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二十二話 婚約者との微妙な関係

「オマエはまた書庫に籠っていたのか。まさか陰気なサディアスと二人きりで過ごしてたんじゃないだろうな」


 お茶会のしょっぱなからブレントはご機嫌斜めのようで、腕組みをしながらの第一声がこれだ。

 パトリシアはそれを笑顔で聞き流しながら席に着いた。


「二人きりではありませんわ。司書の方もおりますし」

「毎回あんな場所に通ってなにが楽しいんだ」


 今日のお茶会は城の中庭にある花園の一角。色とりどりの花に囲まれ、せっかくの眺めを楽しみたいけれど、まずはこのしかめっ面の婚約者のご機嫌を取らなければいけないらしい。


「ブレント様に相応しい聖女になりたくて勉強しているのですよ」

「フン、どうだか」

 ブレントはつまらなそうに給仕がいれた紅茶に口をつけた。


 正直ブレントとは話が合わない。パトリシアが興味のある話をふるといつもつまらなそうな顔をされるし、パトリシアも彼の自慢話を聞かされるたびに内心つまらないと思っているからお互い様だが。


「ブレント様、最近の学院生活はいかがですか?」

 一つ年上のブレントはすでに例の学院へ入学し、学校生活を送っている。

 ヒロインの入学はパトリシアと同じ来年のはずなので、今はまだ探りをいれる必要はないのだけれど興味本位で聞いてみたのだが。


「そんな話、どうでもいいだろ」

 やはり彼にとってはつまらない話題だったようで、ブレントはウンザリ顔でこちらにやってきたかと思うと、パトリシアの手を引き椅子から立たせる。


「せっかくだ。少し中庭を案内してやろう」

 そう言いながら腰に手を回された。パトリシアはその手を払うことなく「ありがとうございます」と寄り添う。

 そうするとブレントの機嫌が少し良くなる。これもいつものことだ。


 すぐ二人きりになりたがるし、慣れた手つきで引き寄せて触ってくるあたり多分女性慣れしている。

 思い返すとアニメのブレントも女遊びが激しかった。それがヒロインと出会い真実の愛に目覚めて一途になってゆく描写が丁寧に描かれていた。


(……きっと今も学院で出会ったご令嬢たちに手を出しているに違いない)


 ちらりとブレントの横顔を盗み見る。

 とても綺麗で精悍な面持ちをした金髪碧眼の王子様だが……彼に対し恋心や独占欲を感じた事はない。今のところは。


 今目の前にヒロインが現れていちゃつきだしたら、いい気分ではないかもしれないが怒り狂ったりはしないだろう。


「なんだ、そんなに見つめて」

 給仕たちから離れ二人きりになったところでブレントは、パトリシアの視線に気付くとにやりと笑って腰のラインを撫でてきた。

 それに抵抗しないでいると、当たり前のように顔が近付いてきたので。


「それ以上はダメです、ブレント様」

「ふん、本当にオマエはつまらない女だな」

 軽く窘め押し離すとまた彼は不機嫌な顔に戻ってしまう。


「だって、まだ結婚前なので……」

 恥ずかしそうに俯いてみせるとブレントは、なにか言いたげな顔をして大きなため息をつき黙った。


 正直に言うと、山賊のねぐらで育ったパトリシアはそこまで初心じゃない。実体験はないが、色々見てきた。


 だから本心を言えば恥じらってブレントを拒んでいるわけではない。以前聖女は刻印を貰った時点では皆処女だったという文献を読んだので貞操を守るためだ。

 何でも許して受け入れてしまえば、手の早いこの王子はすぐに押し倒してきそうなので用心している。


 もしかしてアニメのパトリシアが刻印を貰えなかったのは、すでに王子と一線を越えてしまっていたからなんじゃないかと疑っているぐらいだ。


「……もういい。戻るぞ」

 すっかり気を悪くしたブレントは自分から誘っておきながらとっとと歩き出す。

 いつもそんな態度に振り回されるばかりだ。一方的で、心を通わせるというよりは従うしかない。そんな関係。


 けれど、いつまでも振り回されるだけではいけない。パトリシアの中でそんな焦りが生まれてくる。

 ヒロインが現れる前に出来るだけ関係性を深めておかなければ。


(それに……断罪を逃れたら、わたしはこの人と結婚するんだもの。もっと分かり合いたいし、仲良くしなくちゃ)


「ブレント様」

 呼んでもご機嫌斜めなブレントは振り向かない。

「ブレント様!」

「なんだよっ」


 もう一度名前を呼ぶと、不機嫌な顔をして振り向いたブレントの腕を掴み引っ張った。

 驚いたブレントがバランスを崩しこちらに傾いてきたところで。


「っ!?」

 精いっぱいの背伸びをして、パトリシアはその頬に「ちゅっ」と軽いキスをした。


 まずは形だけでも仲睦まじい婚約者らしく振る舞ってみようと。


「…………」

 いつも拒んでくるパトリシアが自分から不意打ちでそんなことをしてくるとは予想していなかったブレントは、驚きのあまり目を丸くして固まっている。


「わたくしだって……もっとブレント様と仲良くしたいと思っているんですよ」

「な……なんだ、オマエもたまには素直な事が言えるんだな」

「はい」


 ブレントは「ふん」と鼻を鳴らしすぐにそっぽを向いてしまったが、満更でもなさそうで機嫌が良くなったことがすぐ分かる。


(これぐらい慣れてるかと思ったけど、意外と喜んでくれている?)


 良く言えば裏表のなく単純な性格なのかもしれない。

 人の良さそうな笑顔の下に本心を隠し騙してくる男性よりはいい。


 けれど、頬にキスをしてみても、パトリシアの中にはまだなんの感情も湧き上がってこなかった。


(いつかこの王子様を誰にも取られたくないと思うほど、愛しく思う日が来るのかしら)


 もう一回しろと催促してくるブレントの命令を上手くかわしながら、パトリシアはまだなにも芽生えていない胸にそっと手を当てた。

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