銀の風
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トリエラ商会の人達とカグラへと同行できることとなった俺は、翌日の朝早くから屋敷の前へと出ていた。
いつもならば恋人といちゃいちゃしている頃だが、今日は誘惑に負ける事なく身を起こすことができた。
これもカグラの料理を楽しみにしてでのことである。王都の時とは大違いだ。
あと、今日が稽古の日だったのだが、カグラに行く事で免除されたこともテンションが上がる理由の一つである。
そんな事を考えながら玄関の前の階段に腰掛けていると、隣に立つエリノラ姉さんがムスッとした顔でこちらを見ていた。
「どしたの?」
刺すような視線を右の頬に感じたので、顔をそちらに向ける。
「あたしが王都から帰ってきてからじゃ駄目なの?」
今、屋敷の目の前で準備をしているというのに今さら何を言っているのか。
「エリノラ姉さんが王都から帰ってくるのっていつなの?」
「……多分、八月くらいよ」
「そんな真夏に馬車の旅に出たくないよ。それに帰ってきたらすぐに収穫祭で忙しいじゃん」
「それなら、収穫祭が終わってから行けばいいじゃないの」
「収穫祭が終わったら寒いじゃん」
きっぱりと返事を返すとエリノラ姉さんに頭を小突かれてしまった。
頭を小突かれたせいで身体がよろける。
何をするんだとばかりに見やると、エリノラ姉さんは「ふん!」と鼻を鳴らしてそっぽ向いた。
旅立つのに最高のタイミングは今なのである。何と言われようと譲る気はない。
それから俺とエリノラ姉さんは黙って前方を眺める。
視線の先ではトリエラ商会の従業員達がせっせと荷物を入れたり、点検をしたりしていた。
さすがにこういう旅の準備は手馴れているのか、俺達が王都に行く時とは違ってテキパキとこなしている。
勿論、その時のようにわざと必需品を置いていくという悪さをするようなご婦人もいないので安心である。
「アル、忘れ物はない?」
噂をすれば何とやら、悪さをするご婦人が扉を開けて出てきた。
その後ろにはシルヴィオ兄さんとノルド父さんの姿も。どうやら見送りに出て来てくれたらしい。
「うん、自分の分の着替えはとっくに積んであるよ」
順調に行けばカグラに到着するのは二週間後。
旅の荷物は着替えといったものくらいで、食糧や細々とした生活道具はトリ―が用意してくれているので気にすることもない。
仮に物足りなくなっても密かに空間魔法で取り出すので問題ないのだけど。
「今回は旅の期間が長い上に海もある。きちんと周りの人の言う事を聞くんだよ? あと、お金は余り使い過ぎないように」
「わかった!」
ここでは無邪気な笑顔を見せておくが、後半の部分については了承しかねる。
何せ向こうは和風の料理や食材があるかもしれないのだ。
馬車に入りきらない物や、保存上の都合で持ち帰れない物でも遠慮なく空間魔法で収納することができるのだ。
正直、お金がいくらあっても足りる気はしない。
まあ、一度そこに行けば転移でいつでも行けるようになるので、後でお金を持って買いにくればいい話なのだが、暴走しないとは限らない。
「……怪しいわね」
「カグラにある食材を使ったら、美味しい料理やお菓子が作れる気がする」
「白金貨一枚までならトリエラ商会から借りて使っていいわ」
「いや、そんなに買っても保存できないからね?」
エルナ母さんの真面目な表情を見て、不安に思ったのかノルド父さんが窘める。
エルナ母さんの冗談は見分けがつきにくいから怖い。多分今回も半分以上は本気だろう。
言質も取れたし多めに使っちゃおう。
俺にかかれば保存はできちゃうしね。
「カグラにある書物も買ってきてくれると嬉しいな」
シルヴィオ兄さんが爽やかな笑顔で言ってくる。
「うん、わかった。面白そうな物語や国についての本を買ってくるね」
シルヴィオ兄さんは地味に英雄譚に憧れる男の子だから、いい感じのものを見繕ってあげよう。俺もカグラの書物には興味があるし。あちらにもドラゴンスレイヤーの話はあるのだろうか?
