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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈間章一〉
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7:響く声に

 ハイラム師は、どうやら結構世話焼きなようで、図書館に案内するついでに学院を案内を申し出て下さった。

 その際、例のデーモンたちの拠点で見つけた資料について、調査や解読をお願いできないか聞いてみると、それについても快諾を得られた。

 また後日、品を持ってこよう。こういう調査のお礼って、どのくらいが相場だろうか。


「わ、なになに!? あれなに!? 人形が掃除してる……!?」


 ともあれ形式的なやりとりが一段落つくと、ビィはがぜん積極的になった。

 目につく物を全て覚えておこうとばかり、あれこれ聞いている。


「あれは先代の《しるしの司》がお作りになったゴーレムですね。便利なものです」


 回廊を歩くハイラム師の示す先には、中庭を掃き清める人形の姿があった。

 どこか女性的な造形のそれは、恐ろしく芸術的に作りこまれた人形で……多分、1年2年じゃきかない時間が投入されているのだろう。

 けれどその、あそこまで機能に関係ない造作にこだわるって……ひょっとして、先代の《しるしの司》は、人形偏愛(ピュグマリオニズム)かなにかだったんだろうか。

 いや、別にそうだったとしても、研究として見事に昇華されきっているので、何も問題はないのだけれど。


「あれは? あの机! なに? 机の長さがなんかよくわかんない! すごい!」


 あ、本当だ。

 100人座れそうな物凄い長机にも見えるし、4、5人くらいしか座れないテーブルにも見える。


「ハハハ、不思議でしょう?」


 そんな感じであちらこちらを巡り、驚いたり感心したりしながら、学院の敷地を歩きまわる。


「あちらの棟が学生たちの宿舎ですね」


 この《白帆の都(ホワイトセイルズ)》の《賢者の学院(アカデミー)》には、周辺から魔法の才能があるとみなされた子どもたちが集まってきている。

 それらはここで教育を受け、そのまま学院の教師となったり、あるいは各地に派遣される領主や騎士団付きの魔法使いなどになるわけだけれど……


「そういえば」


 そういう才能ってどうやって見分けるんだろう。

 僕には幼い頃からガスが居て、才能を見出して教えてくれたので、そのへんはさっぱりだ。

 メネルのように妖精が見えるとかは分かりやすいし、神官であれば神さまから何らかの形で啓示があるので、これまた分かりやすいけれど。

 《創造のことば》を扱う才能というのは、基本的には学問の研鑽で伸ばすものだ。発見は難しいのではないか……と気になって聞いてみると、


「ああ、それは単純です。魔法使いになる才能を持つ子の言葉には、ちからがあるのです」

「ちから?」

「ええ。我々は《創造のことば》を用いますが、俗用のことばとて起源をたどればそこに至ります。

 ですからきわめて弱くとも力がある。……才ある子供であれば、自然とそれなりのことが起こるのです」

「あ、あたしも知ってるわ。たとえば、そうね……」


 才はありつつ、まだ力の制御を知らない子供。

 そういう子供が、たとえば何かの時に気持ちをこめて応援の言葉を発すると、相手が異様に昂ぶり能力が増幅されるとか……あるいは逆に、憎悪を込めた悪口に物理的な攻撃力が発生してしまうとか。

