爺ちゃんと子供たちとお好み焼き 後編
その後、なんとかしてゴルディルさんと一緒にジェイドさんを丸め込み、結局は三人で飲むことになった。ジェイドさんは呆れ返っていたけれど、ひとくち飲んだ途端、満更でもない顔をしていた。ゴルディルさんの持ってきたくれたお酒は、それだけ美味しかったのだ。そんな美味しいスパークリングワインを飲みながら、子供たちがお好み焼きを作る様子を眺めることにする。
どうやら妹たちは、ようやくこれから一枚焼き始めるところの様だった。
先に妹が見本として、最初に一枚焼いてみせるらしい。妹は改めて腕まくりをすると、薄く油を引いたホットプレートに、お玉から生地を落とした。
――じゅ、じゅわわわわ……。
すると途端に水分が弾ける音が鳴り響きはじめた。その軽快な音を聞きながら、生地を丸く均す。そうしたら、その上にお肉を生のまま乗せていく。
妹は肉を生地に乗せながら、得意気にノウハウを語り始めた。
「弟子たちよ! よく聞くがいい……! 豚のバラ肉の薄切りは、脂身が美味しい!」
「「あぶらみが美味しい!」」
「え、繰り返すの? これ」
……どうやら、この四人が集まると、ユエがツッコミに回るらしい。いつもはいじられてばかりのユエだから、すごく新鮮だ。
妹はユエのツッコミなんてなんのその、楽しそうに、けれどもどこか師匠っぽく尊大な態度で、赤身の色と脂の白色のグラデーションが美しいバラ肉を、生地の上に敷き詰めていった。
「こうやって、生のまま乗せることによって、焼いた時に染み出てきた脂が生地に絡んで、香ばしい仕上がりになるのだ。覚えておくがいい、肉の旨味を信じよ、信じるものは救われる! カリッカリの肉は正義!」
「「肉はせいぎ!」」
「なんかの宗教なの?」
暫く焼いていくと、生地の縁が乾いてくる。そうしたら、ひっくり返すタイミングだ。
「そして、ヘラを両手にかっこよく構え、すっと生地の下に差し入れて――とりゃあ!」
「「きゃあ! おししょうさま! 素敵です!」」
「ふたご姫のひよりを見る目つきが危ないけど、大丈夫?」
くるりと返されたお好み焼きの表面は、卵の色がにじみ出たクリーム色ときつね色のマーブル模様。
ところどころ、生地がシュワシュワと油で弾けていて、なんとも美味しそうだ。
ひっくり返ると、生のお肉が熱せられて、先程よりも大きな音がし始める。ほんの少しだけヘラでお好み焼きのポジションを整えた妹は、また得意げに言った。
「この時、ひっくり返したからと言って、無闇に触ってはならぬ……ぽんぽんしたり、鉄板に押し付けるのは厳禁なのだ! なぜならば、空気が抜けてふんわりしなくなるからだ! ふんわりじゃないお好み焼きなんて、お好み焼きじゃない。繰り返すのだ! はい、俺は腐ったみかんじゃない!」
「「おれはくさったみかんじゃない!」」
「どうしてそうなった!?」
後は焼けるのを待つだけだ。じゅわじゅわ、じゅうじゅう、ぷん、と香るのは脂と野菜の甘い匂い。
鉄板の上のお好み焼きは次第にふっくらしてきて、子供たちは焼きあがるのを、目をキラキラさせながら今か今かと待っている。
「そろそろ焼けたであろう……」
「「おししょうさま、ついに……」」
「こうやって、ヘラで持ち上げた時に生地がしならなければ焼けた証……さあ、最後の仕上げだ! 弟子よ!」
「「はい!」」
ひよりはヘラを持ったままの両手で大きく円を描くと、意味ありげな動きで「ふおお……」と気合を入れ始めた。
……我が妹は一体何をしているのだろう……そう思わなくもないけれど、子供たちはキラキラした目で妹を見つめている。さっきまでツッコミしつつ不満そうだったユエも、固唾を呑んで見守っているものだから、黙って見守ることにした。
「――秘技」
……ゴクリ。
誰かが唾を飲み込んだ音が、静まり返った居間にやけに大きく響いた。
「つばめ返し――!!」
……ポン。
妹は勢い良く必殺技名を叫ぶと、普通にお好み焼きをひっくり返した。
そして、ぴしっとポーズを決めた。
「「おおおおおお!」」
