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治癒術師と桃色鮭に魅せられて 中編

 台所に買ってきたドラットを運び込む。

 おおぶりのドラットは、あちらの世界の鮭と同じくらいのサイズで、大きなドラットともなれば、まな板からはみ出してしまうほどだ。



「マルタ。どうすればいい?」

「取り敢えず、これをさばいて欲しいの。ドラットは卵と血に毒があるから、さばくときに触れないように何か手袋とかして欲しいな」

「わかった」



 それを聞いた私は、戸棚から調理用のゴム手袋を取り出して着け、ドラットに包丁を入れた。

 ドラットのお腹を包丁で裂くと、薄い皮膜で包まれたたっぷりの筋子が姿を現した。

 筋子はいくらにする前は少し黒ずんだ膜に覆われていて、お寿司屋さんでみるようなきらきらした赤色ではない。……はっきりいって今の段階では、あまり美味しそうな見た目では決してない。


 私はこの筋子が、おいしいいくらのしょうゆ漬けになることを想像して、思わず唾を飲んだけれど、マルタは毒がある食べられない部位だと思っているためか「うへえ」と小さく声を漏らした。

 筋子を取り出したあと、お腹に残った血合いは水で綺麗に洗い流して取り除いておく。



 ――よし、ここまでは完了! さて、次はおろしていきますか!



 私は気合を入れて腕まくりをすると、ドラットを三枚におろしていった。



「ほー。上手だねえ」

「毎年冬に新巻鮭が送られてきてたからね……嫌でもなれたよ」



「あらら、まきしゃけ?」なんて不思議そうな声をあげているマルタを余所に、私はドラットにすいすいと包丁を入れていく。

 エラから包丁を思い切り差し込んで、中ほどまで切れ目を入れたら、ひっくり返して逆の方向からまた同じことをする。これで頭と胴体が切り離せる。次に頭を切り落とせたら、骨のうえを滑らせるように、尻尾に向けて包丁を入れる。これで半身がおろせたので、反対側も骨の上を滑らすようにしてきっていく。尻尾まで切り終えたら、三枚おろしの完成だ。



