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聖女曰く、バーべキューとは肉祭り 後編

「おねえちゃん!お肉焼けたよー!」



 妹が元気よく私を呼ぶ。



「はい、おねえちゃんのお肉と野菜ー」

「ありがとう、ひより。ずっと焼いているみたいだけど、大丈夫? 疲れてない? 代わろうか?」

「大丈夫ー。好きでやってるから! ふふふ、ここにいると一番おっきなお肉を自分で育てられるからね。そして誰にも渡さず一番美味しいところを食べられるわけよ。いやー役得役得」

「それ以上に大変だと思うけどね……。じゃあ、任せたよ。あとで牛のたたき作らせてね」

「たたき……やだ、おねえちゃん素敵! 愛してる!」

「そういう甘い言葉は好きな相手にいいなさい」

「そういう相手いないもーん」



 ――ガタガタッ!

 妹がそう言うと同時に、妹のやや後ろに座っているカイン王子が急に体勢を崩した。

 何故かカイン王子は頭を抱え、大量のハンカチを取り出したセシル君に慰められていた。

 ふたりは幼馴染らしい。仲が良さそうでなんとも微笑ましい。



「茜、はい。ビール」

「ジェイドさん……! ありがとうございます!」



 ジェイドさんから渡されたのはキンキンに凍らせたビールジョッキ。

 私がジョッキを受け取ると、ジェイドさんが冷凍室で限界まで冷やしたビールを注いでくれた。



 しゅわしゅわしゅわしゅわ……



 泡のはじける音がして、私は思わず頬を緩める。

 ふわっと香る麦の香りが、早く飲んで! と私を誘う。



「じゃあ、茜。乾杯」

「乾杯!」



 私は泡が鼻の下につくのも厭わず、一気にビールを煽る。

 凍ったジョッキにビールを注いだので、ジョッキの表面についた氷がビールの中で浮いている。飲むと、そこだけしょりしょりしていて何とも涼やか。きんきんに冷やしたビールは、どちらかというと苦味がいつもより控えめに感じる。すっきりとした喉越しと、しゅわしゅわ弾ける炭酸の刺激。下手をすれば頭がキーンとしそうなくらい冷たいビールが、真夏の火照っていた体をすうっと冷やしてくれた。

 そんなビールを真夏の暑い昼間に飲むのが……。



「……ぷっはあ! ああ、最高!」

「ですねえ」



 私とジェイドさんは白い泡の髭をつけたまま顔を見合わせて、お互いの思いがけない髭面に笑い合った。

 泡の髭をぐいっと拭って、ひよりが焼いてくれたお肉に箸をつける。

 たっぷりのたれで漬けておいたお肉。

 その肉を持ち上げてみると、大ぶりにカットした肉は、結構な厚みだ。

 たっぷりとつけだれを絡めて、ぱく、と食べると途端じゅわっと肉汁が溢れる。

 肉質は硬くはなく柔らかい。簡単に前歯で噛み切れるほどのその肉は、たっぷりの肉汁とともに、しょっぱ辛い味で、すこし濃い目の味付け。

 醤油と味噌とコチュジャン。そしてにんにくと生姜。その濃い味五重奏が私の口の中で交じり合って、無性に白飯かサンチュが欲しくなる。



「おねえちゃん。はいどうぞー」



 そこに妹が炙っただけの焼きおにぎりを渡してくれた。

 特に何もつけずに焼いた塩結び。

 私は口の中のお肉をもぐもぐやりながら、目線で妹にお礼を言うと、焼きおにぎりに齧り付く。

 炭火で香ばしく焼けた表面はカリカリ。カリカリのおこげ部分は堪らなく香ばしくて美味しい。

 そして、カリカリの内部の白いご飯は、空気を含んでふんわりしていて、噛み締めると一粒一粒ほろほろとほぐれ、お米の甘い味を感じさせてくれる。

 口の中に残る肉の脂の余韻と、濃い目の味付けのたれの味。

 そしてご飯の甘い味……ああ、至福の時。



「ひより……おいしい……!」

「でしょう! 私の肉の焼き方はプロも脱帽のレベルだからね! 炭の火加減とか、そういう微妙な調整が中々素人には難しいのだよ」



 妹が自慢げに胸を張る。

 バーベキューで肉を焼くプロってなんだろう……なんて思いながらまたお肉をひとつ食べ、ビールを煽る。

 強い夏の日差しがじりじりと肌を焼いているけれど、そんなの気になくなるほど、バーベキューのお肉は魅力的。そして、一緒に飲むビールを飲んだときの爽快感!



