回収
大きく息を吐いて、残された盗賊の装備品を集める。
中身は全員消化されてしまった。
脱がせる必要がないのは楽だ。
「大変な目に遭わせてしまったな」
「いえ。それに、ご主人様が全部倒してくださいましたから」
装備品を拾いながら、ロクサーヌたちの表情もうかがう。
盗賊を倒したが大丈夫そうか。
「このくらいのことはいつでも起こりえます。助かりました」
確かに、セリーの言うことがもっともではあるような気がする。
三人は盗賊が人を襲うこの世界で成長したのだ。
盗賊を返り討ちにするくらいは想定の範囲内なんだろう。
「××××××××××」
「××××××××××」
「××××××××××」
「ミリアはかなり驚いているようですが、ご主人様ならこれくらいは造作もないことなので内密にするように言っておきました」
違う方向で想定の範囲内じゃなかった人もいるみたいだが。
なんかまずいような気もするが、介入するのも大変なのでほっておく。
教育係を間違えた。
ノーコメントのまま、装備品の収集に専念する。
盗賊の装備品は、革の装備と硬革の装備が混じっていた。
硬革の帽子、硬革のグローブ、硬革の靴。
このあたりは全員アップグレードできそうだ。
いくつかだが空きのスキルスロットつきのものもある。
適当に確認しながら、アイテムボックスに投げ込んでいく。
硬革の鎧……は、利用できるのは俺だけか。
持って見回しただけでセリーににらまれた。
胸の形がはっきり出るので、女性が着けるものではないらしい。
アイテムボックスの容量が足りなくなったので、セリーにも持たせる。
そろそろ錬金術師をはずして料理人をつけるべきか。
ミリアも成長してきているし、メッキなしでもいけるだろう。
「決意の指輪なんてのもあるぞ」
盗賊の装備品の中に決意の指輪があった。
決意の指輪 アクセサリー
スキル 攻撃力上昇 対人強化
スキルつきの装備品だ。
兇賊の男が装備していた。
「伝世の装備品でしょう」
セリーが教えてくれる。
伝世品か。
確かにいい装備品のようだ。
武器は、鋼鉄の剣が二本と、後は鉄の剣。
空きのスキルスロットもないし、たいしたものはない。
鋼鉄の剣は何かのときのために一本取っておいてもいいか。
それから、レイピアが一本と鋼鉄の盾が一つ。
海賊が片手剣装備だった。
「レイピアか」
「はい。刺突剣ですね。より上位の片手剣は切るよりも突き刺すことで魔物を攻撃します。戦闘スタイルも若干変わってきます」
「ロクサーヌは大丈夫?」
「おまかせください。それに、レイピアには刃もありますから、今までどおり切っても使えます」
レイピアだとフェンシングみたいな攻撃方法になるのだろうか。
今までどおりのやり方でも使えるのなら大丈夫だろう。
「じゃあレイピアはロクサーヌに。シミターと鉄の盾はミリアに回せ」
レイピアと鋼鉄の盾をロクサーヌに渡す。
ロクサーヌがミリアに何か伝え、シミターと鉄の盾を渡した。
ミリアからはセリーがダガーと木の盾を受け取って、アイテムボックスに入れる。
魔結晶も十個あった。
盗賊たちは一人一個ちゃんと持っていたようだ。
ギルドで魔結晶を売るとき、インテリジェンスカードはチェックされなかった。
盗賊でも換金はできるのだろう。
一個だけ黄色くなっている魔結晶がある。
黄魔結晶は最終一個手前の貴重な魔結晶だ。
魔物十万匹以上を倒していることになる。
ひょっとしたら懸賞金よりも高いかもしれない。
「えっと。まだ早いですが、一度家に帰って、体を拭いた方がいいです。服もすぐに洗います。装備品も手入れした方がいいですね」
すべてを拾い集めると、ロクサーヌが申し出た。
俺の服には返り血がついている。
顔などもひどいことになっているのかもしれない。
一度帰った方がいいか。
それに手首の入った風呂敷を持ったまま戦うこともできない。
強壮丸を食べつくし、盗賊からもMPを吸収したので、MPは十分ある。
家に帰った。
東の空が明るくなっており、もうすぐ日の出という頃合だ。
すぐに服を脱ぎ、風呂場で体を拭く。
服は隣でロクサーヌが洗った。
「ロクサーヌ、今日は悪かったな」
結果的には倒せたが、盗賊と戦うことになったのは油断だ。
うまく誘導され、盗賊の張った罠に誘い込まれてしまった。
もし強い盗賊が相手だったら、どうなっていたか分からない。
もっと慎重に動いてもよかった。
この世界に来たばかりのころの俺なら、そうしていただろう。
一度撤退し、迷宮の出入り口を見張るくらいのことをしてもよかった。
