空間魔法とカブトムシ
「自分の足で移動できるって最高」
朝の食事を終えて、軽い足取りで屋敷を歩く。
普通一日は昼と夜の二食なんだけど、俺とエリノラ姉さんは厨房に入りパンや余り物を頂いている。
子供なのに一日二食とか栄養が不十分だよ。エリノラ姉さんは単純に体を動かすから燃費がすごいんだろう。あれは別だよ。
「それにしても歩けないときは、何をするにも不便で困ってたなー」
感慨深く俺は呟く。赤ちゃんの時は本一つ取るにも一苦労したもんだ。
お陰で変な子だと思われたじゃないか。
今日は本の続きを読もう。
書斎へと入ると、部屋には俺の兄であるシルヴィオ兄さんがいた。
エリノラ姉さんが九才。
シルヴィオ兄さんが六才。
俺が三才。
俺の両親は綺麗に狙ってるのかな?
いや、でも俺三才になったのに、弟か妹いないぞ。まあ、子供は二人か三人くらいが丁度いいと思うけど。
シルヴィオ兄さんは椅子に座って本を読んでいる。
シルヴィオ兄さんの容姿はノルド父さんによく似ている。金髪に碧眼。性格もどちらかと言うと柔らかい。そして何より顔が整っている。将来は絶対に女泣かせになるに違いない。
剣に興味持つエリノラ姉さんと反対に、シルヴィオ兄さんが本や勉学に興味を持っている。
見事に正反対になってしまったようだ。
まあ、それはエリノラ姉さんのせいな気もするけど。
あれだけシルヴィオ兄さんをボコボコにすればねぇ。
エリノラ姉さんは剣が好きで将来は騎士を目指している。
男尊女卑が強いこの時代で、女性が騎士とか難しそうだが、エリノラ姉さんはどうやら剣の才能が凄いらしい。
ノルド父さんも、最初は教養を身に付けて、内政に関わってもらったりして欲しかったらしいのだが、本人が真剣なことと、剣の才能があったことで今では剣を教えてるみたいだ。
そして一応俺は魔法に興味を持っている事になっている。
今ではエルナ母さんがたまに教えてくれるほどだ。
「アルも本を読むの?」
「うん、読めないところも多いけど、面白いから」
「そう? アルは言葉もうまいし、読めそうだけどわからないことがあったら聞いてね」
そう言うとシルヴィオ兄さんは苦笑をしながら、また本に目線を戻す。本当に六才児かいな!
シルヴィオ兄さんは、エリノラ姉さんと違って静かで優しくていいや。
叩いてこないし。
ーーーーー
昼食を食べると、魔法の練習のために森の方へと足を向ける。目的は魔法の練習。
この世界には魔物がいるらしいけど、コリアット村には大していない。
それに父さんや、自警団が頻繁に間引いてくれてるから安心だ。
ゲームのようにポンポン出てくるかと思ったけど、こんな田舎でそんなに出てきたら人間滅びちゃうよ。
しかし、魔力が濃いエリアとか、特定の森とかは魔物がウジャウジャと徘徊しているそうだ。危なすぎる。
ーーーーー
よし着いた。森の奥には魔物がいるから入ったら怒られるので行かない。
なので、入ってすぐの少し開けた場所を秘密基地のように改造している。
邪魔な木を切り倒して、机や椅子を土魔法で盛り上げて作ったり、簡単な家、後は的があるくらいだ。
男なら自分だけの空間。秘密基地って憧れたよな? 誰にも知られない快適な場所。昔はよく作ったよ。
さて、今日は空間魔法に挑戦してみようと思う。今まで魔力が足りなくて増やすことに専念してたのと、他の魔法に夢中で試して無かったけど、今の魔力量なら余裕でできるはず。
具体的な魔力量はわからないけど、一才の頃より五倍は増えたぞ。これで無理なら燃費悪すぎて困る。
よし、先ずは転移したい場所をイメージだな。最初だし短距離にしておこう。
俺がいる小屋から、外にある土魔法で作ったテーブルの上に転移しよう。
俺じゃないよ? 石ころを転移させるんだよ。いきなり人間転移とかハードルが高い。失敗しても大丈夫なものから。
いつもの何倍も魔力を込める。
すると魔力が手の石ころを包み込み、水色の光を帯びる。
そして目線をテーブルに向けて、
「転移!」
俺が言葉を発すると、手もとの石ころがフッと消える。
カンッ、コロコロ。
スッと目線の先の虚空から石ころが現れて、テーブルに落ちて転がる。タイムラグは殆ど感じられない。
高鳴る興奮を抑えて、俺はさらに石ころや、枝、葉っぱに砂、何でも集めてテーブルの上や、椅子の上に転移させていく。
「うおー! すげー! さすが神様!」
すごいすごい! 多少のズレがまだあるけれど、本当に物を転移させることができた!
