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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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影法師

 結局、マリエラが相場の6割貰うことで話がついた。


 1割分は秘密保持の徹底と万一情報が漏れた際のフォローに上乗せした。

 6割も貰えるなんてかなり良心的な契約だとマリエラはホクホクだ。


 因みに納品は3日後で、上級と中級ポーションを10本ずつ、解毒ポーションは上級、中級を5本ずつ、魔物避けと低級ポーション、低級解毒ポーションは各20本買い取ってくれることになった。

 契約書は明日用意します、とマルロー副隊長はにこにこしている。


(なんか、噛み合ってない気がするんだけど……、ま、いっか)


 この人の含みのない笑顔は初めて見るかもしれない。

 魔の森を抜けてきて疲れているんだから、契約書は遅くなってもいいのでゆっくり休んで欲しい。

 先に貰う品物については、街の商店を見てからと答えておいた。


 ちなみに、低級ポーションと魔物避けのポーションは、先ほど売った大銀貨1枚程度が相場らしい。ディック隊長に「銀5から交渉で大銀1が相場」だと言ったら、銀5の後いきなり相場の大銀1に上げるものだから、と苦笑していた。

 奴隷商のレイモンドさんとの交渉のときも思ったけれど、ディック隊長は交渉ごとに向いていないと思う。そう言うと、


「何事も経験ですからね。それに、大切な交渉はこうして私がしていますし。」


と返された。どちらが隊長かわからないな、とマリエラは思った。



 良い話ができたとはいえ、思わぬ時間を食ってしまった。日が暮れる前に日用品やジークの服を買いに行きたい。


 食堂兼酒場に降りると黒鉄輸送隊のメンバーが食事をしていた。まだ日が高いのにお酒も飲んでいる。

 ディック隊長は、両側に胸の大きなお姉さんを2人もはべらせてご機嫌だ。他の隊員にも1人ずつ横に座って酌をしている。

 お姉さん達は皆、露出の多い結構セクシーな格好で、目のやり場に困る。


「マリエラちゃん、遅かったね。今食事を持ってくるわね」


 アンバーさんだ。接客用に着替えてきたのか、赤い髪に赤いドレスがよく似合う。

 というか、おっぱい溢れ落ちそうだ。


(肩紐が限界に挑んでませんか?肩紐、頑張れ!)


「おう、アンバー、早くこっちへこいよ。なぁ。」


 ディック隊長は駄目な大人の代表みたいになっている。


 この宿屋はどうやら人間の三大欲求全てを満たせる所らしい。

 え?三大欲求って何って?

 そりゃ、食欲、睡眠欲、海水浴ダヨー!


(マルロー副隊長が商談してる間に、この人ときたら……)


 アンバーさんにうまくあしらわれているディック隊長をみて、マルロー副隊長にちょっぴり同情した。


 先に買い物をすると言って宿を出ようとすると、

「案内してやるよ!」

とリンクスがついてきてくれた。風呂に入ったのかサッパリとして、軽装に着替えている。

 自分とジークの服が欲しいというと、裏道を抜けて北西区画近くの通りに連れて行ってくれた。


「北東区画の大通りは迷宮で稼げる冒険者向けだから、ちょっと高いんだ。

 日用品とか普段着なんかはこの通りが手頃で質もいいぜ」


 『ヤグーの跳ね橋亭』も上の下くらいの宿で、宿代や夕食代などは国の補助金で手頃だが、お酒やおつまみはお高いらしい。お酌をしてくれるお姉さんの飲食費も加算されるシステムで、仲良くなればさらに『サービス』してくれるとか。もちろん有料でだが。

 迷宮都市は人口も少なく、訪れる冒険者の数も少ない。人口を増やすための政策として、生活に必要な最低限の物は物価を抑えるよう、また冒険者を誘致するような政策が取られているらしい。店側も懐が暖かいお客になるべく多くのお金を落としてもらえるよう、色々とオプションを考えているそうだ。