「あと、着物っていう服や布もお願いね。凄く綺麗だってトリエラに聞いたから。あと繊細な細工が施されている小物もお願いね!」
遠くに行くのは嫌なのだが、お土産は大好きらしい。
上機嫌でエルナ母さんがトリーから聞いたであろう、お土産をいくつも頼んでくる。
これはお土産を買う俺の責任も重大である。綺麗な着物や布と言われて、センスのないものを買ってきてしまえば呆れられてしまう。
……これは難題だ。アルフリートの男としての技量が試される時である。
「エリノラ姉さんは何か希望はある?」
エリノラ姉さんの要望だけを聞かずに出発すると拗ねてしまいそうなので、機嫌が悪そうでも尋ねておく。
するとエリノラ姉さんは腕を組みながらチラリとこちらを見て。
「……王都の時みたいに任せるわ」
なるほど、また髪飾りとかがいいのですね? これまた難しい注文だ。
「エリノラ姉さんなら刀とか欲しがると思っていたよ」
「トリ―から聞いたけど、剣とは随分扱いが違うらしいじゃないの。あたしには剣があるし、刀に手を出す余裕なんてないわよ」
ポンポンと腰に下げている木刀を叩くエリノラ姉さん。
「な、なるほど」
剣の実力を極めたいと。
確かに剣の稽古をずっとしてきたというのに今更刀を使うのも変だしな。
剣と刀では戦い方が大きく違うであろうし、下手に手を出せば中途半端になるということだな。
まあ、エリノラ姉さんとノルド父さんなら、教えてくれる人がいなくても「なるほど、こうやるのね」とか言って使いこなせそうなのだが。
それから後に見送りに来たバルトロやミーナ、サーラ、メルと雑談をしていると、馬車の方からトリーの声がした。
「アルフリート様! 護衛の冒険者さんを紹介するっすよ!」
振り向くと、そこには武装した冒険者らしき姿が四人。その近くには何やら親しげに話しているルンバもいた。
そろそろ準備が終わるので、護衛である冒険者達を簡単に紹介して出発するのであろう。
「じゃあ行ってくる!」
と皆に言ってから駆け出す。いってらっしゃいだの、お土産はちゃんと買ってきてだの、という言葉を背に受けてトリーの下へと駆け寄る。
「こちらの人達が冒険者『銀の風』っすよ!」
トリ―に紹介されて一人の男が前に出る。
短い金髪に緑色の瞳をした、どこかやんちゃそうな青年。身体には胸当てなどの防具を着込んでおり、前衛で戦う剣士といったところであろうか。
「リーダーのモルトです。今回はよろしくお願いします!」
冒険者と言えば粗野で乱暴なイメージがあるが、このモルトという青年は軽く頭を下げてとても丁寧だ。見た目の割には意外と礼儀正しい。
Bランクになると人柄も必要なのだろうか。ルンバの後輩とは思えない。
「今回同行させていただく、アルフリート=スロウレットです。こちらこそよろしくお願いします」
皆に軽く頭を下げて言うと、モルトが下がって次の男性が現れる。
モルトより少し身長が高いのだが猫背なせいか少し身長が低く、だらしなく見える。
恐らく年齢はそれほど高くはないが、無精ひげのせいで少し老けて見えるのだろう。
身なりを整えればちょっと渋さのあるカッコよさが出ると思う。服装から見ると、この人も一応前衛だな。大丈夫であろうか。
「アーバインだ……です」
頭を掻きながらどこか気だるげに話すアーバインは、後ろにいる女魔法使いの杖で腹をどつかれていた。
お堅いしゃべり方は少し苦手らしい。
「魔法使いのアリューシャです」
「お、同じく魔法使いのイリヤ=イシュタルテです」
それから二人並んで出てきた女性達。二人共手には杖を持ち、コルセットのような身軽そうな服装をしていることから魔法使いなのだろう。
身近にいる魔法使いはエルナ母さんくらいだから新鮮に思える。どんな魔法を使うのかちょっと楽しみである。
紺色の髪をしたアリューシャという女性がアーバインを杖でどついた方だ。
もう一人はピンク色の髪をして、少しおどおどした雰囲気を持つイリヤ。
「イシュタルテってことは貴族さん?」
「あっ、はい! イシュタルテは伯爵家です」
あらやだ、この子護衛対象である俺よりも偉いじゃないか。伯爵令嬢ですよ。
そんな俺の気おくれした表情を見て察したのか、イリヤがバタバタと手を振って話す。
「でも私は末っ子ですし、気にしないで下さい! それで今は色々あって冒険者をしています」
なるほど、色々とねえ。実は妾の子供とか分家だとか色々あるのかもしれない。詳しくは聞かないでおこう。
「でもなあ、イシュタルテ家は凄いんだぜ?」
「凄いとは?」
アーバインが慣れ慣れしく寄ってくる。結構気さくな人なのだろうか?
後ろではアリューシャが慣れ慣れしさに目をひそめているが、俺が興味を示した事で突っ込まないことにしたらしい。
「特にイリヤの姉ちゃんなんかは、ボンキュッボンな上に王女の護衛メイドだからな。勿論イリヤも凄いし魔法の腕もいい」
両手でひょうたんの形を作りながら言ってくるアーバイン。なるほど、こういう話が好きな口か。うちの村人と一緒だな。
イリヤの方を見ると、姉のことや自分を誉められて嬉しいのだが余計な一言のせいで苦笑している。
「なるほど。イリヤの姉さんについては、ボンキュッボンのせいで王女の護衛メイドが凄いのかわかんないや」
「そりゃ勿論、ボ――」
「はいはい、その辺にしておこうね。サリヤさんにチクるわよ?」
上機嫌に話そうとしたアーバインをアリューシャが耳を引っ張る。
もうちょっと具体的に聞きたかったが、これじゃあ出発できないしな。あとで聞いておこう。
「それじゃあ顔合わせも済んだことっすから、出発するっすよ!」
ようやく出発しました。テンポよく楽しく進めたらと思います。旅は旅で満喫できますから。