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「いや、変なこと言ってるわけじゃないよっ!
ただ現状の問題を解決するにはたぶん旅に出るのが一番ってだけで……!」
あれ、自分で言っててもなんか追い込まれた人の妄言くさいな。
「旅出て何すんだよ」
「……えっと、3つのことをしようと思います」
「3つ?」
「うん。まずこの山積する問題に対して、僕とメネルとかこの村とか、そんな単位で考えてるのが間違いだったんだ」
「……?」
問題は多い。
多いので、今ある要素を使って、できるだけ効率よく解決しなければならない。
「とりあえず1つめ、キマイラの棲家を捜索するのに人手が足りない。
なら、《白帆の街》で冒険者を雇って補充して、人数つかって山狩りしよう」
お金を使ったローラー作戦だ。
報酬の支払い方とか相場、あと統率に関しては、多分メネルにフォローしてもらうことになると思う。
「で、2つめ、現状キマイラが暴れた場合、どこの村も受け止めきれずに強盗化する。
はぐれもの同士で近隣村落の連帯が薄いのが原因の一つだから……
とりあえず北上がてら施療を名目に各地を回って、少しでも横の繋がりを強化したい」
できればこれでグレイスフィール信仰も広げられれば一石二鳥だ。
「3つめ、できれば役畜をできるだけ買い込んできて村々に貸し出そう。
年単位の話になるけど、畑を広げられて余裕ができれば、明日への不安も解消されて人心ももうちょっと安定する筈だし」
キマイラを倒しても同じくらい強い魔獣が現れたら、また同じことになるんじゃ意味がない。
だからその辺、各村を豊かにして連帯してもらうことで対応しよう。
たとえ襲撃には持ちこたえられなくても、周囲の村が逃げ散った人を受け入れて、大きな街に救援を頼める余裕があればそれだけで違うのだ。
「つまり、旅に出て……施療しながら北上して、《白帆の街》で冒険者雇って役畜買って帰るだけ」
こうすれば、おおよその要素は解決できるはずだ。
どうだ! と思ってみれば……
「………………」
メネルは呆れ果てたような目で僕を見ている。
「あれ? 何かおかしかった?」
「……お前それ冒険者の視点じゃねぇよ貴族の視点だよ」
「あれ?」
「なんで魔獣一匹のために地域に丸ごと手を入れようとしてんだよお前は」
「…………そ、そのほうが効率いいから」
メネルは頭痛をこらえるように頭を押さえると、はぁぁ、と息をついた。
「伴うリスクも理解してるな?」
「多分……」
「それでもやるんだな? 下手するとサクッと死ぬっつーか殺されるぞ?」
あー……まぁ、そういう可能性もある、か。
大きなことに手を付けるんだから、そのリスクはある。
平凡に暮らしたいなら、絶対にやるべきじゃない。
僕は、僕だけなら何とでも生きられる。
……でも、
「うん、やるよ」
神さまの願いには、応えないと。
情けない僕のことだから、いざとなったら後悔したりもしそうだけど、それでも。
「僕は流転の女神の使徒で……そして、そうあり続けたいから」
それは、あの時。
「――神さまに、嘆く人を救うと誓ったから」
神さまとした、大切な約束だ。
だから、出来る限りのことを、しようと思う。
「…………」
そう言うとメネルは、ため息をついた。
髪をくしゃくしゃかき回しながら、どうしてこんな奴に……と彼はもごもご呟くと、一息。
「あー……ったく! しょうがねぇな。ついてってやるよ。ったく」
色々と恩義があるしな、とメネルはぶっきらぼうに言い捨てた。
口調と違って、目には覚悟の色がある。
その様子に、僕はなんだか嬉しくなった。
「ありがとう、メネル」
「うるせぇ、やめろ! 借りと恩義が積み重なってるから仕方なくだ仕方なく!!」
「つれないなぁ、もう」
「気持ち悪ぃな、そういうのやめろ! 友達ぶんな!」
「はっはっは、またまたそんなこと言ってー」
「だぁぁぁ、ったくコイツは! どういう育てられ方したんだ! 親の顔が見てぇよ!」
「…………見たらメネル、ひっくり返るんじゃないかな?」
「…………は?」
◆
さて、マリーいわく。
良いことをしようとするときに陥りやすい最大の危険は、「自分たちは良い目的のために行動しているのだから、結果も伴うに決まっている」という錯誤なのだという。
実際には、本人の思う良いことのために行動しているからといって、周囲は無条件に力を貸してくれたりはしないし、神さまだって加護をくれたりはしないのですよ、と。
