トールへのお土産
いってくるわ! というエリノラ姉さんの勇ましい声が階下から微かに聞こえて目を覚ます。
ベッドの上で上半身を起こした俺は思いっきり伸びをしてから、木製の窓を押し開けた。
すると予想通りエリノラ姉さんが赤茶色のポニーテールを揺らしていた。
サラサラと揺れ動くそれを束ねているのは、昨日俺がお土産として渡したシュシュ。
白の生地に赤の水玉模様が入ったものだ。
「そんな物いらないわ」とか言われるのを恐れていたのだが、本人は結構気に入ってくれたようで、俺が買った物の殆どを貰っていった。
その中で余ったものは、俺がエリノラ姉さんには似合わない物を買ってしまったという事だろう。
結構いけそうだと思った奴が残されているあたり、女性のファッションは難しいと思った。
何はともあれ、エリノラ姉さんが早速付けてくれるのを見るとこちらとしても嬉しいものである。
俺はエリノラ姉さんが消えていく様子を満足げに眺めて、朝の身支度をする。
いつもならこのままダイニングルームへと向かうのだが、今日はトールの家へと向かうので外着へと着替える事にする。
緑色のシャツ、茶色のズボンと比較的に動きやすい服装に着替えていると、廊下から声が聞こえてきた。
「うわっ! 何よあんたそれ?」
「へへへー、王都で買ったピンです。似合いますよね?」
「えー? 似合わないわよ。オデコが出ていていつもの三倍馬鹿っぽく見えるわ」
「酷いですメルさん! アルフリート様と同じような事を言うなんて! ノルド様とエルナ様は可愛らしいって笑顔で褒めてくれましたよ!?」
「……あなたそれ笑われているのよ? エルナ様に思いっきり顔を近づけてみなさい。それで褒められているか笑われているか判断できるわよ」
「どうして素直に私を褒めてくれないんですか! そんな事ありません!」
「じゃあ、エルナ様の所に行ってみましょう」
「ええ、構いませんよ」
やれやれといった様子で歩くメルと、怒ってますと言わんばかりに胸を張って歩くミーナ。
俺は自分の部屋から出て、ゆっくりと二人の後ろを歩く。
「……今日の朝食は騒がしくなるだろうなー」
ミーナ達から少し遅れてダイニングルームへと入ると、お皿を運んでいたサーラが挨拶をしてくれる。
「おはようございます」
「おはようサーラ」
挨拶をするなりサーラはてきぱきとお皿を運んでいく。
それに比べてもう一人は、
「エルナ様? どうして今日は私の方を見てくれないんですか?」
先程のメルから言われた事の真偽を確かめようとしていた。
「そんな事ないわ。気のせいよ」
「いいえ! 私がここに入ってからエルナ様は、一度も私の顔を見てくれていません!」
顔を近づけるミーナだが、エルナ母さんはティーカップを持ち涼しげな笑顔をしている。
だが俺にはわかる。エルナ母さんは笑っていると。
何故ならば、いつもの柔らかい笑みにしては顔が少し強張っているからである。それに口角も少し上がってピクピクと動いているのだ。
それを隠すようにティーカップを傾けている。
「あら、アル起きたのね。おはよう」
「おはようエルナ母さん」
明らかに話題を逸らそうとしているな。
「話を逸らさないで下さい!」
「今日はトール君の家に行くって言っていたわね。お土産でも渡すのかしら?」
ムキになって話を戻そうとするミーナだが、エルナ母さんはそれを無視して話を広げる。
「うん、そうだよ。朝ごはんを食べたら行くよ」
「そう。お土産と言えばエリノラが随分と嬉しそうにシュシュを付けていたわね。朝早くから起きていて結構迷っていたみたいよ」
「ふふふ」と柔らかい笑みを浮かべながら、紅茶に口を付けるエルナ母さん。
俺も早起きすればその珍しい光景を見る事ができたであろうか。
「お土産と言えば私の付けているピンの事ですよ! エルナ様!」
「はいはい、オデコが出ていていつもの三倍馬鹿っぽく見えるよミーナ」
余りにもミーナが朝っぱらからうるさいので、俺がばっさりと言ってやる。
その瞬間、エルナ母さんが紅茶を気管に詰まらせたのか咳き込みだした。
苦し気に咳き込んでいるようだが、明らかに肩を震わせている。
「エルナ様、タオルです!」
「ありがとうミーナ――ぶふうっ!」
ミーナから差し出されたタオルを受け取る際に、顔をもろに見てしまったのか吹いてしまうエルナ母さん。
「うわあああああ! アルフリート様もエルナ様も酷いですぅううう!」
ミーナは勢いよくダイニングルームから飛び出した。
結局、ミーナを見て笑わなかったのはバルトロだけであった。
シルヴィオ兄さんは苦笑して、ノルド父さんは執務室で一息ついていたところで油断して吹いたらしい。
◆
