85 蹂躙2
召喚兵による戦術は実に奥深い。
先ず、召喚兵の一『聖闘士』だが、こいつの力を、仮に十とする。
こいつは余り強くないが、手にした錫杖にはアンデッドに有効な聖属性が付与されており、このダンジョン『震える死者』に於いては、実際の強さ以上の実力を発揮する。
続いて召喚兵の二、『狙撃手』。
接近戦には弱いが、弓を持つこいつらの真価は遠距離からの射撃にある。間合いさえ確保出来れば、一方的に攻撃出来る。こいつの力を数値化するとしたら、少しおまけして十五という所か。
ロビンは三列縦隊を組み、俺は狙撃手に囲まれ、聖闘士を前に進軍を開始した。
ちなみに白蛇のオリジナルである『剣闘士』の強さは、あくまでも予想の数値だが、『二十五』という所だ。こいつらの強みは『盾』による防御だ。聖闘士より粘り強く、持久戦に強い。優秀な兵種とも言える。
◇◇
聖闘士が百。狙撃手を三十。数の上では四個小隊という所だろうか。
「ディートさん。神力の余剰は大丈夫ですか?」
「問題ない。この程度なら、あと三百は喚べる。遠慮なくやれ」
この部隊の『将』であるロビンには指揮能力は勿論、『陣形』を組み、巧みに動かす並列思考の能力も求められる。
術者の俺が死ぬ。或いは意識を失うと召喚兵は消滅する。その為、ロビンは隊列の中央に自らと俺を配し、術者の俺を固く守りながら進む。
「相手の殆どは知恵も知識もないアンデッドです。不安要素はありません」
「ふむ……その辺は分からん。任せる」
俺は『神官』だ。召喚兵の指揮が出来ない訳じゃないが、その辺は軍人である『騎士』のロビンには敵わない。俺が白蛇に手もなくやられた理由の一つでもある。
ふと思いつき、俺は言った。
「……ロビン。お前は『戦争』の経験があるのか……?」
「ありますよ」
レネ・ロビン・シュナイダーは教会に所属する騎士だ。寺院の召集に従う責務があり、『神敵』と定められた者とは、これと戦い、殲滅する義務がある。
ロビンは自嘲気味に笑った。
「聖女の指揮で戦いました。馬鹿げてますよね。軍人としては何の能力もない子供の指揮下で戦ったんです」
「……」
俺はその愚かさに鼻白む。
細かい事情は分からないが、悲惨な戦いになった事は想像出来る。
不意に――
ロビンの視線が遠くなった。
「……先頭集団が戦闘に入りました。敵集団の殲滅を確認。一撃離脱。隊列を入れ替えます……」
ここに至り、未だその能力の底が知れないロビンだが、指揮官としての才能もあるようだ。
現在、この狭いダンジョンの通路に於いて、俺が作った『部隊』は縦長に展開している。
ロビンはその狭い戦闘域で一撃離脱による戦法で召喚兵の消耗を避ける戦術を採用しているようだが……目に入らない筈の先頭集団の状況も把握している。俺には出来ない芸当だ。騎士の『スキル』だろうか。
……分からない。
それとは関係なく、これだけは言っておいた。
「ちなみに、ロビン。俺は凄まじい程の方向音痴だ。その方面の事は期待するな」
ロビンは吹き出した。
「それが私とディートさんを巡り合わせたんです。知ってますよ」
俺たちの軍勢は進む。
戦闘になる度にロビンは立ち止まり、意識を集中させて戦域を確認しているようだ。
「……ディートさん。補助を……」
「ふむ。もう使っているが、重ねるか……?」
「はい……一撃離脱。戦列を組み換えて対応。狙撃手、前に。目標、至近」
ロビンの意識は半ば先頭集団にあるようだ。俺に補助の要請を出した後は遠い目をして立ち止まり、色々と試しているようだった。
「……なぁ、ロビン。分かるのか……?」
「はい? まあ……戦況把握のスキルを持ってますから……」
と生返事をするロビンは気もそぞろに見える。
「ああ、はい……そうなりますか……それでは……」
ロビンの有能を以てしても、ダンジョン内での『部隊』指揮は骨が折れるようだ。時折、立ち止まり、ぶつぶつと呟きながら集中している。
そうして戦闘を重ねる事、数回。その間、ロビンは黙り込み、戦域に意識を集中させていたが、ある時を皮切りに閃きがあったのか、思い付いたように一つ頷いた。
「……全て理解しました。散開します……」
ロビンは召喚兵の部隊を五体一組に編成し、各方面に散開させた。
「行きましょう」
ロビンがダンジョンに散開した召喚兵に出した指示は『会敵確殺』。その召喚兵たちが不意に他の冒険者たちと遭遇した際には眉をひそめたが、それ以外には特に問題らしい問題もなく――
無人の野を行くように、俺たちは進む。
「……時に、ディートさん。あの剣を使うヤツは、いったいどうしたのですか?」
「ああ、それか……」
あの『白蛇』の事をどう説明したものか、非常に悩ましい。
「実はな、『刷り込み』の際、面白いヤツを見た」
