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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第一章:死者の街の少年〉
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5

 ……そして5年が経過した。


 僕は7歳くらいになったが、どうやらこの世界では誕生日を祝うという習慣はないらしい。

 聞いてみると数え年式で、最初が1歳。新年を迎えるごとにプラス1されるそうだ。

 0スタートじゃないということは、ひょっとして0という数字と位取り記数法の概念さえないんじゃないかと危惧したが、それはもうある様子。

 どうやら明確な数字としての0がなかった時代からの伝統で、赤ん坊は生まれた時から1歳であるようだ。

 確かに、そうそう人間の年の数え方なんて変わらないよなあ、と納得した。

 つまり僕はこっちの世界式の数え年だと、たぶん7プラス1で8歳になるわけだけれど……


 それでいつが新年なのかと聞いてみたら、なんと、「わからない」というとんでもない答えが返ってきた。


 いや、正確にはいつが新年の開始日なのかは皆わかっていた。

 一年の間で昼が最も短く夜が最も長くなる日。

 太陽がもっとも力を失い、そしてその翌日から力を取り戻す日。

 一陽来復いちようらいふく――つまり冬至だ!――が新年のスタートなのだそうだ。


 が、ここは人間社会とかけ離れた廃墟都市の、そのまた外れの神殿だ。

 三人とも暦にさほど興味がなかったうえに、アンデッド化して寒暖の感覚も鈍っていた。

 結果、「花が咲き始めたな」「日差し強い」「葉っぱが赤や黄色に」「ちらほら雪降ってきた」くらいの感覚で過ごしていたそうだ。


 ……そりゃ、外部交渉もないたった三人の暮らしで、いちいち天体観測なんてしないよなぁ。

 三人がどのくらい生きてるかは知らないけれど、うっかりするか、面倒くさがるかで経過日数や日付を忘れたらそれまでだ。


 ところで脱線なのだけれど、機械式の時計なしで日の長さを測るってどうやるんだろう。

 昔の人はやっていたんだからできるのは間違いないけど、影だろうか、砂時計や水時計だろうか。

 ……あ、いや。

 日の長さに応じて日の出の位置が左右にずれるんだから、毎日目印でもつけて、一番端から日が昇った日が、かな?

