あの子再び
その後、俺とエリックは一度会場を退出した。
俺はノルド父さんとエルナ母さんに叱られ、エリックは頑固そうな父さんに拳骨を喰らっていた。
どうしてあんな事をやったのかと言われれば、スロウレット領を馬鹿にされたからです!という領地を思いやる気持ちからの理由とは少し違って、つい、身体が……。
という方がしっくりくる。もちろんスロウレット領のコリアット村は最高だから馬鹿にされてムカついたんだけれどね?
しかし、俺達が喧嘩? したまま帰らせるのは良くないので、お互いに仲直りして静かに過ごすように厳しく言われている。
次何か起こすと何をされるかわからないな。
ノルド父さんがエリノラを連れてこればどうとか物騒な事を言っていた。
これは本当に後がないのかもしれない。
それはエリックも同じらしく、何やら悲鳴と必死の釈明の言葉が響いていた。
シルフォード家は騎士の家系らしく色々と教育が厳しいのだと……。
どうしてそんな騎士の家から、あんな輩が生まれたのか小一時間問い詰めてみたい。
そして俺達は、他の貴族達から白い目で見られながらも端っこで仲良く陣取っている。
大人しくしていないと危ないから。
さっきなんかエリックの父さんに「騎士にならんのか?」とか聞かれたし。
俺が強く否定すると残念そうにして、興味があったらシルフォード領に来てくれとか言っていた。
その時のエリックの表情がほくそ笑んでいたのでろくでもない事に違いない。
多分、稽古とかに誘われるんだろう。
絶対に嫌だ。
「あー、まだ目がチカチカする」
エリックが目をごしごしと腕で擦りながら呻く。
「ここの会場、シャンデリアが多いもんな」
「貴様のせいに決まっているだろう」
「まあそう言うなよ。ここは仲良く飯でも食おうぜ。勿論争いは無しな」
「当たり前だ。俺は貴様のせいで帰ったら十人抜きをさせられるハメになったのだ。これ以上問題を起こすと何をやらされるかわからん」
十人抜きとは一対一の打ち合いを、連続で相手していって十人を相手にしないと終わらない奴。最後の方にはコテンパンにされてしまうとエリックがぼやいていた。
何というスパルタ。もし、よろしければうちの姉でも連れて行ってくれないだろうか。
溜息をつきながら、食材に手を伸ばした。
肉肉肉。こいつも懲りない奴だな。
「エリック、お前野菜も食えよ」
「うるさい。俺の母ちゃんみたいな事を言うな。野菜は嫌いなんだよ。青臭いし」
子供かよ! というか俺達は子供だったな。
「ならこれをつけて食べてみろよ。これならいけるぞ?」
「ん? 何だその黄色いソースは? そんなソースあったか?」
「あったよあったよー。ほれ、騙されたと思ってこのレタス食べてみなよ。この皿俺も使ってないから」
俺がレタスにマヨネーズをかけた皿を胡散臭そうに受け取るエリック。野菜は気にくわないようだが、マヨネーズには興味があるらしい。
フォークでマヨネーズを突いている。
そして、レタスをフォークで刺して恐る恐る口に運びぱくり。
そしてエリックはカッと目を見開いた。
「……何だこの美味いソースは……これなら野菜がいくらでも食える。というか野菜なんていらないぞ。このソースだけでいける!」
肩を震わせながら言うエリック。
今ここに一人のマヨラーが誕生してしまった。
そのままバクバクと食べるとエリックは俺におかわりと言って来る。
「その辺のテーブルにあるはずだよ。探してきなよ」
「貴様どの辺にあったのかも覚えていないのか! しょうがない奴め。俺は探してくる! あのソースはどの料理にも合う万能のソースと見た!」
