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セシル視点 ジャンクなお誘い 後編

「カイン。待ってたよ!セシルもいらっしゃい!」

「今日は馳走になる」

「うん。うん。ソファに座ってて?今、もってくるから!」



 聖女さまは軽い足取りで台所へ消えていく。

 殿下は慣れた様子で靴を脱ぐと、居間へ置いてあるソファに座った。



「ふふふー。お待たせ~」



 暫くすると、聖女さまが盆に山盛りの何かを盛ってやってきた。

 そこに乗っていたのは、真っ黒な得体の知れない飲み物と、何やらカラフルな絵が描かれている沢山の袋や箱。

 どうみても夕食には見えないそれに、僕も殿下も困惑してしまい顔を見合わせた。



「ひより、それは……」

「お菓子だね」

「菓子なのか」

「うん。お菓子だよ」



 聖女さまは楽しそうに目を細めて、「くっくっく」と笑っている。

 ……俺と殿下はからかわれているのだろうか?



「菓子じゃあ夕食にならないだろう」

「何いってるの!カイン!そういう問題じゃないんだよ!」



 聖女さまは殿下の言葉にいきりたち、声を荒げた。

 そして、なにやら空のお茶碗を手に持って天高く掲げた。



「今日は日本のお菓子を思う存分食べる日なのです!おねえちゃんのいない間に!」

「……ひより、一番重要なのは最後の一文だな?」



 僕達のしらーっとした雰囲気に、聖女さまはたらりと冷や汗を流した。

 けれども、あの(・・)聖女さまだ。彼女は、一瞬で立ち直ると、再び、



「……鬼の居ぬ間に!お菓子をお腹いっぱい食べるの!」



 と興奮気味に叫んだ。

 僕は今頃王妃様の夕食会で半泣きになっているだろう姉に意識を飛ばした。

 ――茜様。知らないところで鬼よばわりされてるよ……。

 なんだかあの姉が非常に不憫でならなくなった僕は、心の中で告げ口をしておいた。



 コップを三つ用意した聖女さまは、黒い液体をそこに注いだ。

 途端、しゅわしゅわしゅわと泡が弾ける音がする。



「聖女さま。それは一体」

「これはコーラだよ~なんかねえ……色々混ざってる飲み物」

「何が混ざっているんですかね!?」



 聖女さまはにやりと不適な笑みを浮かべて、今度は、ばりん!と大きな袋を開けた。



「……ひより。それは?」

「ポテトチップ。じゃがいもを薄く切って揚げたのに……コンソメ味……うーん、色々混ぜた粉をかけたもの」

「なんの粉なんだ……」



 次は平べったくて、薄いクリーム色の菓子が沢山入った袋を開けた。

 聞きたくないけど、聞かなければ得体の知れないものを食べさせられそうな予感がするので、恐る恐るきいてみる。



「……それは?」

「ハッピー回転っていう昔から人気のお菓子。……この米を揚げた板についてる粉がね……」

「……ごくり」

「中毒者続出の魔法の粉なんだよ……」

「怪しすぎるッ!」



 途端、殿下が頭を抱えた。

 じっと聖女さまが用意した菓子をみる。……見た目は、そんなに悪くないのが救いだ。

 黒い飲み物は……見なかったことにしよう。



「大丈夫、大丈夫。体に悪いものは……そんなに入ってないよ」

「入ってるのか!?」

「日本の基準をクリアしてるものばかりだから、こればっかり食べ続けたりしなければ健康を害することはないよ。うん」

「……本当にそうなのか……?」



 異界の菓子とは粉がかかっているのが基本なのだろうか。

 芋をあげたという、ポテトチップなるものを一枚手にとって見る。

 殿下は険しい表情で、僕を見ている。

 護衛である僕が毒見を買って出るべきだ。僕は殿下を少しの間みつめると、小さく頷いた。



「じゃあ、いただきまーす」



 僕達の不安げな様子を気にするそぶりもなく、聖女さまは菓子をぱくぱく摘み始めた。

 頬を緩めて、美味しい美味しいと黒い飲み物すらごくごく飲んでいる。



 ……ごくり。



 僕は唾を飲み込むと、手元のポテトチップの匂いをくん、と嗅いだ。



 ――ん?



 意外とそれの匂いは悪くない。香ばしい……なんだろう、野菜をたっぷり煮込んだスープのような香りがする。

 恐る恐る前歯で割ってみると、ぱり、と軽い音がして簡単に割れた。

 ざく、ざく、と噛み締めるたびにいい音がする。

 そして、思いのほか味が濃い。正直芋の味はしない。聖女さまが言う粉の味なのだろう、しょっぱい味が口いっぱいに広がる。それは、ごくりと芋を飲み込んだ後も口の中に残るほどだ。



「ささ、セシル。どうぞどうぞ~」



 その時、聖女さまがなんとも意地の悪そうな笑みを浮かべながら、僕の手に黒い飲み物を握らせてきた。

 ……こんな得体の知れないものを飲めと!?