ふたご姫は興奮気味に、ぱちぱちと小さな手を打ち鳴らし、憧れのヒーローを見るような眼差しを妹に注いでいる。……ちょっと、ふたご姫の将来が心配なのは、私だけだろうか。
ユエは拍子抜けしたように脱力して「レイクハルトの時に比べると、なんかしょっぱい」と鋭いことを言っていた。ダイナミックうなぎ解体ショーと比べたらいけないよ、ユエ……。
そして、妹はヘラを天高く掲げると、高らかに叫んだ。
「これにて完成……! 至高のお好み焼きッ!」
「「一生ついていきます! おししょうさまー!」」
「これが異世界唯一の聖女と、一国の姫君だと思うと、僕は不安でいっぱいだよ!!」
最後にはユエは両手で顔を覆ってしまったけれども、こうして概ね恙無くお好み焼きは焼けたのだった。
妹が焼いてくれたお好み焼きは、綺麗にきつね色に染まっていて、なんとも食欲をそそる色合いだ。
上に乗せて焼いた豚肉は、自身の脂に軽く揚げられたようになって、カリカリに仕上がっている。脂身の部分が、熱せられてじゅくじゅくと沸いているのも、なんともいい眺めだ。
それに、用意しておいたソースを一面にたっぷりとかける。
きつね色だった表面が真っ黒なソースに染め変えられる。鉄板に触れたソースが途端に沸騰し始めて、香ばしい匂いを放ち始めた。なんとも食欲を誘うソースの匂いが鼻をくすぐる。
そこに白いマヨネーズを満遍なく掛けていくと、白と黒のコントラストがなんとも面白い。
最後にヘラで食べやすいように格子状に切り分け、仕上げに鰹節と青のりをたっぷり。熱せられた鰹節がゆらゆら動くものだから、子供たちは「生きている!」と大はしゃぎだ。
妹は満足げに出来上がったお好み焼きを見つめると、子供たちに向かって言った。
「さあ、これはお手本だからね。これを味見した後に、お手本通りに三人が焼くんだよ。それをゴルディルさんに食べてもらおう。いい?」
「「わかりましたわ!!」」
「僕も!?」
すかさずユエが意義を唱えるけれど、それをまるっと無視した妹は、ふたご姫とユエ、それぞれの分を鉄板の端に寄せてあげた。やっぱりお好み焼きは、鉄板から熱々をそのまま食べるのが一番美味しい気がする。私とジェイドさんの分は、鉄板の周りは子供たちでいっぱいなので、取り皿に乗せた。
申し訳ないが、ゴルディルさんはまだお預けだ。最終目標は、ゴルディルさんに美味しいお好み焼きを食べて貰うこと。彼には、ふたご姫が作ったものを食べて欲しい。幸い、ゴルディルさんは持ち込んだスパークリングワインを味わうのに夢中で、待たされることに不満はなさそうだった。
全員にお好み焼きが行き渡ったのを確認すると、妹は「じゃあ、お好み焼きの味をご賞味あれ!」と自慢気に言い、みんな思い思いに手を付け始めた。
ふたご姫は握りしめたヘラで、苦労して鉄板の上のお好み焼きを掬うと、ふうふう、と慎重に息を吹きかけた。小さなふたご姫が普通サイズのヘラを持つと、途端に大きく見えるから不思議だ。
ヘラの上のお好み焼きが充分に冷めたら、ふたご姫は互いに顔を見合わせて、うん、と小さく頷き合う。そして大きく口を開けてぱくりと齧りついた。
途端、元々林檎のように赤かったふたご姫の頬は更に赤く染まり、見開かれた碧い瞳の輝きが増した。
「ううう〜! おいしい〜!」
「ふわふわなの、ソースがしょっぱおいしいの!」
「「お肉はせいぎなの……!」」
美味しさのあまり、体を左右に揺らし始めたふたご姫は、口の周りがソースでベタベタなのにも気付かすに満足げだ。息を掛けて冷ますのももどかしい様で、熱々を口に入れては、はふ、はふと口の中でお好み焼きを冷ましつつ、ぱくぱくと勢い良く食べ始めた。やがて、あっという間に食べ終えたふたご姫は、ふう、と互いに顔を見合わせて恍惚の表情を浮かべ――きらりと眼差しを光らせると、妹に向かって声を揃えて言った。
「「おししょうさま! おかわり!!」」
妹はそのふたご姫の様子に破顔一笑して、最後に残ったお好み焼きをふたご姫の前へと分けてやっていた。
「ずるい」
