雪解けと姉妹と、あったかほうじ茶ラテ 後編
今日のおやつは、お手軽おやつ。
切った林檎に砂糖とシナモンをたっぷり振りかけて、レンジでチン。熱々のところに、バニラアイスを添えて食べる、焼きリンゴもどき。
レンジでチンした林檎は、芯の部分が完全には柔らかくなっていなくて、オーブンで焼いたものとまた違う食感がする。
とろりと蕩けたバニラアイスを、林檎にたっぷり絡めて食べると、熱々冷え冷えでこれまた美味しい!
「ふっふっふー。冷たいものをこたつで食べるって幸せだよねえ。……ああ……肉が! 体脂肪が! みるみるうちに増えていくー! ひええ」
「やめて。それは言わないで」
絶対に思い出したくないことを言い出した妹を、ピシャリと黙らせて、林檎の酸味と甘味を堪能する。柔らかい林檎とアイスはなんとも食べやすく、あっという間になくなりそうだ。
妹は早々に自分の分を食べきって、お皿の底に残ったアイスが溶けた汁をスプーンで掬って、切なそうにしている。更には、チラチラと物欲しげに私に視線をよこしている。
……おかわりは太るから駄目です。そんな目で私を見ても駄目だからね! だ、駄目なんだから……!
「わーい。おねえちゃん、山盛りで!」
「ううう……」
おかわりのアイスをキラキラした目で見ている妹に、敗北感を感じながらもこたつに戻る。
一心不乱にアイスを食べている妹を眺めていると、ふと脳裏に最後の浄化の出発が近いことが過ぎった。途端、涙が滲みそうになったので、俯いて誤魔化す。
――ああもう! 折角、普通に接していたのに。駄目だ。駄目。耐えろ、私……!
「あ! そうだ、おねえちゃん、久しぶりにアレ見ようよ」
すると、私の葛藤を知ってか知らでか、妹は急に立ち上がると、客間の押し入れの中からとあるものを持ってきた。それは、古ぼけた数冊のアルバムだった。
「偶に無性に見たくなるよねえ」
そう言って、私の隣に座ると、楽しそうにアルバムをめくりだす。
これは、家族写真を収めたアルバムだ。
私は勿論、妹の生まれた時の写真や、家族でキャンプに行った時の写真や祖父母と一緒の写真……思い出がたっぷり詰まったアルバムだ。
……そう言えば、最近は見てなかったなあ。
「ほら、お父さんもお母さんも若い〜。おねえちゃん、オムツしか履いてない! やだ、ハレンチ!」
「赤ん坊に何言っているのよ……」
そこに収められていたのは、もう二度と見ることが出来ない両親の笑顔。祖父母の優しさ。楽しかったあの頃。――二度と戻れない、私や妹が無邪気に、ただの子どもで居られた時代の思い出たち。
「懐かしいねえ。楽しかったねえ。ほら、ここ……覚えてる?」
「ひよりが、川に落ちて溺れそうになったとこ?」
「ちーがーうー!」
ふたり、笑いながらアルバムのページを捲っていく。
四角く切り取られた思い出の欠片たちは、ページを捲るごとにゆっくりと、けれど着実に時間が進む様子を教えてくれる。
枚数が一番多い、赤ん坊時代の写真。赤ん坊が少女になって、学校に行き始めるようになると、一年の写真の枚数が段々と減っていく。そして、写真の中に見慣れた自分の顔を見つけるようになると、捲った先のページにはもう写真は入っていなかった。
その白さが、とても切なく感じるのは何故だろう。
「……あっという間だね」
「そうだね」
指先で、亡くなった両親と祖父母の顔をそっと撫でる。
写真に写し取られた眼差しは、記憶の中と変わらずに優しげだ。
写真の中に今も残っている、色褪せない幸せな記憶たち。
それは、かけがえのない宝物のような時間。
もう二度と手に入らない、失われた大切なもの。
――両親や祖父母は、今の私たちを見たら、なんて言うだろうか。
ひとりしんみりしていると、ふと妹がポケットから何かを取り出した。