何故そうしなかったのか。
それをしなかったのは、慣れだ。
いつの間にか戦うことに慣れてしまっていた。
このくらいは戦えるだろう、このくらいなら倒せるだろう、と甘く考えていた。
結果的には倒せたのだし、想定が間違っていたわけではない。
この世界で生きていく以上、戦闘に慣れることが悪いことだともいえない。
しかし、慣れは恐ろしい。
戦うことについて、彼我の戦力差について、もっと慎重に判断してもよかった。
そうしなければ、いつか足元をすくわれかねない。
勝って兜の緒を締めよ。
今日のことはいい教訓だろう。
「何をおっしゃいますか。すばらしい戦いでした。盗賊を倒すのは当たり前のことです」
たとえ戦うことがこっちの世界の常識だとしても。
風呂場を出て、服を着替えた。
アイテムボックスを整理する。
三人に手入れしてもらいながら装備品をまとめ、アイテムボックスに空きを作った。
まだもう少し料理人なしでいけるだろう。
盗賊の残した魔結晶も一つにまとめる。
魔結晶は魔物百万匹分で白くなり、それが最高らしい。
俺が自分で持っている魔結晶は、すでに魔物一万匹分以上の魔力を吸収して緑魔結晶になっていた。
盗賊が残した黄魔結晶に九十万匹分以上の魔力があり、俺の緑魔結晶に十万匹分に近い魔力があれば、無駄が出る可能性がある。
俺の緑魔結晶は残し、盗賊の魔結晶だけを一つにする。
黄魔結晶は、白くはならなかった。
緑魔結晶は取っておいて、今後は黄魔結晶を持って戦うことにしよう。
使うものは俺のアイテムボックス、すぐに売るものはセリーのアイテムボックスに入れ、当面必要ではないものを物置部屋に運ぶ。
銅の槍も物置に立てかけた。
誰もいない物置部屋でキャラクター再設定と念じる。
ボーナス装備にポイントを振り、アクセサリー二を取得した。
俺がこの世界に来た一番最初に持っていた装備品だ。
キャラクター再設定を終了させると、左手の人差し指に指輪が現れた。
決意の指輪 アクセサリー
スキル 攻撃力上昇 対人強化
やはりそうだ。
記憶にあるとおり、決意の指輪だった。
兇賊が残した装備品を鑑定したときから気になっていた。
兇賊が残した装備品もボーナス装備で出てくる装備品もどうやら同じものだ。
同じ名前、同じ決意の指輪で、スキルも二つ、同じものがついている。
俺以外にもキャラクター再設定を使える人がいたのだろうか。
俺が出した決意の指輪は真新しい。
残された決意の指輪は、くすんで、細かい傷もついている。
見ただけで、違う品であることは分かる。
一度決意の指輪を消し、兇賊が残した決意の指輪をはめて、再度キャラクター再設定を行った。
残念ながらアクセサリー二を取得していることにはならなかった。
これができたら、ボーナスポイントを3ポイントもらえたのに。
まあ当然無理か。
今度は違う実験をしてみる。
アクセサリー二を取得した後、兇賊が残した決意の指輪につけかえて、キャラクター再設定と念じた。
はずせるらしい。
思い切ってはずしてみた。
決意の指輪が消える。
ボーナスポイントに異常はない。
アクセサリー二を再度取得すると、ちゃんと二個めの決意の指輪が出てきた。
ただし、新品だ。
出てきたのは、くすんで細かい傷のある決意の指輪ではなかった。
キャラクター再設定で出現させると装備品は新品になるようだ。
くすんで細かい傷のついた決意の指輪は消えてしまった。
アクセサリー二をはずし、新品の決意の指輪を持って部屋に戻る。
「こういう指輪を出せる人を知っているか」
セリーに訊いてみた。
「それは先ほどの決意の指輪ですか」
「そうだ」
「固定ですね」
「固定?」
いるらしい。
「えっと。そういえば、ギルドには属しておられないですね」
「そうだが」
「ギルド神殿では固定という祝福を受けることができます。祝福を受けると、もうその人は他のジョブに転職することができません。その代わりに強くなるとされています。ギルド守護神からの祝福だと説明されています」
固定というものがあるようだ。
守護神がいるからギルドに神殿があるわけか。
「ギルドに守護神がいるのか」
「実際に会った人はいません。本当にいるかどうかは……」
セリーはどこまでも合理的らしい。
「固定というのは、ジョブを固定するということか?」
「そうです。固定するとき、人によっては装備品が現れることがあります。ギルド守護神からの贈り物とされています」
「それがこの指輪?」
「そこまでは分かりません。ただ、その指輪を出した人がいるのなら、それは固定だと思います」