ふたご姫に一足遅れて完食したユエは、自分のぶんのおかわりが残っていないことに気がついて、むくれてしまった。それに気がついた妹は、ユエに自分のお好み焼きを半分に切り分けて、ユエへ分けてあげた。
急に自分の前に現れたお好み焼きに、ユエは目をまんまるにしている。
「味見だからね。作る人がいっぱい食べなきゃね。その代わり、ユエが作ったの私に食べさせてよ」
「……し、仕方ないなあ!」
ニコニコでお好み焼きをぱくつくユエの姿は微笑ましくて、私と妹は視線を交わすと、ふんわりと笑いあった。
「茜? 食べないの? 美味しいよ」
ジェイドさんにそんな風に声を掛けられたので、はっとして自分の分を見ると……まだ手付かず。うっ。子供たちがあまりにも可愛いものだから、そっちばっかり見ていて、自分のことをすっかり忘れていた……。
どうやらそれにジェイドさんは気がついていたらしく、「早く食べないと冷めるよ?」と笑われてしまった。
「食べますし!」と恥ずかしさを誤魔化しつつ、箸でお好み焼きを摘んで――ぱくり。ふわっふわのお好み焼きの生地が口の中に入った瞬間、思わず頬が緩んだ。
キャベツがたっぷり入っている生地。山芋を入れたことによって、ふわふわ柔らかに仕上がった。
ほんの少し牛乳を入れたお陰で、単にふわふわしているだけでなく、まるでオムレツのような滑らかさがあるのも特徴だ。じっくり鉄板で焼かれた薄切りのバラ肉は、カリッカリに焼けていて、ふわふわの生地の中にあって、その触感がなんとも楽しい。
そして、その生地に満遍なくまぶされたソースの味! 濃いめのしょっぱい味が野菜や干しエビの旨味たっぷりの柔らかい生地に合わさると、爆発的に旨味を増す。
ソース自体にも色々な野菜が入っていて、複雑な旨味を醸し出しているのだけれど、お好み焼き自体の旨味と合わさると、相乗効果で更に私を幸せにしてくれる。
ひとくち食べるたびに、ふわっふわ。時々、とろとろねっとりな生地。カリカリッとしたお肉の存在感。ソースのしょっぱさに翻弄されていると、時折り出会う干しエビの旨味。野菜の甘味と、バラ肉から染み出た肉汁の旨味。鰹節の香りも鼻に抜けて、それをまとめ上げるソースの味……ああ、なんて美味しいの!!
「ひより! 美味しいよ!」
思わず声を掛けると、口いっぱいにお好み焼きを含んでもぐもぐしていた妹は、「これが私の腕前よ!」と言わんばかりに、自分の二の腕を反対の手でポンポン、と叩いた。
さあ、味見が終わったらついに子供たちのターンだ。
お玉で掬った生地は、実のところ綺麗に丸く広げるのは難しい。ふたご姫が一生懸命鉄板に流し込んだ生地は、歪な形になってしまった。お肉も綺麗に並べたくても、熱い鉄板に阻まれて小さな体には難易度が高い。お肉が重なってしまったり、よれてしまったり。妹のように中々綺麗には敷き詰められず、ふたご姫は納得できずに唇を尖らせている。
ユエはふたご姫と違って、体は大きいのでうまくいくかと言うと、それも違った。力加減がよくわからないユエは、生地をひっくり返す時に、思い切り上空に投げ飛ばしてしまい、天井にひっついてしまった。
「……うわっ!!」
「あらまあ! まだまだ未熟者ですわね。つばめ返しをするには腕が足りないんじゃあなくって?」
「なにおう!? お前のだって、水たまりみたいで不細工じゃないか。下手くそ!」
「まあああ!」
まあ、そんなハプニングもありながらも、やっとのことで三人のお好み焼きは完成した。
……天井についた丸い油染みに涙目だったのは内緒だ。
出来上がったお好み焼きは、三人三様とは正にこのこと。それぞれの性格を象徴しているようで、ユエのはとんでもなく大きいし、セルフィ姫のものはダイナミックに色々とはみ出しているし、シルフィ姫のお好み焼きは、やたらと小さいミニサイズだ。
「ふん。随分待たせたな」
ゴルディルさんは目の前のお好み焼きを眺めると、無言でヘラを手にした。
誰も彼もがゴルディルさんの動向を見守っている。
