クラーケンの解体ショー
「それにしても、よくこんな大穴開いてたな。」
リンクスが感心したような、呆れたような口調で言う。マリエラ達の家の地下3室目には、大工のゴードンが埋めた壁が再び取り壊され、地下大水道につながる道が開いていた。
ポーションの出所がマリエラだと悟られぬよう、考え出された取引方法だった。
ポーションを作るには薬草がいる。薬草園で取れるものは種類が限られていて、様々な大量のポーションを作るには、どうしても材料を大量にしかも珍しいものを含めて購入せざるを得ない。薬師が購入してもおかしくない物に関しては複数の業者から少しずつ購入し、薬屋の営業時間中に運び込んでもらう。配達に来た人たちは大抵お茶を楽しんで帰るから、はたから見るとなにをしに来たのか分かりづらい。
珍しい薬草や原料は黒鉄輸送隊が買い集めて、拠点の倉庫に集める。次回の荷物を集めておくための倉庫だから、珍しくて高価な材料が集まっていても不思議ではない。集められた材料は夜間に地下大水道を経由してマリエラの地下室へ運び込まれ、代わりにポーションが持ち出される。
必要なポーションや材料については、地下室で落ち合ったときに直接話すか、リンクスが買ってきた昼食の紙袋にメモを忍ばせる。メモはスライム槽に捨てるとスライムに分解されるから証拠は残らない。ポーションの準備ができて取引を行う合図が、マリエラがリンクスに渡した『石鹸』。石鹸の包みを模しているが、中身は中級ランクの魔物除けポーションだ。
地下大水道には大量のスライムが湧いている。スライムは脆弱な魔物だが、臭いを感知しないので魔除けの香や低級の魔物除けポーションは効き目がない。スライムが多少湧いている程度であれば踏み潰しながら進めばよいが、地下大水道のスライムは異常に繁殖していて溶解液の中を進むような状態になってしまう。スライムどころかオークやリザードマンさえ近寄らせない中級ランクの魔物除けポーションがなければ、地下大水道を進むことはできないだろう。
中級ランクの魔物除けポーションの材料は、ブロモミンテラ、デイジス、聖樹の葉。全てマリエラの薬草園で手に入る。
マリエラの店は、開店中は常に誰かしら客がいるし、閉店してからもジークと二人で街を出歩くだけ。迷宮都市の門が閉まる夜更けには二人とも家から外に出ない。ポーションを何処かの保管庫から持ってきていると考える者は勿論、マリエラの家の荷物の出入りを注意する者がいたとしても、不自然な物の出入りが無いためマリエラ達を怪しいと思う可能性は低い。
「こちらが、ご依頼のボーンナイトの骨です。これで骨折を治す特化型の上級ポーションが作れますね?」
マルロー副隊長が人骨が大量に入った木箱を下ろす。カシャンと骨が乾いた音を立てて人骨が跳ねる。勝手に組み上がって襲ってこないだろうか。
「作れますけど、骨折特化はオススメしませんよ?下手に使うと曲がったままくっついちゃうし。」
マリエラがジークの背に隠れるように、骨を見ながら答える。骨、おっかない。
「そこは大丈夫です。迷宮討伐軍には、治療技師がいますからね。」
治療技師。また新しい単語が出てきた。説明を聞くのが面倒くさそうなマリエラに、マルローが簡単に説明する。
「魔力もポーションも有限ですから、効率よく治癒魔法やポーションを使えるように管理する治療部隊の責任者です。人体を熟知していて簡易の治療を施してから、最小限の治癒魔法やポーションを使うんですよ。」
なるほど。マルロー副隊長もマリエラのことを熟知して、最小限の説明で済ませてくれた。有り難い。
注文を受けていた筋肉の欠損を癒す特化型の上級ポーション100本を渡し、代金と空のポーション瓶、注文していた素材を受け取る。
「じゃ、また明日な。マリエラ、ジーク。」
リンクスとマルロー副隊長は、上級ポーションの入った箱を担ぐと地下大水道へ消えていった。
マリエラ達が、地下大水道のルートを見つけたのは、ちょっとした偶然からだった。
10日ほど前のことだ。マリエラはジークと開店の挨拶をするために商人ギルドに顔を出した。薬草部門長のエルメラさんは席をはずしているとのことで、副部門長のリエンドロさんが応対してくれた。
「いやぁー、いい感じのお店に仕上がったらしいねー。エルメラさんが行きたがっちゃってね。僕も今度寄らせてもらうよー。あ、これ冒険者ギルドの売店への紹介状。エルメラさんから預かってたやつ。」
手土産とお店の商品のサンプルの詰め合わせを持っていくと、その場で冒険者ギルドの売店への紹介状を渡された。有り難いけれど、とんとん拍子過ぎていいのかなと思ってしまう。
