シルヴィオ兄さんの堅牢なる防御
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「家の中でも稽古かい?」
「そんな事するわけないじゃん。遊びだよ遊び。叩いて被ってジャンケンポンだよ」
俺の部屋にやってきたシルヴィオ兄さんが、「だよね」と爽やかに笑う。
「遊びであれだけ鋭い振りができるなら、稽古も本気でやりなさいよ」
起き上がった俺の隣では、エリノラ姉さんがそんな事を言っているがスルーだ。
「長い名前だけど、大体想像ができるね。ジャンケンで勝った方がこの棒で叩いて、負けた方がボウルを被るのかな?」
興味深そうに手作りの棒とボウルを触るシルヴィオ兄さん。
名前聞いただけで理解してくれたよ。
「そうそう。頭だけしか狙っちゃダメなんだよ。やってみる?」
そう、ここでシルヴィオ兄さんと俺が戦うと、次はエリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんという流れに持ち込めるはずだ。
俺はもうエリノラ姉さんの頭を引っぱたいたので満足だ。
あとは何とか二人を先に戦わせて、二人が争っている間に逃げてしまえばいい。
そうすれば誰にも怪しまれることなく、自然な流れで消えることができる。
エリノラ姉さんと対決だなんてロクな事にならない。
何度も何度も頭を棒で叩かれるに決まってる。それも全力で。
シルヴィオ兄さんがあのタイミングで来てくれた事は非常に俺にとって都合がよかった。
「うん、いいよ。やってみようか」
そういうわけで、俺とシルヴィオ兄さんが対決することになった。
先程同じように、向かい合って座る俺達。
エリノラ姉さんは、何故か俺の斜め後ろに立っている。
「そういえばこの遊びはどこで終わりになるんだい?」
さあ、始めようというところで、シルヴィオ兄さんのもっともな疑問を言ってきた。
思えば先程の俺は勝利条件といったものを決めずに、この勝負を行っていたのだ。
つまり、互いの気が済むまで勝負が続くということになる。
エリノラ姉さんの頭を引ったいた俺との対決が数回で終わるはずがない。
シルヴィオ兄さんが通りかかることがなければ、何十回とエリノラ姉さんが満足するまで行われていただろう。
何て危なかったんだ。本当にシルヴィオ様には感謝しております。
「そうだね。相手の頭を三回叩いたら勝ちってことで。躱すのもなしだよ」
「うん、わかった」
「さっき躱した本人が何を言ってるのよ。躱したらシルヴィオの代わりにあたしが叩くからね?」
斜め後ろで立つエリノラ姉さんが、タオルを手にして鞭のように音を鳴らす。今にも後ろから引っぱたいてきそうな感じだ。
なるほど、この姉は俺が躱さないように見張っているのか。
斜め後ろで鳴る、タオルの音がとても恐ろしい。
絶対それ当たったらビタンッとかビシッってなって痛いやつじゃないか。
「じゃあいくよ?」
俺が後方からの恐怖に怯えながら、合図の声を出す。
「「じゃーんけーん、ぽんっ!」」
俺、グー。
シルヴィオ兄さん、チョキ。
よし、先手はもらった!
