「足作戦」分析・その1:金額チェックに残された「何者か」の足跡
20XX年 東京市ヶ谷の会議室:
「ううむ…」
集まった一同は取られたデータを見て嘆息した。
「『門』は物を通過させる際に、コンビニ本店のマスタデータを覗きに来ていた。
瞬時の閲覧で、かつ電子的な足跡を一切残さない。
このハッキングは、アクセスがあった瞬間モニタオンにする罠でも、
人間の目には一瞬しか映らず、ノイズが走ったようにしか見えない事で誤魔化されていた。
しかし、外部に仕掛けた監視カメラのスロー再生で証拠が残った。
その証拠を時系列で並べると、確かに『門』通過時間と一致する」
ひと月前、「足計画」発動に際し統括部長は「金額」というものの話をし始めた。
「金額って主観的なものですよね。
例えば、これ私の私物なんですけど、テレフォンカードがあります。
普通に考えれば105度数なので1000円です。
しかしこれ、実は私が若かりし頃に売れてた某アイドルのサイン入りなんです。
さて、いくらになるでしょう?」
「(苦笑)いくらかは知らないが、プレミアついて価値が上がるだろうね」
「では、それはどうやって調べます?
おそらく検索して調べるでしょう。
ではその検索エンジンはどこから調べているか。
そうやって突き詰めていけば、金額は主観的なものでありながら、
デジタルデータという照合がしやすいものでもある。
どこかが決めた価格テーブルを覗けば良いわけです」
「ふむ。分かって来た。つまり、君の会社の規則を知っているということは、
確実に君の会社の何かを覗きに来ている、それをキャッチしようということなんだな」
「そういう事です。
ただし、そう簡単でも無いので協力を依頼したいのです」
「何かね?」
「データベースが覗かれた、規則情報を覗かれた、それならその痕跡を探せば良い。
しかし、アクセスログ、サーバログ、ネットワークの通信全て当たりましたが、
例の『何者か』の足跡が残っていないんです。
だから専門家を使って、その『彼』の足跡を見つけたいんです」
「では警視庁のサイバー犯罪室で使ってる者ですが、心当たりがあります。
…ちょっと癖の強い男ですが、彼を推薦します」
「経歴書を後でくれないか?」
「それが…、自分の個人情報を出すのを極端に嫌うのです。
『セキュリティはローテクな部分から突破される』なんて言ってまして」
「名前も知らない者じゃ使えないぞ」
「保証人として、警視庁のプロファイラーを出します。
この2人で組んで、相手の行動から残される足跡を探し出しています。
正体は分からずとも、もう1人の方に責任を負わせます」
しばし雑然とした時、統括部長は言った。
「私としましては、足跡さえ掴めたら相手が悪魔だろうがアイドルだろうが、かまいません」
「後半は本音だろ」
「分かった、君にも責任を負ってもらうよ」
「分かりました。では、大至急手配をお願いします」
「あと、この足跡を見つける作戦ですが、一計あります」
「聞かせて貰おう」
「来月クリスマスがあります。
クリスマスは1日違えば、値段が大きく変わる商品を扱っています。
その値上げ、値引きに関して、一応消費動向を見て決めているのですが、
ここに罠を張ろうと思います」
「続け給え」
「『彼』は原価ではなく、企業が決めた価格を見ている。
思えばコンビニエンスストアの前に『門』を開けるって、計算づくでした。
そこの本部のデータベースをハッキングすれば金額は分かるのですから。
あの店のもっと山の方に行った、寺社の門前の土産物屋さんなんかの前だと、
かえって苦労したでしょうね。親会社もなければ、たまに金額が10年前ので止まってる。
話を戻します。コンビニゆえの賞味期限による値引き、季節商売、イベントにも対応できる。
それ故に、クリスマスとなるとどのデータを見に来るか、予想がつきます。
そこで、他店への迷惑はかけないように、特例を用意します。
つまり26日になったら捨て値で売る、そういう規則を作り、読ませるのです」
「その作られた規則を踏んだ時に、ベッタリと足跡が残るという訳か」
「そうです。で、その足跡を取る為に、クリスマス後に安くなるチキンレッグを使いましょう」
「鶏の足で、『何者か』の足跡を取る、か。中々ウィットが効いているではないか(笑)」
「この作戦は『足作戦』と名付けませんか」
「異議なし」
こうして「足作戦」が策定された。
翌日:
「東京西部山村地区の統括部長さん、いる?」
〇〇ホールディングスの本店に、ネクタイをしていないラフな格好で男が訪ねて来た。
受付嬢は内心を隠して笑顔で
「お取次ぎの前に要件を伺います。アポイントの方はありますでしょうか?」
と尋ねた。
「アポ? あるよ。あ、名刺出すの忘れてたね。はい」
だが、出された名刺を見て、受付嬢は慌てて連絡を入れた。
「経済産業省情報セキュリティ政策室顧問 賀名生 丹益 ~Tamiyasu Anoh~」
