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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第二章:獣の森の射手〉
31/157

5

 


「――人間の値段の相場?」


 トム村長が首を傾げている。

 しまった、また言い回しが通じていない。


殺人賠償金ワーギルドのことだろ」


 メネルがぼそりと言った。


「殺人や傷害に対して、血の復讐の代わりに銀で贖う」


 そう。

 前世に何かで読みかじったけれど、このくらいの社会なら、かなりメジャーな慣習だ。


 前世だと古代ゲルマン人やケルト人も有していたし、中世ロシアやスカンジナビアならヴィーラと呼ばれていた。

 あるいはイスラム圏なんかだと現代でも、復讐刑キサースの代わりに、殺人賠償金ディーヤで話をつけることが認められていたはずだ。


 ガスの授業でも、こっちの世界に似たような制度があることは聞いた覚えがある。

 大体こういうのは一人で払いきれないような金額が相場で、誰かが罪を犯すと地縁血縁集団が負債を負うことになるため、殺人や傷害に対する抑止効果もあるとかなんとか……

 ともあれこれ、今、相場はいくらくらいなんだろう。


「……ふむ。故意に一人となると、金貨1枚じゃな」


 あれ、そんなもんか、と思ったけど、


「ねぇよ! 高すぎる、大昔じゃねぇんだぞ!」

「しでかしたことを考えりゃ妥当じゃろう! どうせ村を焼かれたおぬしらには払いきれまい!」

「それとこれとは話が別だ、金貨一枚はふっかけ過ぎだ、なに考えてんだ!」

「押し込み強盗がなにを図々しい!!」


 ……そんなものではなかった。

 ガス、いったいどれだけの財産持ちだったんだよ。


「――では最後の確認が終わりましたので」


 議論が加熱しかけたところで、ベルトに吊るしてあった小袋から、僕は硬貨を取り出した。

 金色のきらめきが、陽の光にきらきらと輝く。

 視線が集まる。

 それが何か、皆が気付き――ざわめきが広がってゆく。




「判決に関しては、死刑。執行は僕が仕ります」




 ごくごく当たり前の判決だ。

 殺人と押し込み強盗を働いておいて無罪になるわけがない。

 事情を聞いた上でも、やはり全員首を刎ねるべしという結論になる。

 ただ放置すると、かなりえげつない殺し方になりそうなので、やるなら執行はこちらに任せてもらおう。



「……そして他に、殺人賠償金ワーギルドによる示談の道もあると、ここに示させて頂きます」



 ――ざわめきが、更に広がった。


「おい待てよ、何でお前が賠償を払うんだよ?」

「僕が払うわけじゃない。君が払うんだよ、メネルドール。

 ただし、望めば支払いを一時的に肩代わりはするよ」

「……神官どの? なにゆえじゃ」

「なにゆえといって、そりゃあ……」


 そりゃあ、決まっている。




「これから僕は、皆さんの選択に関わらず、キマイラを仕留めにいくつもりなので」




 ざわめきが、ますます増した。

 ああ、本当に、もう。

 なんで僕は人里に出て早々、こんなことをしているのか。


「……静粛にお願いします。

 そもそも不安でしょう、そんな人食いの魔獣がこの辺りを野放しにうろついているだなんて。

 神さまが僕をここに遣わしたのは、その危険を知らせる意図もあったのだと思います」


 1つの村を滅ぼせる化け物が、人の味を覚えている。

 恐らく他でも似たような襲撃があり、また食うに困った誰かが昨晩のように強盗に化ける。

 対処しないという選択肢は無いが、そんな事件の頻発に、一個人の身ですべて対処することは不可能だ。


「事件の根を断つため討伐します。そのうえで……」


 メネルに視線を向ける。


「キマイラの出没地域の山林に慣れた、腕利きの狩人がいればより迅速な討伐が期待できますから。

 示談で済むなら、僕は、貸したお金の分だけ彼の能力をキマイラ狩りに活用させて頂きます。

 また、再発防止のために可能な限り村の浄化や復旧も行いましょう」

「……示談では気が収まらぬ、殺せ、と言ったら?」


 村長が慎重に問いかけてくる。


「判決のとおりに。ヴォールトの裁きの天秤にかけて、彼の首を刎ねるまでです。