……まぁ、うん。言わんとすることはとても良く分かる。
僕が完全に数え15の少年だったなら理解しきれたか怪しいけど、前世の経験を込みにすると、割とあっさり分かる。
衣食住のために汲々とする人の多い今生ではなく、むしろその辺の最低限が満たされた前世にこそ、そういうのの分かりやすい例は多かった。
自分の考える「良いこと」のために、実際的な効果なんて無いに等しいようなあれこれにリソースを費やし、「良いことのために頑張る自分」に酔いしれて……
ついでに場合によっては、「『なぜか』結果が伴わないこと」や「良いことをしている自分に見向きもしない世間」に対して悲憤して管巻いてみたり正義の怒りを燃やしてみたり。
そういうひと居たよね? 人によってはそういう時期あったよね? アレだよアレ、分かるだろ皆? ってなもんだ。
ああいう感じにならないために必要なのは、実務的な視点と能力だ。
あえて善や正義や秩序や調和といった理想を目的に掲げて動くなら、その実現手段は何よりも現実的でなければならない。
でなければ、理想は単なる夢想で終わる。
というわけで、さっき提示した方針の細かい点に関して、僕はメネルに盛大にぶっ叩かれた。
村々を巡る際の具体的な手順は、旅の日程は。
大量の役畜をどう連れ帰るのか。
冒険者をそんだけ雇って帰ったとして、どこに宿泊させるのか。食べ物は。統率は。
それらにかかるかかるお金の概算は。
必要な手続きは。
もしぶっつけ本番でそういうことやった場合、どれくらいの問題が発生することになるのか。
「うぁー…………」
自分の見込みの甘さをさんざん思い知らされた。
ただ、メネルは「無理だ」とは言わなかった。
あるいは「できない」とか、「やるだけ無駄だ」とか。
……そういう言葉が、何かをしようとしている人の熱意を、どれだけ削ぎ取るか。
僕は前世でそれを、痛いほど噛み締めている。
だから、そういう言葉を使わずに、「それをやるなら何が足りないか」「何が必要でどうすべきか」を並べてくれるのは、多分メネルなりの気遣いなのだろう。
「とりあえず役畜の群れを統率して、無事に連れ帰れるような技術ある牧人をあちこちの村から借り出すこと。
あと大口取引することになるから、どっかで《白帆の街》の大手商会と取引可能な行商人つかまえること」
この2点は絶対に外せない点だ、とメネルは強調した。
「俺もお前も経験豊富な老練の行政官とかじゃねぇんだ。
……多少の問題、予想外の事態はまぁ、ある程度は起こるものと見て進めるしかねぇが、牧人と商人は確保しねぇと立ちゆかねぇ。
俺も真似事くらいはできるが、本職に比べたらカスみたいなもんだ」
真似できるというだけで凄いと思う。
3人と過ごした死者の街には家畜のたぐいはいなかったから、僕は家畜類の扱いは本当に一切、理屈以外は分からない。
「それと、カネはお前が出すんだよな」
「うん」
「…………お前が財産持ちなのは知ってるが、大丈夫か? 減るばっかだぞ」
「問題ないよ」
そう言うと、メネルはちょっと嫌な顔をした。
確かにこれは嫌味な発言に聞こえる。
だから、意図が伝わるように言葉をつなげた。
「……このお金は祖父から預かったものなんだけれど、頼りっきりも悪いから」
そう言って、僕は笑った。
「これくらいは、自分で稼ぐよ」
「稼ぐって、どうやって」
? と僕は首を傾げた。
メネルは気付いていないのだろうか。
「そこに、でっかい宝箱があるじゃないか」
◆
宝箱。
すなわち、新しい村を建てる丘から見下ろせる位置にある、半水没のあの都市遺跡だ。
ぶっちゃけかつての修行場だった、あのデーモン・アンデッド溢れる地下街に比べたら、陽の光が差すだけ相当イージーだと思う。
きわめて凶悪な不死者が溢れていたらしいけれど、僕が一泊した際に《聖なる灯火の導き》を使ったので、おおよそ輪廻に還ったはずだし。
そう説明するとメネルはまた呆れた顔をした。
「どういう効果範囲と威力なんだよ……普通の神官の《不死者退散》の奇跡じゃ、視界内の数個体とかが精々だぞ」
「……そうなの?」
「そうなのっておま……」
輪廻を司るグレイスフィールのこの固有の祝祷が、普通の《不死者退散》の祝祷の上位互換だというのは知識として知っている。
効果範囲も広いし、何より魂を安らぎとともに導ける。
でも、それがどのくらい凄いのかはよく分からない。
なにせ僕が他に出会ったことのある神官といえば、マリーくらいなのだ。