「そう言えばね、おねえちゃん。私、全然気がついてなかったんだけどさ」
妹の手にあったのは、見慣れたスマートフォンだった。
「ここさ、電気が使えるじゃない? 勿論、電波なんて飛んでないから、通信は出来ないけどさ。充電は出来るから、カメラは使えるんだよね」
そう言って見せてくれたのは、妹とカイン王子、セシル君三人で撮った写真だった。
カイン王子とセシル君は、初めてのことに戸惑っているのか、物凄く表情が硬くて変な顔をしている。
更に画面をスライドさせていくと、レオンを抱っこしたルヴァンさんや、訓練中のダージルさんの写真、満面の笑みでピースをしている王様や、ノリノリの王妃様とふたご姫、ハンマーを振るっているゴルディルさん……異世界の皆が、楽しそうにしている姿が映っていた。
「すごいでしょ。皆、最初は怖がってね、写真撮るの大変だったんだから。ルヴァンさんだけ、スマホを見る目つきが違ったけど。興味津々過ぎて怖かった」
「あの人、魔道具フェチだからね……」
「ねえ。今度、ジェイドさんとおねえちゃんの写真撮らせてね。あっ! ティタちゃん、撮らせてくれるかなあ」
「大丈夫じゃない?」
私がそう言うと、妹はアルバムの真っ白なページを眺めながら言った。
「いつかね、このページに、皆の写真を入れたいんだ。ここでの大切な思い出を、アルバムに加えてあげたい。……そのためには、無事に戻ってこなくっちゃね。皆で浄化お疲れ様! って、集合写真撮るんだ。すごいでしょ。異世界で写真撮るんだよ! きっと、誰もやったことないよ!」
「そうだね……」
それは、なんて幸せな未来だろう。
きっとそこに居る人たちは、皆が皆、笑顔に違いない。
――大丈夫。そんな未来はきっとくる。そう思うのに、不安感が拭いきれないのはどうしてだろう。
また涙が滲みそうになったので、慌ててそっぽを向いて、気分を切り替える。
私は深呼吸をすると、笑顔を作って隣の妹を見た。
「よっし、ひより。今晩なに食べたい? 今日はご馳走にしようか」
ふと思いついたことを、妹に提案する。
折角なら、出発前には美味しいものを食べさせてあげたい。
すると、妹は一瞬固まって、それから「あー」とか「うー」とか言いながら視線を彷徨わせたあと、ふと遠くを見て言った。
「た、大変魅力的なお誘いなんだけどね。…………今日はやめとく」
「えええ!?」
途端、私の頭に色々なことが錯綜する。もしかして、お腹が痛いのだろうか。もしくは、とうとう自分の体重を気にし始めたとか!? まさか、今ここで反抗期が来たとか!? 妹がご馳走を拒否するなんて……! 明日槍が降ってきてもおかしくない!
ひとり混乱する私に、妹は大きくため息を吐いた。
「なあに、おねえちゃんその顔。私だってね、そういう気分の時はあるんだよ!」
「いや。だって……ひよりだよ?」
「人を食欲の権化みたいに言わないでよー!」
妹は、足をバタバタと動かすと不満そうに唇を尖らせた。
そして、ちょっと照れくさそうに私から視線を外すと、静かな口調で語った。
「ご馳走はね、とっておくんだよ」
私が首を傾げると、妹はほんのり頬を染めて、こたつ布団を口元まで引き上げた。
「今日は普通のご飯にするの。そんでもって、全部終わったら、おねえちゃんの作ったご馳走を食べるんだ。お腹いっぱい、好きなだけね。だから、とっておくの。きっと、それが一番美味しいもの」
妹の言葉に、みるみるうちに視界が滲む。
思わず涙が零れそうになった瞬間、妹は体を捻って、私の頭を思い切り抱きしめてきた。
「駄目だよ、おねえちゃん。泣くのも駄目! 禁止!」
「え!? ど、どういう……苦し……ぐむう!」
妹の胸が顔に覆いかぶさって、物凄く苦しい……!