皆の注目を浴びながらも、いつもどおりのむっつり顔のゴルディルさんは、無言でお好み焼きを切り分け、そして、大きな口をゆっくりと開くと――バクバクと熱々のお好み焼きを次から次へと口へ運んだ。
ふたご姫は手を握りあって、真剣な面持ちでそれを見つめ、ユエはなんでもない風に装いながらも、チラチラとゴルディルさんの方を覗き見ている。
そして、三枚分のお好み焼きを、あっという間に食べ終わったゴルディルさんは、一気にグラスの中の酒を飲み干すと、自分を見つめていた三人に視線を向けた。
そして、ニッと歯を見せて、「美味かった!!」と輝くような笑顔になった。
その瞬間、ふたご姫はぱあっと表情を明るくして、喜びのあまり「おじいさま!!」と、ゴルディルさんに駆け寄り、思い切り抱きつく。ゴルディルさんは腕の中に飛び込んできた小さなふたご姫に、一瞬驚いたようだったけれど、すぐに顔中を皺だらけにして、愉快そうに大きな笑い声を上げた。
ユエはというと、恥ずかしそうに頬を染め、妹にこっそり「次に焼いたのはひよりにあげるね」と可愛いことを言っていた。
「じゃあ、ふたごと……そこの小僧にこれをやろう」
すると、ゴルディルさんは懐から何かを取り出した。それは丸いガラス玉。透明なガラスの中に、色鮮やかな色ガラスが混じり合った、小さな小さな丸いそれを、ゴルディルさんは三人の手に乗せていった。
三人は頬を染めて、自分の手に乗ったそれを眺め、感嘆の声を漏らした。
けれども、次の瞬間ふたご姫の表情が曇った。そして、眉を下げ、悲しそうな表情で言った。
「おじいさま、わたくしたちが負けたから『おこのみやき』を作ったの」
「おじいさま、わたくしたちがなにか貰うのは違うと思うの」
――すると、ゴルディルさんは、
「俺の『美味かった!』って言う気持ちだ。勝負なんて関係ねえ。……お前らが持っている宝石に比べると、ちゃっちいけどな。俺の手作りだ。貰っとけ。……大切にしろよ」
ゴルディルさんはそう言って、三人の頭を順番に、少し乱暴に撫でていった。
すると、子供たちは手の中のガラス玉を、まるで貴重な宝石か何かの様に、大切に大切に握りしめて、元気よく御礼を言った。
「おい、さっきから何度も呼んだのだが……」
その時、廊下から居間をひょい、と金髪碧眼の人物が覗き込んできた。
それを見た、居間にいたユエを除く全員が固まる。ユエだけは呑気に「あ、王様だー」と声を上げた。
そう、その人物とはこの国の最高権力者、王様その人だったのだ。
「其の方ら、一体なにをしているのだ……特にゴルディル! 我が娘に何をしている!」
「何と言われてもな、お前の娘たちにおもてなしを受けていた。……悪いか?」
「おもてなし……!?」
すると、王様は私に説明しろと言わんばかりの視線を向けてきた。若干、目が血走っている気がしなくもない。
「ふたご姫に、『お好み焼き』の作り方を教えていたんですよ。ゴルディルさんに贈り物がしたいと言っていたので、なら料理ならどうかと思って……」
「それはあれか! 春頃にカインに『どうなつ』なるものをプレゼントしていた時と同じか! 私が一生懸命頼んでもくれなかった、あれと一緒なのだな!?」
「……ええ!? ええと、そうなんですか!?」
王様の勢いにたじろぎつつも、ふたご姫に目を遣ると、ゴルディルさんの膝に座ったまま、「そんなこともありましたわね」「そういえば、おとうさまにもいつかあげると約束してましたわね。いつか」とのほほんとしている。
王様は整った顔をヒクヒクと引き攣らせ、ゴルディルさんに詰め寄ると、何かに目を留めてピタリと動きを止めた。そして絶望の表情を浮かべると、顔を手で覆って座り込んでしまった。
「ゴルディル。やはり貴様だったのだな……私の……秘蔵の葡萄酒が……」
それを聞いた瞬間、私の顔からさあっと血の気が引いた。……もしかして、さっき飲んだとっても美味しいスパークリングワイン。それって……。
「王家の酒蔵から、ゴルディルが出ていったという目撃情報を聞いたから、執務を放り出して来てみたら……! 間に合わなかったか……!」
――あのスパークリングワイン。王様のだったの……!?
