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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第一章:死者の街の少年〉
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 周囲を照らす槍を構え、土を蹴立てて丘を駆け下る。

 街とは反対側、鬱蒼とした森を背に墓石が立ち並ぶあたりに、青白い顔に淀んだ目の男が佇んでいる。


 昨日は全く動けなかった相手だ。

 圧力は変わらない。

 だけど今日は、不思議なほど身体が動く。

 マリーの叱咤が、激励が、熱量さえ伴って僕を突き動かしていた。



 ……圧倒的な力を持つ悪神の《木霊エコー》を相手に、敵対を宣言して真正面から挑む。

 一見愚かな行いだけれど、これは最適な戦術を考えた末の結論だ。


 そもそも相手は神の分体。存在の次元が違う相手だ。

 単純に鉄剣やら石ころやらを叩きつけてどうこうできる相手ではない。

 これを損傷させ、あるいは消滅させる手段は、今ある手だとおおよそ3つに限られている。

 他の神の力を借りるか、ガスのように高位の魔法をぶっぱなすか、高位の魔法の武具を叩き込むか、だ。


 このうち1つめの、善神の《木霊》の降臨などは最初から期待していない。

 善なる神がいるとして、それが都合よく自分の祈りに応えて現れてくれると考えるほど、僕は自分本位ではない。

 自分の制御下にないパワーを最初から当てにするなら、戦うよりも引きこもって祈っているべきだ。


 次に2つめの高位の魔法だけれど、これは難しい。

 僕もガスの弟子だ。頑張れば《存在抹消》級の魔法を撃てないこともないのだけれど、それは入念に時間をかけて準備すればそれなりの成功率で、くらいの話だ。

 あんな高速の多重魔法行使で《拘束》した後に、《拘束》ごと《存在抹消》で吹っ飛ばすとかいう荒業は、どう考えても昨日の今日で模倣はできない。

 模倣できない以上、一度やられて似たような手を警戒しているだろう相手に、より劣化した手で挑んでもしょうがない。


 そして3つ目の高位の魔法の武具、これが唯一、通じそうな可能性だ。

 ブラッドから貰った《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》は間違いなく、それに相応しい格の魔剣だという。

 こちらを叩きつけるというほうが、まだ魔法を警戒している相手の前でトロトロと大魔法を準備するより望みがある。


 そのうえで、リーチが短い魔剣を使うのだ。

 できれば騙すなりなんなりして油断させて、奇襲を狙いたくはあったけれど、これは無理だと判断せざるを得なかった。


 相手を傷つける手段が限られている以上、それができる品を抜剣できるよう装備しているということは、つまり敵対の宣言に等しい。

 想像して欲しい。降伏しますと言いながら、あきらかに後ろ手にナイフ持って近づいてくる相手を信頼できるだろうか。

 僕なら絶対に信頼しない。不死神だってそうだろう。


 魔剣をなんとか隠すという考えもあるけれど、神の化身の知覚力を相手に尋常の隠蔽でなんとかなるとは希望的観測に過ぎるだろう。

 そんな分の悪いバクチを試みるくらいなら、むしろ開き直って完全に戦支度を整えて正面戦闘を挑むべきだ。

 その上で、



「相手をしてもらおうっ! ……まさか神ともあろうものが、人間の小僧ごときを相手に逃げないだろうなッ!!」



 挑発気味に、相手の神としての、上位者としての誇りに訴えかける。

 この程度の安い挑発にのって、一騎討ちでもしてくれれば最高の展開だけれど、本命はもうちょっと低いラインだ。

 だけど……



【ハハハ。小僧なりに、なかなかよく考えてきている】



 黒い靄を周囲にまとった端正な《不死神の木霊》は、興がるように迫る僕に拍手を送った。



【――――自分に対して意識を絞らせ、私の行動を縛りたい、といったところだな?】



 見抜かれている。

 とにかく相手をするにしろしないにしろ、「僕をどうするか」という点に意識を絞らせたかった。

 なにせ後ろには弱ったブラッドとマリーがいるのだ。

 ただでさえ勝ち目なんて無いに等しい相手だというのに、僕を無視して、ブラッドとマリーを回収することに徹されてしまったらどうしようもない。


【良いだろう、乗ってやろう。だが神に挑むというのだ……】


 丘の麓に佇む不死神の黒い靄が蠢き、地を這う。

 黒い油のようにそれが地面に染み入ってゆく。


 ……何をする気か分からないけれど、先手を打たなければまずい!


