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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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隷属契約

(犯罪奴隷、終身奴隷……でも、人間だよね?)


 防衛都市でも、『盗賊を退治した』といった話はよく聞かれる話だった。退治した、とは殺害したという意味だというのは理解している。自分の命を、財産を武力で持って脅かす輩に武力で持って防衛することは、むしろ推奨されていた。見逃せば、被害者が増えるだけだからだ。

 頭では分かっているのに、家畜のように扱われる人々に、マリエラはどうしても違和感を感じてしまう。


(危険が身近じゃなかっただけだ。)


 盗賊に狙われる人は、狙うだけの資産があり、盗賊の縄張りを通行する者たちだ。

 虚栄心が強く身の丈に合わない名誉や富を求める者が犯罪に染まりやすく、そういったものの周りには犯罪が起こりやすい。


 マリエラは食べていくのに精一杯で財産などなかったし、危険な場所へは近づかなかった。虚栄心などなく魔の森で静かに暮らすことを望んでいた。貧しく平穏で安全な生活が、マリエラの日常だった。だから、目の前で検品される奴隷を見て、当然の扱いなのだと頭で分かっていても理解できない。

 この『理解できない』状況が、危険であるとマリエラは感じた。


(ポーション……)


 迷宮都市の露店商で売られる品々は、防衛都市と比べて高いようではあったが、200倍も値が釣り上がっていなかった。なにより、ポーション自体まったく見かけず、代わりに『薬』が売られていた。ポーションが貴重であることは間違いがない。そんなものを、マリエラは安易に使用し、また販売してしまったのだ。


(情報が欲しい。裏切らない味方が必要だわ。)


 街の様子から予想は付いているのだ。ただ、確証がない。マリエラはここにきて漸く、強い焦りを感じた。



 そうしている間にも、商品(ドレイ)の検品が終わったようだ。


 検品台帳を受け取った商会の代表らしき男、彼がレイモンドだろう、と、ディック隊長が商談を始めたようだ。

 何やら折り合いが付かなかったようで、男性奴隷の最後尾へ移動する。


「大銀貨2は無いだろう、10は貰わないと採算がとれん。」


 生活魔法の≪聞耳≫をコッソリ唱えて会話を拾う。

 街中で噂話を聞いたり、森の中で獣のたてる音などを拾ってくれる風属性のこの魔法は、有効範囲が狭いうえに壁などの遮蔽物があると遮られてしまう、所詮は生活魔法といった効果しか無いものだけれど、ディック隊長とレイモンドの会話を上手く拾ってくれた。


「そうは申されましてもねぇ、右手も左足も動かないようで御座いますから、買い手が付きませんのでねぇ」


 先ほどの、髪を掴まれ小突き回されていた男の事で揉めているらしい。


「迷宮の肉壁や、鉱山ででも、使えばよかろう」


「この足では、冒険者様について行くことも出来ませんし、この手ではツルハシもふるえませんよ。」


「片目はあれだが、なかなか整った顔立ちをしておる。こういった者を好むものもおるだろう?」


「男娼でございますか?確かに畸形の躰を好む好事家もおられますが、20歳をとうに超えておりますからねぇ。トウが立ちすぎでございますよ」


 肉壁、鉱山、欠損の男娼…およそ考えうる最悪の選択さえ無理だと言われ、男はガクガクと震えている。

 他の誰よりも痩せこけた身体は、濡れたまま倒れたせいで土にまみれているし、薄暗い灰色の髪はべたりと顔に張り付いて、みすぼらしく、哀れだ。


「こちらは其方の紹介状を持参して、買い付けて来たのだ」


「確かに注文通り五体は揃っておりますが、動かないでは商品として欠陥でございましょう?

 申し上げにくいのですが、動かないことを隠して上手く売りつけられたのではございませんか?」


「……かと言って、大銀2はあるまい。せめて5……」


「こちらも、わざわざ運んでいただいておりますから、本来でしたら買い取り致しかねるところを、頑張らせていただいているのです。買い手が付かず損となるやもしれない商品でございますから。」


(ディック隊長、交渉弱い!)