思わず口を抑える。飲んじゃった。飲んじゃったよ……! どおりで美味しいと思った。酒好きの王様の秘蔵の葡萄酒ならば、あの美味しさは納得だ。
そんな私には気づかずに、王様はわなわなと唇を震えさせながら、ゴルディルさんを血走った目で睨みつけ、腰に下げていた短剣の柄に手を添えた。
「しかも、娘の手料理を食べているなぞ、なんて憎らしい。成敗してくれるわ!」
「ちょ、ちょっ……! 王様、洒落になりませんから! 落ち着いて……!」
「酒だけならまだしも、ふたご姫の手料理は許せぬ!」
「そっち!?」
王様の怒りを受けても、ゴルディルさんはどこ吹く風。いつものようなむっつり顔に戻ると、小指で耳孔をほじくりながら言った。
「儂は、何も責められるようなことはしとらんぞ。先々代の国王に、酒蔵の酒は自由に飲んでいいと言われておるし」
「祖父の代の話を、今持ち出されても困る!」
「なんじゃ、ちょっと前まで鼻タレ小僧だったくせに、偉そうになって。まったく。これだからふたごに手料理を作ってもらえぬのではないか」
「う……」
そういえば、ゴルディルさんは土の精霊ノームの祝福を受けたドワーフ族の長老。確か齢五百歳以上だったはずだ。先代の聖女の浄化の旅のことも知っていたようだし、長いことジルベルタ王国に関わってきたのだろう。そんなゴルディルさんにかかると、王様もたじたじだ。
「おじいさま、おとうさまを怒らないであげて?」
「おじいさま、おとうさまに優しくしてあげて?」
すると、見かねたふたご姫がフォローに回った。途端に王様はその整った顔をふにゃふにゃに緩ませて、「ふたりとも……」と涙ぐんでいる。
「ならば、ふたごよ。お前たちで其奴に『お好み焼き』を振る舞えばよかろう」
「えー」
「それは」
「……何故だ、娘たちよ……!!」
それを聞いた王様は、悲壮な叫び声を上げた。
ふたご姫は顔を見合わせて、クスクスと楽しそうに笑っている。
すると、ゴルディルさんはふたご姫の頭に、その大きな手を乗せた。
「ふたご、父とは敬うものであって、その様にからかうものではない」
「「……ごめんなさい」」
途端に、しゅんとしたふたご姫は、ゴルディルさんの膝から降りると、生地の入ったボウルを手に取った。
そして、ふたり並んでにっこり笑うと、「「おとうさま、少しだけお待ちになっていて?」」と声を揃えて言った。
手料理を食べられる喜びからか、王様は感激に身を震わせると、ソファに座ってお好み焼きを作り始めたふたご姫を眺め始めた。私は無言でその手にグラスを握らせて、ゴルディルさんが拝借してきたというお酒を注ぐ。王様は満更でもない表情でグラスを呷ると、満足そうに息を吐いた。さっきまで悲壮感たっぷりだった王様の表情は、この時点でとても機嫌が良さそうだったけれど――その表情は次の瞬間には、あっという間に真逆へと変貌することになる。
「……いやに騒がしいな」
そう言って、眉間に深い皺を刻み、銀縁眼鏡を掛けたジルベルタ王国の宰相――別名『氷の宰相』こと、ルヴァンさんがやってきたのだ。途端に真っ青になった王様は、すっくと立ち上がってどこかへ行こうとしたけれど、出口はルヴァンさんが塞いでいて、逃げ場所がない。
王様は、ルヴァンさんの翡翠色の瞳に冷たく射抜かれると、観念したように両手を上げて、へらりと笑った。
「……執務を投げ出して、何をしていらっしゃるのか」
「うむ。……娘の手料理を」
「ほほう。それはそれは結構なことで」
ルヴァンさんは自分のこめかみに人差し指を当てて、とんとんと何度か叩いてから――恐ろしく冷たい視線で王様を見据えた。
