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鍛冶


「身代わりのミサンガというのは、どういう装備品だ」


 気になっていたことをセリーに訊いた。


「敵の攻撃をしばしば肩代わりしてくれる装備品です」

「しばしばということは全部ではないのか」


 一定の確率で発動するということだろうか。


「基本的にはより強い攻撃に対してよりよく発動するとされています。強い攻撃というのも装備する人の強さによって差が出るようです。普段上の階層で戦っている人がつけると、低階層の魔物の攻撃ではほとんど発動することがありません」

「なるほど」


 となると、肩代わりする条件があるのか。

 残りHPの半分以上を削るような攻撃に対してのみ発動するとか。

 HPがゼロになる場合にのみ肩代わりするとか。

 それならば確かに有用な装備品だ。


「肩代わりしたときには切れてしまいますが、衝撃も痛みもなく攻撃をやりすごせるそうです。使い捨てになってしまうので近接戦闘をこなす人はあまり使いません。たまにしか迷宮に入らない人や魔法使いには有用なアイテムです」


 使い捨てというのは、まあ当然か。

 攻撃を無効にできるようなアイテムが使い捨てでなかったら、そっちの方が恐ろしい。

 どういう条件で発動するか、検証するのはもったいないだろう。


「となると、回避することの巧いロクサーヌ向きか」

「いえ。ご主人様が装備するべきだと思います」

「攻撃喰らいまくりの俺がつけるのはもったいないような」

「身代わりのミサンガに命を救われたという話も聞きます。ぜひご主人様が装備なさってください」


 ロクサーヌが主張する。


「分かった。作れたらな」

「えっと。がんばります」

「もちろんセリーの腕は信頼している」

「腕がいいとモンスターカード融合の成功率が上がるというのは俗説です」


 それは聞いた。


「そうなのですか?」

「一般的には腕のいい鍛冶師ほど成功率が高いといわれていますが、昔の偉い学者さんが調べたところ差がなかったそうです」

「へえ。そうなんですか」


 ロクサーヌとセリーが会話する。

 根拠が昔の学者が調べたからというのも、どうなんだろう。

 大丈夫なのかという気はしないでもない。


「スキルをつけるのはミサンガじゃないと駄目なのか?」

「駄目ということはありませんが、使い捨てになってしまいますので。ミサンガは防具屋では買い取ってくれないような一番安い装備品です。防御力などには期待できません」

「壊れても惜しくないということか」


 スキルが発動したときにはミサンガが切れるといっていた。

 他の装備品についていたら、その装備品が壊れるのだろう。

 貴重な装備品につけるのはもったいない。


「ミサンガは糸一個でできる一番簡単な装備品で、鍛冶師になりたてのものが練習台として最初に作るアイテムです」

「練習台か。セリーも作ってみる?」

「ありがとうございます。ただし、ミサンガは雑貨屋に持っていっても高くは売れません。糸をギルドから買ったりすると赤字になってしまいます。なりたての鍛冶師は、迷宮に入ってグリーンキャタピラーを狩り、朝夕に一つずつミサンガを作るのが修行になるそうです」


