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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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ガーク薬草店

 薬草を買いに北東区画の裏路地へ向かう。


 迷宮では薬草も取れるため、迷宮都市には薬草を扱う店も多いらしい。規模の大きい商会や専門店まである。

 何でも迷宮の中は階層によって環境が異なり、雪山の様だったり、砂漠だったり、南国だったりと、世界中の環境が揃っていて、あらゆる薬草が採取出来るらしい。もちろん魔物が出るから、戦えないマリエラには潜れないが、薬草専門の冒険者もいるそうだ。


 採取された薬草は、冒険者ギルドか専門店に持ち込まれる。ここで買い取られた薬草は、迷宮都市内で小売されるか、専門店や商会の担当者が乾燥などの保存処理をして、迷宮都市の外に運搬される。


 この辺りの流れは他の素材も同じで、様々な素材の殆どが迷宮都市で処理された後、ヤグーに積まれ山脈を越えて運ばれる。


 迷宮都市は、もはや独立した国でなく、エンダルジア王国に隣接していた帝国の辺境伯領となっている。道理で帝国貨が使われているはずだ。

 迷宮も魔の森も魔物を間引いて管理しなければ、200年前のようにスタンピードが起こり甚大な被害を及ぼすから、迷宮都市には対魔物の軍が常駐し、冒険者の誘致にも積極的だ。その為の費用は、迷宮から得られる素材や財宝にかかる税で賄われている。税率は他の迷宮と変わらないが、大量輸送可能な安全なルートがない。ヤグーを使う山岳ルートは運送コストが高いから、他の迷宮都市より買取価格が安くなる。

 その分迷宮都市内での税率を下げ、冒険者が探索に遣うコストを下げることでバランスをとってはいるが、冒険者や商人にとって魅力があるとは言い難い。

 マリエラ達は知らぬことだが、迷宮都市の運営は歴代の辺境伯にとって頭の痛い問題だった。



 リンクスに黒鉄輸送隊と取り引きがあるという、薬草専門店に案内してもらう。薬草店は、薬草を買い取って都市外へ運べるように乾燥などの処理を請け負うほか、薬草のまま、あるいは薬に加工して、住人への小売も行う。

 ポーション程の効果はないが、薬草から様々な薬を作る、薬師という職業があり、錬金術のスキルを持つ者が薬師をしながら薬草店を営むことが多い。


 リンクスが黒鉄輸送隊と取引のある薬草専門屋に案内してくれた。規模は小さめだか、扱う薬草の種類が多く、質も良いそうだ。


 薄暗い店の中では、瓶底みたいな眼鏡をかけた、偏屈そうな老人が薬草の検品をしていいた。


「ガーク爺さん、生きてっか!」


「リン坊か。女連れで買出したァ、いいご身分じゃねぇか。」


「うっせえ。今日のお客はこっちなの!ちーとは愛想よくしろよな。」


 随分と仲がいい。


 店内にはキュルリケやキャルゴランといった見馴れた物から、特級ポーションや特化型ポーションの原料になる珍しい物まで、多種多様な薬草が乾燥状態で所狭しと並んでいる。


 ただ、残念なことに、処理の仕方が悪い。薬草は、薬効毎に適した処理の仕方があるのだが、どれも少しずつ温度や圧力条件など細かな条件を外している。しかも、乾燥させてから随分時間が経っており、だいぶ薬効が飛んでしまっているものもある。


(これじゃ、効果は半減ね。)


 必要な薬草をあげ、未乾燥の物は無いかと聞くと、


「そこにあんだろ。薬草の乾燥は素人にできるもんじゃねぇんだ。まったく、新人程、変な所にこだわりやがる。」

とぶっきらぼうに言われた。ちょっとカチンと来たので、


「こっちのフィオルカスの花びらは花粉を取らずに乾かしてるし、そっちのルナマギアは乾燥温度が高すぎじゃない。しかも結構前のものでしょ。いらないわよ」

と言い返した。ガーク爺は眼鏡を外してまじまじとマリエラを見ると、


「鑑定持ちか?一目で見抜くタァ良い目してやがるぜ。待ってな」

と言って奥から、未乾燥の薬草を持ってきた。どれも採取したてのように状態が良い。


 鑑定は、世界の記憶(アカシックレコード)にアクセスすることで人や物の情報を得るスキルで、10人に1人位は所有者がいる。但し、鑑定と言っても、人限定だったり、植物や魔物、武器などに対象が限定されていることが大半で、かなりレベルが上がりにくい。世界の記憶(アカシックレコード)などという、人智の外の情報は並みの努力や才能では利用できないのだろう。