俺がデュランダルを出すことをセリーがどう思っているのかは知らない。
多分アイテムボックスから出していると思っているのだろう。
呪文なしでアイテムボックスを使うのと見た目それほど違わないし。
俺以外にも指輪を出せる人がいるのか。
固定はキャラクター再設定やボーナスポイントと関係があるのかもしれない。
関連はある。
装備品を出せること。
転職できなくなること。
ボーナスポイントはレベルアップごとに増えるので、使ってしまうとレベルの低いジョブへは転職できなくなる。
もう一つあった。
固定によって強くなるらしい。
ボーナスポイントはステータスに振ることも可能だ。
「どんな装備品が出てくるか知っているか」
「人によっていろいろのようです。魔法使いで剣が出る人もいれば、剣士で杖が出てくる人もいます。ただ、固定で現れる装備品は必ずスキルつきです。極めて稀にはものすごくよいものが出てくることもあるそうです」
その辺は少し違う。
俺が出せるボーナス武器は剣だけだ。
人によって違うのだろうか。
「どんな人にどんな装備が出やすいとか、あるか」
「基本的には長年そのジョブで活躍した人の方が祝福を受けやすいとされています。強くなりやすく、いろいろな装備品も出やすいようです。固定すると転職できなくなるので、引退を考えるようになってから行われることがほとんどです。よい装備品が出たら、家宝としてその人の子孫に伝えられます」
求めていた答えとちょっと違うが、まあしょうがない。
ランダムで決まるのか、なんらかの法則があるのか。
俺が出すボーナス装備の鎧なんかは男性用の装備品だ。
女性がボーナス装備を出せば違う装備品が出てきても不思議ではない。
固定で決意の指輪が出てきたのなら、ボーナス装備と関係があると考えていいだろう。
ボーナスポイントはレベルに依存するから、レベルを上げきってからやった方が得だ。
長年そのジョブで活躍した人の方が祝福を受けやすいというのは、固定とボーナスポイントに関係がある一つの状況証拠になる。
やはり固定とボーナスポイントは関係ありか。
セリーに話を聞いた後、インテリジェンスカードを確認した。
ちゃんと八枚飛び出している。
このインテリジェンスカードをどうするかも問題だな。
インテリジェンスカードは、クーラタルの騎士団に持っていってもいいし、ベイルの騎士団に持っていってもいい。
そっちならすぐに懸賞金がもらえる。
俺が盗賊を倒したことを知っている人間が少なくてすむという点では、ベイルの騎士団がいいか。
逆に目をつけられる危険性があるからやめた方がいいか。
地元のクーラタルの騎士団という手もある。
とはいえ、やはり第一候補はハルツ公の騎士団だ。
ゴスラーに渡せば、約束どおり公領内の迷宮に入っていることが示せる。
公領内の迷宮に巣食う賊を退治したことはハルツ公に恩を売ることにもなるだろう。
この世界で得たせっかくの伝手だ。
大切にしたい。
あまり有用であることを示して利用されるばかりになっても困るが。
その辺の匙加減は難しい。
賊を退治したくらいなら問題はないだろう。
問題は、インテリジェンスカードのチェックだ。
懸賞金をもらうときにインテリジェンスカードをチェックされれば、俺が冒険者ではないということが分かってしまう。
顔見知りだからチェックはパスさせてくれる、などとは期待しない方がいい。
ハルツ公の騎士団にカードを持ち込むなら、俺が冒険者になってからか。
俺が冒険者のジョブを獲得するまでは賞金をもらいに行けない。
冒険者は探索者Lv50が最低条件だから、まだ時間がかかる。
「セリー、インテリジェンスカードから死亡した年月日が読み取れるかどうか、知っているか」
「そういう話は聞いたことがありません。ただ、インテリジェンスカードには享年が表示されるかもしれません。ある程度絞り込むことは可能でしょう」
享年から逆算するのか。
運悪く明日が誕生日の盗賊がいたら、今日よりも前に死んだことが分かってしまう。
もっとも、この世界で盗賊の誕生日なんかが正確に分かるのだろうか。
「盗賊の誕生日なんかは分からないよな」
「えっと。インテリジェンスカードの年齢が増えるのは季節ごとですが」
そんな風になっているのか。
初めて知った。
数え年みたいな感じだろうか。
少なくとも、春の季節のうちは大丈夫ということだ。
冒険者になるのにそれ以上時間がかかるようならよそへ持っていけばいい。
しばらく盗賊のインテリジェンスカードは保管しておくことにしよう。