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姉と護衛騎士と王都グルメ 前編

 馬車を降りるとそこは、まるで映画の一場面を切り取ったような風景が広がっていた。



 遠くに微かに見える王城へと大通りは真っ直ぐ伸び、多くの人や動物が行き交っている。

 通りには冬には雪が多く降る為だろう、とんがった三角の赤い瓦屋根の家が立ち並ぶ。

 ほんのりと赤みを帯びた煉瓦と漆喰の壁の家々は、私の想像する欧風の建物そのもの。その建物の窓辺には彩り鮮やかな花の鉢植えが飾られていて、目にも鮮やかだ。二階建ての建物が多く、一階で店を開いている家も少なくない。

 不可思議な道具が店から溢れそうなほど並べられている魔道具の店、色とりどりの洋服を並べた店、焼きたてのパンを売る店などが立ち並び、店先を覗いて歩くだけでわくわくする。



 勿論、歩いている人を眺めているだけでも楽しい。


 魔法使いのローブを着た男の人と大きな剣を持った女戦士とすれ違ったかと思うと、大きな鳥を肩に乗せた狩人が私を追い抜いていく。大きな声で話しながら固まって歩いている武装した男たちは、何処かから戻って来たばかりなのだろうか。あちこち薄汚れているけれど表情は晴れやかで、倒した魔物の事を自慢げに語り合い、早くお酒が飲みたいとぼやいている。


 道端では奥様方が買い物かごを片手に旦那の愚痴で話に花をさかせている。その周りを泥で汚れた子供達がちょろちょろと走り回り、悪戯や喧嘩をしては母親に叱られている。



 そんな親子の様子を微笑ましくみていると、馬の嘶きが聞こえた。後ろを振り返ると、馬車がゆっくりと人の波を掻き分けて進んできた。私も道の端に寄って馬車を見送る。

 馬車引きの馬はとても大きく、リズミカルに蹄の音を響かせ、ぶるるるるっと鼻息も荒く私のすぐ前を通り過ぎていった。



「茜、なんだかとても楽しそうですね?」



 隣を歩いていたジェイドさんが、キョロキョロと物珍しそうに周囲を見ている私を見て言った。

 また私は端から見てわかるくらい浮かれていたのかと、恥ずかしくなってしまって、熱くなった頬を両手で押さえた。



「私、よく考えると市場以外出かけたことなかったので……見るもの全てが新鮮で珍しくて」

「そう言われればこういった機会は無かったですね。……早く出かければよかった」



 途端、ジェイドさんが眉を下げて申し訳無さそうな顔をしたので、私は慌てて否定した。



「いえ、今まで私自身、買出し以外で出掛けようとは思いませんでしたから……。普通にしていたと自分では思っていたんですけど、実のところ余所に目を向ける余裕がなかったんでしょうね」

「では、今日は思いっきり楽しみましょう。明日からまた頑張れるように」

「……はい」



 そう言って笑った、ジェイドさんの笑顔が眩しい。

 そう、今日はふたりで街へ遊びに来ている。

 今日は家事はお休み。妹にも許可を貰って一日なにをしてもいいことになった。

 家でゆっくりしていても良かったのだけれど、私は家にいると、そわそわしてしまって結局何かしらの家事をしてしまう。

 それを見かねたジェイドさんが、王都へと連れ出してくれたのだ。



「茜。まずは昼食にしましょう」



 もうそろそろお昼に差し掛かる頃だ。ジェイドさんの提案に乗ることにして、道行く人々の流れに合わせて、ゆっくりとふたりで目的の店まで歩いていくことにした。



「それにしてもここは随分賑やかなんですね。

 前から不思議だったんです。邪気の氾濫で、随分と他国は疲弊しているとひよりはいってましたけれど……この国はそんなの全く感じられません」

「ジルベルタ王国は、他国ほど大規模な邪気の噴出地はないんですよ。

 ここは昔から精霊の加護が篤い土地なんです。はっきりとは関連性は明らかになっていませんが、噴出地が少ないのは精霊様のお陰だといわれています。

 更にこの国は聖女を擁する国です。だからでしょうか、邪気に侵される可能性がある他国よりも、気兼ねなく商売ができるのでしょう。沢山の商人達が拠点を置いています。急増期の今も、聖女様がいる限り穢れを恐れる心配が少ないですから……その分、沢山の人が集まるのですよ。勿論、難民問題などもありますけどね」