 コワモテのディック隊長が、威圧的かつかなり非道な交渉をしているのに、ドレイ商のレイモンドはまるで取り合っていない。

 マルロー副隊長は、慣れているのか、あーあといった表情している。


(っていうか、これってチャンスじゃない?)


 どんな奴隷も主人の命に従う。隷属魔法で縛るからだ。

 隷属魔法の強さは強制力の強さで、借金額や罪の重さで変わると聞く。


(あの人は、犯罪奴隷か永久奴隷。

 死ぬまで味方でいてくれる。死ぬまで……。)


 普段であれば、味方を金で贖うなんて、なんて下衆な考えだと思っただろう。犯罪奴隷や終身奴隷に落ちるような人間を、まともでないと敬遠したかもしれない。弱りはて、絶望的な状況にいる男をかわいそうだと思ったが、この感情を憐れむと同時に優越感を感じ、無力な男をすくい上げる万能感に酔っているのだと、自嘲したに違いない。人1人養うどころか、自らの進退すら危ういくせにと。


 しかし、マリエラにとってスタンピードの、迫り来る死の恐怖は昨日の事のように思い出されたし、目覚めてからの噛み合わないやり取りや、街の変貌は冷静な思考を奪っていた。何よりポーション価格の高騰がマリエラに強い焦りを感じさせていた。


「私が大銀貨5枚で買います!」


 気がついたら叫んでいた。ディック隊長もマルロー副隊長も、レイモンドや店員達、列をなす奴隷達まで驚いてこちらを見ている。視線が集まり、顔がカァと熱くなる。


 しまった、どうしよう、そんな感情がぐるぐる回るけれど、ディック隊長の向こう側で、灰色の髪の男がこちらを見ているのに気付いた。顔の右半分は髪に隠れて見えなかったが、左目は深い蒼色をしていた。


「奴隷が必要だったんです。手持ちが少なくて、でも大銀貨5枚ならあります!」


 なんか、もう、勢いしかなかった。交渉のこの字も無い。


「ぷ」


 沈黙を破ったのは、マルロー副隊長だった。


(あれ?なんか笑われた!?なんで?)


「では、彼はマリエラさんに大銀貨2枚でお売りしましょう。」


「え……?」


 ディック隊長が驚いて声を上げる。

 ディック隊長も、奴隷商のレイモンドも、口をぽかんと開けて、いきなり交渉に乱入してきたマリエルとその交渉に応じたマルロー副隊長を驚いた表情で見ている。固まったままの2人を尻目に、マルロー副隊長は、


「先ほど、損になるやもしれないと仰っていましたね。それをこちらのお嬢さんが引き受けてくださるのです。どうでしょう、契約費用はサービスということでは。」


 などと、いけしゃあしゃあと持ちかけた。見知らぬ小娘にタダで仕事をしてやれと言われて、再起動しかけたレイモンドに、マルロー副隊長はすっと近づくと、


「彼女とはおそらく、長い付き合いになると思いますよ。」


と囁いた。それを聞いたレイモンドは、暫く瞑目した後に、営業スマイルをたたえると、


「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。

 お嬢様のご提案、私どもにとりましても、有難いかぎりでございますので、契約につきましては、マルロー副隊長様の仰せのまま、サービスさせていただきます。」


と答えた。


「え?大銀2……?」


置いてけぼりで固まったままのディック隊長から、マルロー副隊長が見積もりと思しき書類を取り上げ一瞥すると、


「あとは……、えぇ、この額で結構です。これでよろしいですね?隊長?」


と、さっさと商談をまとめてしまった。


 漸く再起動したディック隊長は、帳簿係が準備した書類にサインし、支払い方法についての話し合いを始めた。話に乱入した挙句、勝手に商談をまとめたマルロー副隊長に怒る様子もない。