 抗議の念も含めて、目を見開いて聖女さまをみたが、聖女さまは手でくいっとコップを煽る動作をして、にやにや笑っている。

 正直さっきのポテトチップとやらの濃い味を飲み物で流したい気持ちはある。

 あるけれども……。

 手元のしゅわしゅわ水泡を弾けさせている飲み物を飲む勇気が中々湧かない僕は、助けを求めるように殿下を見た。

 その時、僕は驚くべきものを見てしまい、自分の眼を疑った。

 殿下はとても爽やかな笑みを浮かべ、行け!といわんばかりに聖女さまと同じ、コップを煽る動作をしたのだ。

 僕は信じていた殿下に裏切られ、どん底に突き落とされたような絶望を感じて、自棄になって黒い飲み物を煽った。



 ――しゅわ、しゅわしゅわしゅわしゅわ……。



 喉の奥で水泡が弾ける。

 口の中がちくちくと痛んだかと思うと、一気に甘みを感じた。

 その甘みは決してくどくはなく、どちらかというと爽やかな甘さ。そして鼻を抜ける果実の香り。

 ……そうか、聖女さまが言っていた混ぜたものというのは果実のことか?

 僕はそう自分を納得させると、もうひと口飲んだ。

 そんな僕の様子を、殿下が驚愕の表情でみているのが視界の隅に見えたけれど、今はそれどころではない。

 再び口に含んだ黒い飲み物を、ごくりと飲み込むと、口の中がさっぱりしているのにも驚いた。

 あんなに甘かったのに、もうその名残は無い。

 これならば、あのポテトチップをまた食べてもいいかもしれない。そう思わせる、不思議な飲み物だ。



「美味しいでしょ~」

「……悪くないですねえ」



 指についた、ポテトチップの粉を舐める。……この食べ物は一体なんといえばいいのだろうか。

 物凄く、感動するほど美味しい訳ではない。不味くはない。どちらかというと美味しい。

 一度食べると、なんとなく次の一枚が欲しくなってしまう。なんだか癖になる味だ。



「正直驚きましたね。こんな色なのに……なかなかいける。それにこの菓子も飲み物と合いますね」

「でしょう!コーラ好きなんだよねえ。飲みすぎるとカロリーで爆死するけど」



 ふうん、と聖女さまのカロリーなる謎の発言を聞き流し、もうひとつの菓子にも手を伸ばした。

 もしかして、これもいけるのかもしれない。

 先ほどのポテトチップよりも沢山の粉を纏っているその菓子を手に取り、また匂いを嗅いだ。

 ……おお。甘い匂いがする。

 先ほどはどちらかというと、塩っ辛い匂いがしたけれど、これはふんわり甘さを含んだ匂いだ。



 ――さく。



 その菓子は驚くほど軽い歯ざわりだった。軽い生地はさくさくとしていて、口の中にはいると途端に溶ける。そして何よりもその味。



「んん。なんだこれ……!」



 いうならば、あまじょっぱい。ただその一言に尽きる。

 けれども、それだけではない。舌から脳内へ、恐ろしいほどの旨み成分があることを教えてくれている。

 僕は、菓子が入っていた透明な包装の中に残っていた粉を指で掬い取り、口へ運んだ。



 ――だめだ。この粉だけでももっと欲しくなる。この粉は一体……!



 思わず袋の中の粉を見つめる。

 恐ろしいほどの美味さだ。魔性の粉。そう「魔性」という言葉がぴったりだ。

 僕の体はこの粉をいま、恐ろしく求めている。



「ど、どうした、セシル……?」

「大丈夫だよ。このハッピー回転の魅力に当てられちゃっただけだと思うよ……。流石、ハッピー回転。外人さんにも影響大なんだね……恐ろしい」

「ひより、セシルは本当に大丈夫なのか!?中毒になったりは」

「……定期的に食べたくなる呪いにはかかったかもしれないね」

「呪い!?ひより……お前、なんてことを!」



 殿下は大いに焦って聖女さまに詰め寄っている。

 僕は殿下がこちらを見ていない隙に、ハッピー回転の袋を開けて一枚取り出した。

 そして、気配を消して殿下の後ろに立つ。

 聖女さまは僕に気づいたようだけれど、僕の手に握られている菓子を目にすると、にやりと笑って知らないふりをしてくれた。

 僕は聖女さまに感謝しながら、ぽん、と殿下の肩を叩く。



「セシル!お前、呪いに――ふがっ!」



 僕は殿下が振り向いた瞬間に、殿下の口にハッピー回転を無理やり押し込んだ。

 そして、吐き出せないように口を押さえる。

 ……本当なら、こんなことをしたら不敬罪で捕らえられてしまうけれど、そこは僕と殿下の仲だ。

 殿下は一瞬目を白黒させて、暴れたけれど、直ぐに口の中に広がる味に気づいたようで、抵抗をやめてもぐもぐと黙って咀嚼していた。そして、暫くしてごくりと口の中を飲み込むと、僕の手を外し、