「……面白いヤツ?」
「ああ。そいつは騎士の癖に、神官の術を使うんだ。剣闘士の召喚はそいつから学び奪った」
「……」
ダンジョンの奥へ踏み入りながら、ロビンは、ぽうっとした表情で俺の話を聞いていた。
「それは……」
「うん。アスクラピアとアルフリードの加護の為せる術だ。珍しいだろう」
「あり得ません。いや! しかし……」
そう。聖書に於いて、アスクラピアは軍神アルフリードに『剣』で殺害された。そのアスクラピアとアルフリードの加護が入り交じった術を使うなどあり得ない。俺もこの目で見るまではそう思っていた。
「面白いだろう? この事実には、非常に考える余地がある」
「はい……はい……!」
ロビンの頬は次第に紅潮し、目を輝かせて俺の話を聞いている。
「神官に五つの徳。五つの戒めがあるように、騎士にも五つの戒律がある。これは騎士の五徳、五戒と呼べる訳だが……面白い共通点だと思わないか?」
「はい……はい……! ああ、素晴らしい。それは未知の世界です。私たちの信仰には先がある。未来がある……!」
おっと。少し狂信者を刺激し過ぎたようだ。ロビンは、うっとりとした眼差しで俺を見つめている。
「……その面白いヤツが『個性』を持っていたんだ。俺も同じように『個性』が持てると思わないか?」
「……まさか」
俺は頷いた。
「今は思考段階だがな。その内、見せてやる。期待しておけ」
「はい。はい……!」
ロビンの狂信が加速する間も召喚兵による掃討戦は続いている。濃厚な魔素が発生し、吸収される。胸の奥から沸き返るような高揚感がある。
蹂躙は始まったばかりだ。
進む先には無数のアンデッドやモンスター共の死骸が無数に転がるが、それらを踏み越えて進む。
斯くして『俺』という器は拡張して行く。『俺』という『存在』は強化されて行く。
この胸躍る高揚感に酔わないよう、俺は懐に忍ばせた母の偶像を握り締め、深い祈りを捧げる事で荒ぶる心を捩じ伏せる。
ロビンが言った。
「小遣い稼ぎに、アシタも連れて来るべきでしたね」
「そうだな。物拾いでもさせるか……」
ダンジョンにはモンスターから剥ぎ取れる物資や貴重な鉱石等のような無限の資源が転がっている。跋扈するアンデッド共を一掃してしまえば、後はリポップする前にそれら資源を回収するだけで一財産になる。
だが、今は……
全てを踏み潰して進むのみ。母の好む地獄のような静寂を残して進む。
第一層を抜け、二層、三層へ至った時、虱潰しにしたモンスターの討伐数は既に七百体を超えていた。
「……ディートさん。魔素酔いの方は大丈夫ですか……?」
「うん。大分、慣れて来た。それより、戦況は?」
「損害は軽微ですね。雑魚ばかりですが……しかし数が数です。この調子なら、私も久し振りにレベルアップが望めそうです」
穏やかに言うロビンだが、濃厚な魔素の影響からか、瞳の色が赤く染まりつつある。
「……!」
そこで、ロビンの表情が険しいものに変化した。
「……負け犬とクソ女が来ました。どうしますか……?」
どうやら、ダンジョン内に散開した召喚兵がアレックスたちと接触したようだ。
「放っておけ」
パーティを組んだからといって、仲良しごっこをしている訳じゃない。俺が俺の意思に沿って行動するのは当然の成り行きだった。
「一人前に怒ってますね。不満があるようです。聖闘士を詰ってます」
「……面倒臭いな……」
ロビンは容赦なく言った。
「いっそ、殺しますか?」
『教会騎士』レネ・ロビン・シュナイダーは、あくまでも俺に仕える騎士だ。アレックスやアネットとの間に信頼関係は存在しない。
「ふむ……そうだな……」
ダンジョン内は無法地帯だ。冒険者の同士討ちも珍しい事じゃない。目撃者が居なければ、殺してしまっても問題にはならない。
しかし……
「なあ、ロビン。あいつらは、いったい何を考えているんだ?」
俺にしてみれば、指示を出さないリーダーの下で仲間が勝手に行動を起こす事は自明の理だ。
俺は首を振った。
「もう充分だ。あいつらは、もういい。暫くは顔も見たくない」
「流石、ディートさんです」
そう笑って答えるロビンには、元より協調性のようなものは皆無だ。
「A級冒険者、か……」
さて、この広大なダンジョンで、アレックスとアネットが俺たちを見つけ出せるかどうか。
◇◇
感覚ではない。判断が欺くのだ。
《アスクラピア》の言葉より。
◇◇
奴等が俺をどれほど落胆させたか。
「追い付ければだが、言い訳ぐらいは聞いてやる」
だが、追い付けなかった時。
その時は、奴等に貸していた物は全て返してもらう。
アスクラピアの二本の手。
一つは癒し、一つは奪う。
俺が、どれほど奴等に失望しているか。
俺は信仰する神と同様に、二本の手を持っている。