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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第三章:鉄錆の山の王 前編〉
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14

 夏の名残が残る森からは、むんと篭もるような土と緑の香りがした。

 下生えも生い茂り、藪や蔓も盛大に繁茂している。

 盛夏の頃よりはマシだけれど、見通しがこうも悪いと危ない。


「ドワーフの目は真っ暗闇でも見通せるそうだけど、視覚に頼り過ぎないようにね」

「は、はい」


 後ろを歩くルゥに振り向くと、そう注意した。

 ルゥは鋲打ちの革鎧(スタデッドレザー)を着込み、兜を被り、ぴかぴかの戦斧(バトルアクス)を手にしている。

 元がしっかりした体つきなだけに、ちゃんとした武装をしてみると、なかなか格好がつくものだ。


「……確認をしようか、これから向かうのは?」

「西の、《柱の塚》ですね」


 ここ最近の魔獣討伐で、人の領域も拡大している。 

 山菜採りや狩りのために深くに踏み入った狩人や、魔獣討伐の冒険者が新しい遺跡を見つけることも多い。

 今回、僕たちが不死者退治に向かうのも、そういう場所だ。

 発見者が《柱の塚》と呼ぶそこは、どうやら古い、朽ちかけの木の柱が立ち並ぶ小高い丘であるらしい。


「ごく最近、発見報告があったけど、まだ探索は行われていない。

 その理由としてあげられるのは、だいぶ森深くにあることと――」


 風が吹く。

 辺りに、靄がかかってきた。


「地形的な問題なのか、古い魔法的な結界か、それとも土着の精霊か何かの悪戯なのかは分からないけれど、霧が出やすいこと」


 薄く白い霧は、進むごとに濃くなってゆく。


「そして最後に、不浄の気配があったこと。

 発見者の狩人さんはアンデッドを見たって言っているけれど……」


 だいぶ動転していたらしくて、目撃情報は曖昧だ。

 ゾッとするような気配とともに、霧の中で何かが動いていたような気がした――という感じで。


「何が出るか分からない。

 雰囲気に呑まれての勘違いならいいんだけど、注意して進もう」

「はいっ」


 それからしばらく、無言で霧の中を探り歩くと――

 ふと、視界が開けた。


「ひ……」


 後からやってきたルゥが、悲鳴を飲み込んだ。


「……これは、凄い」


 僕は、その光景に圧倒されていた。

 深い霧巻く丘に、無数の木製の柱が立ち並んでいる。

 半ば剥げているけれど、どうやらかつては、赤い塗料が塗られていたらしい。


「ぶ、不気味……ですね」

「そうだね。でも、荘厳だ」


 薄い白の靄の中。朽ちかけ、塗料の剥げ落ちた赤の柱の林立。

 奥へ視線を向ければ向けるほど、霧のなかでそれらは曖昧となり、ゆらり、ゆらりと揺れて見える。

 まるで、ひどく歪で細長い、血色の巨人の影のように。

 かつてこの場所に、確かにあった営為の残骸たちが、静かに佇んでいる。


 手の動きで合図をすると、湿った土を踏み、慎重に前に進む。

 今回、メネルはいない。

 実力的にツートップである僕とメネルが両方出張るほどでもないし、《ヒイラギの王》の予言のこともあるので、《灯火の川港(トーチポート)》に待機してもらっているのだ。


 けれど、これはちょっと後悔した。

 こういうのの探索に長けたメネルなら、あっという間に安全確認が出来たはずだ。

 ……まぁ、居ないものは居ないので、今回は僕がなんとかするしかない。


「…………」


 左右に目配りしながら、ゆっくりと丘に近づく。

 とりあえず柱を確認すると、やはり木製だ。

 きちんと製材されて、八角形か六角形にされて、地面深くまで埋められている。


