例の物
ブックマーク百を突発!
アクセスも二万をこえました。
嬉しいです。
「本日もいい天気なり」
俺ことアルフリートは現在敷地内のお庭で、お昼寝中。
ここの下の草が芝生みたいでふさふさして気持ちいいんだ。夏なんだけど、今日は気温がそれほど高く感じないのは、風とおしが凄くいいのもある。
日本が異常だったんだよ。都市内ではヒートアイランド現象のせいで気温がぐんぐんあがるし。
あれって建物の増加と、緑地や水面の減少のせいらしいね。
その点、コリアット村ではそんなものとは無縁だよ。遮る建物もない、どこまでも吹き抜ける気持ちのいい風に、綺麗な空気。
田舎最高。
俺が大人になると、どんな仕事をやらされるのかは判らないけれど、働きたくないでござる。
この間エリノラ姉さんと、川で釣りをした時に気付いたんだけど。魚とか転移魔法で内陸部に持っていけば、儲かるんじゃないかな?
確か王都と海は、お互い遠すぎるってこともない距離だったけど、新鮮なまま輸送するのは難しいはず。
冷蔵庫のような魔導具もあるにはある。しかし、値段も高く数も少ないこの世界では、日本のように魚を獲ってすぐに冷凍できるはずもなく、大型の冷蔵施設やトラックがあるわけでもない。
何らかの方法で輸送できていたとしても、ごく少量で新鮮さもいまいちだろう。
船で獲る。俺が現地ですぐに買う。
転移魔法輸送でどこへでもお届け。何かあれば氷魔法で冷却。
……最強じゃないか。
これだけで俺の豊かなスローライフ環境は得たも同然なんじゃないかな? 思わず顔がにけてしまう。
「な~に、寝ながら気色の悪いし笑みを浮かべてるんだよ」
上から俺を覗くのはバルトロ。太陽から逆光の位置にいるので、影が顔や体の凹凸を強調していて迫力がすごい。
普通の子供なら泣いてるよ?
「バルトロ……生きてたんだ」
「それ以上は何も聞くな」
バルトロは悲壮感を漂わせた暗い雰囲気になり、座り込む。
「いや、でもこれは大事だよ。砂糖はーー」
「うおっ!馬鹿!」
続きの言葉を出す暇もなく、真剣な表情をしたバルトロに口を覆われ、茂みへと連れ込まれる。
これどう見ても子供を無理矢理誘拐するシーンか強姦なんだけど。
しかし、バルトロの様子は飢えた狼から身を隠す子羊のようである。生存本能全開。いつもの頼りになるオヤジがこの有り様である。一体何がバルトロをそうさせたのか。
「砂糖!」
するとすぐに、屋敷の玄関のドアが勢いよく開けたような音がする。
多分この声はエルナ母さん。
「あらー? 確かに砂糖と聞こえたのだけれど~」
あれ? エルナ母さん『このドアは重いから勢いよく開けるのは男の人くらいしか無理よ? ウフフ』とか言ってませんでしたっけ?
「はい奥様。このミーナの耳にも確かに入りました」
後ろには、いつものそそっかしい駄メイドのミーナが控える。あれ? お前そんな綺麗な立ち姿出来たっけ? 何かいつもよりしっかりしてると言うか凛としてると言うか……
「う~ん、おかしいわね~。気のせいかしら庭には誰もいないわ」
小首を傾げながらエルナ母さんは屋敷へと戻っていく。
「……何これ?」
「この時期に迂闊にあの言葉を言っちゃ駄目だ。絞られるぞ?」
へ? 何を? 何を絞られるの!?
