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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第三章:鉄錆の山の王 前編〉
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18

 決めてしまえば、あとはもう早かった。

 勢いのまま、メネルを伴って駆け足に表に出る。

 僕もメネルも、笑っていたように思う。



「――竜を討ちます!」



 そうしてルゥと、投げ倒されて土まみれのドワーフさんたちの前で、そう宣言した。

 みな一様に、驚いたような顔をして動きを止めた。

 姿勢と表情を正して、改めて宣言する。


「竜を討ちにゆくと、決めました。

 ルゥ。ヴィンダールヴ。父祖の山を取り戻すというその言、みごと。

 ――伴をしてくれるかな?」


 そう告げると、ルゥは目をまん丸にして――

 それからハシバミ色の瞳をきらめかせて、笑った。


「そう仰っていただけると、信じておりました。――喜んで!」


 メネルが肩をすくめる。


「いいのかよ。安請け合いして?」

「メネルドール殿こそ、何があろうとついて行くおつもりでしょうに、何を白々しい!」

「お、言うようになったなぁ」


 メネルが笑って頷いた。


「相手は竜だからな、数揃えても無駄だ。

 村々の防衛に割く人手を、あまり割るわけにもいかねぇ。

 面子は俺と、お前と、ウィルと――あと山の案内に誰か二百年前を分かってるヤツ」

「儂が……」

「いや、それがしがゆこう」


 立候補しようとするグレンディルさんを制して、向こう傷のドワーフ、ゲルレイズさんが名乗りをあげた。


「おい、ゲルレイズ」

「死にたがりには任せられん。それに貴様には、同胞をまとめる勤めがあろう」

「…………」


 見ればゲルレイズさんの服は汚れていない。

 あの狂騒に呑まれず、ルゥにも挑まなかったようだ。


「案内つかまつる」

「よろしくお願いします」


 冷静な人がいるのは、ありがたい。

 とすると、僕に、メネルに、ルゥに、ゲルレイズさんに――


「あとは俺だな。旅の準備は済んでいるぞ」


 ひょっこり建物の影からレイストフさんが姿を現し、言った。

 皆が「え」という顔をした。

 いや、彼が現れること自体は大騒ぎしていたんだしおかしくないんだけれど……


「あ、あの。レイストフさん、既婚……」

「アンナの了解は取り付けた」


 彼の鋭い視線が、僕を見る。


「シャノンの未来を考えるからこそ、竜を野放しにはできん。

 荒れ果てた廃墟を彷徨い生きることを、未来とは言わんだろう」

「……承知しました」


 その覚悟があるならば、僕から何も言うことはない。


「これで決まりですね」

「男5人で、悪魔と邪竜に喧嘩売りにいくわけだ」


 むさくるしい旅になるなと、メネルが笑った。


「勝算はあるのか?」

「無いよ」


 断言する。

 別に僕も、迷っていた日々を完全に無為に過ごしていたわけではない。

 手持ちの魔法の道具を再点検し、魔法書のページを手繰り、あるいはブラッドとの鍛錬を思い返しつつ体を動かし、色々と手は考えた。

 考えた上で、こう結論せざるをえなかった。


「竜を確実に殺す手段なんて、無い」


 けれど、レベルやヒットポイントのあるゲームではないのだ。

 運悪くあっさり格下に殺される可能性だってあるし、逆に幸運にも格上を殺せる可能性だってある。

 この世界はたいがい非常識だけれど、それでも頭を潰されれば、大概の生物は死ぬのだ。

 不死神がなんと言おうと、絶対に勝てない、なんてことはないはずだ。


「だから――全員、覚悟はできてるかな」


 僕は、皆の顔を見回した。


「はいっ!」


 まず真っ先に、ルゥが頷いた。