「エルメラさんが遊びに行ったら、お茶でも飲みながら薬草談義してあげてー。」
なぜかリエンドロさんのところにまで、喫茶店情報が流れていた。いいけどさ。
商人ギルドを出て卸売市場に寄ると、ものすごい人ごみだった。何事かと寄っていったら『クラーケンの解体ショー』なるものをやっていた。
馬車ほどもある巨大な軟体動物が何匹も水揚げされていて、それを巨大な刃物を持った市場の男たちが端から端から捌いては、串焼きにして焼いていた。お値段なんと1串1銅貨。これは買わざるを得まい。今日の晩御飯はこれで決まりだ。
生のまま購入していく者、串焼きを何本も買う者、解体ショーを眺める者と、市場は人・人・人の大賑わいだった。
「すげえな、こんだけのクラーケンどこに湧いたんだ?」
「何でも、30階層に大量に湧いたらしいぜ。」
「クラーケンて40階層位の魔物じゃね?」
「ほれ、討伐中だからさ、丁度30階に冒険者が集まってたらしくてな。」
「つか、誰が倒したんだ?肉を残したやつがこれだけいるってことは、とんでもない湧きだったんじゃねえか?」
「雷帝が出たらしいぜ。」
「ほんとか?うわ、俺見たかった!」
「はっはっは、俺見たぜ、雷帝エルシー。遠くからだけどな。」
「くそ、うらやましいな。噂どおりのいい女だったか。」
「遠くからだからな。ピカッと光ったくらいしかわからんかった。」
「何だよ、それ。」
マリエラとジークもクラーケンの串焼きの列に並びながら、周りの人に話を聞く。
雷帝エルシーというのは、迷宮都市所属のAランク冒険者で、雷神の加護により強力な雷魔法を使う妙齢の女性らしい。スラリとした肢体を特殊素材の全身スーツで覆い、青白く帯電した長い髪はたなびくように広がっている。ぴたりとしたスーツと帯電し光を放ってたなびく髪、目を保護するためのカラーグラスで顔は分からないが、楽しげに上がる口角を彩る赤い口紅が艶かしい。一見たおやかにも見える肢体から繰り出される強力な電撃は、まさに『雷帝』。めったに人前に現れず、正体不明というところが彼女の魅力に拍車を掛けている。「俺も、電撃で痺れたい」というファンも多いらしい。
迷宮都市ではAランク冒険者は憧れの対象でもある。Sランクなんて伝説の勇者扱いだ。
「すごいね、ジーク。私も会ってみたいなー。」
「ここは狭い街だし、いつか会えるかもな。」
流石は遠征期間中。面白いことがたくさん起きる。
串焼きを買ったあとは、解体ショーの裏側に向かう。欲しいものがあるのだ。
「すいませーん、クラーケンの内臓がちょっと欲しいんですけど。」
「嬢ちゃん、そんなもんどうすんだ?切り身ならあっちで安くで売ってるぞ?」
いぶかしげな顔をする店主に、「これはこれで使い道が……」としどろもどろに説明するマリエラ。
「…………、旨いのか?それ。」
神妙な顔つきで聞いてくる店主に、「えへへ」と笑って誤魔化して、必要な内臓を取り分けてもらう。
ゴムの袋に入れてもらったクラーケンの内臓を持ってそそくさと帰るマリエラたちの後ろで、店主が内臓をつまんで口にいれ、盛大に噴き出していた。
「マリエラ、その内臓、食うわけじゃないよな?」
家に帰ったマリエラがクラーケンの内臓を粉砕し、どろっどろの粘液に変えたところで、ジークが恐る恐る聞いてきた。
「これはイイモノなのですよ。こんな新鮮な、しかもクラーケンの臓物なんてそうそう手に入らないのですよ。むっふっふ。」
マリエラはジークに見せ付けるように、どろぉーりと臓物粘液を小瓶に分けていく。わざわざ低い位置にある小瓶に、高い位置から注いでいくので、部屋がちょっぴり塩からくなる。本人は若い女性に人気の喫茶店で、ウェイターが高い位置からお茶を注ぐのをまねているつもりなのだが、どう見ても真似のしどころを間違えている。
クラーケンの臓物粘液を10個ばかりの小瓶に分けたあと、マリエラとジークは地下室の奥の部屋に向かった。なかなかに珍妙な格好をして。
クリーパーゴムの大きな袋を1枚はズボンのように履き、1枚は顔部分だけ穴を開けて頭から被って、それぞれウェストのところを適当な紐で縛っている。露出した顔にはてかてかになるまで脂をぬって、目にはゴーグル、口元もマスクをしている。ゴーグルとマスクは冒険者ギルドの売店で買った駆け出しの冒険者が使う安物だから、機能重視見た目無視のデザイン性が低いものだから、二人の奇妙さに磨きをかけている。
「で?」
いい加減説明してくれと、同じくおかしな格好をしたジークがせっつく。手にはつるはしを握らされている。
「今から、地下大水道でスライムを捕獲します。それでは、壁の破壊をオネガイします。」
『瓶の中のスライム』製造作戦開始である。