 ――ああ、夏だなぁ。夏って感じだなあ。



 昼間から飲むお酒は、アルコールの回りが速い気がする。

 ちょっと頬が熱くなっている感覚がして、気持ちがふんわり軽くなる。



「茜様! ステーキ焼けたぞ!」



 なんとなくぼーっとしていたらしい。気がつけば、もうひとつのバーベキューコンロでステーキを焼いていたゼブロさんが、お肉を持ってきてくれていた。



「レアが美味いんだこの牛は。食べてみてくれよ」



 そういってステーキの皿を差し出してくるゼブロさんは自信あり気だ。

 皿の上には三センチほどの厚みがある丸いステーキ。

 控えめに胡椒がまぶしてあり、断面から肉汁がじわじわと染みているのが見てとれた。



「うわあ、これは……見るからに美味しそうじゃないですか」

「ふふふ。そうだろうそうだろう。このフライドガーリックと一緒に食べると、昇天できるぞ」

「え、まだ私死にたくないですよ」

「はっはっは! 冗談だ! いいから食え食え!」



 豪快に笑ったゼブロさんを横目に見ながら、ステーキを箸で持ち上げる。勿論フライドガーリックごとだ。

 驚くほど分厚いステーキなのに、箸で持つと弓なりにしなる。そして、ぽたりぽたりと滴り落ちる肉汁があまりにも美味しそうで目に毒だ。


 恐る恐るゆっくりとひと口齧る――いや、齧りたかった。

 分厚いステーキは口に入れた瞬間、とろりとほぐれ、噛もうとする寸前で歯がいらないことに気づく。

 ゆっくりと唇で挟み込み肉を口から離すと、肉は簡単にぷつりと切れた。

 カリ……とフライドガーリックの硬い食感がする。そして、にんにくが少し焦げた香ばしい風味。

 肉はどうだろう。驚くほど柔らかいその肉は、脂がしつこくなくさっぱりとした味わい。

 そして、肉そのものが甘い。肉の旨み、それが充分に感じられて、噛み締めるほどに脳内から幸福成分がどばどば分泌されているのがわかった。



「……ッ!」



 あまりの美味しさに箸が止まらない。ぱく、ぱくと次から次へと口に運ぶ。塩胡椒とフライドガーリックだけの味付けの肉は、いくら食べても飽きがこない。美味しさに悶えながら、箸を運ぶ私を、ゼブロさんはニマニマと楽しそうに見つめていた。



「美味いだろう! シャトーブリアン。牛肉の中で最高に美味い部位だ。こないだのドワーフ騒動のときは、茜様にしてやられたからな! いち料理人としての意地よ」

「こんな美味しい料理と比べたら、私の料理なんて」

「それでも、ゴルディル様の心を動かしたのは茜様の料理だろ。料理の良し悪しは腕じゃない。違うところにあるのさ」



 ゼブロさんはダンディな口ひげを撫でながらニッと白い歯をみせて笑う。

 私は何だか照れくさくなって、小さくゼブロさんにお礼を言った。


 ビールに飽きてきて、ハイボールを飲み始めると、美味しいお肉につられて、正直お酒が進んで進んで仕方がない。

 私はご機嫌で、次々と新しいお酒を作っては飲んだ。



「茜。わかってますよね? 絶対に、お酒を飲みすぎてはいけませんよ」



 そんな私の様子をまじまじと見ていたジェイドさんが、なぜか急に至極真面目な表情で私にそういった。

 わたしの頭はその言葉に一瞬停止したけれど、あの馬車事件を思い出してはっとする。



「もももも、勿論ですよ! ジェイドさん」

「本当ですね。約束しましたよね」

「わ、忘れてはいませんとも!」



 じっとりと私を睨むジェイドさんの怖い顔はなかなか貴重だ。

 そうだ、私はジェイドさんと約束したのだ。

 ――お酒は飲みすぎない。万が一飲みすぎても、その時はジェイドさん以外の人と、一緒に居てはいけない!