 その目は澄んでいて、まっすぐだ。


「戦いとは、常にそうだ」

「もとより」


 レイストフさんとゲルレイズさんが、落ち着いた調子で言った。

 歴戦の戦士の風格だ。


「お前の無茶苦茶に付き合わされるのは慣れてるよ」


 メネルが肩をすくめ、それで話が決まった。

 改めて宣言をする。



「行こう。竜を討ちに。山を取り戻しに!」



 騒ぎに集まってきた人たちが、そしてドワーフさんたちが、歓呼の声を上げた。





 ◆





 いざ、やると決めて動き出すと、思わぬ幸運がついてくることがある。

 この時もそうだった。


 出立を控え、王弟殿下や神殿長にもろもろの事情説明や、後事を託す手紙をしたためて。

 その後、庭で装備を点検していると、赤い塊が、ものすごい勢いで僕に突進してきた。

 抱きしめて受け止めると、そのまま手を繋いでぐるぐる回す。


「わはーっ!!」


 きゃっきゃ、と朗らかな笑い声。

 懐かしい声だ。


「へへん。アタシが来たぜーっ!」

「久しぶり、ビィ!」


 木の葉のように尖った耳に、赤い巻き毛。

 陽気な小人の放浪詩人。――ロビィナ・グッドフェロー!


「今度はどこまで行ってたの?」

「ふふー、グラスランド行って、ファータイル王国から海沿いに西の諸王国連まわってから、氷の山脈の辺りまで北上して歌ってきたわ!」

「凄い!」


 ほとんど本や風聞でしか知らない領域だ。

 安定しないこの地の事情に振り回されっぱなしで、まだ北の大陸に行くことすらできていない自分とは、行動半径が違う。


「北、雪降ってた?」

「降ってた降ってた――ってそれよりも!」

「それよりも?」

「竜が出たんでしょ! 討ちにいくんでしょ!?」

「うん。討ちにいくよ」

「じゃ、それ歌にしていい!? あと今まで私がいなかった間の冒険も!」

「もちろん大歓迎だよ」

「ひゃっほう!」


 テンションが上がったビィが、僕の手をとったまま小躍りする。

 庭でくるくる回ることになった。


「新たな竜殺しの叙事詩(サーガ)を作れるなんて、吟遊詩人の夢よ」


 ビィが笑った。


「前日譚から広めてあげる。……必要でしょ?」


 大人びた笑みだった。


「うん、とても必要だよ。ありがとう」


 僕が竜を討ちに向かったと広まるだけで、人心が安定する。

 そのためには、この時代のメディアである、歌の力は不可欠だ。


「いいってことよ。……でも、悲しい結末は嫌よ?」


 上目遣いでそう言われて、頷く。


「そうならないよう努力はするよ」

「ええ、頑張って。だって……このごろ悲劇オチは受けないんだから!」

「聴衆受けの問題だった!?」


 馬鹿なことを言い合い、二人でけらけらと笑っていると、遅れてトニオさんがやってきた。


「ビィさん、急ぎすぎです。置いて行かないで下さい」

「あは、ごめんごめん!」

「トニオさん! お店の方はいいんですか?」

「信頼できる者に預けて参りました。それよりウィルさんのことでしょう。

 糧秣、旅装、山岳装備その他、必要と思われる物資を一通り確保しておきました」


 手回しが早い。

 ていうかこれ、《白帆の都》にいたはずのトニオさんのところまで話が広まる早さと合わせて考えるに――


「……僕が行くって、決め打ちしました?」

「ええ。それでも出発に間に合わないのではないかと、ヒヤヒヤしておりました」


 と、トニオさんは笑った。


「ウィルさんが迷っていたのか、機をうかがっていたのかはわかりませんが、助かりましたよ」

「歌じゃ機をうかがってたってことにしとくわ! そっちのが格好いいし!」

「そうやって盛るからウィリアム卿がどんどんゴツい大男になるんだよ!」


 こないだたまたま《白帆の都》の通りで詩人の歌を聞いた時とか、『天を衝くような大男』とか『少女の胴回りより太い腕』とまで言われてたんだけど!


