紅髪の公爵令嬢
あ、ネット小説大賞一次審査を通過しておりました。
『ノルド様のお話し聞きましたわ! 何でも一発でドラゴンの首を落としたのだとか』
『ドラゴンの全長は王城にも匹敵する大きさだとお聞きしましたが本当でしょうか?』
『あれは皆の力があったから出来た事だよ。それと、王城程は大きくなかったと思うよ』
会場の真ん中では今日もノルド父さんが、令嬢や騎士を志す少年から青年に囲まれている。
ノルド父さんがドラゴンを倒したのは、俺やエリノラ姉さんが生まれる前。
となると、今ここにいる子供達はドラゴンの話を見たのではなく、聞いて育ってきたんだろう。随分と熱狂的なファンが多そうだ。
「なあエリック?」
「何だ?」
「王都でやっているドラゴンスレイヤーの劇を観た事ある?」
俺がそう尋ねるとエリックは呆れた顔をした。
「はあ? 貴様、自分の父親の劇も見ていないのか?」
「王都に来たのは今回が始めてだったからね。まだ観てないんだよ」
勿論観る。絶対に観てやる。
「それなら俺が案内してやろうか?」
「えっ? エリックが?」
「マヨネーズの礼だ。王都の案内くらいはしてやる」
意外だ。エリックがそんな事を言うだなんて。
確かに王都は広大で複雑だから案内人がいた方が、効率よくいい場所を回れるしな。エリックは王都出身ではないのだが自分から提案するくらいなのだ、ある程度は詳しいだろう。
「それじゃあ頼むよ」
「日はいつにする?」
「明日でもいけるかい?」
「わかった明日だな。場所は広場。時間は昼ぐらいでいいだろう」
「わかった」
丁度俺達が約束をした時だった、急に入口の扉が開かれ誰かが入ってきた。
会場の誰もが扉へと視線を向けて固まった。いや、見惚れていたと言うべきか。
紅いドレスを着た少女はそんな視線に晒されていても、気にする事なくそれが当たり前かのように優雅に足を進める。
コツコツとヒールの音を鳴らす度に色鮮やかな紅い長髪が揺れる。
肌は雪のように白くきめ細やか。
顔立ちは恐ろしく整っており、瞳は紅玉のように透き通っている。ただ、その切れ長の瞳は細く冷たい。
昨日のリーングランデ公爵のように猛禽類を思わせる鋭い目つきをしていた。
もしかしてリーングランデ公爵の娘さんだろうか。
というかそうに違いない。あの公爵さんと同じ髪色に瞳、彼女が娘さんに決まっているだろう。
特にあの目。目がやばい。年は俺より少し年上の十歳くらいであろうか。落ち着いた雰囲気もありもう少し上のようにも思えるが、華奢な体を見れば少女だとはっきりと認識できる。
堂々と歩く彼女の後ろでは、初老の執事がうやうやしく後に続く。
彼女の存在感が強すぎたせいか全く気付かなかった。惚けて見ている人の中には全く気付いていない人もいるのではないだろうか。
彼女は会場の中ほどまで歩くと、ドレスの裾を掴み優美に一礼をする。
「本日も我がリーングランデ家が開催する交流会にご参加してくださり、ありがとうございます。本日はクーデリア第二王女殿下もご出席いたします。皆様、今宵も王国を支える貴族同士の親睦を深めるため、ごゆっくりとお楽しみ下さい」
彼女の挨拶が終わると、会場は拍手に包まれて再び賑やかなものへと戻る。
そのまま彼女はウラジ―公爵などの爵位の高い貴族の所へと挨拶をしに行った。
「うわー、公爵令嬢か。なんか近寄りたくねえな……」
そう呟き、隣へと視線を送ると惚けた面をしているエリックが。
「……おーいエリック?」
俺が呼びかけても反応しないので、目の前で手を振ってみる。
すると、ハエでも叩き落とすかのようにエリックに手を叩かれた。
「痛えな。何するんだよ」
俺が非難の声を上げると、エリックがやっと我に返る。
「ああ、貴様か。つい視界の中に汚い物が入ってきたのでな」
「この野郎、また喧嘩を売っているな?」
真顔で言いやがったよこの野郎。俺の手が汚いだと? こちとら良質な石鹸で手を洗っているっつーの。
俺達がこんな会話をしている間にも。公爵令嬢の挨拶回りは続いている。ある者は自分から挨拶へと向かい、少し離れた所から見ているだけの者もいる。
彼女へと寄っていた者は懇意にしているもしくは、そういう打算がある者たちであろう。
端にいる貴族達も近くを通りかかれば一応は軽く挨拶をしているみたいだ。
こうやって眺めているだけで大体の貴族の関係がわかるものなんだなーと、思いながらテーブルの食事へと手を付けた。
反対側の端にいれば、わざわざ公爵令嬢が男爵の俺達にも声をかけてくる事も無いであろう。
仮に通ったとしても、軽く頭を下げるくらいで問題ないだろう。
そう思っていた。
「あらエリック、聞いたわよ? 昨日はやらかしたって」
公爵令嬢はエリックの姿を見るなり、きさくに声をかけて来た。
俺は口にしていたステーキを喉に詰まらせそうになったが、なんとか果実水と一緒に飲みこむ事ができた。
エリックの知り合いなのかよ。ならコイツから離れてエルナ母さんの所にでもいれば良かった。
「はい、昨日はお騒がせしてすいません」
エリックは頬を赤くして頭を軽く下げる。
え、どうしよう。俺も当事者だから頭とか下げておいた方がいいのだろうか。