 マリエラが大銀貨2枚をマルロー副隊長に払い終えると、「契約の準備が整いましたよ」と声をかけられた。

 いつの間にか机と、何本か火かき棒のような物が入った火鉢が用意されており、取引が終わった奴隷達が火鉢が見える位置に整列されていた。


 レイモンドが、帳簿をめくり、内容を読み上げる。


「さて、その男、名はジークムントですか。借金奴隷時代に主人の子息に怪我を負わせ、犯罪奴隷に堕ちたとありますね。」


 火鉢の前に引き立てられた灰色の髪の男、ジークムントはビクリと身体を揺らし、


「ち……ちが……」


と初めて言葉を漏らした。


「皆さんそう仰いますよ。特にこれを見るとね」


 火鉢の前に控えた店員らしき男が、一本の火箸を持ち上げる。

 それは、火箸ではなく細かい模様が彫り込まれた焼印で、大きさはマリエラの手のひらほどもあった。


 ヒュッ


 息を飲むジークムントに、いや他の奴隷達にも見せつけるように、焼印をゆっくりと動かす。


「従順な奴隷ならば、これ程大きな印は必要ないのですがねぇ……

 借金を返さず!借金奴隷の身にありながら!仕えるべき主人の!命に代えても護るべき大切なご子息に!怪我を負わせるなど!」


 レイモンドは一言毎に語気を強め、ジークムントは唇を噛み締める。


「そのような心根の者が、心優しいお嬢様に満足にお仕えできる筈がないのですよ。

 契約の力でもって強く矯正して、漸く、お側に侍ることができるのです。これでも小さいくらいだと、私は思うのですがねぇ?」


(洗脳教育中に悪いんだけど……)


 奴隷商人の後ろから、マリエラはトトトと火鉢に近づき、


「これがいいです。」


と、一番小さい焼印を指定した。サイズは親指と人差し指で円を作ったくらい。丁度大銀貨位の大きさだ。

くるりと振り向いたレイモンドの顔が笑っていなくて怖い。


(タダでやってやるんだから、これ位協力しろって顔ねー)


「目も、手も足も不自由なんだもの。これ位でいいと思うの。」


 マリエラは、精一杯笑ってみせる。

 ジークムントは既に弱っているのだ。死に体といった状態で、あんな大きい焼印を押されたら、それだけでショック死してしまうかもしれない。そもそも、現状を教えてくれて、後はマリエラの秘密さえ守ってくれればいいわけで、あんな大きな、強い契約で縛らなければいけないほど、ジークムントが嫌がる命令をするつもりはない。

 ジークムントはレイモンドでも焼印でもなく、マリエラを見つめている。あの深い蒼い目は嫌いじゃない。ジークムントがどんな人かは分からないけれど、あんな大きな焼印は絶対に押させないぞと、マリエラはレイモンドを見つめる。


「おぉ、なんと慈悲深い!」


 レイモンドは、ジークムント、いや奴隷達に向き直り、押し問答は無意味とばかりに続ける。


「慈悲深い主人に常に感謝を!命令に従える喜びを!

 貴様らなど、血肉の一滴まで捧げ尽くしても、この恩に報いるには足りないと知れ!」


 レイモンドは声を張り上げて詠唱を開始する。


 《その身は土より価値はなく!》


 マリエラの示した焼印に土属性の魔力が宿って鈍く光る。


 《血潮は主人のために流れり!》


 机上に置かれた杯に水属性が集まり、杯から水が溢れて机からも滴り落ちる。


 《献身の思いは主人の為に吹き荒れ》


 火鉢の周りに風属性魔力が集まり、螺旋状に渦を巻き、


 《命は主人が為に燃ゆると知れ!》


 火鉢に火属性の魔力が加わり、ゴゥと一気に火柱が上がった。


 いずれも、精霊の力を借りるような強い魔力ではないけれど、詠唱を演劇のような言い回しに組み込み、視覚的な効果を合わせることで、実に荘厳な雰囲気を醸し出している。心理的にも訴えて術で縛りやすい形に思考を誘導することで、術式の効果を高めているのだ。


