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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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初めての乾杯

 完成した契約書にサインをする。血をたらしたインクでサインすることで、魔法契約が締結される。

 黒鉄輸送隊は、ディック隊長とマルロー副隊長の連名でサインしてくれた。

 ポーションの引渡しは明後日の同じ時間にこの部屋で行うことになった。


 マリエラとジークは部屋を出ると、そのまま1階の食堂に向かう。一緒に食堂に行こうとしたディック隊長は、マルロー副隊長に捕獲されていた。「一緒に行ってどうするんですか。時間をずらしなさい。」だそうだ。そのまま「お話」が始まりそうだったので、さっさと部屋を出る。


 ようやく晩御飯だ。今日の献立は何だろう。


 日が落ちたばかりの時間で、夕食時にはまだ少し早い。食堂には昨日と同じく、ちらほらと客がいるだけで、黒鉄輸送隊のメンバーは誰も来ていなかった。


 アンバーさんがやってきて、マリエラとジークをカウンターに案内してくれた。夜の時間には早いせいか、赤いドレスの上にストールを羽織っていて、暴力的な谷間は隠されている。

 今日のメニューは牛系魔物のビーフシチューか肉団子と野菜のデミソースがけらしい。何の肉団子なのか聞くと、「うふふ」と返された。なんの肉だろう。気になる。シチューの方も牛肉じゃなくて牛系魔物だし。


 マリエラはビーフシチューを、ジークは肉団子をそれぞれ注文する。

 別に謎肉を強要したわけではない。

「ジークは何にする?好きなの頼んでいいんだよ?」

 といったら、しばらく考えて肉団子を注文したのだ。チャレンジャーだな。


「お兄さん、ジークさんていうのね。元気になったみたいで良かったわ。どう?快気祝いに一杯。」


 アンバーさんが腕を組みながらジークにお酒を勧める。腕を組むと二つの肉団子が持ち上がってストールがずれそうになる。何てことだ!ストールがあるぶん余計に目を引くじゃないか。いい仕事しやがって。


「いえ、結構です。」


 ジークがアンバーさんの誘惑をさらりと躱わして、マリエラの方を見る。


(あーれー?アンバーボンバーをさらっと躱わしちゃって、ジーク我慢してる?)


「えっと、ジーク、一杯くらいなら飲んでも大丈夫だよ?私も頼むし乾杯しよう。」


 怪我は治ったけれどジークの体力は十分ではない。でも、1杯くらいは問題ないし、回復を祝って乾杯するのはいいアイデアだと思う。


「マリエラ様、俺は奴隷です。本当は席に座ることも、許されない。どうか、どうか、これ以上お気を遣わないでください……」


 ジークは少し困った顔をして、途切れ途切れにそういった。

 そういえば、ジークは滑らかにしゃべらない。たぶん、長い間話をすることがなかったんだと思う。


(こういうところ、どうにかしたいな……)


 マリエラがジークを買ったのは、まぁ殆ど勢いだったのだが、一応は、眠っていた200年間の情報を得るためと、味方になってくれる人を得るためだ。ご主人様ぶりたいわけではないし、そういうタイプではないから、かしずかれると落ち着かない。


(隷属契約があるんだもん、完全に友達みたいってワケには行かないんだろうけどさ。)


 少しずつ仲良くなって、少しでも気心の知れた仲になれればいいな、と思った。そのためにも乾杯というのはいいアイデアだと思う。遠慮するジークはほうっておいて、アンバーさんに乾杯用のお酒をお願いする。


「2人の初めての乾杯ね。どれがいいかしら?」


 アンバーさんがカウンターの向こうから何本かボトルを取り出す。


(うん。まったくわからない。)


 師匠は飲んでいたようだが、マリエラはお酒を飲んだことがない。


「ジークはどれが良い?」


 ジークに投げてから気が付いた。

(しまった。無茶振りだったかも。借金奴隷から犯罪奴隷になった人だもん、お酒の銘柄とか知らないよね。)


