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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第一章:死者の街の少年〉
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 不死神の《木霊》が消滅して。

 実は真の本体である三体目が居たとか、更なる敵がとか、そういう展開もひとわたり警戒して。

 その上で、やっと勝利を確信した時、こみ上げてきたのは歓喜というよりも、へたり込んでしまうほどの安堵感だった。


「……よ、よかった……」


 戦闘でずいぶん荒れた神殿の床に座り込んで、はぁぁ、と深く息をつく。

 強敵だった。それも掛け値なしの。


 神さまの《木霊》を撃破したわけだけれど、不思議と達成感があまり湧いてこなかった。

 どう考えても、勝因の多くが僕以外のところにあったからだろうか。


 ブラッドから貰った高位魔剣、《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》の存在とか。

 ガスが既に相手の隠し球であったはずの、《木霊》の片割れを倒してくれていたこととか。

 灯火の神さま、グレイスフィールが僕に守護神として加護をくれたこととか。

 そしてマリーの守護神である地母神マーテルが、土壇場で数秒だけ時間を稼いでくれたこととか。


 更に言えば、これまで3人が分け与えてくれた、剣や魔法、祈りの技術。

 そしてそういう戦闘能力よりももっと大切な、人間としての芯のようなもの。


 そういうものが積み重なって、なんとかギリギリ、撃退できたのだ。

 何かの拍子に僕が死んでいてもおかしくなかったし、どれかの要素が欠けていたら勝ち目なんて無かった。

 神さまの加護のおかげであり、そして何より3人のおかげだ。


 周囲に恵まれた。

 その幸運をかみしめていたら、ぎゅっと抱きしめられた。


「ウィル……ウィル、よく無事で……っ」


 焚いた香木の、優しい匂いが、ぎゅっと僕を包む。


「……ウィル、よくやったな」


 骨っぽい、柔らかさのない手が、乱暴に僕の髪をかきまわす。


「ふん。血のつながりはないとはいえ、仮にもマリーとブラッドの子。このくらいは成し遂げて当然じゃ」


 相変わらずの、素直じゃない憎まれ口。


「マリー、ブラッド、ガス……!」


 3人の声に、涙が滲んできた。

 心が震える。今更に、達成感を感じる。


 そうだ。

 僕は物語の英雄みたいに、神さまを倒したかったんじゃない。

 ただ、3人を、大切な家族を守りたかった。

 前世のように、うずくまったままでいたくなかった。

 ただ、それだけを願って、命をかけて戦って。


「うん、やった……やったよ……」


 守れた。

 ちゃんと、立ち上がって、戦えた。

 うずくまったままじゃ、なかった。

 3人とも、ここにいる。

 ……守れたのだ。


「よかった……よかった……」


 こみ上げてくる色々な思いに、胸が詰まる。

 ぽろぽろと涙がこぼれた。


「みんな無事で、よかった……」


 マリーを抱きしめ返す。

 ブラッドを、ガスを見た。


 笑っていた。

 みんな笑っていた。

 つられるように、僕も泣きながら笑った。


「よーし、んじゃ改めてウィルの成人祝いも兼ねて、祝勝会だな!」


 ブラッドが威勢よく拳を振り回した。


「そうですね、片付けとかは後日でいいでしょうし」

「うむ。ならばとっておきの、200年もののドワーフ火酒ドワーヴン・スピリッツをじゃな」

「火酒!? ガス爺さん、んなもん隠してたのかよ!」

「子供に飲ませるには勿体無い酒じゃろうが!」

「ドワーフ火酒? それって美味しいの?」

「うむ、実体がありゃワシが飲みたいくらいじゃ!」

「いいじゃねぇか、フリだけでもよ。めでてぇ席だ!」

「そうそう。ガスも一緒に飲もうよ!」

「ウィル。……飲み過ぎないようにするんですよ? 前みたいなことがあったらもう容赦しませんからね?」

「は、はいっ!」

「目ぇ見開いて真顔で見つめると、お前、超怖ぇのな……」

「ふふ、ブラッドの顔ほどじゃありませんよ」

「はは、違いないわい」

「それでガス爺さん、火酒ってのはどこに……」


 そんな風に、わいわい話しながら。

 移動しようとしたところで――




 マリーとブラッドが、膝から崩れ落ちた。





 ◆




 何が起こったのか一瞬わからなかった。


「マ、リー? ブラッド?」


 自分の発する言葉が、やけに場違いに思えた。


「あー……やっぱ、ダメか」

「ダメみたいですねぇ」


 2人は何度か立ち上がろうと試みて、足が動かないのか、諦めてその場に座り込んだ。


