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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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2人の関係

「かんせーい!」


 うーん、とマリエラは伸びをする。昼食の後、上級ポーションと上級解毒ポーション、いくつか自分用のポーションや試作品を作成し、密閉と劣化防止の魔法陣を刻んだスタンプを作った。なんだかノッてきたので、ポーション類のラベル用のスタンプまで作ってしまい、たった今、全部のラベルを貼り終えたところだ。夢中になり過ぎるのはマリエラの悪い癖だ。時間いっぱいまで作業してしまった。


「疲れたときの一本!改良型!おいしいポーション!」


 ただの下級ポーションに甘味を加えてみたものを、ぐいーっと飲み干す。


「ぐぇっ、げほっ、げほっ。まっず!!!」


 甘くて飲みやすいポーションをと、屋台で買った乾燥杏や、昨日森で採取した甘みの強い果実のペーストを混ぜてみたのだが、さらりとした果汁の甘い飲み口の後、果実類のアクや渋みと薬草の苦味が口に広がり、ねっとりと喉に絡みつく。ポーションの回復量を上回る不味さだ。


「どうぞ。」


 いつの間にか戻ってきたジークがお茶を差し出してくれた。こちらはおいしい。今回の『おいしいポーション』は失敗だったが、次こそは。懲りないマリエラが、ちびりちびりとお茶を飲んでいる間に、ジークはマスターに貰ったというワイン箱に、ポーションを収納し、材料やら、機材やらを片付けてくれた。


 マルロー副隊長達が到着していると聞き、ポーションを収めたワイン箱を(ジークが)持って、マルロー副隊長の部屋に向かう。中にはディック隊長とマルロー副隊長が待っていて、ポーションの入った箱を渡すと、ポーション鑑定用の魔道具で中身を確認し始めた。

 ポーションは時間とともに劣化するので、こういった鑑定用の魔道具はポーションを販売している道具屋などによく設置されている。大まかな種類と劣化度が分かる程度の簡易なもので、さほど高価な道具ではない。


「これは素晴らしい。まるで作りたてのような劣化の低さだ。」


 マルロー副隊長が感嘆の声を上げる。


(そうでしょうとも。さっき完成したばかりですから。)


 全てのポーションを確認した後、マルロー副隊長はトレイに代金と書面を数枚乗せて持ってきた。


「中級ランク以下の代金と、受領書及び領収書、上級ランクの預かり書です。」


 中級ランク以下の代金で、金貨が12枚と大銀貨が6枚。マリエラにとってはとんでもない大金だ。書類の指示されたところに署名する。というか、こういった書類はマリエラが用意するものではないのだろうか。きちんとした取引の仕組みが分からないので、作れといわれても困ってしまうのだが。「お気になさらず」と言ってくれたので、ありがたく甘えておくことにする。


「上級ランクの代金は、先方から受領したのちにお渡しします。ところで、本当に、安く譲ってもいいのですか?」


 マルロー副隊長が念を押してくる。中級ランク以下でこの価格だ。10年も市場に出ていない上級ランクなど、売り先や売り方によっては、とんでもない値段がつくのだろう。


「ちゃんと使ってくれるなら、かまいません。また買って下さいとお伝えください。」


 マリエラとしては中級ランクと同額でもまったく問題が無い。余り高額だと、良心が痛んでしまう。ちょっと高め位のお値段でいいから、たくさん買ってくれると有難い。


「また、ですか。いかほどお譲りいただけるのやら。」


 じゃんじゃん作るよ!と答えそうになったが、おりこうぶって、「たくさんです。」とにこやかに答える。いや、これでも十分バカっぽいのだが。

 瓶を作るのは面倒くさいが、ポーションの材料は手に入りやすい。ガーク薬草店のように、多種多様な材料が棚に満載された工房を構えて、練成三昧してみたい。想像しただけでわくわくする。

 表立ってポーション店を開くことはできないだろうが、今日受け取った金貨を元手に、薬屋を開くというのも楽しそうだ。


 これからどうするのか、というマルロー副隊長の問いに、「薬屋を開きたい」と答えた。


「それならば、商人ギルドに行くと良いでしょう。薬師として住民登録すれば、店舗や住宅を斡旋してもらえます。」


 良い情報を聞いた。明日早速行ってみよう。


「良い取引だった。早速かんぱ…「ポーションを届けに行きますよ。」…、今度な!」


(ディック隊長、漸く口を開いたと思ったら、ソレですか。)