でも俺は聞かない。好奇心は猫をも殺すんだよ。
「で、例の物は無事なのか」
ちょっと小声なのは断じて俺がエルナ母さんや、ミーナに怯えてとかでは無い。そう、バルトロの命を守るためなのだ。
「少しだけどな。まだあるんだ」
ニヒルな笑みを浮かべながらバルトロは歯をキラーンと輝かせる。
どうやらバルトロの希望はまだあるようだ。確かに守るものが無い状態で身を隠すのはおかしい。やましい……まだ守る物があるから隠れるんだ。
何か友達がエロ本見つかったけど、本命のDVDはバレてない!みたいな感じだな。
「なら良かったよ。まだまだやりたい料理もあるしね」
「おうよ。坊主が言っていたクリームソースも完成間近たぜ!」
「それは早く頼むよ。最近トマトスパゲッティばっかりで飽きてきたよ」
「それは違げえねぇや」
ガハハと笑って厨房に戻っていくバルトロ。元気になって何よりだ。
ーーーー
ある日屋敷で本を読んでいると、エルナ母さんが「魔法を見てあげる!」と笑顔で言ってきた。
一瞬何でいきなり。って思ったのだけれども、思い返してみれば川に行った日の朝にそんな会話をエルナ母さんとしたような気がする。
本当はゆっくりと本を読みながらダラダラとしたい気分だったけど、今日はまだ魔力増量の訓練もしてないので丁度いいと思った。
エルナ母さんについていき、屋敷の敷地の裏側に着いた。
下は地面で草も少ない。横には屋敷を覆うように壁があるだけで遠くには、俺のお気に入りの平原が見える。
つまりただの何も無いあまり使わない道なので、火魔法とか使っても燃えるものもない。
「アルは何か使える魔法はある? エリノラから水や土を使ってるのをよく見るって聞いたけど?」
「うん、使えるよ」
空間を含めたら八つくらいの魔法は使えるんだけど。
「じゃあ何でもいいから見せて」
「はーい」
俺はいつものように土魔法で土を盛り上げ、固めて椅子を作る。俺が最も座りやすいように試行錯誤を加えた、世界で一つの俺のためだけの椅子だ。
詠唱? そんなもの心の中でも唱えられるし、使い込むに連れてどんどん短くなっていったよ。もはや本来の詠唱文とは全然違うことを唱えたりもするけど。
「……アル詠唱はどうしたの?」
エルナ母さんは目を大きく見開き、数秒絶句した後に絞り出すような声を出す。
「心の中で唱えるだけでできるから、しないよ?」
それも凄く短く省略してるけど。
エルナ母さん結構驚いてるな。これってそんなに凄いことだったのだろうか?
「……そ、そうなの。わかったわ。他にも何かできる魔法はある?」
「うんあるよ」
土魔法でコップをつくり、そこにじゃらじゃらと氷魔法で氷を入れ込む。
気温が暑いので涼むように、氷を飴のように舐める。せっかくなのでエルナ母さんにも氷を渡す。
ふと周りをみると、一部分だけ雑草が長く伸びていて気持ち悪かったので、風魔法のウインドカッターを飛ばし雑草を刈り取る。
ウインドカッターは邪魔な枝を切り落としたり、木の実を落としたりするのによく使う。やりすぎると、木の実まで傷付けてしまうのでいつも注意して使っている。
「最近使うのはこんな感じかな」
「よ、四属性も使えるのね~。しかも氷魔法まで」
エルナ母さんを見ると、ぎこちない顔をしている。嬉しさ半分、戸惑い半分といった様子だった。
うん、火とか雷とか転移とかしなくて良かった。
「うん……思ったよりアルは優秀だったからお母さんが教えれることは少ないかな? 訓練メニューを考え直す必要があるから、今日はここまでにしましょう? 」
「うん。わかった」
どうやら、エルナ母さんの思っていた以上に俺は優秀だったらしい。少し動揺したようだけど、ポジティブでいつもと変わらない様子で良かったよ。
「アルは凄いね~こんなにも魔法が使えるなんて。攻撃の魔法は使わないの?」
攻撃? 攻撃なんて誰に使うの? 俺基本コリアット村から出ないのに。まあ一応用意はしてるんだけどね。
「魔法は身の回りを豊かにするのに使うだけで十分だよ」
「アルらしい魔法の使い方ね」
フフっと笑うとエルナ母さんは俺と手を繋いでゆっくりと歩き出す。
今日も平和だ。