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精霊王とおもてなしご飯2

活動報告で、ティターニアのキャラデザ公開しております!是非ともご覧ください〜

 ――その晩、私は夢を見た。


 それは、ひとりの子どもの夢だった。


 夢は、何もない暗闇のなかから始まった。

 どこまでも広がる暗闇の中に、子どもがひとり。ぽつん、と淡い光を放ちながら佇んでいた。その子どもは、玉虫色に輝く不思議な瞳の色をしていて、髪の毛から服から何から何まで純白だった。あまつさえ、肌の色も血管が透けるほど白いものだから、やけに瞳の不思議な色合いが目立つ。


 その子どもは、暗闇のなかで不安げに視線を彷徨わせていた。

 もしかしたら、何をすれば良いのかわからないのかもしれない。もじもじと指を絡め、落ち着かない様子だ。

 すると、どこからか大きな手が伸びてきた。それは、一体誰の手だったのだろう。私からは、暗闇に紛れた手の持ち主の姿は見えなかった。けれど、その人は子どもにとって大切な人であったに違いないことはわかった。なぜなら、その手が伸びてきた瞬間に、不安でいっぱいだった子どもの表情が、みるみるうちに明るくなったのだ。


 大きな手は、子どもの頭を優しげな手つきで数回撫でると、暗闇に消えていった。

 子どもはその手が消えた先を、切なげに暫く見つめていたかと思うと――「ようし!」と、鼻息も荒く気合いを入れ、大きく腕を開いた。



「――はじめ、ひかりがあった」



 澄んだ高い声が響くと、子どもの小さな指先にぼんやりと光が灯る。



「ひかりはつねに、やみとともに」



 すると、指先の光の影が一層濃くなった。



「いのちをはぐくむは、あつきほのお、そよぐかぜ」



 子どもがそう言って、指を虚空に指すと、ぽう、と赤と白の光の玉が生まれた。



「ながれるみず、ささえるだいち」



 少年は同じようにして、次々と虚空を指差す。すると、青と黄の光の玉が子どもの周囲に生まれ、四色の光の玉は、まるでじゃれ合うように宙を舞い飛び始めた。



「さいごは――いのちのゆりかご、みどり」



 最後に作られたのは、緑色の光の玉だ。その玉だけは、子どもの手のなかでじっと動かずに居た。次に子どもは、それらの玉を一箇所に集めて、まるで粘土のように小さな手で捏ね始めた。


 ……何をしているのだろう。


 無性に気になったので、子どもの傍に近寄り手元を覗き込む。けれど、子どもは光の玉を捏ねるのに夢中で、こちらに気づく様子はない。もしかしたら、私の姿が見えていないのかもしれない。


 暫く経つと、子どもの手の中にはふたつの物体が出来上がっていた。

 ひとつは青と白が斑に入り混じった球体。

 もう一つは、花弁が幾重にも重なった花の形をしていた。



「ふふん。じょうずにできた」



 子どもは、得意げにそれらを眺めると、ふう、と息を吹きかける。すると、ふたつの物体がふわりと宙を舞い、闇黒の中をゆっくりと回転し始めた。それらは、まるで宝石のようにまばゆい光を放っている。



「……綺麗」

『そうだろうな』



 なんとなく呟いた言葉に、いきなり知らない男性の声が応えたので、驚きのあまり周囲を見渡す。けれど、男性の姿なんてどこにもなく――代わりに、私の肩に白い小鳥が一羽停まっていた。



『あれは、星の種だ。あの青と白の混じった玉は、やがて地球と呼ばれることになる。そして、花の形をした種は、お前が今いる世界だ』



 どうやら、その小鳥は風の精霊(シルフ)のようだった。といっても、そのシルフは他の個体と違って立派な尾羽根を持っていたし、一回り体が大きかった。


 ……精霊が普通に喋っている。


 夢の中といえど、小鳥にしか見えないものの口から、意味のわかる言葉が紡がれることに違和感を覚えつつも、じっとシルフの話に耳を傾けた。

 そのシルフは、私には一瞥もくれずに、宙に浮かぶふたつの物体を楽しそうに眺めている子どもを見つめたまま、話を始めた。



『あれが、精霊王の幼少の頃の姿だ。精霊王……母上は、創造神に言われてふたつの世界を創った。ふたつの世界は、姿形は違えど双子のようなものなのだ』



 元々居た世界と、こちらの世界の思わぬ関係性に言葉を失っていると、シルフは小さな嘴で暗闇の中を指し示した。



『ほら、見るがいい。創造神が来たぞ』



 シルフの言葉を受けて、子ども……精霊王に視線を戻す。すると先程の手が再び現れて、あの地球になるのだという青と白の斑の玉を、精霊王から受け取っていた。そして、精霊王の小さな頭を軽く撫でると、また暗闇の中に消えていった。