「絶対に守りますから!」

「ええ。守ってくださいね」

「了解ですとも!」



 びしっ! と敬礼をして、手の中のグラスを見つめる。

 ちょっとペース配分を考えて、このハイボールを大事に飲もう。

 そう思って、私はちびちびとお酒を啜った。



 盛り上がる会場をそっと抜け出し、自分の部屋の扉を開ける。

 すると、ベットに寄りかかりひとり手酌で飲んでいるティターニアが居た。



「おまたせしました」

「ぬ。お主、流石に遅いぞ。それに酒臭い! 妾のいない所で沢山飲んできただろう! ぐぬぬ……妾を放って置いてお主は……」

「いやいやいや、違いますよ。ティターニア」



 私は慌ててティターニアの言葉を否定する。

 このままでは怒りに任せて、本当に呪われかねない。



「お酒を飲んでいたのは否定しませんけれどね。ティターニアにこれを食べて欲しくて。作るのに時間が掛かったんです!」



 そういって私が差し出したのは、赤身のお肉を周りだけ焼いて、アルミホイルで保温して暫く置いておいた塊肉を切り分けたもの――つまりは、牛肉のたたきだ。

 赤身部分は鮮やかに赤く、周りはこんがり焼けているそれを、ティターニアはまじまじと見つめた。



「これは、お醤油とわさびをつけてくださいね」



 そういって醤油を入れた小皿を渡した。

 ティターニアは「まずかったら呪う」なんていいながら、指で牛肉のたたきを摘むと、醤油につけて一口で食べた。



「――ぬ」



 その瞬間ティターニアが固まる。

 そして、その後無言でもう一枚取り、今度はわさびをつけて食べた。



「ぬう……」



 ティターニアが、頬を緩めて唸る。

 どうやら気に入ってくれたようだ。



「あれ、ところでお友達は? 呼んだんじゃないんですか?」

「なんじゃ気づいておらんかったのか。ほれ。そこにいるじゃろう」



 ティターニアは呆れ顔で部屋の隅を指差す。

 部屋の中、陽のあたらない場所、隅のほうになにやら薄ぼんやり半透明な何かが座っている。

 それは、真っ黒な布を頭から被ったような、人ひとり程の大きさのなにか(・・・)。それは酒が入ったコップを前に置いて、静かにその場に佇んでいた。

 そのなにかは私にゆっくりとした動きで、ぺこりと頭を下げる。するとそのまま停止した。

 私は顔を引き攣らせて、それに頭を下げ返すと素早く視線をティターニアに戻した。

 ――み、みなかったことにしよう……。

 出来ればあれが私が寝る前までには帰ってますように……。

 やっぱり得体の知れないものは苦手だ。



 しばらくたたきを摘んでいたティターニアは純米酒をくい、と煽るとふぅ、と脱力して息を吐く。

 そしてその杯を私に渡して、自ら酒を注いでくれた。



「お主も飲めよ。茜」



 ――あれ? 茜っていった? もしかして初めて名前を呼ばれたんじゃない?