「おおお!見事に骨と身に分かれたね!」

「ほお。見事なもんだな」



 そのときだ。マルタの声に被さって、急に聞き覚えのある男性の声が割り込んできた。

 手元から視線を上げると、ダージルさんが台所の窓から顔を覗かせていた。



「ダージルさん! お疲れ様です」

「おう。そりゃドラットか? いいねえ、俺大好きなんだよなあ」

「そうなんですか。今晩うちはドラットを使った料理にしようと思って。ダージルさん、お仕事は終わりですか? 夕食は今日どうされるんですか?」

「昨日から夜通し仕事をしててなあ。今日はこれで終わりだ。夕食は……考えてないな」

「そうですか。ならご一緒にどうですか」

「お! ほんとうか!? そりゃ嬉しいな」



 ダージルさんは私がそう言うと、ぱっと表情を明るくさせた。



「というか、最初から夕食……いや、あわよくばお酒にありつこうと、ここに来てません?」

「……バレたか?」



 バレるもなにも、先ほどからダージルさんの視線は私の手元のドラットに釘付けだ。

 とても解りやすいダージルさんの様子に私は思わず苦笑した。



「バレバレですねえ。あ、でもダージルさんは運がいいですよ。丁度美味しい日本酒がありますから是非ご一緒に」

「おおお! そりゃいいなあ。楽しみだ……」

「でも今日はどんな料理が出ても、文句は言わないでくださいね」

「……お? わかった。じゃあ、俺は夕食時まで一旦帰って寝てくるわ」

「お仕事お疲れ様です」

「おー。じゃあ、またな」



 ダージルさんはそう言うと、台所の窓から離れて、王城のほうへ去っていった。

 ……ダージルさんが来るなら、おつまみも何品か追加で作ろうかなあ。

 そんなことを考えながら、ドラットを捌くのを再開しようと――ふと、隣のマルタをみると、彼女が真っ赤になって固まっているのに気づいた。



「……マルタ?」

「………………」



 マルタは瞬きひとつせずにダージルさんが去った方向を眺めて、少しだけ震えている。



「どうしたの? マルタ。大丈夫?」

「……~~~~っ! すごい……」

「へ?」

「すごい! 流石、聖女のおねえさん! だ、団長様と知り合いなの……!?」



 興奮したマルタは、私の手をとり、ずいっと顔を寄せてきた。



「だだだだ、団長様、今日はこちらで夕食をめめめめめ、召し上がると……!?」

「落ち着いて、マルタ。凄いどもってるよ」

「お、落ち着いていられない! だって、団長様だよ……! ああ!」



 マルタは両手で顔を押さえると、体を左右に振ってなにやら悶えている。

 ……この反応は……もしや。



「マルタの好きなひとって」

「……そうなの。団長様なの……」



 マルタはとろりと目を潤ませて、切なそうにため息を吐いた。

 頬も薔薇色に染まり、うっとりとダージルさんの去った方向を眺めているマルタは、如何にも恋する乙女と言った風情だ。



「へえ。ダージルさんかあ」

「素敵だよねえ。あの精悍な眼差し! 歴戦の勇士たるにふさわしい体に沢山ついた傷の数々! 団長様ひとりだけが着ることが許されている漆黒の鎧! なにより、笑ったときに出来るあの笑い皺がなんとも優しそうで……たまらない」

「そうだねえ。ダージルさんのあの笑い皺は、私も素敵だと思うよー」

「そう! 素敵なの! ああ! 団長様……! こんなに近くでお顔を拝見できただけで、あたし……幸せ!」



 はしゃぐマルタを見て、私はふと不思議に思った。

 そういえば、マルタは自分とは「全然つりあわない人」と言っていた。

 ダージルさんには奥様は居ないはず。そういう意味では恋愛対象として問題ないはずだ。それ以外でつりあわない理由というのはなんだろう。

 私は聞いていいものか少し躊躇しながらも、控えめにマルタにそのことについて聞いてみた。

 すると、マルタは顔を更に切なそうに緩ませて、私に教えてくれた。



「ほらみて。このローブの袖」



 マルタの白いローブの袖には青いラインが入っている。



「これは平民上がりの証なの。あたしは貴族でなくて、平民なんだよ。たまたま魔法の才能があったから、城勤めの治癒術師になれたけど……本来なら、団長様のような貴族出身の方とはお話できるような立場じゃないんだ」

「平民……」

「そう。茜の世界はそういう身分差ってないの?」

「大昔はあったよ。けど、今はそういうのは私の国にはないんだ」

「そうかあ。……益々羨ましいなあ」



 マルタは袖のラインを指で弄って、どこか沈んだ様子だ。

 ……そうか。身分差か。私自身、身分差があまりない世界からきたものだから、そういう理由もあることを失念していた。マルタには悪いことを聞いてしまったかもしれない。



「それにね、団長様は若くして亡くなった奥様をずっと想い続けているんだって」

「えっ……そうなの!?」



 マルタの口から紡がれた、思いも寄らないダージルさんの過去に、私は戸惑ってしまった。



「結構有名な話なんだよ。幼馴染の令嬢と結婚したんだけど、数年で病気で亡くなってしまったんだって。それはそれは仲睦まじいご夫婦だったって。子どもも出来る前の話で……だから、団長様には奥様の死後に沢山の縁談の話がいったんだけど、奥様以外の方は考えられないって全部断っているって。お家は弟さんに継がせて、本人は騎士団の仕事に打ち込んでるんだって」

「そうなんだ……」

「それにね。毎月奥様の亡くなった日は、仕事を早めに切り上げて、お墓参りに行ってるんだよ……これは、余り知られてないことだけど」



 いつも豪快に笑って、お酒を飲むダージルさんしか知らない私には、ダージルさんの新しい一面が凄く新鮮だった。確かに騎士団長という立場で、あの歳で独身というのは何か事情がないとありえないだろう。



「優しいよねえ。今も奥様を愛しているんだねえ。団長様らしい……」



 マルタはそう呟いて、そして瞳いっぱいに涙を滲ませて、



「でも、そういうところも含めて、好き。好きなんだあ……」



 と、切なそうに、苦しそうに言った。



 ダージルさんへの思いに浸っていたマルタは、ふう、と長く息を吐くと、ごしごしと袖で涙を拭い顔を上げた。



「さあ、湿っぽい話はやめにして続きをしよう! 団長様も食べるんだよねー? 気合いれなきゃ」

「……そうだね」



 マルタはさっきまでの切ない顔はどこへやら、張り切って腕まくりをすると、筋子を素手で(・・・)掴んだ。

 ――え、あ! 毒……!