「……ほめられた」



 精霊王は、白い肌をほんのりと薔薇色に染めて、頭を手で抑えてはにかんでいる。そして、残された花の形をした星の種を見て言った。



「こっちもじょうずにそだてたら、ほめてくれるかな」



 そして、大事そうにそれを抱えた。



『……こうして、地球は創造神の御下に。この星は精霊王の御下に在るようになったのだ』

「…………そう。ところで、貴方は?」

『わからないのか』

「想像はついているんだけどね。多分、貴方もフォレと同じようなものでしょう? 違う?」



 すると、シルフは漸く私に視線を向けた。



『……我らの末子が、随分と世話になったようだ』

「ううん。フォレとは色々あったけど……あの子、いい子だもの。いいのよ」

『……なんといえばいいか』



 なんとなく、シルフが申し訳なく思っているのが伝わってきて、小さく笑う。そうか、フォレは末っ子なんだ。確かにあの甘えん坊なところは、末っ子っぽい気がする。



「お兄ちゃんは大変ね」



 笑ってそう言うと、まだ名を知らない風の精霊の「核」は、さっと私から視線を逸した。

 まあ、フォレのことはいい。私にはそのことよりも、確認しなければいけないことがあった。



「……テオが言っていた教師って、貴方のことなのね?」

『いや、俺だけではない』



 すると、暗闇の中にぼんやりと3つの光が灯った。その光の中には、それぞれ精霊の姿があった。

 ひとつは、大きな蜥蜴の姿をした火の精霊(サラマンダー)

 もうひとつは、巨大な石で組まれた、歪な人形の大地の精霊(ノーム)

 そして妖艶な女性の姿を模した水の精霊(ウンディーネ)

 そのどれもが、同種の精霊よりも立派な姿をしていて、特別な存在であることが見るだけでわかる。

 彼らは私の周囲をぐるりと取り囲むと、声を揃えて言った。



『『『『我ら、精霊の核』』』』

『我らが、お前に精霊王についての知識を授けよう』



 ――その瞬間、急に意識が引き戻される感覚がして、私は夢から覚醒した。

 早鐘を打つ心臓を感じながら、瞳だけを動かして周囲の様子を探る。そこには、もう既にテオの姿はなかった。けれど――私が眠りに落ちる前……いや、それ以上の数の精霊たちが犇めくように私を見つめていた。


 ――さあ。精霊王の話を始めよう。


 頭の中に、夢のなかで聞いたものと同じ声が響く。

 ……あれは、夢ではなかった?


 一瞬、そんな考えが頭を過ぎったけれど、頭を振って振り払う。

 今はそれどころではない。私が成すべきことは、精霊たちに教えを請うことだ。

 私はベッドから体を起こすと――精霊たちに小さく頭を下げて「よろしくお願いします」と挨拶をしたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それからというもの、私は創世から始まる精霊王の物語を聞き続けた。

 精霊王の物語……それ即ち、この星の成長に等しい。勿論、そのすべてを言葉で語ることは難しい。なので、ときには白昼夢のように映像を見せられることもあった。


 初めは、かなり驚いた。だって、椅子に座って精霊たちの話を聞いていると、急に周囲の景色が変わるのだ。座ったままなのに、遥か上空から地上を眺めたり、火山が噴火する様子を眺めたりと、それはまるでテーマパークの体験型アトラクションのようだった。


