ついに!現代文明がガダルカナルに持ち込まれた
ふるさとの 訛なつかし
停車場の 人ごみの中に
訛を聴きにゆく
石川啄木
「野村さん、どうしたの? いきなり詩なんて詠み出して」
「いえ、東北の人は昔、故郷の訛りを聞きに停車場、即ち駅に何となく来たって詩がありまして。
その駅ってのが、この上野駅なんですけど」
「あーーーー、そういう事ね。
島村曹長、訛り懐かしとかそんなどころでなく、唖然としてるっすね」
駅から降りたら、あちこちで曹長固まってた。
東京駅でもそうだが、人が多過ぎる上に外国人が普通にあちこちにいる。
東京駅も多かったが、観光地のひとつ上野駅から上野公園、アメ横にかけてはさらに多い。
故郷の訛りどころか、日本語以外の言葉も飛び交っている。
戦時中の軍人には頭がついていかない模様。
上野恩賜公園に行き、西郷隆盛像を見て和み、国立博物館を見て
「出征前に見た。違うとこもあるが、まさにここは国立博物館だ」
と涙ぐんでいた。
そして上野大仏を見て
「全く変わってない! 再建しなかったのか?」
と半逆ギレして来た。
そして俺たちは秋葉原に着いた。
別にメイド喫茶とかメイド耳掃除とかメイド居酒屋とかメイド撮影会とかに行きたいんじゃない。
(野村「本当ですか?」)
俺が曹長に見せたかったのは、電気街のあれやこれやだ。
「あれ?なんかあまり驚いてませんね?
驚かすのが目的じゃないですが、
上野や東京駅や仙台ではあんなに固まってたのに」
野村さんが曹長の様子を見て不思議がった。
「いや、十分驚いてる…。
しかし、俺は出征前にここに来た事無いからなあ。
感慨が湧かんのだ」
知ってる風景が変わってるのと、見知らぬ世界を知るのとでは、前者の方が衝撃なようだった。
(曹長「ところで、道端で何か配っている少女たちは何だ?」)
(野村「気にしませんように」)
「これが写真機?」
曹長はまた固まっていた。
「偵察時に役に立つんじゃないんですか」
『え? そういう目的で来たの? いいのかな?』
「だが、この後ろに映る光が眩し過ぎる。
これでは逆に発見されてしまう」
「設定で消せばいいだけ…」
「それにしても、こんなに小さいとは。まるでミノックスだな」
おお、スパイ映画に昔出てた小型カメラか!
「ここにあるのは、ライカやコンタックスではないのだな」
「島村さん、現在世界のカメラのシェア、えーと占有比率は日本が約9割ですよ」
「独逸はどうなった?」
「デジタルカメラの時代に乗り遅れました。
ライカはあそこで売ってますが、あれ中身はパナ…えーと…」
「ナショナル、松下電工です。ライカの皮をかぶっただけの日本製です」
(俺「レンズは相変わらずドイツは侮れないぞ)
「ではナショナルが世界一のカメラ企業なのか?」」
「パナ…松下は6位か7位ですね。世界1位はキヤノンですね」
「そこは知ってる」
おお!キヤノンって戦前からあったのね。
「ライカのカメラを似せて作ったとこだ。『観音』というカメラを売り出した。
しかし、ライカが落ちぶれ、その似せ物作ったキヤノンが勝つとはなあ」
(いや、ライカも落ちぶれてはいませんぜ)
「2位がニコン、そうちょ…島村さんの時代の日本光学です。ニッコールです」
「待て! 日本光学がまだ残っているのに、なんでキヤノンが1位なんだ?
『観音』の時にレンズを作れず、ニッコールレンズを使わせて貰った弱小だぞ!
それに日本光学は海軍にも納入している企業だ。
あと陸軍のトーコーはどうなった?」
『トーコー?』
「東京光学ことトプコンは、今はカメラ事業から撤退しています。
知っていそうな企業、他は八洲光学のオリンパスが5位くらいですかね。
あと富士フイルムも世界4位と健在です。
理研感光紙株式会社ことリコー(ペンタックス)もそれくらいの順位でしたかね」
オリンパスに富士フィルムにリコーも戦前からあったんだ。
「世界1位と2位と4位と5位は聞いたが、3位は?」
「SONYです」
「米国の会社か?」
「日本の会社です」
「昭和十七年にあった会社か?」
「いえ、戦争が終わった後に出来た企業です」
色々見てまわり、曹長の依頼で某社の望遠性能の良いカメラと
暗いとこでも写りの良いカメラを購入した。
無論「仏舎利」として運べるサイズのものを…。
「これは? なんだ? 何なんだ?」
理解が及んでないのがドローンだった。
色々説明を聞いている内に、ようやく理解が進み
「これは偵察に適任ではないか」
と言って来た。
「そうですね。使えたら、です」
「操縦が難しいのか?」
「それもありますが、他にも理由はあります。
この中には人工衛星、……ってそもそもそういう概念すらまだでしたか?」
「ジュール・ヴェルヌの小説で読んだことがある」
「じゃあ、それで話を進めると、その人工衛星から地球に送られる電波で位置測定したり、
無線電話の周波数帯を利用して映像を送ったりしています。
ですが、1942年にはそのインフラ…えーと動く基盤すら出来ていませんからね」
「では全く使えないのか? 電波が届く範囲ではダメなのか?」
「そういう機械でないと使えません。
そして、充電が必要ですが、今のガ島にはその設備がありませんよね」
「うーむ…」
それでも曹長は欲しがった。
そして、一番安いやつを買った。
目で追える範囲しか操縦出来ず、電波が届く範囲でしか画像送信出来ないが、
小型で操縦しやすのが良い。
25万円貰ったけど、結構使ってしまって無くなって来ているぞ…。
(野村「私も旅費としていくらか持って来ているので安心して下さい」)
次に時計売り場に来た。
ここでのオススメは
「これが10mの高さから落としても、10mの深さに沈めても壊れない脅威の時計です」
「まさか(笑)」
この「まさか」に反応した店員が、しきりにプレゼンに来た(笑)。
アメリカ軍も使用しているとか聞いて、複雑な表情をしていた。
「これはデジタルよりアナログの方がいいっすね」
「ソーラー発電、えっと太陽電池式なら半永久的に動きますね」
これも多数お買い上げ。
上官たちへの土産にするそうだ。
「ところで…」
「はい」
「きさ…君たちがしきりに口にするデジタルって何だ?」
俺も野村さんも、分かってはいるんだけど、うまく説明出来なかった…。
要は「0か1か」なんだけどさ。
それでどうして画像になるかとか、それを電波で飛ばす事の利とか、詳しい説明は面倒だ!!