騒がしい朝食を終えた俺は、バルトロお手製のお弁当と布に包んだゴブリンの剣を持ってトールの家へと向かった。
ジャリジャリと土を踏みしめながら村へと向かう。春の暖かい日差しを浴びながら、俺は大きく息を吸う。
深緑と土の香りが鼻孔を突き抜ける。まるでミントを食べたかのようだ。小鳥のさえずりを耳にしながら、道なりに進む。
やがて村の近くになると畑が目に入り、村人達が鍬を振って土を耕している姿が目に入る。よく見るとローランドのおっさんが汗を拭っては鍬を振っていた。
結構遠くにいたので今回は声をかけずに通りすぎることにする。
麦の芽が早く芽吹かないかな。
トールの家である赤っぽい屋根の民家に行くと、近くから薪を割るような音がした。
気になったので音のする方向へと歩いて行く。
すると、斧を持ち上げて薪を割るトールの姿があった。
トールは俺の姿に気付くと、やたらと嬉しそうな表情で出迎えた。
「おお! アルか! 待っていたぜ!」
「お土産だけ渡して帰っていい?」
やけにいい笑顔なので嫌な予感がする。
「そんな固い事言うなよ。ちょっと手伝っていけって。お前は薪を置いてくれるだけでいいから」
トールが斧を片手に持ちながら、肩に腕を回してくる。
コイツ、俺の体にわざと斧を当ててきてやがるな。
これはどう考えても脅迫じゃないか。コイツの事だから何をするかわかったものじゃない。
「まあ、それだけなら。斧は振らないからな?」
「おう!」
トールに軽く脅迫された俺は、適当な大きさの石を見つけて渋々腰を下ろす。
そして俺は切り株の近くに積んである、割られていない薪を掴んで乗せてやる。
「よいしょ!」
するとトールが斧を薪へと叩きつけて、薪の中ほどまで食い込ませる。
そして、薪を斧の刃に食いこませたままの状態で持ち上げて振り下ろした。
薪はカランとした乾いた音をたてて、真っ二つになった。
「一気に割らないの?」
「こっちの方が簡単に割れるんだよ。それに思いっきり叩きつけるのは危ないしな」
「ちょっと離れてろ」というトールの声に従って、俺はその場から少し離れる。
トールは薪を切り株の上に載せると、そのまま斧を振り上げて薪へと叩きつけた。
カランと音を立てて、分かれた薪が飛び散った。
もし、俺が近くで座っていたら飛び散った薪が俺に当たっていただろうな。
トールは切り株に突き刺さった斧の刃を引っこ抜くと「な?」と言ってきた。
「確かに危ないね」
それから俺とトールは少しの会話を入れながら、二人で薪を割っていく。
「薪の割り方も知らないなんて、お前は薪も割った事がねえのかよ?」
「ないね。貴族だから。バルトロにやらせてる」
「少しくらいは働けよ。薪ってば毎日使うから用意するのが大変なんだぜ?」
「だろうね。でも、うちは最新式の火の魔導具買ったから、もう薪なんて使わないだろうなー」
「はあっ!?」
「危ねえな! まだ手があるっての!」
何て奴だ。俺がまだ薪を置いている最中にも関わらず斧を振り下ろしやがった。
信じられない事をしやがる。
「そんな事より今なんて言った!?」
「おい、俺の大事な右腕をが切断されかけたのにそんな事とか言うな。火の魔導具を買ったから薪はいらないんだよ。燃料は魔力だ」
「はああ!? ズルいぞ!? ちょっとそれ寄越せよ!」
「嫌だね。お前にはこれだ。これ」
トールが掴みかかってくるのを俺は流して、傍らに置いた剣を指さす。
「何だこれ? 棒か?」
布に包まれているせいかトールにはわからないらしい。
なので、俺はそれを手に取ってシュルシュルと布を解いていく。
銀色の刀身が露わになった瞬間にトールが察したのか「おお!」と興奮した声を上げた。
「ほら、剣だよ」
ゴブリンのだけれど。
俺が布を完全にとってトールへと手渡すと、トールは嬉しそうに眺める。
刀身を指でなぞったり、裏返してみたり、太陽の光に透かしてみたりとはしゃぎだす。
昨日のうちにピカピカに磨いておいたからな。元々綺麗な状態だったし、問題ないであろう。
「本物の剣だ! 木刀じゃねえぞ!」
剣はゴブリンサイズなのでトールでも片手で持つ事が可能だ。まあ、薪割でトールの身体が鍛えられていたという事もあるのだろうが。
俺からすれば少し重かったくらいだ。
「アルの事だから適当な玩具でも持ってくると思ったけど、剣をくれるとは思わなかったぜ。ありがとな!」
にかっとした笑顔でお礼を言ってくるトール。
そんな笑顔で言われると少し罪悪感を感じるじゃないか。
壊れたらもっといいやつをあげるか、ローガンに作ってもらおう。
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