「仕方ありません。執着も消えて、不死神に魂を売るのも拒否して、善なる神を信仰しながら、なお不死者でいたいです、なんて通るわけがありません」

「ま、そりゃそうだよなぁ。……祝勝会が終わるくらいまでは、目こぼししてほしかったっつーのは本音だが」

「グレイスフィールはものすごく手心を加えて下さっていますよ。本来なら即座に消えていても不思議じゃあありません」


 何を言っているのか理解できない。

 理解したくない。


「あー、ウィル。……俺とマリーはここまでだ」

「じょ、冗談だよね」


 受け入れたくなくて、反射的にそんな言葉が口からこぼれた。


「ふ、二人して、悪戯してるんだよね」


 声が震える。


「せっかくのお祝いなのに、ひどいなぁ、もう……」

「ウィル。……あなたは賢いから、分かっているでしょう?」


 でも、やっぱり。

 頭のどこかでこうなることは理解していて。

 そう言われて、見つめられると、もうダメだった。


「…………そういうこと、いきなり言うなら。悪戯だって種明かしして、笑って欲しかったよ」


 拒絶の気持ちは、ゆっくりと萎んでいった。

 息をつく。

 あとに残ったのは、諦め混じりの、虚ろで、寂しい気持ち。

 寂寞、ってのはこういう時に使う表現なんだろうか。


「すまねぇな」

「ごめんなさいね……」


 マリーも、ブラッドも、似たような気持ちを抱えているのかもしれない。


「……どうにかならないの?」

「なりません。できたとしても、してはいけません」


 マリーが首を横に振った。


「お前も言ったろ? 『ちゃんと生きて、そして死ぬ』ってやつだ」


 途中でちょっと200年くらい迷ったが、まぁぎりぎりセーフだろ、とブラッドがおどけるように言った。


「それに、親は子供よりも先に死ぬものです。それが自然の、大地の摂理というものです」


 マリーが言った。

 地母神の神官らしい言葉だった。


「うん、そっか。そうだよね」


 それが本来の在りようだ。

 僕の守護神である灯火の神さまだって、同じことを言うだろう。

 でも、


「……一度だけ、言っちゃいけないことを言うね」


 でも、




「それでも僕は、マリーとブラッドが逝くところなんて、見たくない」





 ◆





 嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 見たくない。

 マリーとブラッドが逝くところなんて、見たくない。


 瀕死の親を前にした子供としても、輪廻と魂を司る神の神官としても、絶対に言ってはいけない言葉。

 不死神に対する、あの格好をつけた宣言さえ覆す言葉だ。

 でも、言わずにはいられない。

 

「いつかここに帰ってきた時、またマリーとブラッドに会いたい。

 ブラッドと試合をしてやっつけたりやっつけられたりして、馬鹿なことを言い合いたい。

 マリーと一緒に家事をして、上達しましたね、なんて言って欲しい。

 いつか僕の子供や孫とかを見て欲しいし、その子たちにも僕みたいに色々教えて欲しい」


 それが、夢だった。

 どこかで半ば叶わぬと分かっていた、甘い夢。


「それなのにもう、いま、消えちゃうなんて。

 ここでお別れだなんて、ひどいよ、嫌だよ、耐えられないよ!

 2人がいなくなったら、僕はこれからどうやって生きていけばいいのさ……!!」


 声が震える。

 あとからあとから涙が出てきた。


「いかないでよ……嫌だよ……ずるしてもいいから、残ってよ……」


 我ながら、情けない姿だった。

 泣いて、わめいて、駄々をこねて。

 まるで、子供だ。

 でも、それでも、伝えたかったのだ。


「……マリー」

「ええ」


 そんな僕を見て。

 マリーとブラッドは、視線を合わせて頷く。

 それから2人はそれぞれ拳を作ると、僕の頭をこつりと叩いた。

 痛くない。軽く小突くような、そんな拳。


「ダメだ、ワガママ言うな」

「ブラッドの言うとおりです。聞き分けなさい」


 優しい言葉で、叱られて。


「ぅ……」


 それでもう、こみ上げてくるものに、耐え切れなくなった。


「う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛……っ」


 涙が溢れる。

 くしゃりと顔が歪んで、視界は涙でぐちゃぐちゃで。

 何度も何度も、しゃくりあげる。


 こんなに泣くのはいつ以来だろう。

 こみ上げる感情は、もう言葉にならない。


「ハハハ、久々に父親らしいことやったな」

「ウィルは、ほんとうに手のかからない子でしたからね」


 2人が笑い合っている。


「……なぁ、ウィル。俺たちもお前のためなら何でもやってやりてぇよ。だけど、そりゃダメだ」


 ブラッドが僕に向けて、語りかけてくる。


「俺たちが逝ったら、どうやって生きてくんだ、だって?

