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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第三章 芽吹き育つもの
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匂い立つ貴人

「何とか提案を呑んで貰えたようだ」


 『木漏れ日』を後にしたウェイスハルトは珍しく達成感のようなものを感じていた。

 迷宮都市唯一の地脈契約者(コントラクタ)の錬金術師に失礼が無い様、ウェイスハルト自ら足を運んだのだ。勿論マリエラという少女の人となりをこの目で確かめたかったということもある。

 再びまみえたマリエラは、やはり普通の少女に見えた。


「どうみる?」

 ウェイスハルトの問に側近は、「私には平凡な少女に見えましたが……」と困惑気味に答えた。

「だろうな。だが、彼女は店を訪れた私を見て、面白いものを見るかのように笑ったのだぞ」


 ウェイスハルトは確かに見たのだ。店内の椅子に腰掛ける自分を見たマリエラの表情を。ウェイスハルトは自分が他者からどのように見えるのかを熟知している。交渉を行う上でそれは重要な武器となりうる。人数を抑え身なりをやつしていたとはいえ、唯の庶民が、前触れも無く訪問された直後に、ウェイスハルト達のような身分とそれに見合った雰囲気を持つ者達を、まるで愉快な見物のように笑うなどありえるものではない。

 ウェイスハルトは交渉の一部始終を思い出していた。



************************************************************



(やはり、見た目通りとは行かぬのか)


 うっすらと笑うマリエラを見たウェイスハルトは表情には決して出さず、相手の出方を窺っていた。彼が座ったその席は、ほんの数時間前までドワーフのゴードンが座っていた席だとも知らずに。


キャロラインが来なくなり、何処と無く元気の無いマリエラを元気付けようとしたのだろう。

「この席はワシのじゃー。ワシは明日も来るからのー。臭いつけちゃおうかのー」

 などとチラッチラッとマリエラを見ながら椅子に付けた尻を左右にふりふり動かし、マリエラに「やーめーてー! よごれるー! くさくなるー!」と腐ったアプリオレの実を投げつけられていた。


 そのゴードン臭がたっぷりマーキングされた席に、キラキラしいウェイスハルトが王子様スマイルで座ったのだ。

(ゴードン臭が! ゴードン臭が! ウェイスハルト様に移る~!)

 しかも尻の臭いだ。マリエラの緊張が一気にほぐれたのもいたし方ないことだったろう。


 それでもウェイスハルトの側近が話した、キャロラインがもう『木漏れ日』に来ない可能性はマリエラの気持ちを沈ませた。


(いかん、腹を探るような下らぬマネに機嫌を損ねたか)

 これは不味いとウェイスハルトは交渉を自ら引継ぎ、矢継ぎ早に用件を伝えた。

 ウェイスハルトが言葉をつむぐたび、マリエラのかしげた首はどんどん角度を深めて肩の方へと倒れていく。


 かつて、暴君と名高い第9代皇帝は、臣下の弁明に対し首をかしげるような態度を示したと言う。臣下の弁明が納得できるものならば頭はもとの位置に戻ったが、納得がいかない場合にはかしげた首を切るようなしぐさを示し、臣下の首は胴と別れを告げたのだと。第9代皇帝の目には理性の光は宿っておらず、まるで混沌を見つめるようであったと。

 まさにこのような瞳ではなかったのか。まるで何も分かっていないかのようなうつろなまなざしに、ウェイスハルトはかつて習った史実を思い出していた。矢継ぎ早に提案を述べる自分はまるで道化のようではあったが、この交渉を失敗するわけには行かない。

 この錬金術師(マリエラ)にどれ程の武力があるかは分からない。しかし彼女の武力の如何に関わらず、迷宮討伐軍は愚かな者達から彼女を護らなければならない。この錬金術師(マリエラ)の武力が低ければ愚か者の手に落ちる可能性があるし、逆に高い武を誇るのならば彼女の怒りはこの迷宮都市さえ脅かすであろうから。


 ニーレンバーグを駐在させると言うのは、苦肉の策ではあったけれども、同時に最良の一手とも言えた。街での暮らしを望むマリエラと、彼女を街にとどめておきたいウェイスハルトの思惑は一致しているのだ。ニーレンバーグを『木漏れ日』に置くことで、マリエラが迷宮討伐軍に連なる者であると知らしめることが出来るし、より近くに入り込むことで表からも裏からも守ることが容易になる。


 ニーレンバーグの診察を受けるため、という名目で兵士を派遣する理由とも出来るし、同時に黒の新薬の副作用が残る兵士の判定と治療も可能になるやも知れない。何より迷宮討伐のためには、マリエラと友好的な関係を築く必要があった。


 実力面でニーレンバーグを上回る適任者はいない。ただ、性格面で若干不安があるのだが……。

 肩につきそうなほど傾げられたマリエラの首が元の位置に戻った。


「えぇと、今まで通りキャル様と『木漏れ日(ここ)』で働けるということでしょうか……」

「その通りです」


 ウェイスハルトは即答した。マリエラは一見すると話が分かっていないような表情だが、だまされはすまい。あれほどのポーションを作りうる錬金術師だ。諜報員が集めた情報によると、あのエルメラ薬草部門長の質問にライブラリを見る様子も見せず即答したと言うではないか。それほどの英知を持つものが先の話を理解できぬなどありはすまい。


つまりは「今まで通り暮らせるよう、邪魔者を排せ」ということだ。

 “帝都の”地脈契約者(コントラクタ)とわざわざ念押しした甲斐があったということか。互いの利益は一致したようだ。早速大工を手配して『木漏れ日』の一角を改装し診療所を開設させよう。ポーションの製造、搬出の機密性を今まで以上に高められるよう、高位の魔術錠をつけた内扉も必要かもしれぬ。




 ニーレンバーグの出張診療所の開設から数日後、「シェリーがマリエラの口に飴玉を放り込んでいる」という報告を受けたウェイスハルトは、膝から崩れ落ちそうになったが、マリエラがキャロラインやシェリーと共ににこにこと楽しそうにしているという追加報告で何とか足の力を取り戻した。

 その後、『木漏れ日』には薬味草店のメルルから茶葉のついでに様々な菓子が『試供品』として届くようになるのだが、その理由をマリエラは知らない。



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