 《ことば》を扱う才能がある子どもには、そういうおかしな現象が伴うので、極端に無口な子供でもなければ、だいたい10歳になるまでにはそれが分かるのだという。

 そしてそういう子供は、よほど文明から隔絶した田舎以外では、魔法使いの才能があると理解され、近隣の魔法使いに預けられるのだという。


「そんな感じで各地の魔法使いにはネットワークがあるのよね。

 新しい弟子を受け入れたり、あるいは他の魔法使いに融通したり、ある程度育って、有望そうならどこかの学院に送ったり……」


 つまり、前世で言えば魔法使い同士の徒弟制が初等教育で、学院というのは高等教育の場なのだろう。


「ええ。才能に関してはある程度判別がつきますが……継承すべき家業の有無や、気質として向く、向かないもありますからな。

 基本と心得のみを覚えさせて、すぐに帰してしまう例もあります」

「気質……ですか」

「そう、気質です。頭脳や根気、発声の上手さなどもありますが……最も重要なのは気質、つまり性格だと言われています」


 ほうほう。


「魔法使いには穏和であるか、無口なものが向いていると言われます。

 苛烈な気質であれば、つい激しい言葉を使ってしまう。激しい言葉を吐き出すことに慣れてゆけば、いずれは巡り巡ってそれは身を滅ぼします。

 《ことば》は危険なもの、熱情に浮かされる気質は長生きはできません」


 そういえばガスも小さいころ、いつだったか、《ことば》を繰るものは嘘をついたり、悪口を言ってはならないと言っていた気がする。

 普通の教育的な言辞だと思っていたけれど、あれはつまりは、そういうことだったのだ。

 ……そういう重要なことをあっさり流されるのは、信頼されていたのか、それともガスがいい加減だったのか。


「まぁ、かといって、心のうちに毒を溜め込みすぎても激発の要因となり、破滅の元。

 ……何事も均衡を保つのが大切、ということですな」


 ハイラム師は肩をすくめてそう言った。

 はー、とビィは感心したように頷いている。

 普段の猛烈なおしゃべりがなりを潜めているのは、学院の賢者の話が聞ける、貴重な機会だからなのだろう。


「……さて、到着しました」


 かつり、と一つの建物の前で靴音が止まる。

 ハイラム師は受付の男性にいくらか声をかけて、僕たちのことを説明すると……柔らかな微笑みを浮かべて、僕を見た。


「聖騎士殿。《ことば》は扱うものによって、軽くもなれば重くもなり、鈍くもなれば鋭くもなるもの。

 ……ゆめゆめ、己が舌に身を刻まれることなきよう」


 警句めいた言葉を残すと、ハイラム師は飄々とした足取りで去っていった。

 風貌も雰囲気も何も違うのに、なぜか彼に、ガスの背中が重なった。



 ◆◆◆



 ――《賢者の学院(アカデミー)》の図書館は、小さかった。


 公民館の図書室ほどのそれに、あれ? と一瞬思い、あ、違うと思い直した。

 印刷技術が普及し識字率も極めて高かった、前世の大規模図書館の記憶と比較しているからおかしいことになっているのだ。

 この世界の基準では、間違いなく大きい。南辺境大陸(サウスマーク)では随一だろう。


「…………」


 試しにいくつかの本をめくってみるけれど、予想通り初等向けの基本的な教本などは木版印刷本で、専門書などは多くが手書きの写本だ。

 多分、需要の問題だろう。

 版木を削って印刷物を刷るのには、それなりの工程と、複数の人員が必要となる。

 ある程度は売れると見込める本でなければ、投入したぶんのコストが販売で回収できないのだ。


 印刷技術と識字率は、おおよそ相関関係にある。

 印刷技術が高まれば安価で各地に書籍が普及し、識字率が高まる。

 識字率が高まれば書物の需要が増え、より印刷技術が発展する。

 この世界は、その相関の描くラインが跳ね上がる前なのだろう。


 そんなことを考えつつ、何冊か手にとってめくり、印刷ものの魔法史の概論書を一冊手にとる。

 魔法についてはガスからひと通りは習っているけれど、200年の間にそれがどう変化したのかは把握しておきたい。

 そんなことを考えつつ、閲覧テーブルに行くと――


「やほ」


 ビィが一冊、凝った装丁の古い伝承本を開いて椅子に座っていた。

 子供めいた体なので、足が床についておらず、ぷらぷらと揺れているが、驚いたのはそこではない。


「読め……っと」


 思わず大声を出しそうになり、慌てて声をひそめる。


「読めるのっ?」

「実は読めるんだなー、これが。驚いた?」


 ビィはにひひ、と笑う。


「あたしの隠し芸みたいなものね。

 ウィルに連れてきてもらえて良かったわー。普通は学院の中なんて見られないし、まして図書館に入り込むなんて凄腕の盗賊でも厳しいもの」


 てっきり色々な歌に歌われる、魔法使いの学院の中を見たいのだとばかり思っていた。

 それも目的の一つではあったようだけれど、まさか放浪詩人のビィが、文字を読めて蔵書を目的としているとは思わなかった。