 ……それでもなんだかんだ、生きてくんだよ。

 もう生きていけない! なんて思ってもな、人間、意外と飯食って寝てりゃ死なねぇし、別の大事なモンだって見つかるんだ」


 ブラッドがぐいと僕を引き寄せ、赤ん坊の頃以来はじめて、僕を抱きしめた。

 予想通り、暖かさのかけらもない、隙間風だらけの硬い骨の感触だった。

 わしゃわしゃと、子供の頃と変わらない調子で頭を撫でられる。

 全然心地よくないその感触に、また涙が溢れた。


「外に出たらな。いっぱいダチ作って、綺麗な姉ちゃんの2人や3人はひっかけて、楽しくやるんだぞ」

「ブラッド。不誠実なことを勧めちゃいけません。……ウィル、恋愛や結婚は誠実に、ですよ!」


 まったく、とお説教めいた調子でマリーが言って。

 それから……と、言葉を継いだ。


「ウィル。あなたは灯火の神に強き誓いを立て、神殺しを成し遂げました。

 それは英雄の所業です。あなたのこれからの運命は、波乱に満ちたものになるでしょう」


 居住まいを正したマリーの言葉は、まるで託宣を下す神官のような厳かさで。


「損をすることもあるでしょう。理不尽に責められることもあるでしょう。

 助けた人に裏切られ、行った善行は忘れ去られ、築いたものを失って、多くの敵ばかり残るかもしれません」


 でも、その厳かな雰囲気も、すぐにふわりと和らいだ。

 招き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられる。


「それでも、人を愛してください。

 善いことをしてください。

 損を恐れず、壊すより作り、罪には許しを、絶望には希望を、悲しみには喜びを与えてあげて下さい。

 そして、あらゆる暴威から弱い人たちを守ってあげて。

 ……私たちのために、不死なる神に挑んだように」


 たぶん、これが最後の抱擁だと分かっているのだろう。


「ウィル。ウィリアム。……私の子。ブラッドと私の、かわいい子。」


 僕を抱きしめるマリーの腕は、震えていた。

 僕の腕も、震えていた。


「人は、決意一つあれば、何だって始めることができるんです。そのことを忘れないで。

 ……勇気の精霊と善き神々の加護が、常にあなたとともに在りますように」


 ふと、涙のせいじゃなく、マリーの顔が二重にぼやけてみえた。

 霊体が分離しかかっているのだろう。


 豊かな金髪と、ちょっと垂れ目がちのエメラルドの瞳、ほっそりとした立ち姿。

 ……淑やかで優しそうな、おかあさんの姿があった。


「結果を信じて前に出ろ。

 お前は考えこむとこがあるけどな、悩み過ぎて足を止めるんじゃねぇぞ」


 ブラッドの姿も、二重にぼやけて見える。

 獅子のような赤毛、戦士らしい鋭い目つきに、隆々と鍛えあげられた肉体。

 ……野性的で快活な、おとうさんの姿だ。


 2人の姿と、貰った言葉を、胸に刻んだ。

 きっと、忘れない。

 それは神さまの灯火のように、きっと僕の生を照らしてくれるものだから。


 そして暫く、無言で居ると……ふと、ごほん、と咳払いの音がした。

 振り向くと、ガスが居た。

 どこから持ってきたのか、高そうな火酒の瓶と、グラスを4つ浮かせて持ってきていた。


 ぽつんと佇むその様子を見て。

 なんだかおかしくなって、皆でどっと笑った。


 それから4人で、火酒を飲んだ。

 4人で酌み交わした初めてのお酒は、喉を焼くほど強い酒精と、芳醇な香りが印象的で。




 ――――その晩、聖なる灯火に導かれて、僕の両親は輪廻に還った。



 



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[一言] 泣ける。
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