「精霊の加護ですか。この間のウンディーネみたいな?」

「はい。各地に精霊を祀る神殿を立てているのも、ジルベルタ王国の特徴のひとつです。人々の中にも精霊信仰が根付いていて、生活の中で常に精霊に感謝を捧げるのが習慣となっています。……ほら」



 ジェイドさんが立ち並ぶ家々の一角、大きな樹が植えられている公園のような場所を指差した。

 そこは大きな樹を中心に沢山の供物が捧げられ、白い服をきた神官のような人を中心に大勢の人が祈りを捧げていた。



「あそこは木の精霊ドライアドを祀る祈りの場です。ドライアドは作物の豊穣をもたらす精霊として、農民に人気なんですよ」

「……つまり、神様みたいに信仰してるというわけですか?」

「ええ。そうです。わが国の国民は精霊を神聖視していますから、精霊を侮辱するものには厳しい一面もあります」



 侮辱……厳しい……。

 これはあれだろうか。ドライアドならうちの桜の木の中にいますよ? とか、「まめこ」と名付けて枝豆栽培させてます! とかいったら即アウトなパターンだろうか。

 市中引きずりまわしの上、打ち首獄門! ひっとらえよ! みたいな感じになったらどうしよう。

 あれ? 引きずり回し? ――引き回し? まあどっちでもいいけれども、まめこのことは、せめて「まめこ様」と呼ぶべきなのだろうか……。



 驚愕の事実に内心慄いていると、どうやら目的の場所へついたらしい。

 ジェイドさんが連れてきてくれたのはこじんまりとしたレストランだった。

 建物自体は周りと同じような三角屋根の、漆喰に赤煉瓦の家なのだけれど、入り口の扉は鮮やかな赤色をしていて、ドアノブの上に銅製のリスの人形がついておりとても可愛らしい。


 中に入ると漆喰の白い壁と、使い込まれて飴色に変化した木製の家具がマッチしていて、なんとも落ち着いた雰囲気だ。そして、テーブル席がふたつと、カウンター席があるのみの小さなお店だった。

 私たちが一歩中に踏み込むと、厨房の奥から男の人がぬっと顔を出した。

 恐らく店主なのだろうその人は、ジェイドさんに目で挨拶をして、空いているテーブル席を指し示すとまた厨房に引っ込んだ。

 席へついて暫くすると、注文もしていないのに料理の皿を持って来る。

 そのことに驚いていると店主は、



「うちの昼のメニューはこれだけだ」



 そうぶっきらぼうに言って、また厨房へ戻っていった。

 私の目の前に置かれたのは、大きな塊肉をたっぷりのソースで煮込んだシチュー。同じ皿には付け合せの野菜と、こんがりと表面が焼けたバケットが付いていた。



「ごめんなさいね。うちのひと無愛想で」



 顔を上げると、優しそうな赤毛のお姉さんがいた。その人はテーブルにグラスを置くと、葡萄酒を注いでくれた。



「去年のジェルジェ産の赤。お料理にとっても合うわよ」



 グラスに注がれる瑠璃色の葡萄酒に、思わず目が奪われた。


 ――昼から葡萄酒!