「《加速アクケレレティオ》!」


 咄嗟に《ことば》を唱えて更に加速。

 元からの身体増強に加えて、圧倒的な加速感。

 もはや一蹴りで何メートル跳んでいるのかも分からない。


 弾丸のように不死神のもとに到達し、《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》を抜き打ちに叩きつけようとし、


「――ッ!」


 横手から繰り出された打撃に、ふっ飛ばされた。

 無理に勢いに逆らわずに跳躍し、辺りを転がって跳ね起きる。


【その資格を、まずは示してもらおうか?】


 辺りの墓石が倒れる。

 土が盛り上がり、何かが起き上がる。


「これ、は……」


 それは戦士だった。

 錆びた装備を身にまとい。

 あちこちが欠けた、骸骨の戦士たち。


 それは魔法使いだった。

 朽ちた杖を手に。

 虚ろな眼窩でゆらりと佇む、骸骨の魔法使いたち。


 墓土をこぼしながら、次々に周囲に起き上がる骸骨の群れ。


【われは不死神、不死神スタグネイト】


 思い出すことが、一つある。

 3人はここに《上王》を倒しにやってきた。

 沢山の仲間と一緒に。


 仲間を犠牲にして。不本意にも不死神との契約に手を染めて、《上王》を封印した。

 封印の守護者となり、犠牲になった仲間の死体を埋葬した。

 どこに?



 ……決まってる、ここ(・・)だ!