「ま、マルタ!」

「大丈夫。あたしに毒は効かないよ」



 毒が含まれている筋子を素手で掴んだマルタは、ふんわりと優しい笑みを浮かべていて、慌てている様子も毒に侵されている様子も無い。

 よくよく見ると、マルタはうっすら光を纏っている。何かの魔法が発動しているようだ。



「あたしね、回復魔法は全然駄目なの。だけど、最初から解毒の魔法だけは大の得意でね。あたしの周りにこうやって解毒の魔法を常時展開させているの。だから、あたしに触れた毒は毒性を発揮する間もなく解毒される。……それと、それだけじゃないのよ」



 マルタは筋子を指で少しだけちぎった。

 ぷつ、と卵が割れて、赤い汁がマルタの手を汚す。

 そして、それをマルタは躊躇なく口元へ運んで――舐めとった。



「あたしには解毒魔法しかなかった。そんなあたしが、城勤めの治癒術師で居るためには、あらゆる毒を食べ、あらゆる毒を感じ、あらゆる毒の味を覚え――毒に精通する、毒の専門家になるしかなかった」



 マルタは口の中でぶつぶつと呪文を唱える。

 すると、不思議な文様が描かれた魔法陣がマルタを中心にして現れ、同時にドラットの身や筋子にも不思議な魔法の文字が纏わりついた。



「ドラットの毒は、痺れ、腹痛、嘔吐を引きおこす。それを私は中和する」



 マルタがそう宣言すると同時に、魔法の文字がドラットの筋子に染みこんでいった。

 その瞬間、マルタの周りに展開されていた魔方陣も掻き消えた。



「これが『毒味のマルタ』の由来。……お陰で、今はとっても重宝されているんだよ。平民だけど、あたしを馬鹿にするやつは、もういない」



 魔法の文字が消えた後のドラットは見た目は全く変わっていない。

 ……本当に、毒が消えたのだろうか。



「ふふふ。信じられない?」



 私の疑問が顔に出ていたのか、マルタは可笑しそうに笑った。

 私はそんなマルタに、頭をゆっくりと振った。



「ごめん、ちょっとだけ疑っちゃった」

「見た目じゃわからないもん。茜には何の実績も示せてないからね。仕方ない」

「本当にごめんね。でも、マルタを信じるよ。私、頑張って美味しく仕上げるから! マルタも食べていってくれるよね?」

「え、本当?仕事が済んだら帰ろうと思ってた」



 私はマルタが笑うときのように、にっと歯を見せて笑って言った。



「だって、ダージルさんも来るよ? 身分がどうあれ、この家だったらそんなの関係なく一緒にご飯を食べられるんだよ…………食べていこうよ」



 その瞬間、マルタはそのことを思い出したのか、ぽんっと破裂音がしそうなほど一瞬で顔を真っ赤にさせて、ちょっとだけわたわたと慌てた後、はにかんで頷いた。



 マルタはいったん職場に戻って、報告書を仕上げてくるとのことだったので、彼女を見送って調理を再開する。

 三枚におろした身は、半身(はんみ)分は不要な骨が多い部分をそぎ落として、刺身用の柵にした。



「茜、手伝うよ」

「あ、ジェイドさん。ありが……近くないですか?」



 手伝いを申し出たジェイドさんが何故か私の背後に立っている。

 背中にジェイドさんの体が触れているし、ぴったりとくっついているから、僅かに吐息が感じられるほどだ。



「……近くないよ」

「いや、近いでしょう」



 何故かジェイドさんは拗ねたような声を出している。

 不思議に思って顔を上に逸らすようにしてジェイドさんを見上げると、口をへの字にしたジェイドさんと目が合った。

 ジェイドさんはふう、とため息を吐くと、私の額に唇を落としてから側から離れていった。

 いきなりの柔らかな感触に、私が目を白黒させているとジェイドさんはそのまま「エプロンをとってくる」と言って台所から出て行った。


 ……どうしたんだろう。


 一瞬見えたジェイドさんの顔は不機嫌丸出しで、急に機嫌が急降下する理由がわからない。

 それにしても……。

 私は自分の額を押さえる。

 まだ額にはジェイドさんの柔らかな唇の感覚が残っている。



 ――ジェイドさん、油断も隙もないったら……!



