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アスクラピアの子  作者: ピジョン
幕間 女王蜂
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48 女王蜂5

 パルマの長屋に帰って来たディは、一回り小さくなって、髪の毛に白いものが混じっていた。


「……」


 あたしは言葉もなく――


 吃驚したよ。本当。人間ってのは、結構簡単に狂うんだ。


「あんたら、よくもディをやってくれたね!」


 トチ狂って、オリュンポスのクランハウスに乗り込んだあたしを待ってたのはハーフエルフのクソ女だ。


 本当、吃驚したよ。


 ディがあんだけやったのにさ。クソ女は、これも契約の内だって言って、あたしに銀貨五枚押し付けて来てさ。出てけだって。


 ここから暫く先の事は、あんまり覚えてない。


 気が付くと性格悪そうな猫人ワーキャットのエンゾとかいうのと、いつもはお高く止まったエルフ女のマリエールがいて、焦ったように話を聞いてくれって言ってた。


「クソ野郎共! ナメやがって! ……ナメやがって!!」


 あたしのディが命懸けでやったってのに、あのハーフエルフの女は目腐れ金で済ませようとしやがった。

 あたしは発狂した。

 実際、トチ狂ってたと思う。真正面からぶつかったって敵うわけないのに、あたしはブチキレて喚き散らし、オリュンポスの奴ら相手に一歩も引かなかった。


 ディが目を覚ましたって聞かなかったら、行き着く所まで行ったと思う。


 その後の話は、猫人ワーキャットのエンゾを相手に淡々と進んだ。

 エンゾは終始苦り切った表情だった。


「まず、ウチのサブマスターであるアネットの非礼を詫びる」


 ちなみに、この交渉の席にはディも同席していて、ぐったりしたディは、ずっとあたしに凭れ掛かったままだった。


「……あのとんがり耳は、いったい何を考えていたんだ……?」


 ディの話では、既にクランマスターのアレックスとの間で契約が成立しているという事だった。


「……手付けとして、先ずは銀貨で五百。こいつはアレックスの命の代金だ。続いて、右手の治療に百、左は五十といった話だったが……踏み倒してみるか……?」


 エンゾは短く言った。


「それは文句ない。アレックス……オリュンポスは先生ドクの話を全面的に受け入れる」


 ディは酷く疲れ……呆れていた。


「それと、クランハウスで作った薬の代金として銀貨で二百。話を拗れさせたのはあいつだ。馬鹿めと言っておけ。アビーが知らんと言えば、俺は手を引かせてもらう……」


 そうだ。ディの上にはあたしだけ。ディのやる事は、あたしが決める。


「……」


 エンゾは眦を吊り上げたあたしを見て、思い切り顔をしかめていた。


「ウチの間抜けが、すまなかった。この非礼に対して、オリュンポスは既存の報酬に、銀貨三百枚を加える準備がある」


 ディはあたしの胸に凭れたまま、静かに首を振った。


「……アレックスは、ケツを拭くのにも苦労するだろうな……」


 あたしが「そうしろ」と言えば、ディはそうする。躊躇わずオリュンポスから手を引くだろう。


 報酬はなくなるけど、金はまた稼げばいい。ディの命には代えられない。

 ディは疲れたように言った。


「……後の話はアビーとしろ。せいぜい機嫌を取るんだな。不実の代償は身を以て知れ……」


 その後の交渉では、マリエールが新たに用意した報酬が話題のテーブルに上った。


「……今、貴方たちが使っているパルマの長屋の所有権をアビゲイルに差し出す……」


 パルマの貧乏長屋。幾ら貧乏って言っても、売れば金貨で五十枚はくだらない。銀貨なら五百枚以上の値打ちもんだ。あたしにとっては目ん玉が飛び出るような報酬だったけど、ディは鼻で嘲笑った。


「……話にならんな。筋肉ダルマを連れて来い……」


 あたしには、ディがこう言ってるような気がした。


 ――思い切り、吹っ掛けろ。


 だから……

 あたしは、オリュンポスから思い切りふんだくった。


 オリュンポスが所有するパルマの長屋五棟全てを頂いて、その上でディとの契約は見直す。勿論、一日に銀貨五枚なんて端金じゃない。


 全ての条件をオリュンポスに飲ませた時、エンゾも澄まし顔のマリエールも額に汗を浮かべていた。


 オリュンポスが所有するパルマの長屋五棟全て。そしてディを呼び出した場合、術の行使の有無に関わらず、一日に銀貨三十枚。場合によってはそれ以上の代価を頂く。

 ディの命は金じゃ買えない。でも、これぐらい言わなきゃ、あたしはディに合わせる顔がない。あたしの為に命を削ったディに申し訳ない。


 あたしは自分でもどうかしてるって内容の契約を押し付け、オリュンポスは、その条件を全て飲んだ。


 これっぽっちだって、あたしは気が済まなかったけど、クソ共――


◇◇


 ――ざまあみやがれ!!