 一番衝撃的だったのは、精霊信仰が廃れてしまう切っ掛けになった、異教徒の権力者たちが民を迫害した時代を目にしたときだった。

 多くの血が流れ、大陸中で精霊信仰に関する建物やシンボルが壊され、燃やされた。

 精霊のための祈りの場が赤い血で染まり、大切なものを、場所を、家族を失った人々は悲しみ暮れ、泣く泣く精霊信仰を捨てていく。


 その中で、ひとつ気になる場所があった。

 それは、絶海の孤島に建つ荘厳な神殿だ。今まで見たどこの神殿よりも立派な造りをしており、神殿の中央部には、慈愛の笑みを浮かべた人形の石像が祀られていた。

 そこは、当時の精霊信仰の最高指導者であった神官が捕縛された場所でもある。神官は、まるで見せしめのように、多くの信者の前で……それも、石像の真下で処刑されたのだ。


 ――なんだろう。気になる。


 ひとつの生命が、無慈悲に刈り取られる瞬間から目を逸らしつつも、私は足下を血で染めた石像の姿が、頭のなかにこびり着いて離れなくなってしまった。なぜなら、女性とも、男性とも判断がつかないその石像に、あの子どもの面影を見たような気がしたからだ。



「……あの場所は、なに?」



 思わず、私の肩に乗って一緒にその場面を見ていた精霊に問いかける。

 すると、風の精霊(シルフ)の「核」……ヴィントは、悲しそうに瞼を伏せて、ぽつりと呟いた。


 ――この世界で最も祝福され愛されるべき場所なのに、最も穢れてしまった場所だ。


 そこは嘗ての精霊信仰の総本山。そして、今は「穢れ島」と呼ばれる場所――。

 ヴィントは、それだけ教えてくれると、どこかへ飛んでいってしまった。



「……あそこが、穢れ島」



 何故なのかはわからないけれど、ここにすべての答えがあるような気がした。




 それから、おおよそ一週間。私は日がな一日、精霊たちの話に耳を傾け続けた。


 何千、何億年の時を精霊と共有することは、恐ろしく私の体力を消耗させた。同時に、現実と夢と精霊が見せる白昼夢との境目が曖昧になり、日々ぼんやりと過ごすようになった。


 結果、ジェイドさんや新しく配属された侍女さんへの対応がおざなりになってしまった。

 不審がられていないかと不安だったけれど、どうやら妹が心配なあまりに塞いでいるだけだと思われたようだ。



「何か欲しいものはあるかい?」

「……いえ」



 ジェイドさんが、私を心配そうに見つめている。

 その度に、胸がちくりと傷む。

 本当なら、ジェイドさんにも事情を説明したほうがいいのだろう。でも、それはやめておいた。もしも、精霊界に行くなんて言ったら、きっと心配症な彼は私を止めるだろうし、もしかしたら一緒に行くなんて言い出すかもしれない。


 精霊界に行って、帰ってこられる保障は何もない。

 ジェイドさんにまで、危険な橋を渡らせる訳にはいかない。


 ――きっと、凄く怒られるだろうな。


 いつも優しいジェイドさんが、カンカンになって怒る様子を想像すると、なんだか笑えてくる。きっと、彼は自分勝手な私に呆れるだろう。もしかしたら、嫌われるかもしれない。でも、今の私にはこうすることが正解のような気がする。

 ……ううん、違うな。



「……きっと、私は他人を巻き込む勇気がないだけ」

「茜? 何か言ったかい?」

「いいえ。なんでもありません。紅茶、ありがとうございます」



 ――そうして、ジェイドさんに隠し事をしたまま日々は過ぎていき、とうとう私の下に迎えがやってきた。

 精霊界からの迎え……それは、勿論フォレだ。

 フォレは、ジェイドさんが居なくなった隙を見計らうように、唐突に室内に姿を現した。いつもの着物を着崩したような格好で、酷く落ち込んでいるように見える。


 私は重たい体に鞭打って椅子から立ち上がると、ゆっくりとフォレに近づいた。俯いたままのフォレに、そっと手を伸ばして頭に手を乗せる。そうして、ごわごわした葉っぱの髪を優しく撫でてやった。すると、フォレは小さく震えた。