 私は余りの恥ずかしさと、嬉しさに、足をじたばたとさせて、湧き上がってくる感情を紛らわせた。



「はあ……」



 漸くジェイドさんへの湧き上がる思いを押さえ込んだ私は、何はともあれ早めに処理したほうがいい筋子に手をつけた。

 いくらのしょうゆ漬けは出来ることなら長めに漬け込みたい。

 私は食塩水の中で筋子を揉み洗いすると、人肌程度のぬるま湯へ移して、薄皮をとっていく。

 みっちりと薄皮にくるまれていたいくらは、ぬるま湯のなかで少し白っぽく変色する。

 でも、大丈夫。後で醤油につけると、きらきら綺麗な赤色に変わるのだ。

 丁寧に丁寧に薄皮を取っていると、ジェイドさんが戻ってきたので、貝汁用の出汁をとってもらうようにお願いした。



「わかったよ。任せておいて」

「…………よろしくお願いします」



 私はあんなにも動揺していたというのに、ケロっとした顔で戻ってきたジェイドさんがちょっと恨めしくて、ムッとして睨みつけてやると、彼はふっと笑って視線を手元の鰹節に落とした。

 ……これはあれか! 経験値の差なのか……!?

 私はいつもジェイドさんの一挙一動に翻弄されているのに、ジェイドさんはいつも余裕綽々だ。



「なんか、理不尽!」

「なにが?」



 急にそんなことを叫んだ私をジェイドさんが、きょとんとした顔で見ている。

 思わず言ってしまった言葉だけれども、正しく私の本心だったので「別になんでもないですー」といって誤魔化しておいた。

 ジェイドさんは首を傾げているけれど、それは無視した。

 女心は複雑なのだ。



 筋子の薄皮を取る作業はなかなか大変だ。

 金網があれば、それに擦り付ければいいと聞いたことがあるけれど、私は正直それは怖くてやったことがない。なんだかぷちぷちとつぶれてしまいそうで、恐ろしいのだ。

 なので私はこつこつと地味に一つ一つ取り除いていった。

 最後に冷水で筋子を洗うと、とりきれなかった薄皮も浮いてきて、ひと塊だった筋子から、ばらばらのいくららしい姿へと変わった。



「これからどうするんだい?」

「この後は、水気を切って、醤油と酒とみりんを混ぜたものに漬けて冷蔵庫に保存するだけですよ」

「へえ、結構簡単に出来るんだね」

「そうなんですよ。でも、ぷちぷちしてとっても美味しいんです。期待しててくださいね」

「正直、元々毒のあった部位だから、複雑な気分だけどね」

「本当ですねえ。でも、マルタが解毒してくれたから大丈夫でしょう。楽しみ!」

「俺も楽しみだ」



 大きなタッパーにいくらと合わせ調味料を入れて、冷蔵庫にしまう。このまま最低1時間は置けば食べられるはずだ。

 その時点で時計を確認すると、そろそろ妹が帰ってきそうな時間だった。



「ジェイドさん。海苔をちょっと炙らなきゃ」

「わかったよ。どうしようか」

「箸休めも作って……おつまみも簡単なのを……」



 ふたりで色々と相談して、協力して料理を仕上げていく。

 妹が帰ってくる頃には、全ての料理の準備が終わっていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「おねえちゃん、ただいまー!」



 妹が元気に玄関を開けて、ばたばたと慌しく入ってくる。

 そんな妹に「帰ったら手洗いでしょ!」といつものように口うるさく言うと、妹はいつもなら「わかってる!」と膨れるのに、今日は台所の入り口で立ち止まって鼻をひくつかせていた。