けれど、妹は私が窒息しそうになっているのには気づかずに、ぽつりと呟いた。
「おねえちゃん、泣いちゃ駄目。泣くのも、全部終わってからなの」
あまりの苦しさに、妹を思い切り引き離す。
すると目の前には、目を真っ赤に充血させて、涙が溢れないように堪えている妹の顔があった。
「全部終わったら、頑張ったね、やったねって言って泣くの。ぐすっ……嬉し涙以外は駄目。駄目なの」
堪らず、妹を思い切り抱きしめる。妹は、僅かに震えていた。
「ひより」
「おねえちゃん。私、頑張るから。おねえちゃんの下に、笑って帰ってくるから……!! そしたら、泣こう! ふたりで思いっきり!!」
「ひより……!」
妹を抱きしめる力を強める。すると、妹も私を強く抱きしめてきて、ふたり鼻を鳴らしながら静かな時を過ごす。
――妹の優しい温もり。
――異世界に来たときよりも、少し伸びた背。
――甘えてばかりだった妹は、大陸中を浄化して回ったからだろう、少し逞しくなったような気がする。
ああ、神様。もしいらっしゃるなら、妹を見守っていてくれませんか。
妹は、私と違ってこんなにも立派になったんです。だから、神様。妹が無事に浄化を終えられるように。また、私の下に戻ってこられるように。助けてやってください。どうか、どうか……。
私のたったひとりの家族。
大切な大切な妹。
願わくは、最後にふたりで泣き笑い出来るように。
私は妹を抱きしめながら、ただそれだけを祈っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ジルベルタ王国、王都――その近くにある港町。
王国一の漁港を持つことで知られているそこは、近年稀に見る盛り上がりを見せていた。
穢れ島の浄化に挑む聖女。そして、その傍に寄り添うこの国の第二王子をひとめ見ようと、大勢の人が集まっていたのだ。
青白い光を放つ聖銀で装飾された氷上船は、ジルベルタ王国の紋章が描かれた巨大な帆船に牽引されて、ゆっくりと出港していく。それも、二十隻ほどの大船団が海を進んでいく様子は壮観だ。
聖女である妹は、甲板の上で観衆の声援に応え、にこやかに手を振っていた。
私は、観衆から少し離れた場所にある、船の様子が一望できる場所から妹を見守っていた。傍にはジェイドさんとティターニアが付いてくれていて、彼らが私を心配してくれているのがわかる。
ちらりと両隣に立つふたりを覗き見ると、ふたりとも困ったような、それでいて苦しそうな表情をしていた。
「……ぶっ」
「「茜!?」」
思わず噴き出すと、ふたりは同時に私の名前を呼ぶ。
「ふたりともおんなじ顔してる」と指摘すると、互いに顔を見合わせてなんとも微妙な表情をしていた。
私はふたりの手を取ると、まっすぐ前を見つめる。
太陽の光をキラキラ反射しながら進んでいく船を眺めながら、妹の無事を祈る。
私に出来るのは、今はそれだけだ。
――そのときは、そう思っていた。
その後、事態が一変する。妹が出発してから間もなくのことだ。
遥か北方にある穢れ島から、ジルベルタ王国の王城から見えるほど、大量の邪気が天に向かって噴き出したのだ。大陸中に霧散した邪気は、そこらじゅうの生き物を一気に穢して、魔物と化した。
唐突に現れた魔物たちは、穢れ地を増やそうと、邪気を撒き散らしながら人々を襲い始めたのだ。
大陸は一気に混乱に陥った。
ジルベルタ王国は、主力が浄化に赴いて不在のため、国内の魔物を退けるのに苦労しているようだった。
そんななか――私は、不安で不安で堪らない日々を過ごしていた。
混乱を極めている大陸で、妹たちの正確な情報は中々伝わって来なかったのだ。
そして、ある日のこと。
私の目の前に、沢山の精霊たちと木の精霊の核フォレが現れた。
フォレは、私に手を差し伸べて言った。
「さあ、茜。今こそ精霊王の下へと参ろうではないか――」
――私にも出来ること。私にしか出来ないこと。
決断の時が、迫っていた。
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