 MPの問題があるから、たくさん作ることはできない。

 だから朝夕一個ずつということか。

 同時に、迷宮に入ればレベルアップも狙える。

 修行もうまい具合に考えられているらしい。


「銅の剣を売ってしまったので代わりの剣がほしいが、セリーが作れるか?」

「すみません。なったばかりなので無理だと思います。鍛冶師の修行は、ミサンガから始めて、徐々に難しいものを作っていくことになります」

「なるほど。まあ初心者にいきなり難しいものは無理か」

「早くお役に立てればよいのですが」


 鍛冶師になればなんでもできるということでもないようだ。

 レベルが関係しているのか。あるいはMP保有量の問題か。

 俺の獲得経験値二十倍があるから、セリーの成長は早いだろう。


「気にするな。すでにモンスターカード融合で役立ってもらったしな。となると、武器屋へ行って剣を買っておくか」


 商人ギルドの帰りに武器屋へ寄った。

 剣を見て回る。


 佩刀用にいつもデュランダルを出しておくわけにはいかない。

 表向き魔法使いでもないのにワンドをぶら下げるわけにもいかない。

 何か剣が必要だ。


 実際にはほとんど使わないから銅の剣でも十分か。

 あるいは、佩刀用だから少しはいいものを身に着けておくべきなのか。

 鑑定も武器鑑定もなければ、竹光でも分かりはしないだろうが。


 銅の剣の上は、鉄の剣だろう。

 このくらいが妥当だろうか。



鉄の剣 両手剣

スキル 空き 空き


鉄の剣 両手剣

スキル 空き



 鉄の剣を見ていくと、妙なことに気づいた。

 空きのスキルスロットが二つついているものと、一つのものがある。

 もっとも、ついていないものが大半だ。


 銅の剣は空きのスキルスロットがあるものでも全部一個だ。

 鉄の剣は最大で二個までということなんだろう。

 ロクサーヌのシミターと同様、二個あるのはアタリということか。



シミター 片手剣

スキル 空き



 気になったので、シミターも見てみる。

 ちゃんと空きのスキルスロット一個のものがあった。

 あったというか、一個の方が多い。

 二個あるのはアタリらしい。



鋼鉄の剣 両手剣

スキル 空き 空き 空き



 鉄の剣の上は鋼鉄の剣か。

 鋼鉄の剣になると、空きのスキルスロットが最大で三個になるようだ。

 ダマスカス鋼の剣というのもあるが、店主がいるカウンターの奥に飾られていて、店頭には並んでいない。

 この店ではあれが最上級なんだろうか。


 ダマスカス鋼の剣を遠目で見たが、空きのスキルスロットはなかった。

 どうせ高いのだろうし、空きのスキルスロットがないから今は関係がない。

 やはり鉄の剣にしておくか。


 何も一足飛びに上級の武器にすることはない。

 不要になったら、適当なスキルをつけて売ってしまえばいい。

 モンスターカードを落札したときのために、融合して売却するための予備の剣も必要だ。


 銅の剣と鉄の剣一本ずつを購入した。

 もちろん両方とも空きのスキルスロットつき。

 鉄の剣には空きのスキルスロットが二個ついている。


 同じもの二本にした方がアイテムボックスの容量節約になる、と気づいたのは買ってしまってからだ。

 アイテムボックスは同じものならいくつか入れられる。

 銅の剣と鉄の剣では、領域を二つ使うことになる。

 別に逼迫しているわけではないので、かまわないが。


「鉄の剣の上は、鋼鉄の剣でいいのか?」


 店では聞きにくかったので、外に出てからセリーに尋ねる。


「そうです。銅、鉄、鋼鉄の順になります」

「鋼鉄というのは、鉄から作るのか?」

「え?」


 セリーが立ち止まった。


「え?」


 またやらかしてしまったか。

 やはり店で聞かなくてよかった。


「えっと。鋼鉄はやはり鉄から作れるのですか?」

「ち、違うのか?」

「一般的には、鉄も鋼鉄も魔物が残すアイテムを使います」

「そうなのか」


 しかし、セリーの目は必ずしも冷たいものではないような。


「昔の偉い学者さんが鉄から鋼鉄を作ると書き残しているそうです。ただし、そう書いてあるだけで実際に鉄から鋼鉄は作れません。今では失われてしまった技術だと考えられています。やり方をご存知なのですか」