こうしてエリックは嬉々としてあるはずのないマヨネーズを探す旅に出た。
× × ×
「よう、アル久しぶりだな。ちゃんとパーティーに来て偉いぞ!」
庭を眺める事ができるテラスでぼーっとしていると、聞き覚えのある大き目な声が聞こえてきた。
「あ、お久しぶりです。メルナ伯爵」
ワイングラスを片手に赤いスーツを着込んだメルナ伯爵。
下のズボンも赤で全身真っ赤なのだが、これが意外とお似合いだ。
時折見える黒が赤を強調させている。
収穫祭で一緒に遊んだりもしたので今更なのだが、きちんと礼儀正しくしておかなければいけない相手だ。
俺は丁寧に頭を下げる。
「よせよ。こんな端っこにいるのに丁寧に礼なんてしなくても大丈夫だ。それよりも聞いたぜ? 早速シルフォードの奴と一緒にやらかしたんだってな?」
「いや、まあ誰が見ているかわかりませんので。それよりも早速って何ですか……」
失礼な。それじゃあ俺が絶対に何かやらかす事が前提にしているみたいではないか。
「まあプライドの高い貴族が喧嘩まがいの事をするのは、毎年よくあることだが。お前トングで肉の取り合いって何をしているんだよ……い、いひひひ」
堪え切れなくなったのか、最後の方はほぼ笑いながら喋っていた。
これがトールなら引っぱたいて、このテラスから突き落としてやりたいところだが、伯爵様相手にそんな事ができるはずもない。
というか今回は明らかに俺が馬鹿をやってしまったので否定のしようがない。
「……今、俺をテラスから突き落とすとか何とか聞こえたんだが……」
「それでメルナ伯爵何かご用で?」
「誤魔化したな……まあいい、今日はお前に紹介しておきたいお相手がいるんだ」
メルナ伯爵は半目で俺を睨むと、男性を一人こちらに招いた。
その男性は見るからに仕立てのいい、燕尾服のような物を着ていた。
落ち着いた雰囲気を持つその風貌とそれは実にマッチしていた。
鼻のしたにあるチョビ髭が何とも言えない親しみやすさを醸し出している。
「このお方はユリーナ子爵のご夫人、リナリアさんの父上でもあるウラジー公爵だ」
えっ? ユリーナ子爵って誰? ああ、リナリアさんが夫人だから……ロリーナか。
「初めまして。ラウ=ウラジ―公爵です。娘のリナリアからあなたのお話は聞いていますよ?」
渋みのある声で軽く礼をするウラジ―公爵。俺も慌てて頭をぺこりと下げる。
ウラジ―さんが言うには、リナリアさんが収穫祭での事やうちの屋敷でお泊りした事を楽しそうに話すのを聞いて、俺達に挨拶に来たとの事。
既にノルド父さんへの挨拶は終わり、俺の方へと来たようだ。
こんな子供の所まで来て下さるとは何とも対寧なお方だろうか。
「聞きましたよ。あの流行りのリバーシはアルフリート君が作ったのだとか。私も娘から聞いて初めて知りましたよ。いつも楽しませてもらっています」
「ああ、いえ。お楽しみいただけて良かったです」
「ふむ、こう見るとトングで戦いをするような人にも見えませんし、奇抜な方という印象もありませんね」
「でしょう? こんな恍けた顔をしながら何気なくやる奴なんですよ」
おい、こんな恍けた顔って何だ。ちょっと今日のメルナ伯爵は無礼だと思う。
もし、コマが売れたらメルナ伯爵の所だけストップしてやる。
「こんなとは言い過ぎですよ。あのような素晴らしい遊戯を開発した人ですよ」
「ウラジ―公爵はいい人だ。次の遊戯や道具が完成したら真っ先に届けましょう」
「おい、アル? 俺にはくれないのか」
「本当ですか? ありがとうございます。最近は色々あって娘達とリバーシや将棋をして一緒の時間を過ごすのが楽しみなのです」
少し影のある表情で笑うウラジ―公爵。少し元気がなさそうだ。