「マリエラ様は、お酒は、飲まれますか?」

 しかし、ジークは落ち着いた様子でマリエラに聞いてきた。


「え?えぇと……飲んだことありません……」

「でしたら、そちらのフェリスか、メロウのモスカートが、甘口で飲みやすいかと。」


「ジークはどっちが好き?」

 そう聞くと、ジークは困った顔をして、「フェリス、でしょうか」と答えた。


「へぇ!兄さん詳しいね!さんざ、泣かしてきたクチかい?」


 アンバーさんが茶化してくれて助かった。ジークの新たな一面を発見してしまった。いや、気心の知れた仲になりたいとか思ったばかりだけれど、なんか、カッコイイ一面だったせいで、ちょっとドキっとしてしまった。いかんいかん。

 フェリスとやらをお願いする。アンバーさんがボトルを開けてくれて、グラスに注いでくれる。

 薄い桃色をしたお酒で、しゅわしゅわと泡が出ていて綺麗だ。


「お、乾杯か?俺達も参加しよう!な、マルロー!」


 いざ乾杯という段階で、ディック隊長が合流してきた。マルロー副隊長を強引に引き込んでいる。「しようがないですね」、と苦笑しながらマルロー副隊長もグラスを受け取る。


 4人にグラスが行き渡ると、3人の視線がマリエラに集まる。乾杯の音頭というヤツだ。


「ジークの回復を祝って!あと、この出会いに!」

マリエラの音頭にあわせて「乾杯!」と3人が続け、チンとグラスが合わさった。


 初めて飲むお酒は、甘くて飲みやすかった。ほんのりと野いちごの香りがする。乾杯の後、すぐに料理が運ばれてきた。マスターからのお祝いらしく、料理が山盛りになっていた。


 ジークはグラスを見つめると、ゆっくりと口に含んだ。すぐには飲み込まず、転がすように味わう。昨日も今朝もがつがつと食べていたのに、料理も動くようになった右手でフォークを使って、一口一口綺麗に食べている。


「旨い……」


 ジークがポツリとつぶやく。お酒の銘柄を知っていて、綺麗に食事をするジーク。彼はどんな人物なんだろう、とマリエラは思った。ちょっと胸がドキドキして顔がぽわぽわと熱いのは、きっとお酒のせいだろう。


(それにしても、気になるな……)


「その肉団子、何のお肉?おいしいの?」


 思わず疑問が口に出た。これもお酒のせいに違いない。お酒は人を素直にさせるのだと師匠も言っていた。


 ディック隊長は、「そのストールも似合うな!」などといって、アンバーさんのストールをめくろうとして、手の甲をつねられている。彼もお酒で素直になったのか。いや、アンバーボンバーの影響か。


「あー、なに、宴会始めて!ずりー!俺らさっきまで荷馬車掃除してたのに!」


 リンクスたちがやってきた。

 夕食のビーフシチューと、肉団子と野菜のデミソースを見て、「うげ、黒々としてる……」と言っている。

 何かを想像しているようだ。詳しくは聞かないでおこう。


 一緒に掃除をしていたユーリケと、傍で装甲馬車の修理をしていたらしいドニーノとフランツもげんなりした顔をしている。


「うわー、食欲わかねーわー」

等と言いながら、リンクスは昨日同様、両方を注文していた。


 ちなみに肉団子は、牛系魔物とオーク肉の合い挽きで、肉汁がじゅわっと染み出ておいしかった。

 ジークが一個分けてくれたので、ビーフシチューの牛系魔物肉をお返しにお皿に入れてあげた。シチューのお肉はとても軟らかく煮込んであって、臭みもなくておいしかったのだけれど、牛系魔物って何だろう。こちらの方が謎肉だったかもしれない。


 宴会はとても楽しかった。

 ディック隊長はアンバーさんのストールを被ってその辺に伸びていたし、マルロー副隊長はマスターと楽しげに話しこんでいた。リンクスとユーリケは文句を言いながら、料理を完食していたし、ドニーノさんやフランツさんも装甲馬車について語らっていた。ジークがマリエラを見つめて微笑んでいたことは、ちゃんと覚えている。


 いつ部屋に戻ったのかは、覚えてないけど。


 チュニックとズボンを脱いで、ベッドでちゃんと寝ていたから、まぁ、大丈夫なんじゃないかな!