「僕だって迷うよ。普通に。……死にたくないし、痛いのも嫌だし」

「でも行くんでしょう?」

「うん。神さまに立てた、大事な誓いだから」


 そう言うと、ビィはやわらかに笑った。


「その台詞、歌に使わせてもらうわね? ――ふふ、汝に幸運の追い風よ在れ!」


 トニオさんは、いつものように穏やかに微笑んだ。


「やはり見込んだとおりでした。……他、必要な物資は?」


 その問いに、僕は少し考えて――



「一つ、大きな物をお願いしたいんですが」



 事前に考えていた策の一つを、実行することに決めた。





 ◆





 出立を翌日に控えた晩。

 眠りについた僕は、気づくと燐光の舞う星空の下にいた。

 足元は星空を映す暗い水面のようになっているが、その水面に、ぼんやりとした灯火が大きく映っている。

 僕の後ろだ。


 振り向くと、長い柄のついたカンテラのような灯火を手にした人影があった。

 フード付きのローブを目深にかぶった誰かだ。

 誰かは、もう、知っている。



「……お久しぶりです。灯火(ともしび)の神さま」



 いつかのように、軽く頭を下げた。


【………………】


 神さまは、それに対して何も言わなかった。

 しばらく無言で佇み、そして――



【……勝利の可能性は極めて低い】



 そう切り出した。


【不死神スタグネイトの語る通り。いまの汝では、竜には及ばぬ。

 ……しかし数年を練磨に費やせば、あるいは届くやもしれぬ】

「その場合、サウスマーク大陸は?」

【…………人類圏はほぼ消滅する。その余波は、北の大陸にも及ぶであろう】

「やはり、そうなりますか」

【……行くのだな】


 頷くと、それから改めて、神さまに向けて深々と頭を下げた。



「ありがとうございます。逃げても良いんだと、言ってくださって」



 そう言うと、驚いたことに、フードの下から微かに動揺の気配がした。

 神さまが、言葉を選ぶように沈黙する。


 ……命じられたら、きっと僕は内心はどうあれ、竜に向かっていっただろう。

 それだけの恩義が、この神さまにはある。

 だけど、だからこそ迷っていた間中、僕の祈りに答えず、何の啓示も示さなかったのは――

 つまり、きっと、そういうことなのだろう。



【われは……われは汝の死を望まぬ】



 発された優しい言葉に、口の端が緩んだ。


「光栄です。ありがとうございます」

【それでも行くというのだな。……わたしへの誓いを、守るために】

「はい」

【ならば、それを我が意に背くとは、言うまい】


 フードの下で、微かに笑みの気配。



【あの日の誓いは、わたしと、あなたのものだから】



 ――ともに歩んで下さい。

 確かにあの日、僕は言った。


 我が生涯を、あなたに捧げると。

 あなたの剣として邪悪を打ち払い、あなたの手として嘆くものを救うと。


【跪きなさい】


 その言葉に、膝をついて頭を下げる。

 はらりとフードを降ろす音。

 歩み寄ってくる気配。


【汝、ウィリアムに命ずる】


 そっと頭に、白くちいさな手を添えられた。


【恐れるな。わたしはあなたとともにいる。

 たじろぐな。わたしがあなたの神だから。

 わたしはあなたを強め、あなたを助け、わが灯火で、あなたを守る】


 神さまの《ことば》が。

 そこに込められた想いが。

 ゆっくりと、全身に染み渡ってゆく。



【ゆけ。竜を討ち、誓いを果たせ。わたしの騎士よ】



 膝をついたまま、穏やかに微笑む少女神の尊顔を見上げる。

 そして左胸に手を当て、僕は誓った。


「――灯火にかけて」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 何回読んでも泣くんだよなここの話
[一言] 歳をとると涙もろくなるねぇ。 文章から竜という存在が人の手に余る天災のような存在だと伝わってくる。軽々しく竜退治してしまう小説とは一線を画していると思った。  竜を倒す事など無謀の極み。みす…
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