「何かお困りの事でもあったのですか?」
「おいアルくーん? 聞いているか?」
「……実は私にはたくさんの娘がいるのです。それは何も問題ありません、それだけたくさんの娘がいれば他の家ともいい繋がりを持てますし。自慢では無いのですかうちの娘はどれも可愛らしくて――」
長い。この人娘の話になると凄く長い。
ペラペラと止まることが無い。これはもう親バカという奴だ。
メルナはウラジー公爵のご夫人を呼んでくると言ってどこかへ行った。
これにより俺が一人でじっと話を聞くはめになった。
ウラジ―さんの話によると、とにかく縁談を持ってくる貴族が異常に多いのだとか。
公爵家ならばそれは別段おかしくもない話だ。
公爵家との繋がりが持てるとならば、皆必死になって縁談を申し込んでくるだろう。
つまり縁談が多すぎて困るといことだ。
まあ、それも公爵ならでは気苦労だろう。
「どうしてうちの娘にばかり縁談がくるのか。それにやけに中年からの申し出が多いのか。リナリアといい歳の差結婚が流行りなのか?」
ウラジ―公爵の言葉は次第に疑問の渦へと入り込んでいき、どんどんと気落ちしているように思えた。
誰か止めて上げて。
そんなことを思っていた瞬間に声が来た。
「あなた。アルフリート君が困っているわ」
メルナ伯爵が夫人を連れてきてくれたのだろうか。そう思って振り返るとそこには長い茶色の髪を腰まで伸ばした可愛らしい少女。
ピンク色のドレスに身を包み下半身には大きな花が縫い付けられており、彼女の可愛らしさを存分に引き立てていた。
何だウラジ―公爵の娘さんか。
それでも公爵を止めてくれるのならば構わない。
早く俺を開放して欲しい。
「ああ、ノエル。すまないアルフリート君。つい、一人で話こんでしまった。紹介するよ私の妻のノエルだ」
は? 妻? どう見ても娘にしか見えませんよ?
「初めまして。アルフリート君。ノエル=ウラジーです」
そんな俺の困惑も気にせずに、ノエルさんは一歩前に出てドレスの裾を掴み丁寧に礼をした。
リナリアさんと同じあどけない笑顔を浮かべながら。
ウラジ―公爵。なぜあなたの家に縁談が異常なくらい舞い込むかって?
それはこのミスフィリト王国に紳士が多いからですよ。
× × ×
会場の食品が並ぶテーブル近くに戻ると、エリックが凄い勢いで掴みかかって来た。
「おい貴様! さっきのソースが何処にもないぞ!? 一体どういう事だ!」
「あー、もうマヨネーズは俺が持ってきたソースだからここには無いよ」
俺を掴む手をペシッと叩きながら答える。
「何いい!? おいそのソースをよこせ!」
「もう無いよ!」
「なら屋敷にあるのか? それをよこせ!」
なおも食って掛かるエリック。ええい、面倒くさい奴め!
「ないね! 持っていたとしてもお前に上げるマヨネーズなんてないね!」
「貴様! あるのだな? 俺にマヨネーズを勧めた時にポケットを触っていただろう! そこにあるのだろう? よこせ!」
と言った風に俺のポケットへと手を突っ込んでくるエリック。ぺたぺたと触って来て気持ちが悪い。誰が男にポケットをまさぐられて喜ぶか。
「な、ないね。というか買うという考えはないのか? 俺の服をはぎ取ろうとしやがって盗賊かよ!」
俺の貞操の危機かもしれない。エリックは俺の上着をはぎ取ろうと、俺はそれを阻もうとしてとっくみ合う。
そんな見苦しい、ご腐人方しか喜ばない状況の俺に声をかけて来る者がいた。
「あ、アルだ!」
「待ってラーちゃん! まだ大事な人達への挨拶が終わっていないわよ!」
それは王都の初日に出会った迷子、ラーちゃんであった。