 赤い装飾には、今では失われた何かの部族の風習や文化、宗教的な祈りが込められていたのだろうか――

 そんな風に考えていると、不意にひゅるりと、と生暖かい風が吹き――


「わぁっ!?」


 ルゥの悲鳴があがった。

 蒼白になったルゥが指差す方角、柱の陰。


 ――こちらを見ている何かが居た。




 ◆




「ゾ、ゾゾゾン……!」


 咄嗟に《おぼろ月》を構えつつ、蒼白になったルゥが指す方を見る。


「…………」


 ひび割れた顔。

 腐りかけた茶色の肌。

 虚ろな眼窩に、乱杭歯。

 それは。

 それはまさに――



腐乱死体ゾンビじゃない」



「へ?」

「ほら、よく見て」


 ルゥを連れて、近づく。

 それは恐ろしげに黒い眼窩を目を見開き、鳥の羽の軸で作られた歯を剥いた、人型に削りだされた木製の人形だった。

 多分、使われた木は立ち並ぶ柱と同じものだ。


「墓守さん、かな?」

「は、墓守?」

「うん。ここ、塚……墳墓なんだよ、多分」


 辺りに立ち並ぶ柱を見る。

 きっと……この一本一本が、かつてこの地に生きた誰かの墓標なのだ。

 そう考えると、この不思議な場所も、すっきりと説明が通る気がする。


「恐ろしげな顔をした人形が置いてあるのは、多分、盗掘者を脅すため」


 人形ごときでと思われるかもしれないけれど、前世の日本人形しかり、念の篭った感じのするヒトガタというのは怖い。

 後ろめたい気持ちで墓荒らしにきた人間にとっては、更に怖く見えるだろう。

 気合の入っていない相手を追い返せる、というだけでも有効だ。


「霧が出るのもひょっとして、魔法的な結界か、土地の精霊との契約なのかもね」


 先に逝ってしまった大切な人の、安らかな眠りのため。

 昔の人々が、工夫をこらした結果なのだろう。


「何代にも渡って、たくさんの手間をかけて作ってきた……気持ちのこもった場所なんだ、多分」

「…………」


 槍を置いて、膝をついた。

 ……手を組んで祈る。

 墓所を荒らしに来たわけではありません。

 どうか、安らかにお眠り下さい。

 しばらくの祈りを終えると、ルゥも同じようにしていた。


「……けれど」

「ん?」

「それじゃあアンデッドは、どこに?」

「ここがお墓となると、見間違えの可能性が高いのかなぁ、と思い始めてる」

「……? お墓というと、不死者が出やすいような気がしますが」


 ルゥの言葉に、僕は首を傾げた。



「どうして? みんな供養(・・・・・)されてるんだよ(・・・・・・・)?」



 お墓というのは基本的に、正しい手続きを踏んで弔われた死体ばかりなのだ。

 イメージ的にはともかく、むしろ不死者の発生率は低い。


「殺されて隠された遺体とか、野ざらしの遺体とかのが、不死神の加護を受けやすいんだ。

 ――あの神さまは、あの神さまなりに優しいからね」


 ぽつりと呟く。


「不死神が……やさ、しい?」

「優しいよ。凄く優しい」


 肩をすくめる。

 不死神スタグネイトは、優しい。

 ただ僕や、恐らく他の多くの人たちが、その優しさを受け入れられないから悪の神と呼ばれるだけで。

 その呼称は、決して彼の優しさを否定するものでは、ないと思う。


「人が見るも無残に、失意の、悲嘆の死を迎える。あの神さまはそれが、我慢ならないんだ。

 だからこの世界には、たとえば精霊神の祝福で季節と自然の様相が移り変わるように。

 あらゆる死んだ生物は、己の悲劇を覆す権利が、不死神から与えられている。

 ……アンデッドとなり、再び起き上がることで、ね」

「…………あの」

「ああ、もちろん言いたいことは分かるよ。そんなもの多くの人間にとって、嬉しくないどころか傍迷惑な祝福だ」


 肩をすくめる。