「お迎え、随分と遅かったね?」

「……来たくて来たのではない。あちきは、迎えになんて来たくなかった」



 予想外の言葉に驚いていると、やっとフォレが顔を上げてくれた。

 フォレは、今にも泣き出しそうだった。黒目がちの瞳は涙で潤み、紅い唇はかすかに震えている。



「フォレ、どうしたの? らしくないね。少し前は、私を精霊界に連れて行きたくて仕方がなかったのに」

「……お主、人間が精霊界に行くという意味をわかっておるのか」

「テオに嫌ってほど言われたよ。わかってる」



 葉っぱの感触を楽しみながら、フォレの頭をゆっくりと撫でる。すると、手を勢い良く払われてしまった。

 その瞬間、ぽろりと透明な雫が落ちたのが見えた。



「……なにを呑気な! 本当にわかっているのか! もう、戻れないのかもしれないのだぞ!」

「わかってる。わかっているよ。ああもう、なんでフォレが泣くの」

「お主が泣かないからよ! あちきがお主と過ごした時間は、ほんの僅か。それこそ、精霊の一生から考えると、瞬きの時間にも満たないほど短い。けれど、それでも!」



 フォレは震える声で、喉の奥から言葉を絞り出すように言った。



「優しいお前が、泣くようなことは嫌だと思ってしまった……」

「フォレ」

「初めは母上が喜びさえすれば、お主のことなどどうでもいいと思った。でも、お主の作るご飯が好きじゃ。温かい言葉を掛けてくれるところが好きじゃ。笑いかけてくれるところが好きじゃ。……母上以外で、共に居て心地よいと思ったものは、お主だけじゃ。……やめよう。きっとお主が動かずとも、未来は変わる。他の誰かがなんとかしてくれる」



 堪らず、フォレの小さな体を抱きしめる。フォレは木っ端の寄せ集めのような、歪な手でぎこちなく私を抱き返した。私はフォレの肩に顔を埋めて言った。



「……でも、私は行くよ」



 途端、フォレの体が硬直したのがわかった。

 一生懸命引き止めてくれているのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。でも、私の決意は変わらない。……変えられない。



「未来が変わるかどうかなんて関係ないの。私に出来ることをするのよ。結果、駄目になってもいい。なにもしないで後悔するくらいなら、なにかをして後悔したいもの」



 そうだ。私にできることは、本当に少ない。でも、それでも――待つだけなんて、もう嫌だ!



「……フォレ。私を精霊王の下へ連れて行って」



 フォレはまだ迷っているようだった。体を少し離して、不安そうな眼差しを私に注いでいる。

 私たちは無言で暫く見つめ合っていた。すると、フォレは深くため息を吐いて言った。



「ならば、霊体だけを連れて行く。『核』であるあちきたちも、精霊界に行くときは、本体をこちらに残していくのだ。霊体と体には強い繋がりがある。帰り際の目印として、体を残すのよ。人間であるお主に、『核』のやり方が通用するかわからぬが……」

「万が一戻ってこられなかったら?」

「……死ぬ」

「わかった。行こう」



 すると、フォレは肩を揺らして笑った。



「お主は、思い切りが良すぎるのう……なんて強い」

「そうかな。私はとても弱いよ。だから、皆の力を借りるの。ひとりじゃ何も出来ないもの。……だから、フォレ。よろしくね」



 すると、フォレは私の手を掴んだ。ごつごつ、ざらりとした木の感触が、ほんのり温かい気がするのは、気のせいじゃない。



「さあ、茜。今こそ精霊王の下へ――」



 フォレがそう言った瞬間、周囲に居た精霊たちが一斉にざわついた。どうやら、誰かが部屋に入ってきたらしい。そちらに視線を遣ると、扉の傍に焦ったような表情のジェイドさんが居た。

 その瞬間、また胸がチクリと傷んだ。けれど、それを気にしている場合ではない。私は、ジェイドさんを真っ直ぐ見つめた。



「ちょっとそこまで、行ってきます! 私が成すべきことを、私にしか出来ないことをしてきますね。絶対に、戻ってきますから。私を信じて待っていてください」



 最後にちょっとだけ見栄を張って、笑顔で手を振った。そしてフォレに向かって、小さく頷いた。その瞬間、視界が僅かにブレる。そして、誰かに引っ張られたような感覚がして――堪らず、一歩つんのめると、ジェイドさんの必死な声が後ろから(・・・・)聞こえた。



「茜ッ! 茜……!!」



 恐る恐る後ろを見ると、倒れている自分を抱きしめているジェイドさんの姿があった。

 ……うわ、自分の寝顔みちゃった。

 リアル幽体離脱……! 無事に帰ってこれたら、誰かに自慢しよう。


 そんなマヌケなことを考えていると、フォレが私の手を引っ張った。



「さあ、茜。行こう」



 その瞬間、私の霊体は建物を突き抜け、遥か上空に向かって、まるで釣り糸に引っかかった魚みたいに急上昇していったのだった。

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