この力があれば、お片付けなんてしなくていいし、荷物持ちもしなくていい! それにエリノラ姉さんにばれることなく反撃できる! これはすごい!
我ながらまず浮かんだのがこのことっていうのは、平和でいいのかアホなのか。
うん、そういえば輸送とかでお金を増やすこともできるよね。優雅なスローライフのために少し視野にも入れておくか!
よし、次は研究だ。どんなルールがあるのかな。
石ころと葉っぱでは魔力の消費量が違った気がしたんだけど。
今度はギリギリ俺でも両手で持てる大きくて重い石を持つ。
ぐぬぬぬ。重た!
「魔装!」
ふー、三才児の体にはこの石は重かったので魔力を全身に纏わせて強化した。
でもこれも長くやると筋肉痛になるし、やはり三才児にはキツいけど少しだけなら大丈夫。
「それ! 転移! 」
コト。
よーし、成功。ゆっくりテーブルの上に転移できるように細心の注意を払ったよ。
最終目標はあたかも最初からあるかのように、優しく柔らかく転移させることだ。
次は小さくて軽い葉っぱ。さっきの石とは反対の条件。俺の推測が正しければー……
「転移!」
ヒュルリと何もない空間から落ちてくる葉っぱ。
何事もなく木から葉っぱが落ちたと言われても信じられるくらいだ。
ちくしょー、スッとテーブルの上に載せたかったのに……
でも、やはり俺の推測通り。
転移させる物が重くて大きいほど魔力の消費が大きいことがわかった。
まあ、当たり前っちゃ当たり前だよね。
一人が重い荷物、もう一人が軽い荷物を運んだのに、軽い荷物を持った人のほうがエネルギーを消費するってのも変だし。
次は生き物。何かいないかなー。
窓部分から顔を出す。
青々とした木々に遠くから聞こえてくる鳥の声。
……何もいない。
諦めて、振り返ると壁にはカブトムシのような奴がいた。
ような奴と言った理由は、角が俺の知っているカブトムシとは違ったからだが似たような奴だろう。
角がフォークみたいでも気にしない。さすがファンタジー。
フォークカブト(命名)を慎重に掴む。
よく考えたらフォークのような角とか刺してくるんじゃ……
掴むと少し足をばたつかせるだけであり、大人しかった。
「よーし、フォークカブト! お前は世界で初めて転移を経験する生き物だぞ! 光栄に思うがいい! 転移!」
先程と同じように魔力がフォークカブトを包み込む。
そして、フォークカブトはテーブルの上にいた。
「成功だ!やったな!フォークカブト!」
フォークカブトに駆け寄り、喜びを分かち合っていると、何やらブーンと言う音と共に何か拳大のもの俺の頭にがぶち当たる。
え? 何? 石ころでも投げられたの? 三才で虐めが始まるの? 何て過酷な世界……
混乱の思考の中顔を上げると目の前にはスプーンを付けたような、カブトムシ(恐らく雌)が飛んでいた。
多分言いたいことは、俺の男に何ちょっかいかけてんだよ? 的な。
どの世界でも女は強いんだね。
このあと三十分くらい追いかけられた。
ーーーー
スプーンカブトに追いかけられた後は、自分自身の短距離に転移に成功した。
最初は間違って、地面より一メートルくらい空中に転移して焦ったけど。
その日の帰り道は短距離転移を繰り返して屋敷に帰った。
次は長距離に、障害物を越えて、複数などなどまだまだ課題はある。
いつかはどこにでも旅行にいって、買い物ができるようにしたい。