【不死なる英雄たちを率いるものよ】



 中身の魂まではそのものではないかもしれないけれど……

 3人の仲間なのだ。

 全て英雄と呼ぶに相応しい人物の死骸。


【くく……ハハハ! さあ、若き戦士よ。存分に、その力を示すが良い!】


 不死神が笑っていた。

 両手を広げ、招くように。

 来れるものなら、私の元まで来てみろと。

 その周囲を、不死者となった英雄たちの亡骸が取り巻いている。



 ――その数、およそ百。



 弄ばれている。

 勝ち目はない。

 そんな言葉が脳裏に浮かびかけ――


「はっ!」


 それがどうした。

 引きつりかけた口の端を、強引につり上げる。


 獰猛な笑みを浮かべる。

 きっと生前のブラッドがしていたように。


 短槍を構えて、周囲に目を配り、最適の戦術を思考する。

 きっと、ガスならそうしただろう。


 諦めない。揺るがない。最後まで可能性を信じる。

 マリーから教わったように。



「片っ端から――相手してやるっ!」




 ◆




 ……状況は極めて悪かった。



 戦士のアンデッドの懐に飛び込むと、横殴りに盾の縁を叩きつけ、脆くなっていた肋骨と背骨を力任せに砕く。

 大きめの墓石を背に《ことば》を叫び、脂や蜘蛛糸を展開し、迫る新たなグループ一つを阻止。

 その間に棒術めいて短槍を振り降ろし、薙ぎ払い、接近してきた幾体かの骨を叩き砕く。

 と、墓石を飛び越え身軽な軽戦士風のアンデッドが跳躍してきた。

 身につけた鎖帷子は極めて綺麗な銀色……話に聞く《真なる銀(ミスリル)》か何かだ、たぶんあれは切れない。


「せ、ッ!」


 なので腓骨ひこつ脛骨けいこつ、下腿を構成する主要な2本の骨の隙間に短槍の穂先をひっかけ空中で姿勢を崩してやる。

 それに姿勢を崩して落下、衝突したところで、流れるように踵を打ち下ろして、頭骨を踏み砕く。

 踏み砕いた瞬間には、既に短槍は石突きを背後に繰り出し牽制に。

 横合いから放たれた魔法の弾丸を、


「《加速アクケレレティオ》!」


 魔法で加速をかけつつ跳躍し、回避。

 大きめの墓石を飛び越え、空中で棒高飛び競技めいて身を捻り、


「《落ちる(カデーレ)》《蜘蛛網(アラーネウム)》っ!」


 背後から迫っていた数体を蜘蛛糸に巻き取りつつ、追い込まれないように立ち位置を更新する。


【ほう。曲がりなりにも百の英雄を相手に、これか】


 不死神が何故か感心したように呟いているが、そうおかしなことをしているつもりはない。

 習った基本通りに戦っているだけだ。


 もし出現した百の不死者が全てブラッドやガスなみの、知性を持った最高位アンデッドなら終わりだった。

 が、幸い神とはいえ、流石にそこまでのアンデッドを即時量産はできないようだ。


 戦士のアンデッドは確かにもと英雄らしく恐ろしく鋭い太刀筋だけれど、部位や装備が欠けているものが多いし、ブラッドに比べれば二段ほど遅い。

 状況を制御して一対一に持ち込めば、手間取っても三手で壊せる範囲だ。


 魔法使いのアンデッドのほうは、もうほとんど論外だ。運用する中身の知性がお粗末すぎる。

 無駄に時間のかかる大魔法を詠唱したり、射撃魔法の照準が甘かったりで、身体増強をフルにかけて高速で動き回っている現状、まぐれ当たりだけが怖い。


 なら、ガスの教え通りに非殺傷系の拘束、阻害の魔法と補助をメインに、順序よく敵集団を行動制限クラウド・コントロールしてやればいい。

 あとは一対一に持ち込めば、ブラッド仕込みの戦技で潰せる。



 ……だけれど、状況は極めて悪い。



 問題は百体倒せるか、じゃない。

 百体倒した後に(・・)、不死神と戦えるか、なのだ。


 こんな百人組手もどきをやっていたら、いくらなんでもスタミナがもたない。

 息が切れれば魔法の口頭詠唱は失敗率が上がるし、技も鈍る。

 《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》で生命力を吸収できれば、疲れもなく戦い続けられるかもしれないが、あいにく相手は生命のない不死者ばかりだ。