…というわけで市ヶ谷に戻って来た。
広瀬三佐が待っていた。
ここからは俺は島村さんを「曹長」、島村さんは俺を「貴様」と呼んで良いことにした。
「まあ一杯買い込んだものだ」
三佐は呆れていた。
「持ち込めないかもしれないぞ」
「その時は曹長の私物として、防衛省で預かってて下さい。
次に来た時に使えるでしょう」
「次、ねえ…。戦場に次は無いかもしれないんですよ」
買った物を箱から出して、必要な物は充電した。
「で、曹長。これで満足かね?」
「はっ。変わらぬ物、日本である物、変わってもなお日本である物を見られました。
これでもう明日戦死しても悔いはありません」
「やはり覚えていないか…。
君は以前も同じ発言をしたんですよ。
やはり東京のあちこちを案内し、
『日本がここまでの繁栄を遂げたとは、感無量です。これで明日戦死しても後悔しません』
そう言っていたんだがね」
曹長はため息をついた。
「そうですか。そんな事を…。
やはり覚えていないって事ですね。
残念です。折角素晴らしい経験をしたのに」
俺は口を挟んだ。
「だからカメラ買ったんじゃないですか。
今を撮影しておきましょうよ。
動画も録画しておきましょうよ。
忘れても、記録を見れば『自分はこんな事を経験したのか』ってなりますよ」
三佐がそれに反論する。
「いや、忘れてしまう方が楽な場合もある。あえて記録に残さなくても良い場合も」
それでも今回の土産を出来るだけ持って行きたいという事で、
防衛省で何とか「仏舎利」として詰めて貰った。
そして「買った物一式、使い方、渡す人一覧」をメモにし、それを油紙で包んだ。
深夜、公用車で俺たちは「門」まで送って貰った。
三佐も同行した。
三佐は
「曹長、君は軍規違反を犯したから、営倉入りになるだろう。
減免嘆願書は書いたが、受け入れられるかどうかは分からない。
だが、君の書いた書付が向こうに届いたなら、
土産も損なわれていなければ、営倉に入る前に渡すべき人に渡し給え。
脱走した以上、もう君はこちらへの連絡役にはされないだろう。
もう多分、君に詳しい指示をする事は出来ない。
後は渡された者が有効利用する事を期待しよう。
では、さらばだ」
「門」が開いたと同時に、向こうから来た兵2人に両脇を抱えられ、曹長は去っていった。
「門」を潜った後、曹長はやはり多くを忘れた。
「仙台に墓参りに行った。日本はやはり凄く進んでいた。あと故郷で大地震が起こる」
という程度の記憶で、連行された小隊で士官からビンタをされた。
まだ「逃げたかった」「故郷が懐かしかった」とはっきりした記憶の方が酌量の余地がある。
曹長の「未来を見たかった」は果たされたが、それゆえに「何で脱走したんだ?」が抜け落ちた。
だが、仏の中から仏舎利を取り出し、
「これは何だ?」
と聞かれ、それに触れた途端
「思い出した…」
「そうか、俺はこれを貰ったのだ。これは役に立つものだ…」
次第に蘇っていく「未来」の記憶。
やがて嫌なモノまで思い出した。
「昭和二十年八月十五日…」
曹長はそれを口に出さず、思い出したことを口にした。
「これは戦車に踏まれても水に沈めても壊れない腕時計です。
営倉に入れられる自分の代わりに、各小隊長殿や中隊長殿に渡して下さい」
「これは遠くまでしっかり写る望遠カメラです。
月の表面ですら撮影できる代物です。
偵察部隊に持たせて下さい。説明書はそこにあります」
「これは無人小型偵察機です。あまり何度も飛ばせませんが、何かの時は役立てて下さい」
曹長の持ち帰った土産物が戦争に大いに役立つ、
それどころか偵察任務においては革命的な精度を出す事が分かり、
処罰は緩められたが、それでも規律遵守の為数日間の営倉入りが命じられた。
営倉の中で、件の腕時計をはめた左手を見ながら島村は思った。
「『忘れてしまう方が楽な場合もある』か…。
その通りですな少佐。
俺は覚えている事の全てを口にする事が出来ない…。
いっそ忘れていた方が良かった…」
(続く)
感想ありがとうございます。
今回持ち込めた諸々ですが、物に関しては後始末はちゃんと考えてます。
あと、口や尻使った輸送は、効率の面でしてません。
麻薬とか銃弾1発とかならともかく、詰められるだけ詰めて、持ち帰ったらすぐに取り出しピストン輸送してるので、吐き出す、ひり出す手間も惜しんで色々運んでます。
あと、元ネタ的に銀英伝のアンスバッハがブラウンシュヴァイク公の遺体利用したのもありますもので。
更なる抜け穴見つかるまでは、こんな感じです。