「ディック隊長がアンバー姉さんに入れ込んでてさ」


 身請けしようと頑張っているらしい。アンバーさんにうまくあしらわれていたけれど、可能性はあるんだろうか。


 案内してくれた店に売っていた服は、シンプルなデザインばかりで種類も少なく選びがいがなかった。

 針子の数も足りていないのだろう。皆、個人で手を入れて着ているらしい。店の奥には種類は少ないが、布地や刺繍糸、針や鋏と言った裁縫道具も置いてある。刺繍でも入れればかわいらしくなるだろう。今日はあまり時間がないから、今度ゆっくり見に来ようと思った。


 とりあえず、今日の着替えが必要だ。下着とインナーシャツを3着と、チュニックにズボンを選ぶ。

 ジークの分はサイズが分からなかったので、リンクスに見立ててもらい、大き目のシャツとズボンに下着を3着。ボサボサの髪を切るための鋏を購入した。

 デザインの割に値段は高めで銀貨12枚もした。


 次は雑貨屋。

 手拭いを1束、石鹸2個に歯ブラシ2本、ブラシと、これらを入れる背負い袋だけで大体銀貨2枚。


 生活に必要なものばかりだからか、都市が孤立した状態なのに、防衛都市と変わらない物価だと思った。

 まだ所持金に余裕はあるけれど、必要なものはたくさんある。住むところだって確保したい。

 明日は、注文されたポーションに必要な薬草を買わないといけない。生活雑貨の物価は変わりなかったが、薬草の相場はどうなっているだろう。


(頑張って稼ごう。ジークにお腹いっぱいご飯を食べさせてあげたいし。)


 成り行きで手に入れた奴隷だったが、マリエラは思いのほかジークのことを気に入っているらしい。たくさん食べてゆっくり眠って、はやく元気になって欲しいと思う。借金奴隷の時に主人の息子に怪我をさせて犯罪奴隷落ちしたと、レイモンドは言っていたけれど、手を顔に近づけただけで怯えるほど、日常的に暴力を受けていたのだ。極悪人とは思えない。何よりも。


(あの、ひとつしかない蒼い瞳はきれいだわ。)



 店をでると、外はもう、夕暮れ時が迫っていた。

 街は随分と様変わりしていたけれど、夕陽に染まった山並みは200年前と変わらない。


 スタンピードだって生き延びたのだ。静かに暮らしていくくらい、きっと出来るはずだ。


「腹減った~」


 夕餉の支度だろう、漂ってくる美味しそうな匂いに、リンクスがお腹をさすっている。


「さっきまで、食べてたじゃない」


「肉は別腹って言うだろー。成長期なめんなー。」


「なにそれ、あはは」


 夕陽に影が長くなる。


「ははっ、脚なっげー。俺、ディック隊長みたく、でかくなるんだ。」


 リンクスの影が足を広げて大またで歩く。


「私も、まだ背伸びるかな?」


「マリエラは、背より胸のほうが心配じゃね?」


「なにそれ、酷い。あとでアンバーさんに方法教えてもらうもん。」


2人の影法師が仲良く並びながら帰路を急いだ。




 『ヤグーの跳ね橋亭』に戻ると、ディック隊長が酔いつぶれていた。


 テーブルの上に置かれたクッションを抱えるように突っ伏して、寝言を言っている。「アンバーぁ」などと呟きながら、クッションを掴む手を、モニュモニュと動かしている。手付きがなんだかいやらしい。


 やっぱり、駄目な大人だ。


 黒鉄輸送隊の面々は慣れているのか、ディック隊長をほったらかして、めいめいお姉さん達と会話や食事を楽しんでいる。

 他にも冒険者らしき団体や、数人の騎士が食事を始めていて、アンバーさんは忙しそうに接客してまわっている。アンバーさんは売れっ子らしい。


 マリエラとリンクスがカウンターに座ると、もと冒険者といった風体の店主らしき男が注文を聞いてきた。今日のおすすめメニューはオーク肉のカツレツか、ヤグーの乳のシチューだそうだ。


