさんは、ナイフを手に、既にぱくぱくと食べ始めている。

 目尻を緩ませ、緩んだ顔で食べるリゼルさんの様子があまりに美味しそうで、私はごくりと唾を飲んだ。

 私は景気づけに、グラスに注いでもらった赤ワインをひと口含んでから、皿の上の料理に向かい合った。


 ナイフとフォークを手にもって、太い肉詰めにナイフを差し入れる。

 すると、ぷつ、と切れ目が入った瞬間、中から透明な肉汁が、まるで湧き水のようにとろとろと溢れ出したではないか!



「凄い……!次から次へと肉汁が涌いてくる」

「本当ですね。これは、見た目に惑わされたら、勿体無いかもしれない」



 ジェイドさんと顔を見合わせて、小さく頷いた。

 ナイフで、肉詰めの中の肉を切ってフォークに刺す。

 フォークを口に運ぶ間も、肉汁が溢れ、皿へとぽたりぽたりと落ちていく。旨味を逃しているような感じがして、なんだか勿体無い気分だ。



 ――こりこり、じゅわっ。



 噛み締めた肉は案外噛みごたえがある。こりこりしているのは(すじ)だろうか。固めの肉の中に潜む筋のこりこりは、食べていてとても楽しい歯ごたえだ。

 そして、何より肉汁。ひと噛みする度に溢れる肉汁のお陰で、口の中が随分と潤った。ハーブが一緒に練り込まれているから、肉の臭みもなく、すうっと鼻をハーブの爽やかな香りが抜ける。それに、胡椒も丁度良く効いていて、非常に食べ応えのある肉詰めだ。


 私は次にソーセージの隣に転がっていたじゃがいもにナイフを入れた。

 中までしっかりと味が染み込んでいるのだろう、そのじゃがいもは、綺麗なクリーム色をしている。ナイフを入れると、ほろりと崩れて、柔らかさが見ているだけで解った。

 ぱくりと口へ含むと、ソーセージと一緒に煮込まれているから、肉の旨味がしっかりと染み込んでいる。それに、他の野菜の旨みまでもが、じゃがいもという淡白な素材を引き立てていて、これ自体がご馳走だといえる。



「じゃがいも、美味しい!」

「このまるごと入っている玉ねぎも、中までスープが染みて美味しいですよ」

「本当ですね!甘い玉ねぎにスープが染みて、とろっとろ」

「にんじんも、甘いですね……それぞれの味がしっかり感じられて美味しいです」



 野菜をたっぷり満喫した後に、肉詰めを食べるとまたこれが美味しい。

 さっぱり味の野菜、濃い味の肉詰め。

 これの繰り返しだけで、延々と食べられそうだ。



「是非、スープにこのパンを浸して食べてください。このパンは保存が利くように固く焼いてあるのですが、スープでふやかすと絶品なのです」



 私達の様子を見て、嬉しそうに顔を綻ばせていたリゼルさんは、パンの入った皿を勧めてきた。

 もう既に、心の底からリゼルさんの舌を信用していた私は、素直にパンを一つ取って、一口サイズにちぎって、黄金色のスープに浸して食べた。



「〜〜〜〜!とろっとろ!」

「そうでしょう。そうでしょう」



 確かに固めのパンだけれど、スープに浸った部分は、あっという間に口の中でとろけて消えた。

 灰色がかった生地は、ライ麦か何かなのだろうか。若干酸味のあるパンが、優しい味のスープと合わさると、絶妙に合う!



「これは絶品ですね」

「でしょう?ここの料理人の腕は、繊細とは言い難いが素晴らしい。こんな辺境勤めではありますが、毎日の食事だけは楽しみでならんのです。王都のきらびやかな食事もいいですが、こういう素朴な料理にこそ幸せを感じますね」

「まったく、俺もそのとおりだと思います」

「ほほう。では、騎士殿も、いつか機会があれば是非国境に」

「いや、それは……ええと」

「はっはっは!冗談ですよ。若い者には、厳しい場所であることは確かですからね」



 ジェイドさんとリゼルさんは和やかな雰囲気で話をしていたけれど、私はすっかりパンとスープに夢中になってしまって、ジェイドさんにバレないように、こっそりパンのおかわりをしておいた。

 一瞬、体重計のことが頭を過ぎったのは内緒だ。……大変美味しゅうございました。


 ……食後、リゼルさんが部屋に戻ろうとしていた私たちに声をかけてきた。



「今晩、眠る前に、一杯ご一緒にどうですかな?実は見せたいものがあるのですよ」



 にっこりと笑って、髭を扱いているリゼルさんに、私とジェイドさんは顔を見合わせた。

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