「なんだ、ただ美味いだけじゃないか。心配して損をしたな」



 と、ケロリと言い放った。

 その瞬間、僕と聖女さまの目が据わった。

 なんだろう、非常に腹立たしい。



「ちょっと。セシル。カイン抑えておいて?」

「わかった」

「……な、なんだ!?なにをする、お前ら……!」



 聖女さまは、盆からなにやら新しい袋を取り出す。

 みると、その袋には何やら腰の曲がった年寄りのイラストが書かれていた。

 その袋からひとつ菓子を取り出す。それは平べったくて丸い、飴色の菓子だ。



「カインは意外と甘党だったよね……」

「そ、そうだが、それがなにか」

「ふふふふ、おばあちゃん無限スパイラルに陥るがいい……くらえ!『おばあちゃんのぽちぽち焼き』ッ!!」



 聖女さまはそう叫ぶと、勢いよく殿下の口にぽちぽち焼きなるものを突っ込んだ。

 殿下は一瞬驚いた顔をしたけれども、僕に押さえつけられた体勢のまま、もぐもぐとその菓子を食べていく。

 最初はなんでもないような顔で食べていた殿下だったが、その菓子が無くなるにつれて、段々と顔色が変わってきた。

 そして、最後のひとかけらをごくり、と飲み込んだ瞬間。



「あまじょっぱい……」



 と、目を瞑って味の余韻に浸っている。

 そして、次の瞬間カッと目を開けたかと思うと「もう一枚よこせ!」と叫んだ。

 僕は殿下から手を離し、聖女さまと並んでにやにやといやらしい笑みを浮かべる。



「おばあちゃんのぽちぽち焼きは、一度食べると止まらない中毒性があるんだよ……気づくと手元にある分を全部食べてしまう恐ろしい食べ物なの……冬にこたつに入りながら、温かいお茶とのコンボを決めると、もうこたつからでなくていい!そんな駄目人間になれる、素晴らしいお菓子なの!」

「恐ろしい……異界の菓子、なんて恐ろしいんだ……!」

「いや、御託はいいからもう一枚くれ」



 それから暫く、三人で色々な菓子をつまんだ。

 聖女さまは途中白飯を持ち出してきて、それにポテトチップとマヨネーズをかけるという暴挙にでたりもした。三人で頭を寄せ合って、それを食べて意外に美味しいことに驚いたり、「きのこ」と「たけのこ」という似たような菓子を食べ比べたり、騒がしい時間を過ごすことができた。

 それは夕食とはいえるものではなかったけれども、思いつくままにいろんな菓子をつまむその時間は、とても楽しいものだったと思う。



「ひより、今日は馳走になった。……楽しかった」

「あはは。それならよかった。なんかごめんね、付きあわせちゃって」

「いや、気にしなくていい。それに、もう直ぐ長期遠征だ。ひよりにはまた大変な思いをさせてしまうからな……楽しい時間というのは、貴重なものだ」



 玄関先で別れを惜しむふたりを、僕は少しはなれたところで見ていた。



 ――あーあ。切なそうな顔しちゃって。



 僕は半ば呆れて殿下を眺めた。

 多分、他の誰かからみると、殿下はいつもどおりの変わらない表情に見えるだろう。

 殿下とて王族だ。表情を取り繕うのには慣れている。

 けれども、小さい頃から一緒にいる僕にはわかる。

 殿下の中の恋心は、聖女さまと会うたびに膨れ上がり、身を焦がすほどになっているだろうってこと。

 そして、それを必死に押し隠している。

 昼ごろ話したような、王族の立場も理由のひとつだろう。

 だけどそれ以上に、聖女さまに罪悪感を感じている。

 好きだからこそ、大切だと思うからこそ、その相手を危険な場所へ連れ出しているのは、自分の国であり、そして自分であると、そのことを決して忘れることはない。



 ――まあ。間違ってはいないさ。無駄な争いはないほうがいい。



 僕はなんとはなしに、空を見上げた。秋空は変わりやすい。さっきまで晴れ渡っていたのに、いまは雲で覆われている。……このあと、雨でも降るのだろうか。



「出発は、一週間後だ。準備をしておいてほしい」

「うん、わかったよ」

「……君には、また迷惑をかける」



 殿下は聖女さまに小さく頭を下げた。

 聖女さまはそんな殿下に、ふっと僅かに微笑んで、とん、と拳を殿下の胸に軽く当てた。



「大丈夫。カインが守ってくれるんでしょう?……頼りにしてるから」

「…………!……ッ、必ず守る。任せておけ」



 僕はそんなやりとりをしているふたりに背を向けた。

 これ以上見ていられるものか。



 ――まったく。ややこしいことだ。



 その時、ぽつ、と僕の頬につめたいものが落ちてきた。

 それを指で拭って、空を見上げる。ああ、とうとう降り出してきた。



 ――僕の大切な幼馴染。その淡い恋心を素直に応援してやりたい、なんて。



 僕は雨が降ってきたことを殿下に告げ、足早に王城へと戻りながら、その道中「ややこしい、ややこしい」と適当な節をつけて歌い、殿下を「やっぱりお前何かの呪いに!?」と心配させた。

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