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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第二章:獣の森の射手〉
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4

 しばらく、みな無言だった。

 こちらもドキドキする。

 勢いで押したけれど、何の権利があって裁くのかと冷静に、論理的に突っ込まれたら危うい面がある。

 実際、こんな事態に首を突っ込んでかき回す権利が僕にあるかと言われれば、無いのだし。


「しかし……コイツらを生かしておいて、もしまた暴れだしたらどうするね」


 小柄で初老の、村長のトムさんが言う。

 現実的に、そうだ。

 この人数が本気で暴れだしたら、タイミングと勢い次第では村側が敗北する可能性がある。

 敗北しなくても、甚大な被害が出るだろう。

 運良く僕が居てどうにかなったのだから、それを幸いに皆殺しにして安心と安全を確保するというのは、現実的な手筋だ。


「もしまた暴れだしたら、ですか?」


 ――逆に言えば、今は運良く僕が居るのだ。

 あえて、ちょっと芝居がかった感じで首を傾げる。



「僕が皆殺しにするに決まっているじゃないですか」



 何を当然のことを、なんなら誓いましょうか、という調子で言うと、


「…………」


 トム村長も黙る。

 彼も思い出したのだろう、この十数人を全て制圧してなお無傷なのが僕だということに。


「別に、なにも殺すなとかそういう話じゃないんです。

 それぞれ背景や事情を確認して、落とし所の有無を確認する程度の、最低限の手続きを踏みましょうって話です。

 ちゃんとした権威……領主権力は及んでいないようなので、神さまの権威のもと、古くからの法に則って」


 自力救済。自検断。

 そういうものは確かに一定程度には正しい。

 実際、現実問題として社会システムが回っていないのであれば、自分たちのグループ内のルールで裁くしかない。


 だけど、その構造には一つ問題がある。

 戦国時代の村落だろうと、中世欧州の集落だろうと、密林の部族社会だろうと、似たような構造であればだいたいどこでも同じ現象が起こる。

 一回、異なるグループ間で殺し合いが始まると、強権的にそれを止めるグループを横断した権力がないため、報復の連鎖がなかなか止まらないのだ。

 結果として、争いに関わった全グループが極度に疲弊するまで、和解も妥協も成立しない、という不毛な事態もザラにある。

 それが現実的に可能であるなら、深刻な事態は予防した方がいい。

 前世でもそうだけれど、とりあえず死者が出たから感情的に殺し返すだけが正しいというなら、法律も裁判も発達する必要なんてないのだ。

 しかも、


「襲撃してきた……とりあえず賊といいますが、賊側だって、この十数人以外にまだ居ないとも限りません。

 背景や事情を聞く余裕があるなら、聞いておいたほうがいいとは思いませんか?」


 そこに関しては、僕だって把握できていないくらいだ。

 神さまが啓示で遣わしたくらいだ、ひょっとしてこれが何か大きな動乱の予兆という可能性すらある。


「…………」


 とりあえずの危険を避けるために、囲んで棒で叩いて殺して吊るしておしまい、では後が怖いのではないか。

 そういう提案に、トム村長も少し考える。


「……じゃが、神官さまよ」

「なんでしょう」

「あんたは公平に裁いてくれるのかね?」

「そうしなければ、裁きの神たるヴォールトが僕を裁くでしょうね」


 この世界では、神が現実に力を行使する。

 《木霊》の降臨などは流石に稀な事態のようだけれど、神がその目に適うものに祝祷術を与えるとか、不心得者から剥奪するというのは茶飯事だ。


「僕は信じられなくとも、僕に力を与えている善なる神さまは信じられませんか?」

「そりゃあ、確かにそうじゃな。よくは知らんが、雷神さまや地母神さまの娘神の神官さんとなりゃ……まぁ」


 雷神ヴォールトは社会全般に、地母神マーテルは農村部に信仰が厚い。

 灯火の神さまの系図的にも、この説得は有効なはずだ。


「他の皆さんも、どうでしょう。

 雷神ヴォールトの裁きの天秤に誓って、不適切な裁きは行いません」

「まぁ、そういうことなら……」