「俺、両方。マリエラは?」


 成長期の胃袋には、空間魔法でもかかっているのか。

 どちらを選ぼうか悩まなくて済むのは、羨ましくもある。


 ヤグーの乳のシチューと、ジークに何か消化に良いものを持って上がりたいと頼む。


 料理が出てくるまでの間に、リンクスが黒鉄輸送隊のメンバーを紹介してくれた。

 黒鉄輸送隊は、ディック隊長とマルロー副隊長が始めた輸送隊で、斥候担当のリンクスと調教師のユーリケ、装甲馬車のメンテナンスが得意なドニーノ、回復魔法が使えるフランツ、双剣使いのエドガンに、タンクのグランドルの8人と、8頭のラプトルで構成されている。


 ドニーノ、フランツ、エドガン、グランドルと自己紹介をかわす。4人とも30代前後の個性的な男達だ。

 マリエラの知る冒険者には、荒くれ者よろしく、食事を食い散らかしては、大声で話し、女性店員をいやらしく撫で回した挙句、店から蹴り出される様な者もいたが、彼らにそんな下品さはなく、節度のある楽しみ方ができる、大人な人達だった。


「アンバーぁ……」


 ひとり駄目な大人がいた。出会ってすぐの威厳ある姿はどこへいった。そういえば、こういう時に頼りになりそうなマルロー副隊長が見当たらない。あとユーリケも。


「ユーリケは魔の森でほとんど寝てねぇから、もう寝てるよ。副隊長は、家に帰った。」


 なんと、マルロー副隊長は妻子持ちで迷宮都市に家があるらしい。


 そうこうしている間に、料理が運ばれてきた。

 ヤグーの乳のシチューには、鶏肉と野菜がたっぷり入っていて、とても美味しかった。鶏肉も野菜もよく煮込まれていて、口の中でホクホクととろける。ヤグーの乳は少し獣くさいのだが、複数のハーブを上手にブレンドしていて獣くささがなく、具材の旨みが凝縮されて、深みのあるスープになっている。

 付け合せのパンは、もっちりとした白パンで、サラダにはとろりと濃厚なドレッシングと、芋の細切りを油でカリッと揚げたものがかけてある。


「美味しい……」


 目が覚めてから、いろんなことがあって気が付かなったけれど、すごく空腹だったようだ。

 あっという間に、食べ終わってしまった。


「なぁ、明日どうすんの?」


 随分とがっついて食べたのに、リンクスの方が先に食べ終わっていた。2人前あったのに。

 薬草を買いに行きたいと言うと、休みだから案内すると言ってくれた。


 魔の森を走り続けて、リンクス達も疲れているだろう。マリエラも、200年ぶりのベッドだ。明日くらい寝過ごしたっていいだろう。昼前に出かける約束をした。


 タイミングを見計らったかのように、店主がトレイを持って来てくれた。ヤグーの乳のリゾットだそうだ。チーズがとろりと溶けている。シチューがあんなに美味しかったのだ。リゾットも美味しいに違いない。


「うわ、うまそう……」


「リンクス、お前さっきあんだけ食ったろう……」


 店主にまで呆れられていた。

 店の女達もクスクスと笑っている。マリエラも一緒になって笑った。リンクスのおかげで、今日はたくさん笑った。明日もきっと楽しいだろう。


「じゃあ、また明日な!」


 照れくさそうに頭をかいて、リンクスは黒鉄輸送隊のテーブルに向かって行った。

 視線がお姉さんの胸元でも、お酒のグラスでもなく、ツマミに向いているのは、気のせいではないだろう。


「おやすみなさい」


 挨拶をすると、皆がおやすみと返してくれた。

 なんだか暖かい気持ちになる。


 ほかほかと湯気をあげるトレイを持って、マリエラは部屋に向かった。



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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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