 ティターニアがなんでもないことのように、さらっと言ってくれたその言葉が嬉しくて、浮かれた私はついつい渡された杯の中身を一気に飲み干した。



「ほ。いい飲みっぷりじゃの。ほれ、もそっと飲め」

「あ、飲みすぎると駄目なんだった……! ティターニア、ごめんなさい。もうやめておきます」

「酔えばいいじゃろう。誰が困るわけでなし」

「ジェイドさんと約束したんです」

「ふん、ヒトの雄との約束のほうが妾より大事だというのか?」



 あっけらかんとそう言い放つティターニアに苦笑しながら、私もひとつたたきを摘む。

 敢えてさし(・・)が少ない赤身部分をつかって作った牛肉のたたきは、口に入れるととろりとした食感。醤油の塩気と、わさびのピリリとした辛味が肉の甘みを引き立たせてくれる。

 たっぷりつけた黒胡椒もいい刺激で、あっさりさっぱりした味のたたきは何枚でもぺろりといける。



「日本酒とやらに、このたたきは合うのう」

「ですねえ。さっぱり味ですからね……あ、ティターニア。ステーキも持ってきてますから、こっちもどうぞ」

「おお。肉はいいのう。食い応えがあって」

「ティターニアは肉食女子なんですねえ」

「なんじゃ、それは」

「ええと……肉が……主食の、女子?」



 自分で言っておきながら、何だか意味が解らない。随分前に雑誌に書いてあったのだけれど。ティターニアも首を傾げながら、「妾の主食は酒じゃが。お主はまったくもって意味不明じゃの」と言っている。

 酒が主食な発言も、なかなかどうかと思う……。



「ときに茜。妾は、あの乳と魚のつまみも欲しい」

「あー……ごめんなさい。この間ので終わりなんですよ」

「なんじゃと!?」



 ティターニアはよっぽど驚いたのか、私のほうに身を乗り出してきた。

 そんな妖精女王をまあまあと抑えて、元の位置に押し戻した。



「あちらの世界にいたときに買ったぶんだけですからね。無限にあるわけじゃないんですよ。このたたきをつけている黒い調味料も、お米も持ち込んだものですからね……大分少なくなってしまいました」

「ぬう……。茜、それはあれか? 異界にはあのつまみは無限にあるのか?」

「いや、無限ではないですけどね。お店には沢山ありますよ、それこそティターニアが食べきれないくらいは」

「ふうん」



 ティターニアはそう言うと、何ごとかを考え始めた。

 そのとき、一階からジェイドさんが私を呼ぶ声が聞こえた。



「――ああ。行きますね。ティターニア、あまりお構いできなくてごめんなさい」

「よい。今日も美味かった」

「この部屋で飲んでいて構いませんから。また一緒に飲みましょうね」

「うむ」



 ティターニアは酒瓶を手に取り、手酌で飲み始めた。

 部屋の扉を閉める瞬間、隅のほうにいたなにか(・・・)がまたこちらに頭を下げたので、ぺこ、と私も頭を下げて、ゆっくりと扉を閉める。そして、そのまま一階へ降りた。



「わはははは! なかなかやるのう! 小僧!」

「負けねえぞ、爺い!」



 庭のほうがやけに騒がしい。

 そちらの方を覗いてみると、大きな杯をもったダージルさんとゴルディルさんがお酒の飲み比べをしていた。

 その周りでは、ダージルさんの副官が「明日はお仕事ですよ! 団長! いい加減にしてください!」とおろおろしているし、ドワーフの連中は「長! ドワーフの底力をみせてくれえ!」とやんややんやと騒ぎ立てている。