 お目当ては伝承本、ということは……


「歌のレパートリー?」

「ええ。学院の収蔵本なら色々記録がある筈だもの」


 それにしたって……


「どうして、そこまで」

「ふふー、ウィル。図書館でのお喋りは厳禁よ?」

「う」


 あとで話しましょ、とビィは悪戯っぽく笑った。



 ◆◆◆



 結局そのあと、夕暮れまでを読書に費やし、幾冊かの本を借りると僕たちは帰路についた。


「……それで」

「どうしてそこまでするのかって?」


 連れ立って歩きながら、僕は頷いた。

 流石に職業柄、ネタを欲していると言っても限界があるんじゃないだろうか。


「んー……」


 ビィは少し考えているようだった。

 普段は陽気で子供っぽいけれど、こういう時のビィはずいぶんと大人びた雰囲気を漂わせる。


「だって……いなくなった人が忘れられるのって、嫌でしょ?」


 ビィは寂しそうにつぶやいた。

 僕はその表情を見て、何も言えなくなって、無言で横を歩く。


「……昔ね、一時期、英雄さんと一緒に旅をしたことがあるの」


 まぁ、英雄って言っても、その地方の英雄とか程度だったんだけどね、とビィは微笑みながら言う。

 その瞳は遠く、どこか昔を思い出すようで。


「でね、お互い目的地まできて、そこで別れた後にすぐ死んじゃった。

 たくさんの妖魔の襲撃を相手に、町を守って奮闘して……だって」

「――それは」

「ああ、勘違いしないでね。別に死んだのがどうってわけじゃないの。

 そりゃあ悲しいけど、英雄さんもいつかそういう時がくるって覚悟はしてたみたいだし。

 あたしだって本人が覚悟してるものを、横からとやかく言う趣味はないわよ? でもね、でも……」


 ビィの表情が曇る。


「その覚悟が、すぐ忘れられちゃうのは、納得できない」


 ビィは語る。

 その英雄の死は惜しまれたこと。

 でも、すぐにその死は日常によって押し流されて、忘れられて、誰もその名を口にしなくなった。


「…………」


 この世界は、危険だ。

 だから、英雄というのも、生まれては儚く消えてゆく。

 そういうものなのだろう。けれど――


「持ち上げて、感謝して、死んだらおしまい。そんなの嫌よ」


 消耗品じゃねーのよ人の覚悟は、というビィの声は、凛然とした決意に満ちていた。


「だから歌い継いでやる。……って思って歌い出した」

「…………」


 夕日の道。

 家路を急ぐ人々のざわめき。たくさんの人と家の影。


「でも、そしたら気づいたの」

「なにに?」

「英雄の武勲詩(うた)って、希望なのよ」


 傑出した武力や魔力で、人を救おうとする誰かがいる。

 誰かが戦っている。

 あるいは、戦ってきた。


「それって、皆にとってね――――けっこう、希望なの」


 あなたの大好きな三英傑みたいに。

 あるいは、今のあなたみたいに。

 ビィはそう言って笑った。


「……ほら」


 ビィが指差す先。夕空に、一番星がきらめいていた。


「暗い夜の闇がくる前に、真っ先に輝く一番星」


 英雄ってそれよ、とビィは言う。


「メネルがすっかりやる気出しちゃったみたいに。

 あるいはレイストフが、なんだか貴方のところに居着く気になったみたいに。

 ……貴方が歩けば、後から追いかける人がいる」


 それって凄いことじゃない? そう、ビィは言った。

 そうだね、と僕は微笑んで頷いた。


 だって、そうだ。

 今だって、僕は追いかけ続けている。

 あの3人を、追いかけ続けているのだ。

 僕を追いかける人がいるというなら。

 それはきっと、僕に光をなげかけてくれた、あの3人の生が無駄ではなかったということで……


「だから私は歌うのよ。きらめく星はここにあるぞ、って」


 たた、と数歩前に出て。振り向いたビィの、満面の笑顔。

 それは思わずつられてしまうくらい、綺麗な笑みだった。


「……あー! 語ってたら、なんだか歌いたくなってきちゃった!」

「どこかで歌う?」

「ん、いいわね。それじゃあ折角だし、コイン集めの役よろしくね!」

「よしきた」


 ビィは多分、そのうち僕のもとを去るだろう。

 歌を求め、歌を広める彼女の信念は、きっと、ひとつところに留まることを良しとしないから。

 でも、また、いずれは戻ってきてくれるだろう。

 新しい歌を求めて。

 そして僕がどこか、戦いで果てても、きっと――


「聖騎士さまにコイン拾いさせるなんて、豪華なもんだわ!」


 僕たちは笑い合うと、広場に向けて歩き出した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] そう、凡人でも自分が社会にいた痕跡を遺したいもの。 何も、のこさず消えていく不安に対して心の均衡を保つ葛藤。結局、生を地味でも謳歌するしかない。吟遊詩人に口伝されるなんてありがたい話。
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