 大柄なディック隊長は、ポーションの入った箱を抱えて、マルロー副隊長の後をてくてく付いて出て行った。





「ジークさんに、オハナシがあります。」


 夕食を済ませ、部屋に戻ったマリエラは、ジークを椅子に座らせて話を切り出した。


「迷宮都市は奴隷の人が他の街よりもたくさんいますが、やっぱり、私のような平凡な小娘が連れているのは珍しいそうです。」


 迷宮都市は、険しい山脈と魔の森に阻まれた陸の孤島。一般人の往来は極めて少ない。迷宮の氾濫(スタンピード)を防ぐために、定期的に討伐が行われ、その度に少なくない命が失われる。


 娼婦や奴隷の出産が奨励され、生まれた子供は孤児院で育てられるが、後ろ盾の無い彼らの殆どは、成人後に冒険者か兵士として生計を立てる。どちらを選んでも、魔の森や迷宮からの魔物の氾濫(スタンピード)を防ぐ討伐要員となる。

 迷宮都市を管轄する辺境伯からも軍隊が派遣される他、帝国の冒険者ギルドから上級冒険者の強制派遣もされているが、これらをあわせても迷宮と魔の森を抑えるには戦闘職の数が足りない。


 食料の確保も重要で、城壁内だけでは必要量を生産できないから、魔物が現れる城壁の外にも穀倉地帯が広がっている。衛兵が定期見回りを行い魔物の駆除を行ってはいるが、そんな危険な場所で農作業を行おうという一般市民はいない。


 こういった人手不足を補うために、迷宮都市には帝国中から奴隷達が送り込まれる。奴隷の占める比率は帝国内、いや近隣諸国のどの町よりも多いが、死ぬ確率が極めて高い場所であるため、奴隷の多くは犯罪奴隷や終身奴隷といった『人権の無い』者たちだ。

 当然彼らの意識や品性は低く、一般市民には御しきれない。彼らはまとめて管理監督に長けた『専門職(スキル持ち)』の指揮下で、辺境伯直下の『食料生産局』や『討伐軍』、『鉱山』といった、官営の職務に就く場合がほとんどだ。


 ごく一部の更生可能な『優良』な者たちは、民間で『取引』されるが、『専門職(スキル持ち)』とまで行かなくても監督者が必要であるため、複数の労働力を必要とする大商店等や、『夜の相手』をするお店、『娯楽』として奴隷を収集する貴族の屋敷が大半で、中小規模の店舗では監視の目が無くても業務を全うしてくれる一般市民を雇用する。個人で奴隷を所有しているのは、上級冒険者が荷物持ちとして連れているくらいのもので、あまり見かけるものではない。


 マリエラのような、何処にでもいそうな娘が奴隷を連れていることは、まず無い。

 アンバーさん曰く、

「迷宮都市の外から女の子が来たってだけでも珍しいのに、ジークは結構イイ男じゃないか。

 そんな男にかしずかれて、二人で暮らすなんて。どんな関係か気になっちゃうわね。」

だそうだ。


 ポーションが創れるという秘密があるのに、目立つのはとても困る。


「と、言うことで、ジークには今から普通に接してもらいたいと思います。あと、二人の設定も決めようと思います。」


 ずびし!と宣言するマリエラ。異論は認めないのだ。


「設定ですか……」


「はい!言ったそばから。敬語禁止!

 私のこともマリエラで!『様』とかつけちゃ駄目だから!

 魔の森のほとりにある小さな村の出身で、兄妹とかどうかな?」


「兄妹……、似てませんよね?」


「う……。きょ、兄妹同然の幼馴染とか?」


「一緒に暮らす幼馴染ですか……「ジーク、敬語きんしー」…それって、

 恋人同士ではないのか。マリエラ?」


「ぐはっ!」


 なっ、ななななにをおっしゃるんですかな、ジークさんや?このタイミングで呼びすて?

 言い出したジークの口元が緩んでいる。

 かっ、からかってるな!ちょっと年上だと思って!