 無論言うまでもないことですが、その場合は僕が金貨を供出する理由はありませんから、賠償の支払いはありません。

 キマイラ討伐に関しては、他に腕の良い狩人を探しましょう……彼以上の腕利きがいるのかは、僕には分かりませんが」


 ざわめきが更に広がる。

 村側でもさまざまな意見が出始めて、まとまりがなくなっている。


「相談の時間をおきましょう」


 なので僕はいったん、そう宣言した。 




「復讐の血か、あるいはあがないの銀か。選ぶのは皆さんです」





 ◆





 村の広場で、村人たちが盛大に議論をしている。

 復讐か。賠償か。


 意外だったのは、亡くなったジョンさんの奥さんが賠償側に立って積極的に主張している、ということだ。

 夫の死は無念だが、子供の今後の養育を考えると、賠償が得られたほうが良い、という立場らしい。

 なるほど、こんな暗黒の中世めいた環境で生きる女性は現実的だな、などと思って眺めていると、縛られっぱなしのメネルが声をかけてきた。


「マジでお前、なに考えてんだ……」

「人を助けること」


 それも最適効率で。

 あの、優しい神さまの心にかなうように。


「……それでお優しい神官さまは、俺も助けてやるって?」

「君は死刑だよ。もし君を許し、助けるとしたらそれは君が殺した村の人たちであって、僕じゃない」

「…………」


 メネルは、黙然と口をつぐんだ。

 議論はまだ紛糾している。

 殺すか。

 許すか。

 許すとしたらどういう付帯条件をつけるのか。

 予想通りだけれど、これは、しばらくかかりそうだ。


 ……本当に、えらいことになってしまった。

 初手からこれとか、本当に、もう少し、なんとか手加減してくれませんか。神さま。


 加害者は加害者で大切な誰かのために罪を犯そうとしていて、また別の件の被害者。

 そんなややこしい状況、人里に出たばかりの僕が処理できる案件じゃありません。


 ……とりあえず勢い任せの私刑を止めて、その場のでっちあげと勢いと、あと大半は神さまの権威で裁判もどきを強行。

 ガスの金貨の力で、加害者を許せるとはいわないまでも、いちおう許容できる示談の可能性を提示してみたけど。

 精一杯、その場で頭を働かせて必死にやって、でもまだ、これでいいのか不安が残る。

 集団意識が暴走するのを止めるために、暴力までちらつかせてしまった。


 難しい。

 一体どうすれば良かったのだろう。

 神さまは、なにを望んでいたのだろう。


 灯火の女神(グレイスフィール)は導きをくれても、正解は教えてくれない。


 いっそ何も考えずにメネルたちを「村を襲う悪党め!」と片っ端から殺していれば、悩まず済んだのだろうか。

 安っぽい『正義の怒り』というお酒に酔っ払えば、きっと悩むことはない。

 こんな風にぐちゃぐちゃ、もっともらしい手続きだのなんだの踏まなくてもいい。

 手に入れた力を、いいように敵に向けて振り回せばいいだけだ。


 でも……




 ――それでも、人を愛してください。


 ――善いことをしてください。


 ――損を恐れず、壊すより作り、罪には許しを、絶望には希望を、悲しみには喜びを与えてあげて下さい。


 ――そして、あらゆる暴威から弱い人たちを守ってあげて。




「そういうわけにも、いかないよなぁ……」


 ため息をつく。

 どうやら僕の運命というやつは、ひどく面倒くさいことも要求してくる運命のようだ。

 拙い知識と経験を動員して、なんとかぶっつけ本番、上手く凌いでいくしかない。


 ……マリー。すごく難しいけど、なんとかやってみるよ。


 そう心のなかで呟いた。

 そのうち、広場の方から村の人達が戻ってきた。

 どうやら、結論が出たらしい。




 ◆




 結論から言うと、村側はいくつかの条件付きで、示談と賠償を選択した。


「復讐の刃を取りたいところではあるが、今回は善なる神のおぼしめしと、その代理人たる神官どのの顔を立てることとする」


 トム村長は村を代表して、そう宣言した。


「それと神官どの。……村の裁きに割り込んだからには多少の責任を取っていただくが、よろしいな?」

「無論です」


 そこは当然だ。


 結果つけられた条件は、賊側の再襲撃に備えて、暫くの期間、幾人か人質を取ること。