「酢飯の匂い……」



 どうやら甘酸っぱい酢飯の匂いに気づいてしまったらしく、妹はキョロキョロしながら台所に入ってきた。

 そして配膳台に乗っているお刺身と酢飯をみて「お刺身だああああ!」と大騒ぎし始めた。



「ひより、騒いでないで手洗ってきなさい」

「なんで!? おねえちゃん、お刺身は危ないからって駄目だねって前に話してたでしょう?」

「カイン王子にいい人を紹介してもらったの」

「ええええ!? カイン、本当!?」



 妹がそう言うと、ひょっこりと後ろからカイン王子が顔を出して、少し照れながら頷いた。



「うそ! カイン!」



 妹は感極まったのか、頬を染めてカイン王子に抱きつき、そのまま居間のほうへと倒れこんだ。

 どすん! と大きな音がして、下敷きになったカイン王子はとても痛そうだ。



「ああ、ごめん! カイン!」

「いや……うっ……」

「殿下、そこは抱きとめないと……かっこ悪い……」

「だ、黙れ!セシル!」



 どうやら姿は見えないけれど、セシル君もいるようだ。

 そのあと、妹がカイン王子のぶつけた場所を思いっきり抱きしめて、カイン王子が固まってしまったり、セシル君が大量の白いハンカチをうっかり王子の頭にぶちまけたりして、大騒ぎだった。

 大暴れしている若者達を呆れて眺めていると、廊下に繋がる扉からちらちらと白いローブが見えているのに気づいた。

 私は騒がしい居間を抜け出して、そっと廊下に出る。すると、玄関へゆっくりと向かっているマルタの後姿があった。



「マルタ?」

「ひゃ、ひゃい!」



 私が声を掛けると、マルタはびくっと身を竦ませ、恐る恐るこちらを振り返る。

 振り返ったマルタの顔は真っ青になっており、何故か足が震えていた。



「あああああ、茜ぇ……」

「マルタ? どうしたの?」

「おおお、王族が」

「王族?」

「王子様が普通に……あたし、帰る……」



 どうやら、マルタは王族であるカイン王子が居ることに怯えているようだ。

 ……そりゃ、平民だもの。これが普通の反応だと思う。



「なんか、あたしやらかしそうだから! 失礼なことをして首ちょんぱなんてことになったら! おかあちゃんに申し訳ないし!」

「……いや、大丈夫だよ。カイン王子なら。寧ろそれをいったら、うちの妹なんて恐ろしいこと仕出かしてるよ。無礼打ちレベルの話じゃないよ」

「なにいってるのよー! 聖女さまなんだから、あたしとは違うでしょ!」

「あ、それはそうかー」

「茜ぇ! のほほんと構えすぎ! 平民舐めんな! やっぱり帰る!」



 帰る、駄目だなんてやりとりを玄関先でぐだぐだやっていると、マルタがとうとう堪りかねて、私へ掴みかかってきた。そのときだ。暗い玄関の向こうから大きな手が伸びてきて、マルタの白いローブのフードを掴んだ。



「ぐえっ」

「おうおう、こんなとこで何やってんだ」

「あ、ダージルさん」



 突然のダージルさんの出現に、マルタはまるで石のように固まってしまった。



「揉め事か?」

「いや、違いますよ。お客様を居間までご案内するところだったんです」

「ほう」



 ダージルさんがいつもは優しげな瞳を、きらりと光らせてマルタを眺めた。

 マルタは瞳に涙を貯めて、ダージルさんを見上げた後、私をみてぱくぱく口を開閉すると、視線で助けを求めてきた。

 そんなマルタに私は、にっこりと笑って親指をぐっと立ててやる。

 瞬間、マルタの顔が絶望に染まった。



「じゃあ、俺がエスコートをしようかね。お嬢さん、お名前は?」

「まままままま、マルタです……」

「おう、マルタ。じゃあ、いこうぜ。あっちだ、あっち」



 ダージルさんはそう言うと、靴を脱ぎ散らかした後、マルタの肩を抱いて、さっさと家の中に入っていった。そのときのマルタの顔は、褐色の肌だというのにはっきりとわかるくらい真っ赤だった。

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