 周囲の人々はその様子を少し遠巻きにして、呆れて眺めているような状況だ。



「茜。用事は終わりましたか?」

「ジェイドさん。はい、中座してしまってすみません」



 私はジェイドさんと一緒に縁側に腰掛ける。

 皆思い思いに楽しんでいるようで、嬉しい限りだ。

 飲み比べをしているふたりは実に楽しそうだし、お肉を自棄食いしている王様を、冷たい微笑みで見守るルヴァンさんは、レオンを膝に乗せて撫で回している。

 カイン王子とセシル君、妹は焼きとうもろこしを作って幸せそうに頬張っていた。



「あなたー!ずるいわ!わたくしを誘ってくれないなんて!」

「「おねえさまー!」」



 そこにとうとう王妃様とふたご姫まで、たくさんのお付きを引き連れてやってきた。

 一気に場が騒がしくなり、高貴な身分の方々の登場に皆慌てている。

 なんとなくそんな様子を複雑な気分で見ながら、ふとジェイドさんと顔を見合わせて――ふたりして笑ってしまった。




 綺麗な夕日が世界を染めて、段々と薄暗くなってくると、みんな三々五々挨拶をして帰っていく。

 庭のバーベキュー会場に残っているのは、私とジェイドさん、妹とゴルディルさんくらいだ。

 白くなってしまった炭を眺めながら、ゴルディルさんは未だ酒を飲み続けている。因みにダージルさんは大いびきをかきながら、縁側で仰向けで眠ってしまった。

 ダージルさんのお腹にブランケットをかけて、大量にある洗い物を片付ける。

 妹はゴルディルさんと静かに話をしていた。



「そうなんだ! 大昔の邪気の急増期は大変だったんだねえ」

「……うむ」

「お爺ちゃん、もっと教えて!」

「いいだろう、何を話そうか」

「うーんとねえ……昔の聖女さまの話!」

「そうだな……」



 昔話を語るゴルディルさんの低い声が聞こえる。

 妹はそれに相槌を打ちながら、真剣に話を聞いていた。



「茜、大体洗い終わりましたよ」

「ありがとうございます。今日は晩御飯はいらなそうですね……」

「昼からずっと食べ飲みしてましたからね」



 ジェイドさんが麦茶を入れてくれたので、ありがたくそれを飲む。



「醤油がもう無くなりそうですね」



 そう言ったジェイドさんはどこか心配そうだ。



「そうですねー。醤油だけじゃなくって、米もビールも、色んなものがもう直ぐなくなりますよ。元々少なくなっていた上に、今日大盤振る舞いしましたからね。いつかは無くなると思って覚悟していましたけれど、とうとうきましたね」

「残り少ないのに、大盤振る舞いしてしまって、よかったんですか?」

「少なくなったからこそ、ですよ。みんなに私の世界の味を食べてもらえてよかった」

「これからどうするんですか?」

「うーん。残りの醤油やら米を節約しながら、他の調味料でなんとかしましょう。こちらのレシピを、ゼブロさんに色々と教えてもらう約束をしましたし。少しづつこちらの味に慣れていかないと」

「そうですか」



 さっきまで随分と騒がしかった我が家は、今は静まり返っている。夕方の空を飛ぶ鳥の声が聞こえて、ゆっくりとした時間が過ぎていく。



「なんだか、寂しいですねえ」

「そうですね」



 真っ赤に染まった夕陽が眩しくて、少し目を細めて風で流れる雲を眺めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ――翌日の夕方。



「何をしているんですか?」

「ああ、ジェイドさん」



 玄関先でしゃがみこんでいる私をジェイドさんが不思議そうに見ている。



「元の世界では、今日からお盆なんですよ」

「おぼん?」

「はい、死んだ人の魂が帰ってくると言われている日です。なので、その魂が帰ってくるときに迷わないように、こうやって玄関で迎え火を焚いて目印とするんですよ」

「へえ……」

「異世界でやる意味があるのかというのは、謎なんですけどね」



 両親も祖父母の魂も世界の壁を越えてこれるのだろうか。

 白い皿の上で、木っ端がちりちりと燃えている。

 これも正式なものではなくて、割り箸だし……。まあ、雰囲気が出せればいいのだ。

 私が燃える炎を見つめていると、ふと影が差し込んできた。

 ジェイドさんかと思って顔を上げると、ごつごつとした木の肌が視界に入った。

 ――あれ? まめこ?



「よんでる……」



 相変わらず表情のわからないその精霊は、初めて直ぐに意味のわかる言葉を発した。

 そして、徐に両手を広げ――私に抱きついた。



「――茜!!!!」



 視界に、ごつごつとした木の肌がいっぱいに広がったと思うと、ジェイドさんの叫ぶ声がして……私の意識は、暗い闇の底に沈んでいった。

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