四十四話 【夏・学院祭編】夏は恋の季節④
「アンタも怪しい動きをしていたな!! ボクはアンタが林から飛び出して来たのを目撃したぞ!!」
林から出てきただけで共犯扱いとは、少々強引な言い分だが、なぜそこにいたかと聞かれると説明しがたい。
言葉を発しなかったパトリシアを見て、すかさず令嬢二人が声を上げた。
「わ、私たちは主犯ではありませんわ!」
「そ、そうです! やれと言われて無理矢理っ!!」
令嬢たちの叫びに彼女らを確保しにきた男子生徒たちは、完全にこちらに敵意を向けてきた。
「なんて恐ろしい女なんだ! 他人の手を汚させ、聖女の力を持つカレン様を陥れようとするなんて!!」
芝居がかった口調で叫ぶ野次馬に視線をやれば、いつだかパトリシアを自称聖女と罵ってきた男子生徒が、また懲りずに声を上げている。
彼含めおそらく令嬢を捕まえにきた生徒たちも、カレンを聖女として心酔している一部の過激派たちなのだろう。
「そ、そうですわ! 本当に悪いのは、パトリシア様です!」
それに乗っかる様に令嬢二人が声を上げてくる。
「わたくしが、あなた達になにを命令したと言うのですか?」
ここでオドオドしては後ろめたい事があるのだという印象を与えてしまうかもしれない。
パトリシアは、凛とした態度で彼女たちを見やった。
「そ、それは……」
「わ、私たちは嫌だと言ったのに無理やりっ」
「わたくしが、どうあなた達に無理やり言う事を聞かせたと言うのですか?」
咄嗟に吐いている計画性のない嘘だ。口裏も合わせられていない彼女らの発言は、薄っぺらいものだった。
「こ、侯爵家の力を使ってやると脅されました!」
「わたくしには、そんな記憶ありませんが。それはいつのことです?」
「きょ、今日の昼過ぎに……」
「おかしいですね。昼過ぎはオペラを鑑賞していたのですが」
「ち、ちがっ、夕方に突然声を掛けられてっ」
「わたくしは今日、日暮れまでずっと友人と過ごしていました。あなたたちにそんな命令をする時間はありませんでしたわ」
「そ、そんな事、どうとでも言えるじゃないですか!」
「そうだな。たとえその友人とやらの証言を得たとしても、その友人も脅されている可能性が高い」
涙目で訴えてくる令嬢に、カレンの取り巻きの男子生徒たちは急に同情的な態度を見せ始める。
こんなの酷いこじつけだ。無理矢理にでも自分を主犯にしたてあげたいという考えが見え見えじゃないかとパトリシアは思った。
(どうすれば……)
ここで選択を間違えては、野次馬たちにまで自分がそういう人間だという印象を与えてしまう。
パトリシアは、どう乗り切れば良いか、不安や焦りを抑え必死で頭を回転させたが、咄嗟に良い案は浮かんでこない。その時。
「それはあり得ませんね。オペラが終わってからの時間帯、俺も彼女と一緒にいましたので」
「っ!!」
振り向くとサディアスがそこにいた。
「なんの証拠もなしに、彼女たちの発言を真に受けパトリシア嬢を主犯に仕立てるのは、無理がありすぎはしませんか?」
王族の彼にパトリシアが圧力をかけて命令を聞かせるなんて事は無理だ。
「皆さん、わたしは大丈夫ですから。こんな風に言い争うのはやめてください!」
サディアスの後ろからブレントに支えられるようにしてカレンが顔を出すと、彼女の取り巻きたちが慌ててカレンに駆け寄ってゆく。
「カレン様、お休みになっていなくて大丈夫なのですか!?」
「わたしのせいで言い争いが起きていると聞いて……そんなのほうっておけないもの」
そう言いながらカレンがそっと前に出る。
「サディアス様がおっしゃるとおり、証拠がないパトリシア様を裁くことはできません。手を離してあげてください」
カレンに言われ、渋々といった様子で男子生徒はパトリシアから手を離した。
「けれど、そちらのご令嬢二名は、少し叩いただけで埃が出てきましたので、取りあえず静かに話し合える場所へ来ていただきましょうか」
サディアスにそう言われ、引き攣った顔になった令嬢が男子生徒たちに連れて行かれる。
「みなさんを騒ぎに巻き込んでしまって本当にごめんなさい。せっかくの花火だったのに……後夜祭もあと少しですが、みんなで楽しみましょうね」
カレンがもう一度頭を下げ少し申し訳なさそうに微笑むと自然と拍手が起きた。
それから少しずつ雰囲気も和らいでゆき、皆何事もなかったようにちりぢりになり、その場は収まったのだった。
「やれやれ、オマエはお人好し過ぎるぞ」
「そんなことないです。わたしはただ、みんなに争ってほしくなかっただけ」
だから自分を閉じ込めた令嬢たちの処分も最小限の罰にしてほしいと、カレンは口にした。
気が付けばサディアスは連行された令嬢たちについて行ったようで、ブレントとカレンが二人きりで花火を見上げている。
(やっぱり……あがいても、アニメの本筋からは外れられないみたい)
そのうち花火大会は終わり、ようやく二人は少し離れた場所にいるパトリシアに気付いたように振り返った。
「なんだ、オマエ。そこにいたのか」
「あっ、ごめんなさい! お二人は花火を見る約束をしていたんですよね? それなのに、わたしったらお邪魔虫になっちゃった……」
謝るカレンに「そんなこと気にしなくていい」とブレントは言った。
「でも……わたし、もう行きますね。さっきの人たちの処分も気になるし。少しでも罪が軽くなるようにお願いしてあげなくちゃ」
そう言ってブレントにお辞儀をすると、カレンは校舎の方へ向かい歩き出した……のだが。
「今回は証拠がなかったけど……罪を他人に押し付けて自分だけ助かるなんて、軽蔑します」
「っ!?」
すれ違いざま、カレンはパトリシアにだけ聞こえる声でそう呟き……挑戦的な眼差しで一瞥してから去っていたのだった。
(わたし、疑われている?)
「アイツは本当に優しすぎる。危なっかしくて見てられない」
なにも知らないブレントはそんな事を独り言ちた後、オレたちも戻るぞとパトリシアに声を掛けてきたが。
「おい、パトリシア?」
「…………」
アニメとは違ったけれど、結局カレンをいじめた主犯にされかけたパトリシアは、彼女がいなくなった方向を見つめ複雑な思いを感じていた。
本当に自分は、断罪の未来を回避することができるのだろうか。