(頭いたい……)


 かなり早い時間に目が覚めてしまった。

 低級解毒ポーションを作っていると、ジークが目を覚ました。


「起こしちゃった?ジークも解毒ポーションいる?二日酔いの専門薬じゃないけど、多少は効くよ。」


「いえ、大して飲んでいませんので。」


 ジークはまったく平気そうだ。多めに薬草を買っておいて本当に良かった。こんな使い方をするとは思わなかった。ちゃっちゃとポーションを作って飲む。解毒ポーションでも効くもので、頭痛は水に溶けるように消えたけれど、今度はトイレに行きたくなった。


「ちょっとトイレいってくるね」

 綺麗にたたまれたチュニックとズボンを穿いて急いでトイレに行く。

 用を済ませてから、部屋に戻ろうと階段をあがっていると、ディック隊長の部屋のドアが音もなく開いて、中からアンバーさんが出てきた。


 アンバーさんは、部屋の中の、おそらく眠っているであろうディック隊長をじっと見つめている。小さな窓から差し込む薄明かりでよく見えないけれど、アンバーさんの口元は優しげに微笑んでいて、その表情はとても、いとおしげに見えた。部屋の中を見つめていた時間はほんの数秒だったのだろうが、マリエラには時間が止まったように感じられた。なんだかとても切なくて、胸がきゅぅとする。


 ディック隊長を起こさないように、静かに、ゆっくりとアンバーさんはドアを閉めて、マリエラに気が付いたようだ。

 にっこりと微笑んで、「まだ早いわ、もう少し寝られるわ」とすれ違いざまに囁いて、階段を降りていった。


(な……何が早いのかしら……)


 なんだかドキドキしてしまうマリエラだった。



 部屋に戻ると、ジークが起き出していた。服も着替え、ベッドも整えている。


「まだ早いよ。もう少し寝れるよ」

 アンバーさんに言われた台詞を言ってみる。


「目が覚めましたので」

 にこりと微笑んで答えられた。あーれー?


 とりあえず、お風呂に入ってスッキリしたい。ジークは昨日、ちゃんと済ませて寝たそうだ。えらいな。


「飲み物でも頂いてきます」


 お風呂にはいっている間、席を外してくれるらしい。紳士か。

 折角なので、宿の人がいたら、お弁当の準備と、スコップとナタを借りれないか聞いてきてもらう。今日は採取に出かけるのだ。


 ジークを待たせてはいけないので、大急ぎでお風呂に入る。


 お風呂から上がると、ジークは部屋にはいらずに廊下に立って待っていた。明日の取引が終わってお金が入ったら、部屋を分けたほうがいいかもしれない。いっそのこと、どこかに家でも借りようか。


 ジークがもってきてくれたお茶を飲みながら、今日の予定を話す。マスターはまだ寝ていなくて、朝食と昼食はお弁当にしてカウンターに置いておいてくれるそうだ。スコップとナタも裏の物置から勝手にもって行っていいらしい。これなら、貸しヤグー屋が開くと同時に出発できる。


 昨日のうちに準備した背負い袋はジークが持ってくれた。ガラクタ箱に入っていたいくつかの素材に岩塩や魔石、薬草をくるんでいた麻袋、手ぬぐい、部屋の木製コップも借りて入れてある。マリエラのポーチにはお金とガラクタ箱に入っていた紙片、あとは手ぬぐい。念のために魔物除けのポーションを作ってかければ準備は完了だ。


 空が明るくなってきた。弁当を受け取って、スコップとナタを借りて出かける。


 今日は、ポーション瓶の材料を採取するのだ。




奴隷は3日間、装甲馬車に閉じ込めたまま運ばれます。その間、垂れ流しですので、馬車の中は大変な有様です。掃除係りは『当分、カレー食えねぇ』みたいなことになります。世界観的にカレーが合わないので、シチューと肉団子のデミソースにしてみました。

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
後書き。そういえば、ジーク初登場時くらいの話にそんな事が書いていましたね。それで嫌がったんですねー。
 宴会はとても楽しかった。  ディック隊長はアンバーさんのストールを被ってその辺に伸びていたし、マルロー副隊長はマスターと楽しげに話しこんでいた。リンクスとユーリケは文句を言いながら、料理を完食してい…
のの原兎太さん私は日本人に奴隷は使えないと思います! 理由は奴隷制度は文化だと思うかです!日本は大和政権発足以来 奴隷制度を禁止して来たので奴隷と向き合う方法が解らないので 織田信長が黒人奴隷を宣教師…
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