俺がそんな風に迷っていると、公爵令嬢が顔をこちらに向けて来た。
「いいわよ気にしていないわ。お陰で面白い事がわかったから」
「えっ?」
「いえ、気にしないで。ところで、そちらの方はエリックの友人かしら?」
「……………………何というか、一応……そのような者かと……」
「おい、何だ間とその言い方は。俺に対して失礼だろうが」
しかも、苦い表情で言葉を酷く濁すし。
「うるさい。貴様に礼儀などいるものか」
「何だと!?」
鼻を鳴らして吐き捨てるエリックに、俺は思わず掴みかかる所で公爵令嬢の笑い声が聞こえる。
「仲が良いわね」
「「それはちょっと……」」
俺達の揃った声を聞いて公爵令嬢はコロコロと笑い、俺へと視線を向ける。
「初めましてアルフリート君。私はアレイシア=リーングランデよ」
丁寧に挨拶をされたので、俺も丁寧に腰を折る。
「こちらこそ初めまして。アルフリート=スロウレットです」
一瞬何で俺の名前を知っているのだろうと疑問を感じたが、昨日の騒ぎのせいで俺の名前が知られたんだなと納得した。
× × ×
それからアレイシアは去っていくのかと思いきや、意外な事にまだ俺達と話している。
案外大人達への挨拶回りに疲れたのかもしれない。
この年齢の子供達同士でなら、気軽に会話ができるであろうし。
ちなみにエリックとアレイシアは顔見知り程度の仲。
前回のパーティーで軽く話した程度だとか。それにしてはエリックがやけに熱心に話しこんでいる。顔も少し赤いしやはりほの字なのか?
「あらエリックも婚約者がいないの?」
「はい、自分にはまだ」
「そうなの? エリックならモテると思うのに……」
「そ、そうですか?」
駄目だエリック。惑わされるな。その言葉には大きな裏があるんだ。
俺達男はその言葉を鵜呑みにしてはいけない。
『まあ、私は無理だけれど何とかなるんじゃないの? モテないなりに頑張れよ』
というメッセージが込められているのだ。
ここで「じゃあ俺と付き合って!」なんて言った時には目も当てられない事になる。
「では俺と――」
「バカ! よせっ!」
俺は早速バカな事を口走ろうとしていたエリックの頭を叩く。
「何をするんだ貴様!」
「ちょっとアレイシア様、失礼します」
「かまわないわ」
俺は隣で喚くエリックの襟首を掴んで、端へと移動する。
「いい加減に離せ! 貴様! どういうつもりだ?」
「どういうつもりってのはこっちが聞きたいね。お前あの時何を言おうとしたよ!」
「何って婚約を申し込もうと」
俺が言うとエリックは眉をひそめて答える。コイツは恋愛に不器用すぎると思う。
「お前アレイシアの言葉を聞いていなかったのか?」
「聞いていたぞ。エリックならモテると」
こいつ都合よく受け止めやがった。
「バカ。それは素直に受け取ってはいけない類の言葉だ。しかも言ったのは『モテそう』だ。『モテる』とは意味が大きく違う」
「どういう事だ?」
俺はニブチンなエリックにアレイシアの言葉の意味を正しく伝える。
アレイシアの言う婚約者がいないとは、自動販売機の前でどのジュースを選ぼうかと悩んでいることと同じ。それに比べて俺とエリックの婚約者がいないとは、広大な砂漠で失くした針を探せども見つからない状態。
そう俺達には爵位といい、容姿といい大きな違いがあるのだ。
エリックには自動販売機では理解できないので、代わりにテーブルの上に載っている料理を選ぼうとしている状態と説明してあげた。
それを言うとエリックは自覚していたのか頭を抱えて「何……だと」と呻いた。
大体顔見知り程度で婚約を申し込むのは早すぎだと思う。
しかし、エリックはもう少し仲を深めてから婚約を申し込むと言っていた。
その深める溝は浅く、小さなものだと思うが……。
どうしてトールといい、エリックといい俺の周りにはチャレンジャーな男が多いのだろうか。不思議でならない。
アレイシアは確かに綺麗な人だけれども、あれは遠くから眺める類の女性だと思う。
あの作ったような笑みがどうしても普通の令嬢とは思えないのだが。
そう感じるのは俺だけなのだろうか?
俺達が戻ると、アレイシアは俺へと同じ質問をしてきた。
「アルも婚約者はいないのかしら?」
ちなみにアレイシアはアルフリートと呼びづらいとの事から、俺をアルと呼ぶようになった。
意外と気さくな人なのかと思ったのだが、これまで出会った人も「面倒くさいからアルな」という感じだったので違うと思う。
「ええ、いません」
俺はきっぱりと答える。いないし、できないし、つくるつもりもない。
十二歳のエリノラ姉さんでさえいないんだ、俺だってまだまだ大丈夫であろう。というか俺にはエマお姉様がいるし。
「ミスフィード家のご令嬢、ラーナさんと婚約したのではないかと言う噂が流れていましたが?」
「断じて違います。ちょっとその噂の元凶は誰でしょうか?」
いい笑顔で尋ねてくるアレイシアの口撃。俺はこれに即答する。
「あらそうなの? 生まれた時から婚約者が決まっている事もあるし。例え相手が幼気な少女でも恥ずかしがることはないわ。うちの王国ではよくある事よ?」
というか噂の元凶については黙秘なのですね?
本当に大丈夫なのだろうか、この国の貴族達は。
「本当に違いますから……」