 とんでもなく魅力的だけれど、良いのだろうか。

 思わずジェイドさんの方を見ると、彼も葡萄酒を注いで貰っていた。

 ジェイドさんは不安げな私の視線に気づいたのか、グラスを持つと香りを嗅いでふっと微笑んだ。



「うん。良い香りだ。――今日はお休みですからね。昼から飲んでも少しぐらいなら平気ですよ。それにここいらでは、葡萄酒は水みたいなものです。みんな昼から飲んでますからお気になさらず」

「ジルベルタ国民の血の半分は葡萄酒で出来てるのよ! お嬢さん、見かけない顔立ちだもの。他所の国のひとなんでしょう? 我が国の美味しい葡萄酒、沢山飲んでいってね。ほんとうに美味しいのよ……自慢なんだから」



 赤毛のお姉さんは誇らしそうに語ってテーブルを離れた。

 心からそう思っているに違いないお姉さんの言葉に、頬を緩ませながら私もグラスを手に取る。



「茜、今日は美味しいお酒に美味しい料理を沢山ご馳走しますから。めいっぱい楽しみましょうね」



 チン、と互いのグラスを合わせて、ジェイドさんは茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。



 まずは葡萄酒をひと口。

 ふわっと芳醇な葡萄の香り。辛口の赤の葡萄酒は、ほんのりとした渋みとまろやかな口当たり。

 鼻を抜ける葡萄の香りを楽しみながら、フォークとナイフで塊肉を切り分けていく。


 ……全く抵抗がなくナイフが入っていくんですけど!?


 肉の断面は綺麗な桜色。よく煮込まれているのだろうそのお肉は繊維ごとにほろほろと崩れ、柔らかさを全体でアピールしているようだ。



「たっぷりの赤の葡萄酒で煮込んだ、黒角牛のほほ肉だそうですよ。これは……なんとも美味しそうだ」



 ジェイドさんがそう説明をしてくれる。

 ほほ肉……テレビでしか聞いたことのない響き……そんな自分を若干悲しく思いながらも、それが食べられる喜びに心が躍る。

 切り分けた肉をたっぷりと茶色いソースに絡める。

 そして、ひとくち。

 ………………。



「~~~~~~~!」



 もう美味しすぎて言葉にできない。

 お肉は口に入れた瞬間とろりととろけてどこかへ行ってしまった。後に残るのは甘い脂の余韻のみ。

 ソースは牛の旨みと葡萄酒の深みが濃縮されていて、たっぷり使われたバターでかなり濃厚。もう胃がびっくりしそうなくらい美味い。

 そっと葡萄酒のグラスを手に取り、ひと口含む。


 ――うん。最高!流石、お姉さんわかってる!