 レイモンドの手練手管はかなりのもので、人心と術式の理解も確かなやり手のようだ。

 レイモンドは見る間に赤熱した焼印を掴むと、ジークムントの前に立つ。

 まるで宗教儀式の一幕のようだ。


 商館の下男らが、ジークムントの両腕を掴み、膝をつく形で座らせる。

 ジークムントは抵抗せず、焼印を見上げている。


 《汝、ジークムントよ!魂から服従せよ!》


 あばらの浮いた胸に、焼印が押し付けられる。

 ジュウ、と音がして、肉を焼く嫌な臭いが漂う。


 ジークムントは歯を食いしばり、呻き声も漏らさない。


 側に控える店員に促され、机上の杯にマリエラの血を垂らす。

 杯には先ほどの詠唱で湧き出た水のようなものが入っており、スッと血が混じり合う。


 レイモンドが杯を受け取ると、ジークムントを押さえていた下男の1人が口を開けさせた。


 《汝の主をその身にきざめ!》


 杯の中身を口の中に注ぎ込む。顎を掴み一滴も零すことも許さず飲み込ませる。


 4属性の魔力がジークムントの体内で合わさり、術式が結ばれる。

 押された焼印の魔法陣が薄っすらと光り、隷属魔法がジークムントの全身に刻み込まれた。


 《契約はここに成されり!》


 詠唱が終了し、隷属契約が完了する。術の影響か、ジークムントの蒼い目が茫然とした様子でマリエラを見つめていた。


「そんじゃ、宿に行こうぜ」


 契約を行っている間に、リンクスとユーリケがラプトルを連れて待っていた。

 6頭のラプトルたちは既に鉄馬車に繋がれており、ユーリケは2頭の手綱をディック隊長と、マルロー副隊長に渡した後、先頭の装甲馬車の馭者台に乗り込む。


「そいつは、荷台に積んどくから。さ、乗った乗った。」


 他の隊員がジークムントを先頭の荷台に乗せて、扉を閉めた。

 マリエラは、商談に割り込んだ謝罪と隷属契約のお礼をレイモンドに言って、ジークムントの乗っている装甲馬車のタラップに乗り込む。


「いえいえ、実に良いタイミングでした。

着くなり契約儀式を見学できた他の奴隷達も、良い主人に仕えたいと頑張ってくれるでしょう。

 またのお越しをお待ちしております。」


 と、レイモンドは機嫌よく見送ってくれた。


 黒鉄輸送隊は3日間、昼夜を徹して魔の森を走り抜ける。その間、小さな換気窓しかない暗い荷台にぎゅうぎゅう詰めに押し込まれ、十分な食事を与えられることも、横になることもできない。途中何度も魔物に襲われる。荷台の暗がりの中、絶えず聞こえる魔物の遠吠え。魔物の攻撃に馬車は揺れ、牙や爪を受けた装甲はギャリギャリと音を立てたろう。

 死の恐怖と激しく揺れる荷台の中で、彼らは精神も体力も限界まで消耗していたことだろう。商館にたどり着き恐怖から解放された安堵感と、睡眠も栄養も足りていない、極限状態であの儀式めいた契約を見れば、主への恭順は深く意識に刷り込まれたことだろう。


 犯罪奴隷や終身奴隷の価値は低い。生命の保障さえない劣悪な環境に居続けることが確定した身の上だ。皆人生に悲観しきっており、気力や意欲といったものがない。命令に最低限従うだけで、主の利益となるよう動くことなどない。買い手からすれば、遣いつぶす以外に使い道がない者たちといえる。

 この儀式を目にし、多少なりとも主に従順になってくれたなら、良い商品としてレイモンドに利益をもたらしてくれるだろう。


(マルロー様は食えないお方だ。あの娘と長い付き合いになるというのは、良く分かりませんが・・・)


 今回の商品の様子を後で報告するように部下たちに指示すると、レイモンドは店に向かって歩き出した。



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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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