 キマイラから賊側の村を奪還した後も、しばらくは僕が彼らを監視し、時折連絡すること。


 キマイラが索敵可能な範囲から逃げていた場合。

 村が復旧不可能で、結局食い詰め者たちをどうにもできなかった場合、僕が責任をもつこと。


 気づいたらどんどん、責任と義務が増えてくる。

 ただ、これでなんとか繋がりのある共同体ができた、と見ることもできるだろう。


 その後、その他諸々の条件についても諸事話し合い、合意に達し、和解の儀礼を執り行った。

 僕が祝祷術で一つのパンを生み出し、細かく分けて、双方の陣営全員が車座になってそれを食した。

 いわゆる共食儀礼だ。


 それら実務的なこと、形式的なことを終わらせ、これは別個に銅貨を払っていくらか食料や水も分けてもらい。

 森に置きっぱにしてきた荷物も回収すると、僕は賊であった彼らとともに出立することとなった。

 森のなかを、まずは隠していた女性や子どもと合流するために歩く。


 男たちは終わりだと思った命が助かったことからか、割合に賑やかだった。

 メネルは、やはり黙然としていた。



「……なぁ、ありがとな」



 と、1人の青年が話しかけてきた。


「アンタのお陰で、助かったよ。いや、アンタがいたから襲撃とか、失敗したんだけどさ……

 でも皆殺しとか……やっぱ、覚悟いるしな。

 できればやりたくなかったっつーか、やらずに済んでよかったっつーか……」


 なんていうか、と青年は言葉を選び。


「アンタがいてくれて、よかった」


 そう言って、笑った。

 それを皮切りにしてか、まわりの様々な年齢の男たちも声をかけてくる。


「ああ。なんだかんだ、世話んなったよ。……ありがとな、止めてくれて」

「神さまってのは、やっぱいるんだなぁ……」

「すげぇ度胸だよなぁ、いきなり仕切りだしてよ」

「アンタのおかげで、神さんに顔向けできるよ」


 などと、少しばかり空気が和らいだ時だ。



「…………うるせぇよ」



 メネルの低い声に、場の空気が凍りついた。


「ウィル。お前……お前、なんで助けたっ!」


 メネルが僕を見る。

 煮えたぎるような感情で、ぎらぎらと翡翠色の瞳が輝いている。


「殺せよ。殺したら殺されるもんだろ。

 ……マジでこれでいいと思ってんのか? 俺は人を殺してるんだぞ?

 今さら神なんぞに許してもらおうとは思ってねぇんだよ!」

「おい、メネル……」

「何度でもいうけど、許したのは僕じゃない。あっちの村だよ。

 神さまだって、せいぜい機会をくれた程度だ」


 はっ、とメネルが嗤った。


「機会だ? 今更だよ。

 俺ぁ前から何人も殺してきた、こいつらと違って根っから育ちが悪いんでな」

「――何人?」

「6人」


 6人。その言葉を心のなかで反芻する。

 経緯は知らないが、大層な人数だ。

 メネルに歩み寄る。


「なら、」


 ぎらつくメネルの目を見返す。


「――君はこれから、6人の命を救え」


 睨み合う。


「君はいま生きてるし、未来はそのためにある」

「…………」

「君の自暴自棄に付き合う気はないよ、メネル。……死にたいなら、生きてから死ね」

「…………ふん」


 ぷい、と視線を逸らして、メネルが再び歩き出した。

 気まずい沈黙がおりる。


 メネルドールという人物は、どうやら、かなりねじくれている。

 相当の人生を送ってきたんだろう。


 彼が僕の祈りを、胡散臭げに見ていたことを思い出す。

 考えてみれば、あれはおかしかった。

 ここは神が実在し、実際に力を行使する世界なのだ。

 さっきの村人たちだって、神の権威を持ち出せばかなりのところを押し通せた。

 祝祷術の遣い手、善なる神々の代理人たる神官というのは、かなり立場も権威も重いと実感した。


 そんな世界で、敬虔さを胡乱な目で見る。

 それは……たぶん彼はもう、自分に善神の加護などないことを確信しているのだろう。

 だから、ああいう態度だったのだ。


 ――3人といたあの死者の街が、小さな楽園であったことを思い知らされる。

 外の世界は、崩壊こそしていないし、滅びてもいなかったけれど……

 どうやら未だ、薄闇のなかにあるようだ。


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