統括部長は応接室に通し、人払いを命じた。
「賀名生 丹益さん、別読みして『あのうにます』さん、匿名さん…。
昨日会議で個人情報隠す人だって聞いてなかったら、分かりませんでしたよ」
「部長さん、アウト! 簡単に会議がどうこう言うの、個人レベルのセキュリティ甘過ぎ。
情報はローテクな部分から漏れる事多いのよ」
「肝に命じますが、そういうやり取りより、いきなり今日来た理由を伺いたい。
まさか今日急に来るなんて」
「行動は読ませたくないんでね。
ま、本題に入る。
特別規則とやらは今日中に作ってアップして。
会長さん、アレの同志なんでしょ? 何なら話通して」
「え? 今日中?」
「ネット検索って、集めた情報をインデックス化しといて、そこから検索ってパターンもあるのよ。
もしもそれがそういう仕組みだったら、直前にアップしても読みに来ないかもしれないよ」
「あ! ボットとかそういう奴ですか。確かにもう一月も無いし、
更新タイミングが一月単位なら危ないですね」
「だからすぐに作業入って。
あと僕は、表向きプライバシーマークの審査って事にしとくから、
サーバセンターの関係者に会わせてね」
統括部長はその日、終電間際まで作業し、「何これ?」と事情を知らないサーバ関係者に、
会長の許可ありとか強引に言いくるめて、例の金額設定や寄附規則を投入したという…。
匿名氏はさらに色々な要求を出した。
その日、サーバセンターは警察関係者が入れるようにする事。
通常24時間照明がついているサーバルームを消灯する事。
監視カメラはデジタルカメラの他、フィルムカメラも用意した。
「これなら電子的ないたずらで消すことは出来ない」
電圧の変化、電磁波の測定、様々に準備をしていた。
全ての準備を終えたのは、クリスマス直前であった。
統括部長のアリバイ工作は他にもしていた。
実際に某児童施設に対し、クリスマスケーキの寄附を行い、その帳簿は5円でつけさせた。
他のコンビニも巻き込んだ訳だが、「社会貢献活動」の一言でその店は従った。
凄く喜んでくれたと報告が入った。
悩みの種は「来年からどうしよう…」という事だが、
今回はそれに見合った成果が得られた。
再び時間は12月26日:
「チキン10個セットを渡す時、ホールケーキを渡す時、ショートケーキ詰め合わせを渡す時、
それぞれの時刻が秒までの情報で現場から報告されてますが…
これは凄い、本当にその時間ピッタリだ…」
「0円でも良かったのでは?」
「以前0円設定したものは弾かれたが、今回のやり方なら」
「試す価値はあると思うけど、多分ダメだと思うから5円にしたんだよねー」
会議への参加資格を得た匿名氏が言う。
「と言うと?」
「価格がついていないと判断したら、別のデータ見に行くっしょ。
0円って怪し過ぎるから。
コンピュータのプログラムでも0って割り算出来ないからチェック対象になるよ」
「0除算? では『門』はプログラムか何かで動いているという事か?」
「正確なとこは分かんないですけど、プログラムって程大したものではないでしょう。
貴方たちも散々言ってるように、設定ですよ。
設定をして置くだけで動く、便利なデバイスだろうね」
「それは後で聞こう。
次の問題だが、武器はどうだ?
武器と判定しているデータベースがあるのではないか?」
「ビンゴ! でも、多分そこはいじれない」
「どこだと君は思っているのか?」
「推測だけど”ジェーン年鑑”だろうね。あそこが一番充実している」
「む…確かに。そこは今回みたいな工作が出来ないな」
「”ジェーン年鑑”もこの時代のデータじゃないでしょ。
未来なら1942年の武器も20XX年の兵器も、その他の時代も全部調べられる。
それについては”価格”と違って現在に調べに来る必要が無い。
そして、そうであれば我々では手が出せない…」
「では”ジェーン年鑑”で兵器と定義されていない物ならいけるのでは?」
「そこは金額設定に引っ掛かるね。
でも、どこのデータベースか何となくは予想つく」
「防衛省の調達のデータか…」
「メーカーの情報が直接見られているかもしれない」
「そこも今回みたいな罠張って、当たりなら何とかなる。
何とかなるけど、それでいいの?
貴方たち、本気で大戦中の日本軍に武装面でも協力するで、一致してんの?」
ざわつき始める。
毎回その議論は、出ては途中で「まずは…」という議題で誤魔化される。
「まずは」の対象こそ「足作戦」だったので、もう先送りは出来ない筈だが…。
「それはさて置き…」
(匿名氏「さて置くのかい?」)
「『門』のメカニズムについてはどうなっている?
科学的アプローチは?」
ここはやはり進展無しだった。
「では、『彼』の心理や行動から見たアプローチは?」
警視庁のプロファイラー前田警部と匿名氏が答える。
(続く)
感想ありがとうございます。
今日は種明かし部です。
勿体つけず、今日中に3話出して一気に説明します。
2部目は2時間後の投下です。