 どうする、と、また一体を叩き壊しながら考えた時だ。


【……待て】


 不死神の一言に、アンデッドたちが、動きを止めていた。


【3人のついでと思っていたが……予想以上だ。お前、名前はなんという?】


 不死神は笑みを浮かべていた。

 いかにも、楽しくて楽しくて仕方がない、といった様子だ。


「…………ウィル」


 慎重に返答する。

 まずい。油断してくれていた方が良かったのに、どうやら評価を上方修正されたようだ。

 更に容赦なく潰される可能性を考慮した時、



【そうか、ウィルよ。……改めて、我がもとに来ないか?】



 そんな言葉が、耳を打った。


【私はお前が気に入った。

 その絶類の戦闘能力も、たった一人で私に挑む精神性も、全てが好ましい。

 我が不死なる軍勢の、将のひとりとして迎えよう】


「何を……」


【まぁ、待て。お前は恐らく、何か誤解をしているのだ。

 あの3人も、お前も含め、私は己に全てを捧げるものを無碍に扱うつもりはないぞ?】


 ……それは、少しばかり意外な言葉でもあった。

 ブラッドやマリーの覚悟のほどからみても、不死の悪神に魂を囚われるという言葉にも、陰惨なイメージがつきまとっていた。


【私とともに来ることを選ぶなら、その身から厭わしき死を取り払おう。

 亡霊たちの船に乗り、海の果て、我が国に至れば、そこには老いも病もない楽土がある】


 意外な展開に驚く僕をそのままに、不死神は朗々と語る。


【時には私の号令一下、善なる神々の陣営の軍勢や、英雄たちと刃を交えることもあろう。

 お前は手ごわき強敵を相手取り、いにしえの英雄や聖者、賢者たちと肩を並べ、戦場を駆ける】


 おのが理想を語る不死神の口調には、淀みがない。

 おそらく、本当にそうなのだろうと思わせるだけの力がある。


【戦が終われば宴を開こう。大いに騒ぎ、楽しみ、傷を癒やし、そして次なる戦いに備えるのだ。

 不死者とて、魂強き最高位のものとなれば、喜楽の感情を持つことはお前とて知っていよう?】


 それは、知っている。

 3人と暮らして、知っている。


【ウィル。お前は、オーガスタスや、ブラッド、マリーらと、仲睦まじく暮らすことができる。

 別れる必要などない。悲しむ必要もない。

 そして我が陣営が、この次元の全てを制覇すれば、それは永遠となる――――】


 それが我が目的なのだ、と不死神は言った。


【この世界には、悲劇が多すぎる。

 死は美しいものではなく、多くが想像を絶する苦痛と恐怖を伴うものだ。

 あるいは誰かを愛せば、必ず愛した者の苦しみと、死による別れがそれに報いる。

 力持つ英雄や高潔な聖者は、その力ゆえ、高潔ゆえに、疎まれ、殺される】



 ――不死神スタグネイトは、かつて善なる陣営にありながら、生死の悲劇を見ることに耐えかね道を違えた神。


 ――あらゆる優秀な魂を不死化させ、永遠に停滞した悲劇なき世界を生むことを望んでいます……



 マリーの言葉を思い出す。

 彼女はたしかに、そう言っていた。


【理不尽ではないか。この世界は、悲劇が多すぎる。

 ……私はそれを、覆したいのだ。

 死によって脅かされることのない、永遠に優しい世界を作りたいのだよ】


 不死神の言葉には、慈しみさえ伴っていた。

 たぶん、その言葉に嘘はない。


「…………」


 本当に、そんな世界が実現できるのだとしたら。

 実現、できるのだとしたら……


【さあ、ウィルよ。あの3人のように、私と契約を結ぼう】


 不死神が、どこからか杯と短剣を取り出した。

 くすんだ銀杯と、どうということはない簡素な短剣。

 だが、それらには強い神威が篭っている。


 杯を構え、その上で、不死神が手首を浅く切った。

 ぼたぼたと、不死神の黒い血が、杯に溜まってゆく。



【……我が血を飲むが良い。そうすればお前は、死と決別することができる】



 不死神が、僕に向けて、杯を差し出した。

 あの血を飲めば、不死者になれる、というのだろう。


 僕は短槍を地面に置くと、ふらりと、杯に向けて踏み出し――





 ◆





 踏み出し、抜き打ちざまにその手首を叩き斬った。



【――~~~ッ!?】



 《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》の黒の刃から紅色の棘の蔓のようなものが走り、不死神の傷口に絡みつく。

 剣を握った右手から力が溢れてくる。疲労は抜け、細かな傷が癒え、たちどころに活力が湧き出す。


 ……切れば生命力が回復するとはこういうことか、と思考するうちにも、訓練された肉体は刃を翻した。

 一瞬の動揺に付け込んで狙うのは、首ではなく、的の大きい胴への薙ぎだ。


【ぐぉ、お……ッ!】 


 入った。

 直撃だ。

 確かに手応えがあった。

 真紅の茨が不死神の胴にも絡む。


「せ、ぁッ!!」


 いける。

 そう確信し、トドメに脇から首へと払い上げようとした瞬間、


「……っ!?」


 軸足が恐ろしい力で、何かに引きずられて僕は転倒した。

 衝撃。

 不死神が逃れる気配。


 視線を向ける。脚に、血まみれの蛇が絡みついていた。

 蛇は――不死神の手首とともに転がる杯から、這い出していた。


 油断した。

 手勢をこんなところに仕込んでいたとは!


【ぐ、ぅ……賢者といい、お前といい、本当に……油断のならぬ奴らよ……】


 不死神の声が聞こえる。

 ぎりぎりと、蛇はその細身から想像できないほどの恐ろしいほどの力で、僕の足を締めあげていた。

 縦に裂けた、無感情な瞳孔が僕を眺める。

 蛇の牙からは――滴る、不死神の血。


 しゅう、と蛇が鳴いた。

 不死神が呻きながら応じる。


【構わぬ……やれッ!】


 その一言とともに、蛇が僕の首に向けて飛びかかる。

 咄嗟に受けた腕に蛇が絡みつき、その防具の隙間に――痛みが走った。



 ……相手を不死者と化す、神血を帯びた牙を、打ち込まれていた。


 腕から異様な悪寒が全身に伝わってくる。

 視界がぼやける。

 意識が混濁する。

 平衡感覚がおかしい、地面がねじれて揺れている。


「ぁ……」


 ふわふわした視界の中。

 不死者たちが、僕に武器をつきつけるのがぼやけて見える。


 だ、めだ。

 僕は、守らないと、いけない、の、に…………




 ――――視界は徐々に暗さを増し、僕の意識は暗転した。


 


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