 そうだ、そういえば有名なストーンヘンジとかがこのための施設だったって説があるな。

 日本の寺社とかでも、冬至や夏至の日の出に位置を合わせたものがあった、とかなんとか読みかじった記憶もある。

 うん、多分これだ。多分。ひょっとしたら他の手段も併用するのかもしれないけれど、これ以上は推論の材料がない。

 ……やっぱり現代的なインフラによる情報支援のない僕の知識なんて、所詮はこんなものだ。厚みが足りない。


 閑話休題。

 ともあれ、あれから質問や勉強で情報が集まってきたので、現状を整理しよう。


 まず、これまでちょっと言葉を濁し気味で、今でもまだ断定しかねるところがあるのだが、僕は生まれ変わったようだ。

 生まれ変わり、転生、リ・バース、リーンカーネイション。言い方はまぁなんでもいい。

 つまり一度死ぬ前の記憶は前世の記憶というやつで、それから死んで、また生まれた、というわけだ。

 しかも違う世界に、である。

 少なくとも一回死ぬ前の記憶のなかの世界には、魔法なんてものはないしスケルトンもゴーストもうろついていなかった。

 全て空想の産物だったわけで、つまりこの世界と、前の世界は、ある種の共通点をもちつつ明らかに違う。

 だから生まれ変わり。しかも異世界への転生だ。

 と、普通に考えるとこの結論でおおよそ問題ないのだろうが……


 それでも断定しかねるのは、幾つか他にも可能性を考えられないことはないからだ。

 この世界には魔法のような不可思議な技術があるし、あるいはそれらによって植え付けられた偽の記憶かもしれない。 

 純粋に、何か僕が脳に異常を抱えていて変な妄想をしているだけかもしれない。

 ひょっとして生まれ変わったのではなく、幽霊もいるんだから憑依とか、人格の乗っ取りのような現象なのかもしれない。

 あるいはここにいる僕というのは実はやっぱり幻覚で、前の記憶の僕の脳が、どこか実験室の水槽の中とかにぷかぷか浮かんでいる……


 かも、かも、かも。「かも」を挙げればきりがない。本当にきりがない。

 それこそこんな、「水槽の中の脳」のような定番の哲学命題にだって突入できる。 

 こんな不毛な問題に悩み始めたら終わりだと思う、絶対に結論が出ない。


 だからとりあえず、暫定で「これは異世界への転生で、僕にはたまさか前世の記憶がある」という理解でゆくことに決めた。

 それが一番無難で、精神的に穏やかでいられるからだ。


 たとえば、僕の正体はいたいけな赤ん坊の精神を圧殺して乗っ取った悪霊だった、とかは勘弁して欲しい展開だ。

 自責の念に耐えられないとは言わないが、自分がそういう迷惑な存在だったとしたら気が重い。

 もっと嫌なパターンとして、いつかどこかで衝撃の事実が明かされて、僕は気づくと水槽の中の脳……とか、そういう日が来ないことを、割と本気で祈りたい。




 ◆



 ……さて、そんなわけで「生まれ変わった」数え8歳の僕、ウィルが現在いる世界は、これがまた危険な場所だ。


「《燃える(フラムモー)》《火炎(イグニス)》……うわぁっ!?」


 爆発的な勢いで熱気が上がった。

 思わずのけぞって後退すると、ガスが消去の《ことば》を鋭く唱えて目の前の火炎を消し飛ばした。


「ばかもんっ! 発音が正確すぎるわ!」


 発音が正確であるという理由で文句を言われるんだから酷い。


「ウィル、幸いおぬしは才能があるが、そのぶん精度の調整に慣れんと、自分の魔法で死ぬぞ!」


 そう。たとえば、いま習ってる《魔法》……これがまた危ない。

 何か起こっても良いよう、いつもの神殿表の丘の上で練習をしているのだが、


「ガス……結果のばらつき酷いよ。ホントにこれ、なんとかならないの?」

「ならん。そういうもんじゃ」


 再現性がそんなに高くない。

 昨日と今日で同じことをやろうとしても、同じ現象が二度起こせないのだ。

 どういうことかというと……


「……おさらいじゃ。魔法を起こす手順を述べてみい」

「えっと、世界に満ちるマナを感知、自分のマナと共振させて、創造のことばを発音または記述、の三段階だよね」


 万物の根源たる、世界始原の混沌、マナを感知、共振――これにはある程度、才能と訓練がいるらしい――する。

 そして《創造のことば》を発音または記述し、その力で世界に満ちる混沌たるマナを何かの形、たとえば炎へと定義し、区切る。

 言ってしまえば、それだけではあるのだ。

 が、それだけに工夫の余地が極めて少なく、再現性が高まらない。


「おぬしの言うとおり、できるだけ均質な成果を求める試みは昔からあった。

 多くの賢者が工夫を凝らしたが、それでも限度があるのじゃ……実際に練習してみて、分かるじゃろう?」

「うん……まず、マナが均質じゃない」


 ここ数年、ガスに教わって感覚を研ぎ澄まし、なんとなくその気配が分かるようになったのだが……

 魔法の素材、燃料たる、世界に満ちているマナというのが、そもそも均質ではない。

 水にインクを垂らして、ちょっとかき混ぜたような状況を想像して欲しい。

 濃い部分もあれば薄い部分もあって、しかも不規則に流動している。

 燃料からしてそんな感じなのだ。


「うむ。均質なマナ環境を作る試みはいくつもあった。

 そのうち、たとえば安定した宝石や貴金属にマナを封じ、それを用いるというのは一定の成果をあげた。が……」

「コストが高い割には、効果が見合わなかったんだよね」

「うむ……そもそも人間の体内マナも流動的じゃからな。外部のマナのみを均質化しても限度がある」


 外側のマナをある程度均質に保てても、それと共振させる、使う側の体内のマナがやっぱり不安定だ。

 同じように体内で、水とインクのように濃淡を描いてうねっている。

 これは尚更いじくりまわせないそうだ。

 人間の体内は、人間の認識力でいじくりまわすにはあまりに複雑なのだという。


「とはいえ効果があるのは確かなので、宝石か貴金属のついた杖といえば魔法使いの象徴ではあるがのう。ワシは使わんが」


 ガスは杖は使わない派らしいが、この世界にも「杖をついた魔法使い」というのはいるようだ。

 ちょっと童心が刺激される。いや、いま子供だけど。

 