「それは、重要な会議を欠席してまで、食べなければならないものなのでしょうな?」
「あああああ、当たり前だ!」
「……ならば、仕方ありませんな」
ルヴァンさんの言葉に、王様はあからさまにホッとして力を脱いた。しかし、ルヴァンさんは爽やかな笑みを浮かべると、「明日以降、休まずに執務を続ければ、この穴は埋められるでしょうし、問題ないでしょうな」と言って、王様を震え上がらせていた。
その後、王様はなんとかふたご姫の作ったお好み焼きを食べ、ふらふらになりながら帰っていった。
因みに、王様がお好み焼きを食べている間じゅう、ルヴァンさんはレオンを抱いて満足げだった。
まるで嵐のような王様が帰っていった後は、のんびり皆でお好み焼きを作って食べた。
ユエは妹に自分の焼いたお好み焼きを食べて貰って嬉しそうだったし、ふたご姫は妹と楽しそうにはしゃいで、今度はチーズを入れた変わりお好み焼きに挑戦したりして、とても楽しそうだった。
「……あれ。そう言えば、クルクスさんは」
その時、ふとクルクスさんの声を暫く聞いてないことに気がついた。
ふたご姫がゴルディルさんに抱きついたり、色々と彼の逆鱗に触れそうな行為をしていたのに、やけに静かだ。嫌な予感がして、急いで窓へと駆け寄る。すると、そこには――。
「う……あ……」
うっすらと体に雪を積もらせて、真っ白に燃え尽きているクルクスさんの姿があった。
その後、大慌てでクルクスさんを室内に収容して、冷え切った鎧を脱がせて、更には温かいお茶を飲ませた。けれども反応がない。ふたご姫も流石に慌てたのか、クルクスさんの手を握って泣きそうだ。
「クルクス! 死なないで……!」
「クルクス! 放って置いてごめんなさい!」
「ひ、姫さま方……」
すると、無反応だったクルクスさんが漸く口を開いた。そして、紫色に染まった唇を微かに震わせ、今にも消え入りそうな声で言った。
「お、俺にも……姫さま方の愛情たっぷりの手料理を……ぐふっ」
「「きゃああああ! クルクスー!!!」」
……因みに、クルクスさんはふたご姫のお好み焼きをひとくち食べた瞬間に復活した。
この護衛騎士は、不死身なのだろうか。……怖い。
クルクスさんが加わって更に騒がしくなった居間に、ふと疲れを感じてソファに腰掛ける。すると、先にソファに座っていたゴルディルさんがぽつりと言った。
「子供が元気なのはいいことだ」
そう言ったゴルディルさんの眼差しは酷く優しげで、けれどもどこか淋しげだった。――なんとなく、私はその横顔から目が離せなくなってしまった。
「……この冬が終わった後も、こういうなんでもない光景が見られるといい。今までのように。これからも、ずっとだ」
子供たちは無邪気に笑い声を上げ、調子に乗って生地を溢したユエは、ジェイドさんに怒られている。クルクスさんは相変わらず、突拍子もないことをして、みんなに引かれていた。
誰も彼も、笑顔でとても楽しそうだ。
……冬の終わり。
それは浄化の旅が終わった後のことだろうか。
ゴルディルさんの苔色の眼差しは、子供たちを見守っているようでいて、もしかしたら遠い過去に記憶を見ているのかもしれない。
――過去、同じように最後の浄化の旅を前にして、はしゃいでいた誰かの姿を思い出していたのかもしれない。
私はそっと子供たちへと視線を戻した。
そして、ゴルディルさんにだけ聞こえるくらいの声で言った。
「見られますよ。きっと、ずっと。……大丈夫。大丈夫です……」
ゴルディルさんは、ちらりとこちらを見ると、その大きな手で私の頭を乱暴に撫でた。