 濃厚なソースで蹂躙された口の中を、辛口の葡萄酒が洗い流してくれる。

 しっかりとした重めの味わいのその葡萄酒は、バターたっぷりの甘めの味付けのシチューにぴったりだ。



「うう。ジェイドさん、美味しいです……。この葡萄酒も」

「でしょう。この店の味は間違いない。店主は無愛想だしメニューは一種類しかないところが残念ですけどね」

「こら、ジェイド。お前うるさいぞ」



 途端、急に店主が話に参加してきた。

 太い眉毛を不機嫌そうに顰めて、太い腕を組んでこちらを睨んでいる。



「だったら、もうちょっと愛想良くすればいいだろう」

「これは俺の地顔なんだ……これでも愛想を振りまいているつもりだ。お前こそ、人を見る目が衰えたんじゃないのか」



 そう言って、ふたりで軽く口げんかを始めてしまった。

 私はひたすら料理と葡萄酒を口に運びながら、その光景をながめる。

 ……なんだろう、初めて見るジェイドさんだ。

 いつも優しげなジェイドさんしか知らない私からすると、なんだかとても新鮮な光景だった。



「ふふふ。あのふたり、仲良いわよね」



 さっきの赤毛のお姉さんが、楽しそうに笑ってふたりをみている。



「ジェイドさんと旦那の付き合いはね、警邏中のジェイドさんが、仕事をサボってうちの店に来たことからはじまったの」

「……サボる!?」

「ちょっ……!セリアさん、やめてくださいよ」

「なによ、本当のことじゃないの」



 ジェイドさんは店主との言い合いを一旦辞めて、大慌てでセリアさんを止めた。

 ジェイドさんがサボるなんて意外すぎる。……いつも、真面目に仕事をしている彼しか知らない私からすると、過去のジェイドさんの行動が信じられない。



「……ああ。前は騎士団の不良団員仲間と、良く仕事中に来ていたな。初めはお貴族様が難癖付けにきたのかと思ったんだがな」

「俺はそんなことしないよ……」

「お前はそうだがな。他のお貴族様には平民に威張り散らす厄介な奴も多いって話さ」

「じゃあ今から威張り散らしてやろうか」

「今更威厳が足りねえよ、ばあか」



 店主と軽口を叩きあうジェイドさんの顔はとても生き生きとしていて、これが素のジェイドさんなのだろう。



「それにしてもお前が女の子をつれてくるなんてなあ」

「本当よ。もういい加減いい歳なのに、男連中とばっかりつるんでるから。……お貴族様なのに、誰もお嫁さんに来てくれないのかと心配してたのよ」

「ちょ……! こら、ふたりとも何を言ってるんだよ!」

「最近来ないなとは思ってたが、こんな子を捕まえてたなんて……水臭えな、ジェイド」



 店主はそう言うと、強くジェイドさんの背中を叩いて、何とも嬉しそうに笑った。

 ジェイドさんはよっぽど強く叩かれたのか盛大にむせているし、セリアさんは「あらあら」何ていいながら微笑ましくそのふたりを見つめている。


 ――何だか知らないうちに、ジェイドさんの彼女認定されている!


 私はどう反応すればいいかわからずに唯ひたすら料理を口に運ぶ。

 ここで私が強く否定したら、折角のなごやかな雰囲気を壊してしまいそうだ。

 何でもないような顔を取り繕っているけれど、流れ出る冷や汗と脇汗で体の方は凄いことになっている。

 一体どうしたらいいのだろうか。

 私が途方にくれていると、やっと息を整えたジェイドさんが苦笑いしながらこう言った。



「ふたりとも、全く困った人たちだ。彼女は――俺の恋人ではないよ」

「ほお。――まだ(・・)恋人ではないのか」



 店主がにやにや笑いながら、言葉を重ねる。

 私はなんだか微笑ましいものを見るような店主夫妻の視線に耐えられなくて、ひたすら皿の上のシチューをみていた。

 付いてきたバケットでソースをぬぐって食べる。


 ……ああ。最高に美味しい。

 目の前の至福の一皿は、現実逃避にうってつけだとしみじみ思った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 店をでて、腹ごなしにふたり並んで歩く。

 お昼を少し過ぎた頃の大通りは、人が益々増えてきてなかなか歩きづらい。



「茜、手を繋ぎましょうか」



 ジェイドさんは、「はぐれたら大変ですからね」と言って、私の答えを待たずに手を握った。

 ごつごつした大きな手の体温が心地いい。

 手を繋ぐと、込み合った大通りでは自然と寄り添うような距離感になって、私の胸の音がうるさい。

 歩きながら、隣で歩くジェイドさんをそっと盗み見る。

 私だって馬鹿じゃない。

 ジェイドさんの私に対する態度をみて、何も思わないはずはない。

 ――多分、ジェイドさんは私に好意を寄せてくれている。

 初めは勘違いだと、自信過剰なのではないかと否定していたけれど、今はほぼ確信を持ってそう言える。

 ……それでもまだ、勘違いだという可能性を捨てきれない私も私だけど。

 勿論私もジェイドさんのことが好きだ。

 正直生まれてきていちばん好きな異性かもしれないくらいは、好きだ。



 ――今の私たちは異世界にいるんだよ。無理に元々の世界の柵に囚われることはないと思わない?