「更には発話、記述にも人間的な揺らぎが存在する。人間、同じ言葉は厳密には二度と語れん」


 同じ人間が同じことばを口にしても、音波の波形は違うし、同じ文字を書いてもぴったり同じにはならない、ということだろう。

 そりゃあ機械が発話、記述しているんじゃなく、生身の人間が喋ったり書いたりしているのだから当たり前だ。


「以上の理由から、結局、勘で良い具合を見極めるしかないというのが大方の結論じゃ」


 魔法の均質な工業製品化は不可能で、その日のマナの機嫌に合わせて熟練の調整を行う魔法使いの職人芸バンザイという結論にならざるをえない、と。


「…………怖いなぁ」

「魔法というのは怖いものじゃ」


 なんで創造神のわざが「魔の法」などと言われるのかと思っていたが、これだけリスキーならそりゃそうも言われる。

 MPを消費して均質な成果をポンポン放つ、RPGの《魔法》とは違う。

 本当に古典ファンタジーの《魔法》に近い。


「《創造のことば》はむやみに振り回すものではない。大きな力の行使には相応のリスクが伴うものじゃ」


 これは、ガスの口癖だ。

 マリーやブラッド曰く、ガスは生前から掛け値なしの大魔法使いであるらしい。 

 普段は素振りも見せないが、いざ力を発揮すれば物凄いのだと、信頼を込めて語っていた。

 ただ、ガス自身はそういうことを自慢しない。


「まぁ、そういう話は何度もしたな」


 むしろ教訓めいた、戒めの話ばかり語る。

 たとえば地形を変動させようとして、大地震を誘発して地割れに呑まれた魔法使いの話。

 船旅のために頻繁に天候を操作した結果、一帯に気候不順を招いて飢えに苦しんだ魔法使いの話。

 動物に変身したものの、動物の思考に染まりきって獣と成り果ててしまった魔法使いの話。

 万物を解体消去する術を憎い仇に使おうとして、怒りのあまり舌がもつれて自爆した魔法使いの話。

 異次元へ繋がる穴を開けて、その先の『何か』に食われた魔法使いもいたそうだ。


「とにかく小さい魔法を巧く、精度よく使うことを覚えるんじゃ。そしてできれば、それも使わず事を済ませよ」


 火起こしや虫よけ、手品程度の目くらまし、物探しの術など、軽い魔法は効果が小さいぶんミスのリスクも小さい。

 どれだけ失敗をしても、せいぜい手痛い怪我程度で済むのだそうだ。


 なのでガス曰く、本当の魔法使いは魔法を使わないか、効果の小さな呪文で最大限の成果をあげることを理想とするらしい。

 一個人が莫大な力を扱える上、常に偶発事故とヒューマンエラーの可能性が付きまとう以上、実に妥当なスタイルだと思う。

 ただ、



「――――つまりはカネじゃ」



 それをこじらせた結果、ガスはなんだか凄い結論に行き着いているフシがあるのだが。


「それは毎回どうかと思う……」

「何を言う、重要なことじゃぞ」


 ガスは相変わらずの偏屈ぶりで、大まじめに語る。


「何かしたけりゃ魔法なんぞ使わんでも、しかるべき道具を買うか人を雇えばいい。

 地形変動は大魔法じゃが、カネがありゃ魔法なんぞ使わんでも、職人と人足を雇って工事させて地形なんぞ変動させられる。

 ……カネを稼いで転がす能力ってのは、魔法と同じくらい、いやそれ以上に大切なんじゃぞ!!」


 身を乗り出して力説してくるガスに、僕は思わずのけぞる。


「ゴーストが物質主義者ってどうなのさっ!?」

「ワシとて口惜しくてならんわっ! なんでワシゃ金銀財宝をこの手で愛でられんのじゃ……!」

「へ、変態だぁぁぁ!?」

「ええい黙れ、誰が変態じゃ!」

「ガスだよガス!」

「言いよったな……よし、授業予定を変更する! 今日こそカネの素晴らしさというものを教育してやろう!」

「えええええええ!?」


 そんなわけでガスの魔法の授業は時々、こんな調子でこの世界流の財テクとか資産運用講座に化ける。

 何だかんだ言って、これはこれで興味深くはあるし、この危険な世界を生き抜く一つの実質的な力だとは思うけれど……

 ホントに、実体のない、しかも魔法使いのゴーストがこれってどうなんだろう。

 ……なんて考えていたのだけれど。


 しかしこのガスの魔法の知識や運用が、どれほど凄いものか。

 僕はそれをブラッドとの訓練で知ることになる。


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こういう魔法の設定面白い。わくわくする。
[良い点] オーガスタス仕込みの財テクの知恵は、のちの領地経営の佑けになるのでは?
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