「生きてる方も、死んだ両親が腐った体で自分を抱きに来たら、嬉しいどころか色々な意味でたまったものじゃない。

 死んだ方も死んだ方で、大抵、死の直前の後悔ばかりが頭に焼き付いて、ろくな理性が残らず暴走するばかり。

 理性的なアンデッドになれるのは……ごく一部、強い意志と魂を持ってる人たちだけだ」


 ただ、それでも――


「それでも、不死神が善意で祝福を与えてるのは事実なんだよ。

 彼は心底から、『君たちは失意のままで生を終えなくていい。その魂の輝きで、死を覆せ』って、そう思ってる」

「…………あの」


 ルゥが凄く何か言いたげにしていた。


「ウィル殿。その……やけにお詳しいですけど、あの、まさか……」


 あっ。


「不死神の《木霊エコー》……あ、いや、まさかウィル殿でもそれはありませんよね。

 《遣い(ヘラルド)》か何かと、遭遇したことでも、あるとか?」

「…………」

「な、なんで目をそらすんですか!?」

「い、いや……その、なんていうか、その。ハハハ……」

「ハハハじゃないですよ!?」

「ハハハ……」




 ◆




 そんな一幕をはさみつつ。

 それから暫く丘を歩きまわったけれど、やはり不審なものは見受けられなかった。


「うん、これは見間違いが濃厚っぽいね」

「か、空振りですかー……」

「あはは……まぁ、そういうこともあるよ」


 せっかくの初陣と覚悟を決めてきたのに空振り。

 ルゥは虚しさと切なさが入り混じった表情で、がっくりと肩を落とした。


「あ……で、でも、狩人さんは不浄の気配がしたと言っていましたよね!」

「気配って曖昧なものだし、この雰囲気だと『アンデッドを見た!』と思えば、そんな気配がした気になっちゃうかもしれないよ?」

「それもそうですけれど……」


 とはいえ、確かにそこだけは気になるところだ。

 本当に見間違いだったなら、何事もありませんでした、で良いんだけれど……

 もし、「何事もありませんでした」と報告して後で被害が出たら大変だ。


「ん?」


 そんな風に考えつつ、丘の周りを一回りしていた時だ。

 霧の中。丘の麓、灌木と下生えの影に、何かがちらりと見えた気がした。


「ルゥ、こっち」


 下生えを踏み分けて、近づく。

 それは朽ちかけた扉だった。

 丘の麓、下生えや灌木に紛れるようにして、設置されている。


「塚の……内部への入り口?」


 丘の大きさからして、多分そう大きなものではない。


「…………」


 盗掘者対策の魔法や罠が仕掛けられている可能性もある。

 けれど、確かめないわけにはいかない。

 心のなかで埋葬者さんたちに詫びの言葉を述べる。


「ここも、調べよう」

「はい」


 聞き耳を立てる。

 十分に注意しながら扉に手をかける。

 扉は鍵もなく、きわめて単純な構造をしていて、ずいぶん年月が経過した今もなんとか開いた。


「《(ルーメン)》……と、よし」


 湿った土の通路……確か羨道えんどうというそれを、崩落の気配に注意しながら慎重に奥に進んでいく。

 塚の最奥である玄室には、間もなくたどり着き――


「……っ!?」

「ひっ」


 その瞬間、異常なほどの密度の不浄の気配が全身を襲った。

 全身が硬直するとともに、総毛立つ。

 違う。

 これは違う。

 尋常の、自然発生のアンデッドなんかじゃ



【――ようこそ。我が寓居へ】



 闇の奥から、声が響いた。

 背筋が凍った。

 その濃密で、思わず膝をついてしまいたくなるほどの気配に――僕は、覚えがあった。

 ルゥが、戦斧の柄を両手で握ったままガタガタと震えている。



【3年ぶりかね? 灯火の戦士よ】



 紅い目が、玄室の奥の闇にある。

 笑っている。――目を細めて、笑っている。



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