 鑑定スキルを持っている者は珍しくないが、鑑定スキル持ちの殆どが、記憶力の良い人止まりという微妙なもので、鑑定持ちの商人は多いがそれだけで食べていけるものではない。


 ちなみにマリエラは鑑定スキルを持っていない。薬草の状態が分かったのは、錬金術スキルによるものだ。

 料理人が舌で料理につかわれた素材や調味料を知ることが出来るように、錬金術師は素材の状態を『錬金術スキルによって』知ることができる。レベルがあがれば全く知らないものの情報を得られる鑑定スキルと違って、対象はある程度の知識がある錬金術の素材や練成物に限られるが、錬金術スキルはポーションを作ることで上げることができるし、錬金術の素材は植物に限らず、鉱物や動物・魔物の素材など多岐にわたるため、利便性が高い。


 もっとも、迷宮都市では錬金術スキルを持っていても、地脈と契約できない=ポーションが作れないから、錬金術スキルを上げられない。どれほど素材を知っていても、マリエラのように一目で状態を見抜くことは困難だろう。



「アプリオレの実はアク抜き済のがこんだけだ。ルンドの葉柄は今日はねぇ。足りねぇ分は明日で良いなら取ってきてやる。」


 なんとガーク爺自ら迷宮に潜るらしい。

 アプリオレの実の処理は完璧だが、量が少し足りない。

 マルロー副隊長の納期を考えると、自分でアク抜きしたほうが良さそうだ、アク抜きに必要なトローナ鉱石も一緒に頼むと、


「新米薬師かと思ってたが、素材の処理からできんのか。薬草を混ぜるしか能のネェ、その辺の薬師とはえれえ違いだ。ほかに入用なもんはあるか?全部揃えて来てやるよ。」


 と言ってくれた。どうやら、お眼鏡に適ったらしい。


「ニギルの新芽はありますか?葉が開いてないやつ。凍らせたものでも構いません。あと、寄生蛭の毒腺。できれば油漬にしたものが欲しいんですが。」


「あるぜ。コイツでどうだ?」


 ニギルは雪の下で芽吹く球根植物で、芽吹いた直後の新芽の空気に触れていない部分が、筋組織を再生する特化型ポーションの原料になる。

 魔物にちょっと齧られちゃった冒険者に需要があるので、防衛都市ではニギルを専門で栽培する農家もあったくらいだ。

 ガーク爺が見せてくれたニギルの新芽は、ベストな時期に採取、凍結しており、ニギル栽培農家に劣らぬ品だった。


 寄生蛭は動物なら人でも獣でも魔物でもかまわず噛み付いてくる蛭で、大きさは大人の親指くらい。毒腺から麻酔作用のある毒を出すので、背中など見えないところに噛み付かれると、気が付かずにくっつけたまま血を吸われ続けることになることから『寄生蛭』と呼ばれている。この蛭の毒は造血作用もあるため、吸血されても貧血にならない。なんとも気持ちの悪い生き物なので、寄生蛭を何匹も背中にくっつけたゴブリンなど、寄生されているゴブリンより、見つけた冒険者の方が精神的ダメージをうける。