「いや。さすがにやり方までは知らないな」


 鉄鋼が鉄でできていることは間違いないようだ。

 これはセーフ。

 よかった。


「そうですか。でも、鋼鉄が鉄からできることを知っているのはさすがです」

「となると、ダマスカス鋼も同じようなものか」

「ダマスカス鋼も鉄から作れるのですか?」

「多分だが。まあこれは憶測だ」


 この世界では違うのかもしれないし、断言はできない。


「ダマスカス鋼はレムゴーレムが残すアイテムです」

「鋼鉄の上がダマスカス鋼でいいのか?」

「そうです。ダマスカス鋼の上がオリハルコンになります」


 オリハルコンか。


「やっぱりあるのか」

「まさか。作り方をご存知ですか?」

「いや。こっちは想像もできない」


 なにしろ伝説の金属だからな。

 地球には存在しないかもしれないし。


 ダマスカス鋼の上が劣化ウランとかでなくてよかった。

 オリハルコンが実は劣化ウランという可能性もあるかもしれないが。


「そうですか」

「武器屋にはオリハルコンの剣というのはなかったな」

「オリハルコンクラスになると、親しい者同士で融通するか、売るとすればオークションに出すことになるかと思います。あまり普通の武器屋では手に入らないかもしれません」


 高いのは全部オークションということなのだろう。

 さすがはオリハルコンということか。



 その日の狩はベイルの迷宮の二階層にも寄って、グリーンキャタピラーから糸を調達した。

 夕食前にミサンガを作ってもらう。


「では作りますね」


 セリーが糸を持った。

 両方の手のひらの上に一つの糸を乗せ、防具製造のスキル呪文を唱える。

 詠唱すると、手元が激しく光った。

 モンスターカード融合で光ったのと変わらない。


「なるほど。こんな風に作るのか」

「私も実際に装備品を作るところを見たのは初めてです」


 ロクサーヌも感心している。

 やがて光が収まった。



ミサンガ アクセサリー



 ミサンガがセリーの手の上に残っている。

 スキルによってなにがしか魔法のようなものが働くのだろう。

 モンスターカード融合と一緒でMPも消費しているのだろうし。

 その魔法によって、素材から装備品を作製すると。


「装備品を作るのに失敗することはないのか?」

「簡単なものから順に作って経験を積んでいかないと、難しいものをいきなり作ろうとしても失敗してしまうそうです。成功する技術があるのにできたりできなかったりということはありません」


 セリーが答える。

 MP残量は大丈夫のようだ。

 鍛冶師は今日一日でLv6になっているから、なりたてといっても余裕のはずではある。


「そうか」


 ミサンガを受け取った。

 スキルで作ったとはいえ、ただの組みひもだ。

 何の変哲もない。

 手首か足首に巻いて使えばいいのだろう。


「鍛冶師の間では、最初に作ったミサンガで身代わりのミサンガを作れた鍛冶師は成功するとされています」

「そうなのか?」

「いえ。話自体はただの俗説です」

「俗説か」


 当然そうだろう。

 残念なことに、今セリーが作製したミサンガには空きのスキルスロットはついていなかった。

 つまり、このミサンガでは身代わりのミサンガは作れない。


 俗説では、最初に作ったミサンガで身代わりのミサンガを作れた鍛冶師は成功するというのであって、最初に作ったミサンガで身代わりのミサンガを作れなかった鍛冶師は成功しない、といっているのではないが。

 しかし、もしも作った装備品のすべてに空きのスキルスロットをつけられる鍛冶師がいたとしたら、その鍛冶師は最初に作った装備品で身代わりのミサンガを作れるし、多分成功もするだろう。

 本当にそんな鍛冶師がいるとしたら、セリーはハズレということになる。


 しかし、セリーはハズレではない。

 断じてハズレではない。

 こんなに可愛いセリーがハズレであるわけがない。

 セリーはきっと鍛冶師としても優秀だ。間違いない。


「鍛冶師によってモンスターカード融合の成功率が違うことはないのですから、最初に作ったミサンガで身代わりのミサンガを作れるかどうかは完全に運です。鍛冶師として成功しやすいかどうかは関係がありません」


 作った装備品に百パーセント空きのスキルスロットをつけられる鍛冶師なら、モンスターカード融合の成功率も実際問題として違ってくるだろう。

 自分の作った装備品なら確実に成功させられるのだから。


 そのような事実は知られていない。

 知られていない以上、百パーセント空きのスキルスロットをつけられる鍛冶師は少なくともほとんどいないと考えていいはずだ。

 鍛冶師によって空きのスキルスロットがつく確率が違うという可能性もなくはないが、そこまで気にすることはないだろう。


「なるほど。まあせっかくセリーが最初に作ってくれた装備品だからな。このミサンガは俺がつけておこう」

「ただのミサンガなので、防御力などの効果はありませんが」

「駄目か?」

「いえ。あの。使ってくださるなら、こんなに嬉しいことはありません。ありがとうございます」


 セリーが頭を下げた。


 俗説だとはいっても気にはなる。

 呪いなどはないと分かっていても、誰かからおまえを呪ってやると言われれば心配する。

 幽霊などいないと思っていても、真っ暗な場所に一人で行くのは怖い。


 なんとかのモンスターカードを入手する前に、空きのスキルスロットつきのミサンガができることを祈ろう。

 と思ったが、願いがかなうのは自然に切れるときか。

 駄目じゃねえか。


 セリーが作製した組み紐を右の足首に巻く。

 解きやすいように蝶結びにしておいた。



加賀道夫 男 17歳

探索者Lv33 英雄Lv31 魔法使いLv33 僧侶Lv32

装備 革の靴 ミサンガ



 俺が着けておけば、隙を見て取り替えるくらいは楽勝だろう。

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