「兄弟同然の幼馴染ですー!わかった?ジーク!」


 真っ赤になったマリエラが言い返すと、ジークはにやりと笑って、


「わかったよ、マ・リ・エ・ラ」

 と言った。なんで、名前(マリエラ)強調するかなー。


 ジークが魔の森のほとりの辺鄙な村出身ということで、マリエラも同じ村の出身者だということにした。

「グレて奴隷落ちした幼馴染を追いかけて、迷宮都市までやってくるとは、ワタクシ、マリエラ、マジいいやつ!

 なんか、主人公ぽいよね!冒険が始まったりしそう!戦えないけど。」

 ナイスな設定だと思ってそう言うと、ジークが「ぶはっ」と吹きだした。


 ジークが笑うところを初めて見た。楽しそうで何より。

 なんか腑に落ちないというか、むかつくので、「お風呂に入るから、食堂に行ってて!」と追い出した。幼馴染なんだから、お風呂に入るときは席をはずして当然だ。うん。おかしくないよね。




 翌朝。


「おはよう、マリエラ」「おはよう、ジーク」


 ナチュラルな挨拶で一日が始まった。


 食堂に下りてエミリーちゃんに朝食を頼む。今日のエミリーちゃんは髪を二つに分けて、頭の高い位置でくくっている。自分で結んだのだろう、髪がくしゃっとなっているし、左右で結び目の高さが微妙にずれている。結びなおしてあげると、「ありがとー!お礼にいっぱいよそってくるね!」と言ってくれた。

 お父さん(宿のマスター)は、アンバーさんたちの仕事が終わる夜明け前まで起きているので、エミリーちゃんは朝早く一人で起きて、宿泊客の朝食を準備するのだそうだ。10歳だというのに、なんて賢い。


「悪いお客さんもいるから、みんなのお仕事が終わるまで、父ちゃん起きてるんだって。父ちゃんのおかげで、みんな安心だって言ってた!だから、エミリーもがんばるの!」


 髪はまだ上手に結べないんだけどね。そう言って、厨房へ走っていった。


 なんて偉い子だ。と感心していたら、リンクスが起きてきた。頭が寝癖でぼさぼさだ。

「エミリー、俺もメシー。大盛りでー。」

 厨房にそう叫んで、マリエラたちの席に座る。大あくびをしながらお腹をぼりぼり掻いている。いい年なんだから、キミはもうちょっとちゃんとしなさい。


「昨日、隊長たちに付き合ってたら、遅くなってさー。」


 ポーション運搬の護衛をしていたのだろう。

 朝食を食べながら、黒鉄輸送隊が迷宮都市にいる間、何をしているのか聞いてみる。


 到着翌日は基本休日で、装甲馬車の修理や自分たちやラプトルたちの休養に当てるが、2,3日目は2組に分かれて帝都に運ぶ品の仕入れと、次に積んでくる品物の商談を行っていたそうだ。4日目となる今日は、食料などの買い付けや出発の準備を行い、明日の早朝に、再び帝都へ出立するのだという。

 魔の森を3日かけて走りぬけ、森を抜けてから帝都まで4日。帝都でも4日かけて休息と仕入れを行ったら、また魔の森を抜けて迷宮都市へ。戻ってくるのは18日後の日暮れ時だろうか。


「大変だね。無事に戻ってきてね。」


「おう。でもさ、今回は『秘密兵器』があるから、うまく行けば16日後の日暮れ時に戻ってこれるさ。」


 周りに聞こえないように、小声でリンクスが教えてくれた。マリエラたちが『薬屋』を開くつもりだと話すと、

「帰ったら、遊びに行くから。待ってて。」

 そう言って笑っていた。


 別れ際、なぜかリンクスはジークの胸の辺りに、『ドン』と拳を当てていた。ジークはリンクスを見て、うなずいていた。なーにー。なんなの?これが『どんな関係か気になっちゃうわ。』ってヤツですか?マリエラは、むむむと首をかしげた。





迷宮や魔の森で再びスタンビートが起こると、帝国も周辺諸国も大打撃を受けます。

メンドウを辺境伯に押し付けている自覚があるので、周辺は結構協力的で、犯罪奴隷や終身奴隷くらい気前よく送り込んでくれます。

厄介なところに厄介なものを放り込んでいるだけとも言えますが。

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