 麻痺毒は水に、造血作用のある成分は油に溶けるので、造血成分の抽出は簡単だが、見た目がグロいので、できれば触りたくない。

 こちらもきちんと処理をされ、原型がわからない形で油漬にしてあった。ガーク爺さんありがとう。


 これならジークの脚を治すポーションが作れる。


 マルロー副隊長への納品分とジーク用のポーション分を合わせて必要量を注文し、金額を確認する。


「予約分も合わせて22銀貨だな」


 防衛都市より2~4割安かった。


「そりゃ、全部迷宮で採取できっから、輸送賃はいらねぇし、この街ン中じゃ税金はただみてぇなもんだしな。」


「税金は街から出るときに取られるんだよ。っつても、よそと税率は変わんないって、マルロー副隊長が言ってたっけ。」


 ガーク爺の説明をリンクスが補足してくれた。防衛都市の政策のおかげで安く買えたらしい。残金の半分程度でそろえることができた。


「ポ……薬瓶はありますか?」


「薬草以外のモンは、そっちの隅にあるだけだ。」


 指し示された店の隅には、薬瓶やら岩塩、水晶の欠片や小さな魔石といった薬草以外の錬金術の材料が乱雑に陳列されており、足元にはガラクタが詰まった木箱が無造作に置いてある。中を見ると錬金術で使う、というか、他では使いようのない変わった器具や、紙やインク、ペンなどの雑貨、袋や瓶に入った中身が不明で使いさしの素材などが放り込まれている。どれも中古品で埃をかぶっている。


(やっぱりポーション瓶はないのね。)


 一口にポーションと言っても、材料も効能もバラバラで、日の光に弱いものや、温いと変質しやすい物、空気に長く触れるとダメになってしまうものなど、ポーションによって管理方法が異なり、そのままでは不安定な物が多い。


 ポーションを作る錬金術師からすれば、飲んだり傷に掛けたら直ちに効果が出るのだから変質しやすくて当たり前なのだが、使う方からすれば、いちいちポーション毎に保管方法を変えるなど、面倒過ぎる。


 だからポーションは、錬金術スキルで作ったポーション瓶に入れられる。ポーション瓶は魔石や命の雫を練り込んだ特殊なガラスで作られていて、ポーションの劣化を緩和してくれる。高価なポーションや、特に劣化しやすいポーションは、瓶に魔法陣を刻んだり、魔法陣の描かれた封紙やラベルを貼るものだ。


 ポーション瓶は使い回しがきくから、どこの街でも空き瓶の買取と販売は行われているのだが。


(ポーションがないのに、瓶が売ってるわけないよね。しゃーない、作るか。)


 ポーション瓶の作成は手間のかかる作業で、瓶作成を専門とする錬金術師がいるくらいだ。マリエラの師匠は厳しい人で、瓶の作り方から仕込まれたから、作ることはできるのだが。


(めんどくさい……)


 材料を取りに行くところから始めなければいけない。明日は瓶作りで潰れそうだ。


 瓶は無かったが、何か役に立つものはないかと、埃まみれの木箱を漁っていると、「興味があるなら箱ごと持っていけ」と、タダで譲ってくれた。

 何でも昔、外から迷宮都市にやって来た錬金術師が、迷宮都市を出る際に無理やり売り付けて行ったものらしい。使えそうな物はすでに買い漁られた後で、捨てるのが面倒だったから丁度いいと言われた。

 確かにポーションを作れないなら、要らないものばかり残っている。ラベルのない、得体の知れない粉や粒も、鑑定できない者にとっては捨てるのにも困る代物だろう。しかし、マリエラには必要で、しかも買うと高価なものも入っていて有り難かった。もちろん明らかにゴミも入っていたが。


 折角なので、薬瓶や岩塩、魔石や予備の薬草など、入用な物を3銀貨分追加で買い、大銀貨2枚と銀貨5枚を払って店を出た。


 ガーク爺は、

「予約分は明日の夕方には揃ってるだろ。薬草が入用になったらいつでも来な。」と、見送ってくれた。



「マリエラ、すげーな。」


 店を出るなり、リンクスが感心した様子で言った。


「ガーク爺はヘンクツでさ、店には失敗した薬草しか置かねーんだ。見る目のねーやつは、これで十分だとか言って。

 俺、一発で見抜いたやつ初めて見たぜ。

 いつでも来なとか、よっぽど気に入られたんだな!」


 ガラクタ箱も貰えたし、薬草の種類が多く質も良い。ガーク爺にも気に入られたようでよかった。師匠の厳しい指導のお陰だ。感謝しなくては。



 昼もすっかり回ってしまった。朝食が遅かったとはいえ、お腹がすいた。迷宮周辺には冒険者相手の屋台がでていて、薬草店に近い一角だけでも、干した果物やパン、串焼きなどが売っている。鬼棗と杏の干果と、オリーブの実の小瓶、あと案内のお礼も兼ねて、串焼きを買い3人で食べながら『ヤグーの跳ね橋亭』に戻った。




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