エリノラ姉さんの時と同じように、動き出しと同時にサイキックで棒を引き寄せる。
そして流れるような動作で棒をシルヴィオ兄さんの頭に振ろうとしたが……すでにシルヴィオ兄さんはボウルを被って防御態勢に入っていた。
「な、なにっ!?」
予想していなかった事態に対して、身体の動きを止めて驚きの声を上げる。
は、速いなコイツ。亀のようにボウルを被りやがって。
「……シルヴィオバリアは健在か」
「そうみたいね。あたしでもギリギリかしら?」
エリノラ姉さんなら間に合うんですね。ちょっと振っただけでそこまでわかるのか。
「いや、ただボウルを被っただけだから」
苦笑いしながら頭からボウルを外すシルヴィオ兄さん。
俺が試しに棒を振り上げる動作をすると、目にも止まらぬ速さで被り直した。
「ちょっと、そういうのは無しじゃないかな?」
ちらっと青い瞳を向けて、不満そうに言うシルヴィオ兄さん。
お前、貝かよ。
「ごめんごめん、あまりにも速かったからどんな感じなのか確かめたくて。もうやらないから」
「ビックリするからやらないでね?」
俺が棒を床に置き、シルヴィオ兄さんがボウルを床に置いたところで再開。
「「じゃーんけーん、ぽんっ!」」
俺、グー。
シルヴィオ兄さん、パー。
まずいぞ、シルヴィオ兄さんの先程の防御の速さを考えれば、叩いてくる速度も相当速いのかもしれない。
俺はすぐさまボウルへと手を伸ばして、自分の頭に持っていく。
先程の速さと同じなら、もうすぐそこに棒が迫っていてもおかしくはない。
俺は目をつぶり、必死にボウルで頭を覆った。
間に合ったのか? そう思った瞬間にパスっという音がしてボウルに軽い衝撃がやってくる。
「何やってんのよシルヴィオ。今なら振りかぶって叩いてやるくらいの余裕があったわよ?」
俺が目を開くと同時に、エリノラ姉さんの不満げな声が聞こえてきた。
そんなに俺が引っぱたかれる様子が見たいか……。
「いや、これでも結構コンパクトに振ったんだよ?」
「こう振るのよ、こう!」
エリノラ姉さん見本をみせるように、タオルを丸めて振る。
「え? こう?」
「違うわよ!」
それを真似してシルヴィオ兄さんも棒を振るが、何か違うらしい。
どうやら、シルヴィオ兄さんは防御だけに特化しているらしい。さすがはシルヴィオバリア。
恐らく、この勝負……長くなる。
俺の体力が尽きて防御が破られるのが先か、俺がシルヴィオバリアを突破するのが先か。
そうなると俺の方が不利だな。
別にシルヴィオ兄さんに叩かれるくらいわけないのだが、負けた場合は居残りという事になるかもしれない。
そうすれば次の相手はエリノラ姉さんということになるわけで……。
勝てばこれに異を唱えることができる権利を手にすることができるのだ。敗者にはそんな権利は与えられない。
つまり、この戦いは負ける事が許されない。
「わかったよ。できるだけ意識してみるから」
俺が考えている間に、向こうの稽古のようなものが終わったらしい。
シルヴィオ兄さんが少し疲れた顔をして棒を床に置いた。
「よし、じゃあ次いくよ?」
「「じゃーんけーん、ぽんっ!」」
俺、パー。
シルヴィオ兄さん、グー。
よし、今度こそ俺が一発。
鋭いエリノラ姉さんが見たら、不審に思うかもしれないが仕方がない。
少し遠い位置でサイキックを発動というズルをして棒を手に取る。
――が、すでにその時にはシルヴィオ兄さんがボウルを被っていた。
「んなっ!? どうなってんだよ?」
こんなのチートだろチート! 倒せるわけがないじゃないか!
「何か今、棒が勝手に動かなかった?」
俺の後ろではエリノラ姉さんが身を屈めて、訝しげな声を出していた。
できるだけ手で覆うようにして隠したが、タイミングが速かったので怪しかったらしい。
エリノラ姉さんの目には、手が到達する少し前に棒が引き寄せられるように見えたのかもしれない。
今はスルーしておけばいい。
ノルド父さんやエルナ母さんなら気付きそうだけど。
それだけのリスクを負って、速度を上げたというのに相手はそれを上回る速さで防御をしやがった。
「このっ! このっ!」
「あははは、叩くのは一回だよ」
俺が悔しがってポスポスと叩くが、向こうもそれがわかっているのか和やかな声を出す。
シルヴィオ兄さんの落ち着いた声が憎い。
こうなったら棒を引き寄せるのはやめだ。
今度は違う方向から攻めることにする。
再開されたじゃんけんで、俺が二連続で負けたがいずれも防御することに成功。
「「じゃーんけーん、ぽんっ!」」
俺、チョキ。
シルヴィオ兄さん、パー。
ついに、俺の攻勢。俺は棒へと手を伸ばすと同時に、サイキックを発動。
今度の対象は棒ではなく、ボウル。
シルヴィオ兄さんが今にも掴もうとした、ボウルを微妙に動かす。
ボウルがずれたせいか、シルヴィオ兄さんの指からボウルが逃れる。
そして俺は、隙だらけとなったシルヴィオ兄さんの頭に棒を叩き込んだ……!