 あの日のひよりの言葉をきいて以来、私はずっと心の奥がもやもやしている。

 自分の将来のこと。ひよりの浄化の旅が終わった後のこと。

 好きなジェイドさんと一緒にいたいと思う、自分の気持ちのこと。

 どれもこれも今考えても答えが出なさそうなことばかりで、口から漏れるのはため息ばかり。


 ――まだ旅の終わりさえ見えていないんだから。ゆっくりと考えればいい。


 そうは思うのだけれど、日に日に募るこの恋心だけはなんとも耐えがたくて。

 好きな気持ちを目の前の好きな人にぶつけたくなる衝動が、妹のため自分のために慎重に未来を選び取らなければならないと、懸命に叫んでいる理性と常にせめぎ合っているのだ。



 ――ああもう!ジェイドさんが同じ世界の人だったらこんなに悩まないのに!



 でもそんな自分勝手なことは絶対に口に出来ない。

 なんだか出口の無い迷宮に入り込んでしまった気分だ。

 自分の気持ちと自分の将来。両方蔑ろにできないものだからこそ、思い悩むのだ。



「ほら、茜。みてください、旅の劇団がいますよ」



 こっそりひとり心の中で悶々としていると、ジェイドさんが何かを見つけたらしい。

 ジェイドさんが指差す先に、人だかりが出来ている。広場の中にすり鉢状の舞台があり、周りの階段に座ってすり鉢の底の部分で演じる劇を観られるようになっているのだ。

 立ち見をしている人々を掻き分けて前に出ると、空いている席があったので座る。

 その時舞台では、派手な衣装を着た男が、舞い踊る水色の薄い衣装を着た女性に愛を語っている場面を演じていた。



「これは、道化師が水の精霊ウンディーネに一目ぼれをする、この国の伝統的な演目ですね」

「人が精霊に恋を? ……人と精霊が結ばれるお話なんですか?」

「ええと、詳しく言うとお話のネタばらしになってしまうんですが」



 困ったような顔で言うジェイドさんに「構いませんよ」と私は続きを促した。



「……道化師は夏の夜、歌に誘われて現れたウンディーネに一目惚れをしてしまいます。道化師は必死に精霊の心を手に入れようと愛を囁きますが、その想いは精霊には届かず、結局ウンディーネは歌に飽きると精霊界に帰ってしまいます。恋に溺れ盲目になってしまった道化師は、全てを捨てて他のウンディーネの誘いに乗り、精霊界へと『愛しの君』を探しに行くんです」



 目の前の劇は正に愛を囁いている場面なのだろう。熱心な道化師の求愛を、ウンディーネ役の女性がひらりひらりと躱している。



「そして、辿り着いた精霊界で、道化師は『愛しの君』を探します――様々な苦労をしながらも、道化師はようやくウンディーネに出会えますが、沢山いるウンディーネはどれも同じような見た目で、道化師は混乱してしまうのです。

 ――結局はどれが自分が恋をした『愛しの君』か見分けが付かなくて、それでも『愛しの君』が恋しい道化師は、永遠に精霊界でウンディーネの為に歌を歌いながら、『愛しの君』を探し彷徨うというお話です」

「……なんだか、報われませんね」

「元々は、精霊にみだりに近づかないようにする為の、教訓的な意味合いのある物語ですからね」



 ウンディーネ役の女性は踊りながら退場していく。

 道化師は追いすがるもひとり残されて、悲しげな調べに合わせて踊りながら『愛しの君』への苦しい想いを歌う。

 精霊という違う世界に生きる相手を、愛しく思ってしまった道化師はどれだけ思い悩んだんだろう。

 全てを捨てて、知らない世界へ飛び込むくらいの情熱は、一体どこから湧いてきたんだろう。



「俺は――好きですよ」

「――え?」

「恋に夢中になって、精霊界に行った挙句に好きな相手を見分けられなかったなんて間抜けですけどね。だけど、道化師は諦めずに歌いながら探し続けるんです。もしかしたら、もしかしたらですけど――」



 ジェイドさんは私を見てにっこり笑った。



「永遠に彷徨っているうちに、いつかは『愛しの君』が見つかるかもしれないじゃないですか。これは、未来の可能性を語る話なんですよ」



 ――未来の可能性。

 ジェイドさんが語るその言葉は、私の胸に沁み込み、心の奥に沈み込んでいった。

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