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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第二章:獣の森の射手〉
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20

「どれほどのことをお願い申し上げているのかは、分かっているつもりです」

「それでも要求するのだな?」

「ええ」


 エセル殿下の視線は強い。

 眼力、という言葉の意味を初めて知った気がする。

 気の弱いものならこれだけでもう震え上がって、意見を引っ込めるのではないだろうか。

 だけど。


「為さねば、どれだけの村々が焼かれ……

 そしてどれほどの人々が飢えと嘆きと暴力のうちに、その生を終えることになるかを思いますれば」

「だが全てを救うことは、神々ですら成しとげられぬ偉業」


 視線を交わしながら。

 エセル殿下は、肩をすくめた。


「……まったく。これを願い出てきた貴殿が、単なる無名の男であればな」


 しばらくして、殿下のほうから視線を切った。

 目元に手を当て、両のこめかみを揉む。彼の癖なのだろう。


「本来その、無名の立ち位置で、お願いにあがるつもりでした」

「それであれば、良い良い、と手でも振って済ませればよかったものを……」

「……まったくです。とはいえ、飛竜を無視するわけにもいかず」

「で、あるな……」


 沈黙が落ちた。


 成し遂げた飛竜殺しが、いきなり悪い意味で働いている。

 ……そうだ、殿下の言うとおりなのだ。

 普通の男が辺境の様子を見かねて、私費で少々人を集めて狩りを行う程度なら、まぁ、いい。

 それくらいはエセル殿下も見逃せる範囲だろう。

 実際、魔獣やら邪悪な種族が跋扈する世界なのだ。

 領主の動きが遅いから冒険者を雇ってなんとか、ということも珍しくはないようだし。

 それはいい。


 他でもなく、飛竜殺しの英雄が(・・・・・・・・)

 おそらくは、どこぞの貴族の出自と見られているであろう僕が。

 私兵となりうる兵力をかき集めて、いま領主権力の及んでいない《獣の森(ビーストウッズ)》で活動する。

 ……何が危ないって、何が危ないか言い尽くせないくらい色々危ない要素がごっちゃになって詰まっているのが危ない。

 たとえば僕が反乱勢力の旗頭になるとか、僕が他国の紐付きの可能性だとか、森の魔獣や邪悪な種族を僕がやりすぎて刺激するだとか。


 どう考えても、ウン。

 これは、どう考えても――



「……貴殿を殺すことすら考慮せねばならん」



 威圧感が叩きつけられる。


「……恐ろしいですね。どういう死に方をしたことになるのです?」

「名誉までは奪わぬ。ワイバーンとの戦いで内臓を痛めていたのか、急に血を吐き治癒が間に合わず、としよう」


 謹厳に佇んでいた、王弟殿下の背後の護衛たちが、わずかに身じろぎする。

 恐らく「斬れ」と命ぜられた瞬間、あの二人は、テーブルを蹴飛ばして突っ込んでくるだろう。

 それは捌けるにしろ、恐らく部屋の左右にあるっぽい隠し部屋に控えている気配、数名の武人たちも僕をなます切りにしようとするだろうし、飛び道具の危険もある。

 王弟殿下も相当の腕だ。命令したらすぐに防御に徹して退避するだろうから、人質に取るのも難しい。

 そして一応仮に戦闘になった場合の流れは考えてみたけど、それ以前にたとえ館の全員を皆殺しにできたって、やったら僕は社会的に死ぬ。逃れようもなく死ぬ。


「――――ほう?」


 と。

 エセル殿下の視線がちらとメネルに向いた。


「これは、これは、恐ろしい」


 大仰に肩をすくめる。

 何かあったのだろうか、と思って背後を振り返ると……

 メネルは無表情のまま佇んでいた。


「…………なんだよ」

「いや、なんでもない」


 ? なんだろう。

 あまりメネルばかりを見ていられないので、視線をエセル殿下に戻す。

 ともかく、あまりよくない流れだ。この状況を切り抜けなければいけない。

 テーブルの下の手に、じんわりと汗が滲んだ。

 ……思いつく手は、これしかない。


「殿下」

「なんだね」


 