スパアァンッという良い音が室内に響き渡る。
「ラッキー!」
こう言っておけば、シルヴィオ兄さんがボンミスをしたという印象を与えることができる。
「ボウルを掴みそこなっちゃったよ。というか、地味に痛い……」
あははと笑いながら頭を擦るシルヴィオ兄さん。少し良心が痛まないでもなかったが、俺の命がかかっているので仕方がない。
今回のエリノラ姉さんは特に怪訝に思う事もなかったようだ。
俺達がそういう雰囲気を出しているお陰と、ボウルを掴み損ねるという比較的あり得る現象のせいだろう。
実際、木製のボウルの方が掴みにくいわけだし。
サイキックを連続使用して怪しまれるのも嫌なので、俺はじっくりと時間をかけて勝負をしていく。
サイキックを使用しない俺の攻撃がシルヴィオバリアを突破できることもなく、シルヴィオ兄さんが俺の防御を突破することもできずに、十数回の攻防が繰り広げられた。
それに痺れを切らしたエリノラ姉さんが、ちょうどいい提案をしてくれた。
「ちょと二人共長いわよ。次に攻撃が入った方が勝ちにしてちょうだい」
「わかったー」
お互いに埒が明かないとわかっているのか、俺とシルヴィオ兄さんは顔を見合わせて頷く。
シルヴィオバリアが強固すぎるのがイケないんだよ。
でもまあ、シルヴィオ兄さんがボウルを掴み損ねた時から数十回。
そろそろ頃合いだろうか?
集中力だって切れるし、先に叩いたら勝ちという宣言により緊張も増すだろう。
十分にボウルを掴み損ねる可能性もあり得る。
身体を動かすのがそれほどまで得意ではない、シルヴィオ兄さんならなおさらだ。
殺るなら今だ!
「「じゃーんけーん、ぽんっ!」」
俺、パー。
シルヴィオ兄さん、グー。
俺は先程と同じようにサイキックをボウルに発動。
俺の魔法によりボウルが僅かにズレる。それにより、シルヴィオ兄さんの指がボウルを押し込むように当たり、遠くへと逃げる。
「しまった!」
「くたばれ! シルヴィオ兄さん!」
俺が勝利を確信した瞬間、突如として声が下りてきた。
「やけに騒がしいと思ったら、魔法まで使って何をしてるんだい?」
それは、俺達の騒ぎを聞きつけて様子を見に来たノルド父さんであった。
「……あっ」
「「……魔法?」」
振り上げたままの姿勢で固まる俺と、突き刺さる二つの視線。
それからシルヴィオ兄さんとエリノラ姉さんは、どういう事かという視線をノルド父さんに向ける。
ちょっと、ノルド父さん余計な事言わないで……!
「ん? アルから魔力を感じたからね」
あ、あー! もうこれだからドラゴンスレイヤーは。俺が赤ん坊の時でも、魔力を流せば気付いた様子でしたもんね。何なの? 一流の冒険者や強者にはわかる感じなの?
「何かさっきからおかしいと思ってたら、あんた魔法を使ってたのね!? さっき棒が勝手に動いていたのもアルの仕業でしょ!」
ノルド父さんの言葉を聞いて、振り返ったエリノラ姉さんがダンッと床を踏んで憤慨する。
怒りによる震えが赤茶色のポニーテールにまで伝わっているのがよくわかる。
なんせ、しょっぱなから魔法の力を借りて引っぱたいてやったからね。
「じゃあ、さっきからボウルが僕の指から逃げていくように動いていたのも?」
シルヴィオ兄さんも実は疑問に思っていたのか、じとっとした視線を向けてくる。
アルフリート絶体絶命。
とりあえず俺は無言でシルヴィオ兄さんの頭を棒で叩き、勝者となる。
「俺の勝ちだね。次はシルヴィオ兄さんとエリノラ姉さんでやりなよ。俺トイレに行ってくるから……」
「待ちなさい、アル」
と言って、部屋を出ようとしたところでその肩を掴まれる。
相手は誰かとは言うまでもない。
転移で遠くに行きたいな……。
どうせ次の相手が強制的にエリノラ姉さんになって、ボコボコにされるんだろうな。
俺が遠い目をしてそんな事を考えていると、エリノラ姉さんがニヤニヤしながらとんでもない事を口走った。
「いい事を考えたわ。あんた次は父さんと勝負をしなさい」
「……えっ」
「ん?」
……ドラゴンスレイヤーはとてつもなく強かったです。
本屋にて実際に見かけると、ふおー!ってなりますね。
あと、スローライフ。あらかた王都関連も終わったので、そろそろ新章に入ります。相変わらず、のんびりとしますが。
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