◇◇


 身に余る程の金を得たあたしが、まずやった事は、今住んでる長屋を高い壁で覆ってしまう事だった。


 特に、ディの居室には金を掛けた。壁を厚くして外部からの侵入や襲撃に対して備える。内鍵が掛かるようになっていて、あたしが持ってる鍵以外では外から開けられない。これは防寒や防音にも高い効果を発揮して、ディは喜んでいた。


 以降のディは不定期に発熱し、床に伏しがちになった。

 過剰な力を行使したアスクラピアの子は、こうして弱って行く。

 あたしにはどうしようもない。

 でも、調子のいい時はあたしの相談に乗ってくれる。


「アビー。分かってると思うが、駒が足りん。とりあえず、なんでもいいから数を揃えろ」


「あぁ、分かってるよ」


 パルマの貧乏長屋、二十棟の内の四分の一を手に入れて、あたしはただのガキから、一端の侠客ヤクザになった。


 フランキーなんて、もうメじゃない。


 ディのお陰だ。ガキだからって、もう誰もあたしを舐めて見ない。


 あたしは急激に拡大した縄張りを維持する為、早急に手下を増やす必要があった。


◇◇


 ディは体調のいい時を見計らっては、オリュンポスに行ってアレックスの治療を行っている。

 そのディにはスイを付けた。

 スイは、あまり頭が良くない。スイ自身それを良く知っていて、ディの事は逐一あたしに報告して指示を仰ぐ。最初から、こうすりゃ良かった。ゾイなんてメスガキを付けたあたしは本当に馬鹿だった。


「……うん、うん……そうだね。ディには、あまり術を使わせるんじゃないよ。もうヒール屋なんかで小遣い稼ぎする必要はないんだ……」


 ディにはアスクラピアが授けただろう叡智がある。『セッケン』の事がいい例だ。


 ディは失敗作だって嘆いたけど充分使える。やり方さえ知ってれば馬鹿でも作れるそれは、ガキ共のいい小遣い稼ぎになったし、上がりの半分を組織に入れさせる事であたしも潤った。


 新しく増やしたガキ共には、こう言って聞かせた。


「いいかい。その『セッケン』はディが考えたんだ」


 捨てられたガキは何処にだっている。そして、小さいガキほど扱いやすいものはない。


「……ディ?」


「体が弱いんだ。いつもは長屋の奥に居るよ。アスクラピアの加護がある」


 癒しと復讐の女神、『アスクラピア』の名は誰でも知ってる。その効果はガキ共には絶大だった。


 時折、あたしの指示でディがガキ共の病気やケガを治した事もあって、ガキ共はディを『おくのひと』と呼んで敬っている。


 ……いつも、長屋の奥の部屋から出てこない偉い人。それが無垢なガキ共の印象。


「特に朝は静かにしな。あたしらの為に祈ってくれてるからね」


 ディは弱り、死にやすくなった。でも『神官』としての力は上がった。


 オリュンポスの一件で、死力を尽くして呪を祓った事が『自己犠牲』として認められたかららしい。


 自己犠牲……?


 それをディから聞いたあたしは、また頭がおかしくなりそうになった。『アスクラピア』を疎ましく感じたのはこの時が最初だ。

 でも――

 そんなあたしの思惑とは関係なく、ディの力は上がった。

 風呂桶を蹴飛ばすだけで水を浄化しちまったり、軽く祝福するだけでも小さな怪我や軽い病気程度なら治っちまったりする。

 この辺の水は汚い。

 汚水が流れ込む川は勿論、井戸水も変な味がする。腹を下す事なんて、しょっちゅうだけど、スラム街だからしょうがない。でも、毎日ディが祝福で浄化するお陰で、あたしもガキ共も綺麗な水を飲んで、綺麗な水で身体を洗っている。腹を壊す事もなく、毎日身綺麗にして居られる。これが、あたしやガキ共にとって、どれだけありがたい事か。


 ディは、自分が何をやってるか知らない。文化的な生活がどうたら小難しい事を言ってたけど、簡単に出来ちまう事だからか、本人はその価値を理解してない。


 ここで暮らすガキ共は、毎日の生活を通して身に滲みてる。『おくのひと』が居る限り、病気も怪我も怖くないって思ってる。『おくのひと』に敬意を持たないガキは一人も居ない。


 説教臭いのが珠に傷だけれども。


 あたしの大切なディートハルト・ベッカー。


 大切な『お宝』だ。

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