「うむ……だけんど、ジョンの奴が殺されとる!」

「おう、こっちは一人死んどるんじゃ、それを忘れんでくれな!」


 勿論です、と頷く。

 遺体にすがって泣く、死者の家族を僕だって見ているのだ。


「ありがとうございます。

 それでは改めて戦いの終息と、裁判の開始をここに宣言します。

 以後、正式に判決が下る前に武器を手に武力に訴えようとした場合――」


 辺りを見回す。



「もはや問答抜きで、僕が首を刎ねます。お覚悟を」





 ◆




 とりあえず裁判云々の前に、怪我人を片っ端から治療することにした。

 擦りむいた人から、切り傷、捻挫、ひどい人は骨にヒビが入っていた程度だけれど、陣営に関わらず全て癒やした。


「おお、動く、動く!」

「これで明日からの野良仕事もこなせるわいな」

「神さん、ありがとうございます……」


 と、村側の反応はそんな感じで。


「…………」


 賊側は、多くが終始無言だった。

 何を考えているのか、メネルも僕については知らぬふりを通した。

 僕も彼については知らぬふりを通した。

 公正さを疑われては多分この危うい裁判は成立しないし、多少思い入れがあることまで否定はしないけれど、条理を曲げてまで彼を助けるつもりはない。


 ……みなの傷の治療が終わると、亡くなったジョンさんの葬儀を簡単に行う。

 村の共同墓地、といってもちょっとした塚程度のそこに遺体を埋めて、祈りを捧げた。


 黎明に灯火が浮かび上がり、ふわりと魂を導くように空へ還ってゆく。

 その時、微かに亡くなったジョンさんの霊体が、遺族に向かって微笑みかけた。

 彼の奥さんや、娘さんがわっと泣き崩れた。


 それら戦闘後に必要な諸々を終えると、急ぎで事情を確認して回ることにした。

 正直、あまり時間はかけていられない。

 村側は賊側に食事なんかを用意することは渋るだろうし、お腹が減れば減るほど賊側だってカリカリして自暴自棄になりやすくなる。

 間違いなく村側もそれに反応して、過激な結論になるだろう。

 どういう結論になるにせよ、さっさと展開するに越したことはない。


 そういうわけでまずは村側に確認してみた。

 村側は、襲撃してきた賊側に対して覚えがないらしい。


「そもそも、この辺りの村は……まぁ、なんというか、『事情持ち』が多いんですわな」


 そういうトム村長も、視線は鋭い。

 あちこちに、小さな古傷のようなものがある。

 通り一遍の人生を送ってきたわけではないのだろう。

 素朴な村人などでは、間違いなく、ない。


「わざわざ辺境の果ての果て、《獣の森》なんぞに居付こうって連中ですから、多かれ少なかれ脛に傷持つ者も多い。

 森の往来の危険さもあいまって、付き合いも薄いもので……少し遠くの連中のこととなると、正直、よう分からんのですわ」


 なるほど、と頷いて。

 他の村人幾人かにも確認をとったあと、今度は賊側だ。

 あなたたちはどういう集団で、どうしてこういう挙に及んだのか。

 問い訊ねてみると、一人の若者が重い口を開いた。


「…………村を焼かれたんだよ」

「焼かれたじゃと?」


 聞き捨てならない言葉に、傍に居たトム村長も色めき立つ。

 それを手で制して、僕は質問を続ける。


「焼かれたとは、いったいどういう存在に?」

「見たこともない魔獣だった。首が3つもあって……立ち向かった男連中もあっさり殺された。

 人も家畜も次々食い殺されて、家は焼かれて、おまけに面白半分にか、魔法で畑に毒まで撒かれた。

 ……ええと、メネルが言うには、何ていったか」


 若者がメネルに視線をやる。


「…………」


 メネルは暫く口をつぐんでいたが、やがて答えた。

 俺はその場にいなかったが、と前置きして。


「……合成獣キマイラ。多分、そいつはキマイラだ」




 ◆




 合成獣キマイラ……その名は僕もガスに習ったことがあった。

 悪神の眷属とも、かつて古代語魔法の邪悪な研究によって創りだされたとも言われる、由来不明の奇怪な捕食獣。


 複数の獣をかけあわせたような姿をしており、そのパターンは一定しないが……

 もっともメジャーなタイプは、獅子の頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つか、それぞれの頭を併せ持つ。