「――もし、世の塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味(しおみ)が付けられるでしょうか」





 ◆




「……む?」


 疑問げな殿下に対して、更に言葉を継ぐ。


「もし、世の灯火の持ち手がみな昼の光のもとに在ろうとすれば、その灯火は何を照らすというのでしょう」

「…………」


 エセル殿下の、鋭い目を見る。

 視線を合わせる。

 そらさない。

 ひるまない。

 まっすぐに。


「わたくしは灯火の神(グレイスフィール)より、その灯火の一端を預けられました」


 目を見て、話すんだ。


「灯火の運び手は、そうである以上、誰よりも率先して、闇の中に進まねばならないのだと思います。

 暗闇に嘆く人に光を差し掛け、続く人へと道を示さねばなりません」


 前を向いて。

 心からの言葉で、訴えかける。


「それが、わたくしの使命と存じております」


 それしかないし、そうするべきだ。

 下手な虚飾や誤魔化しは、どう考えたってこの人には逆効果だ。


「――ですから、どうかお願いします。 

 わたくしの活動に、何らかの形でお許しを頂けませんでしょうか」


 そう言うと、僕は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。

 賢くは、ないかもしれない。

 でも、やっぱり、人に無理なお願いをするなら、まず正面から頼むべきだと思う。


「………………ウィリアム殿」


 しばらく沈黙をおいて、エセル殿下は言う。


「それは十中八九、絶望への道だぞ」


 その言葉に、僕はゆっくりと頭を上げる。

 そして殿下に対して、笑いかけた。

 知っています。

 でも、



「わたくしは、その絶望とやらに用があるのです」



 気に入らないツラをしているので、力いっぱい、蹴飛ばしてやろうかと思いまして。

 肩をすくめてそう言った。

 エセル殿下はその返答に、一瞬ぽかんとして……それからゆっくりと、笑い出した。


「ハ、ハハハ……! 蹴飛ばしてやる、か。これはいいな、ハハハ……!!」


 大受けだった。

 お腹をおさえて、テーブルをぺしぺし叩いている。

 目に涙まで滲んでいた。


「ハハハ。そうか、そうだな。そういえば貴殿は、《聖域(サンクチュアリ)》の祝祷すら行う神官であったな。

 しかも、良い友人を持っている!」

「……? ええと、」

「ん、なんだ、気づいておらなんだのか。

 そこの背後のハーフエルフ殿、お前を殺すと言った瞬間、この私に殺気を込めたひと睨みをくれよった。

 あれは死兵の目だな、貴殿を守ってこの場の全員と刺し違える覚悟であったわ!」


 いや、見事、見事と笑う殿下。

 ゆっくりと振り返ってメネルを見ると……


「し、知らねぇよ! 俺も巻き添え食らうかと思って覚悟決めただけで……くそっ、嬉しそうにすんな!」


 なんだか思わずにへら、と変に緩んだ顔で笑ってしまった。

 それを見たメネルが更に悪態をつく。


 そんなさなか――廊下の向こうから、突然、バタバタと荒々しい足音と叫び声が聞こえてきた。




 ◆




「し、神殿長、おやめを、ただいま殿下は歓談中で……」

「お待ちくださいっ! お待ちくださいおとうさまっ!」

「ええい、放せっ、放さんかっ!」


 などと聞こえる。


「ワシの邪魔をするでない! この阿呆どもが――ッ!」


 ばたん、と扉が開く。

 そこに居たのは、バグリー神殿長だった。

 後ろに館の使用人さんやら、助祭さんと思しき若い女性やらなにやらを引きずるようしている。

 そのまま、ふぅ、ふぅ、と荒い息をつきながら、神殿長は部屋の中にどすどすと踏み込んでくる。

 そして無遠慮に、殿下の前に立った。



「……エセルバルド殿下。横紙破りはやめて頂きましょうか」



 エセル殿下のそれとも違う、ぎらつく視線だ。

 じっくりと殿下を睨めつけてから、神殿長はそう言った。


「ほう、横紙破り。それはいかなることだろうか、バグリー神殿長」


 エセル殿下は肩をすくめると、さも愉快そうに神殿長に問いかける。


「とぼけないで頂きたい!」


 どん、と神殿長は床を踏み鳴らす。


「この若造はッ!」


 僕を指差し、


「我が神殿の神官名簿に記帳した一人! かりそめとはいえ神殿に籍を置くものですぞ!

 それというのに神殿に一言も通さず差し招くとは何事か! 殿下は神殿の権威を無視なさるおつもりか!」


 と、一気にまくしたてた。


「おお、そうかそうか。それは知らなかった、そうなのかね?」

「……あ、はい」


 確かに名簿に記帳した。

 けど、あれは明らかにそんなに重要なものじゃなくて、宿帳レベルのものっぽかったけれど……


「知らなかったで済むお話か! 出先の混乱で私が不在であったからといって、確認の手順を踏まぬとは!」

「とはいえ、君のところの神殿の者は、快く彼を送り出したようだが」

「単なる教育不足ですな! 後ほどこってりと絞ってやりますわい!!」


 そういうと、彼はぶくぶくと太った、金銀の指輪の嵌る手を、ばん、とテーブルに叩きつけた。

 たぷんと脂肪が揺れるのが、なんだかおかしい。


「ともあれ、彼は当神殿の所属! あまり殿下の勝手とされては……」

「それがな神殿長、彼はそんなタマではないぞ」

「……は?」

「私兵を編成させろなどと言ってきた。《獣の森(ビーストウッズ)》の貧民たちを救いたいのだと」

「はぁッ!?」


 目を剥いた神殿長の視線が今度はこっちに向く。


「お、おま、お前……」

「正直、ここで殺してしまうという考えが頭をよぎらなかったといえば嘘になる」


 神殿長がもはや言葉も発せず、口をパクパクさせる。

 金魚みたいだ。


「が、あまりにまっすぐでなぁ……なんだか私は面白くなってきたよ」

「はァッ!?」

「どうだ神殿長。私は彼を、一代限りの騎士に任じてやろうと思うのだが、神殿のほうでそれを祝福してくれんか」

「は、はァッ!!?」

「ほれ、聖騎士(パラディン)というやつだ。私と神殿、責任と利益を折半……というあたりで、どうだろうな?」

「はァァ――――ッッ!!?」


 すごい声だった。

 部屋中びりびり震えている。


「いちおう私と神殿の統制下ということになるし、いざとなれば、ほれ。破門という札があるだろう」

「そういう問題ではありませぬ!」

「身元については神殿が保証し、あとは飛竜殺しの英雄となれば、まぁ問題あるまい」

「そういう問題でもありませぬ!」

「ではどういう問題だと」

「話が急すぎます!!」


 また、ばん、と机が叩かれた。


「――持ち帰って検討させていただく! それでよろしいか」

「うむ、よいよい。自由に検討するがよい。

 ……が、実現するとじつに嬉しいなぁ、バグリー。私は彼が気に入ってしまったよ」

「私をお引き立てになった際もですが、お戯れは大概にッ!」


 そうバグリー神殿長はがなりたてると、ぎろりと僕とメネルを見た。


「おい、成りたての小僧(ノービス)! 帰る、伴をせいっ!」

「は、はいっ!」


 言われて慌てて席を立つ。

 嵐のような神殿長の勢いで、僕と、領主エセルバルド殿下の会談は終わりを告げた。


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