そしてマリーは掛け値なしに凄い。
その精神性や神さまとの関わりにおいて、今でも僕の目標だ。
あんまり僕の前で使うことはなかったけれど、彼女は祝祷術の達人でもあった。
神さまを直接体に降ろすとか、亡くなったひとを完全蘇生させるといった極めつけの大奇跡を除く、すべての加護を与えられていたらしいし。
と、ここまで考えて気づいた。
「ていうか僕、自分に与えられてる祝祷は分かっても、与えられてない祝祷のこと全然知らないや」
「ホント、お前なぁ……」
学究と研鑽でつかみとる古代語魔法の場合、まだ使えない魔法でもその存在は分かる。
たとえばガスの《存在抹消のことば》なんて、極めつけの大魔法だけれど、それが存在することは知っている。
存在することを学ぶからだ。
でも、祝祷術は基本的に、加護として与えられるものだ。
今の自分がどんなものが使えるかとか、その使い方とか、そういうものも、宗教的な閃きのように神さまに示される。
ので、逆に自分に使えない術に関する知識は薄くなりがちなのだ。
流石に《神降ろし》と《死者蘇生》が最上位なのは知っているけれど、それも物語なんかで有名だからだ。
大聖人がその身に神を降ろすことで悪神の《木霊》を退けたり、未だ果たさぬ使命がある英雄が死から蘇ったり、そういう話は多い。
「っていうか、できるのは何なんだよ。
お前がどのくらいの位階なのか、俺がだいたい見当つけてやるよ」
神官は冒険者時代に、ヘボからそこそこのまで色々見てきたぜ、とメネルが言う。
なので好意に甘えることにした。
「まず固有の祝祷として、死者を輪廻に還す《聖なる灯火の導き》。
それに短槍があるから普段使わないけど、照明用の宙に浮かぶ灯火を生じさせたりもできるね。
あとは亡骸を一定期間保全するとか、死者の守護神の名前を判別するとか……」
「生々流転の女神さんらしい祝祷だな」
うん、と頷く。それで善なる神に共通のものだと……
「傷癒やし、不死者の送還、気絶の回復、毒治し、簡易障壁……」
「その辺が使えりゃ《助祭》くらいの基本的なやつだな。もっとあるんだろ?」
「うん。病気癒やしとか防護結界とか、ものに聖なる祝福を加えるとか、いつもの聖餐を生じさせるのとか……」
「おう。それだけいけりゃ神殿でも《司祭》になれるな。やっぱ大したもん……」
「あと不可侵の聖域を敷設するとか、欠損込みで傷を完全再生するとか、聖戦を宣告して仲間全員の士気と能力を大幅に向上させるとか」
「…………」
あ、前世的な感覚だと、聖戦の宣告とかちょっとイメージ悪いけど大丈夫かな?
いや、この世界には露骨に悪神とかいるし普通なのだろうか。
「…………び」
び?
「《司教》か《大司教》クラスじゃねぇか馬鹿!?」
なんで辺境で冒険者やってんだ! と怒られた。
理不尽だ。
「できるんだから仕方ないだろ!」
「普通それができるやつは辺境にいねぇんだよ!」
徳があるとは思ってたがここまでとは……とメネルはぼやきつつ、手元の盗賊の七つ道具を動かす。
今、僕たちは件の水没都市までやってきている。
やってきた上で、都市の中枢の大きな家の遺構に侵入して、鍵付きの長櫃とかを探っているのだ。
辺りは崩れた壁と、落ちた天井で瓦礫だらけ。
かろうじてかつての姿をとどめている部屋にあった長櫃も、だいぶ色褪せて錆が浮いている。
「メネルだって色々できるくせに……」
複雑な錠前を器用な手つきで解錠するその動作は、僕にはないものだ。
「そりゃ、これでも少しは長生きしてっからな。
と、こうして、こうして……よし」
ぴん、と錠前が開いた。
「いいなぁ。それ教えてよ」
「ゼッテー教えねぇ」
「なんでさ。酷いなぁ」
「酷くねぇよ! っていうかお前、こんなヤクザな手管、マジで習得すんなよ!?
鍵開けだの尾行だのの怪しげな技能、神官が使えたら信頼喪失もいいとこだからな!」
……言われてみればそうかもしれない。
そんな風に考える僕に滾々と説教しつつ、メネルは鍵を開けた長櫃をチェックする。
「盗賊対策の罠は……多分ねぇな。よし、離れてろ」
メネルは僕にしっしっ、と追い払うジェスチャーをする。
万が一、罠などを見落としていた場合、被害者をメネル一人にするため、なのだそうだ。
僕が十分離れたのを確認してから、メネルは慎重に古びた長櫃を開く。
「……お、おお……!? ヒャッホウ!!」
どうやら結構な収穫のようだ。
冒険者というのは、適切な遺跡を見つければ実に儲かる職業らしい。