 人間を一口に噛み砕けるほどの巨体で、しかもその巨体でありながら翼があり空を飛ぶ。

 魔獣の中の魔獣。きわめて危険な存在だが……


「滅多には人里に姿を現さない魔獣、のはずだけれど……」

「だが、話を聞く限りじゃそれ以外に該当するのがねぇんだよ。

 餌が足りなくなったのか、それともどっかの古代遺跡あたりが崩落したのか。

 あるいは悪神の神官(ダークプリースト)が何ぞやったのかは知らねぇが……」


 メネルもそれについては、推測がつきかねているようだ。

 しかし、ずいぶん知識がある。


「あなたは?」

「俺はメネル、メネルドール。そのキマイラに滅ぼされた村の……まぁ、外れに住んでた狩人だ。

 見ての通りの雑種のはぐれモンでな、冒険者やらなにやら、やってきたわけだ。

 襲撃の際には、狩りに出てて村にはいなくてな……」


 メネルの声が陰鬱になる。

 確かに彼ほどの遣い手がいれば、キマイラを撃破できずとも、時間を稼ぐなりなんなりはできたのかもしれない。


「キマイラに殺された、村の長やってた婆さんが、良い人でな。

 俺みたいなゴロツキも、受け入れてくれたんだよ。

 ……ホントに、良い人だった」

「…………」


 懐かしむような声で呟いた、銀髪のハーフエルフの。


「俺は婆さんに恩義がある。

 だからキマイラからなんとか逃げ出して、森で凍えてた村の連中を食わせてやろうと思った。

 とはいえ、流石にキマイラ相手に勝てるわけもねぇ」


 その、美しい表情に。

 ゆっくりと、凄惨な笑みが浮かぶ。


「だから村の連中が死ぬ前にな?

 ……どこか村を襲って、殺し尽くして、そっくり成り代っちまおうと思ったんだ」


 ぞっとするほど、残酷な。

 刃のような笑みだった。


「金もねぇ、物もねぇ! 数十人連れて街にいったとこで身売りでもする他ねぇ!」


 興奮したような叫び。


「だからこのチンケな村を奪ってやろうと思ったんだよ!

 そうだよ、俺が首謀者で、俺が扇動したんだ! 見回りを射殺したのだって俺さ!」


 村人たちの、憎悪の視線が彼に集まる。

 でも、近くにいる僕には分かる。彼の目は冷静だ。

 冷静に――村人の怒りを、自分に集中させようとしている。


「……なぁ、頼むよ。あんた、敬虔で慈悲深い神官さまなんだろ?

 なんとか何人かだけでも、見逃してやっちゃくれねぇか? なぁ? 頼むよ……」


 一転して、僕に縋りつくように哀れっぽい懇願。

 こういう手管を身に付けるのに、目の前の彼は、本当に、どれだけ……


「見逃せるわけがなかろう。

 恨みに思って儂らを再襲撃せんという保証がどこにある。

 察するに森のどこかにまだ、戦闘に参加できん女子供の類を隠しておるな」


 トム村長が割って入り、ぴしゃりと言葉を叩きつけた。


「貴様らを殺したら、森を探し、そちらも売り飛ばしてくれるわ!!

 ジョンの家族の今後の生活のためにもな!!」


 その叫びに、村側からも同意の叫びが上がる。

 決まりだ。

 殺せ。

 殺せ。

 殺せ。


 男は殺せ!

 女子供は売り飛ばせ!!

 狂熱めいた叫びの渦。


「…………」


 猛獣や魔獣がいるからだ、と思っていた。

 でも、それだけではなかった。

 人間が、生きるために獣心を剥き出しにする、最果ての地。


 ……《獣の森(ビースト・ウッズ)》とは、よく言ったものだ。





「――……静まれッッッ!!!」




 だん、と全力で地面を踏みつけ(ストンピング)

 地響きに、人々が沈黙する。


「正式に判決が下る前に武器を手に武力に訴えようとした場合、首を刎ねると申し上げたのをお忘れですか?」


 面々を、ゆっくりと見回す。

 もう一刻の猶予もない。


「……事情は把握しました」


 このぶんだと早晩、再び私刑リンチに雪崩れ込むだろう。

 今だ。今、なんらかの判決を下すしかない。


「判決を提示したいと思います。

 ですが、その前に伺いたいことが一つ…………」


 ブラッド、マリー。

 どうか見守っていて下さい。


 灯火の神さま。

 どうか、僕にご加護を。




「――人間の値段の相場について、確認したいと思います」




 できるだけ厳粛な声で、僕はそう告げた。


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