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96話 プロポーズ


「ふぅぅぅ」


 リットは深く息を吐きだし、座り込んだ。


「大丈夫か」


 俺はリットにハイキュアポーションを渡す。

 リットの太ももと、左の二の腕から血が流れていた。


「ありがと」


 リットは一気にポーションを飲み干す。傷が治るまでに感じるはずだった痛みが一瞬にまとまって来たような、キュアのときに感じる独特の痛みにリットは顔をしかめるが、次の瞬間には傷口がピタリと閉じていた。


「あんな強いオーク初めて戦った」

「たまにいるんだ。魔王軍はずっと戦争してるからな。中には敵を倒し続けて強くなったやつもいる。同じオークでも魔王軍本隊の指揮下に組み込まれているやつは加護レベルが高く強い」

「あんた達って、こんな戦いをずっとしてきたの?」

「俺らは部隊を率いているわけじゃないからな。こうやって少数で無理をしないと、魔王軍とは対等に戦えない」


 常識的に考えれば、百を超えるオークの軍勢に対し、たった2人で襲撃するなど正気の沙汰ではない。だが、正気の戦略じゃ、たった5人で魔王軍と渡り合うなんてできるものか。

 ああそうとも、本音を言えば怖いさ。何十ものオークやデーモンの軍勢相手に、剣と鎧を頼みに斬り込む時は、何度経験しても逃げ出したくなる。

 一糸乱れぬソルジャーデーモンどもが並べる槍衾やりぶすまを剣でかき分け突撃し、四方八方から振り下ろされる槍の殴打を掻い潜り、限界を超えて全身が熱を持っても剣を振るう。剣を置いたら死ぬだけだ。

 俺はいつしか剣が手元になければ落ち着かなくなった。寝る前に枕元に剣を置かなければ一睡もできない。剣さえあればどんな荒野の真ん中でも眠れるくせに、剣がなければ数百の兵に守られた都市の中でも眠れないのだ。


「どうしたのよ、怖い顔して……」

「ああ、ごめん。少し考え事してた」

「こんな戦いの最中に?」

「それを言ったらリットは座り込んでるじゃないか」


 俺が手を差し伸べると、リットは顔を赤くして俺の手を取り立ち上がった。


「手強いのを倒して、少し気が抜けただけよ」

「他にもあれくらいのがいるかもしれないぞ」

「その時はまたやっつければいいでしょ」


 ふんとリットは鼻を鳴らす。その自信満々な顔を見ていたら、なぜか肩の力が良い意味で抜けていくのを感じた。

 なぜか俺はリットの顔を見て、安心を感じていたのだった。


「また2人で連携してか?」

「ち、違うわよ! こんどは私1人で十分なんだから!」


 そう言ってから、リットはゴニョゴニョと口の中で呟いたあと、俯き言葉を付け足した。


「ま、まぁ、もし1人じゃ厳しい相手なら、また一緒に戦ってもいいわよ。私のこと信じてくれたし。一緒に戦うときくらいは、あなたのことも信じてあげる」

「そりゃさっきはリットが俺のことを信じてくれたからな。俺を守ってくれてありがとう」

「あんた、そういう面と向かってのお礼とか、恥ずかしがらずにさらっと言えるのってすごいわよね。ちょっとだけ尊敬してあげるわ」

「リットが照れ屋なだけだと思うけどなぁ」

「だ、誰が照れ屋よ! 誰が!」


 俺は笑った。


 思い返せば、この時から俺はリットのことが好きになっていたのかもしれない。

 なぜならば、俺はこの瞬間、戦いのことも、責任のことも、腰に佩いた剣の重みも忘れていた。


 ただ、目の前にいるリットの声だけが、俺へと届いていた。

 もっと話していたいと思っていた。もっと見ていたいと思っていた。

 リットの空を映したような青い瞳に、流れるような金色の髪に、美しい曲線を描くその身体に、意志の強いその顔に、よく怒りよく笑うその口に、細く繊細なようで力強いその指に、赤いスカートから伸びる健康的なその太ももに、そして、いつだって誰にも依存せず自分の足で立ち続けるその性格に……。


☆☆


「そのすべてが、なんだか愛おしくなって、あの時から俺はリットと会うのを心待ちにしていたんだ」

「レッド?」


 指輪を右手に握ったまま、俺は自分の中に湧き上がる感情と向き合っていた。

 でも、こんなに好きなのに、なぜ俺はゾルタンで自分から声をかけられなかったのか。

 アレスに追い出されて、俺は自分で思っていた以上に傷ついていた。もし、リットからも拒絶されたらと思うと、どうしても声をかけることができなかった。

 そのくせ、仲間からも黙って出てきたのに、リットのいるゾルタンから出ていくことができなかった。

 戦いのない日常スローライフを目指しているくせに、剣が手放せず銅の剣を常に身につけていたのと同じだ。俺は中途半端に揺れていた。

 そんな俺のところへ、リットは来てくれた。一緒に暮らすと言ってくれた。


 「ずっと前から、ロガーヴィアで出会った頃から好きだ」


 湧き上がった感情が口から溢れた。

 リットの顔が赤くなる。だが俺は自分を止めることができず、口から次々に言葉が溢れた。


「自分でもリットのことがこんなに好きだったなんて気が付かなかった。愛してる。本当に愛してる」


 だめだ、止まらん。セリフもなにもないが、このままいくしかない。

 俺は右手の中にある指輪をリットへ差し出す。


「レッド……」


 リットの瞳がキラキラと輝き、揺らいだ。


「もし良ければ俺と結婚……いや違うな。リット、お願いだ。俺と結婚して欲しい。俺はもう英雄じゃない。お姫様の相手としてはふさわしくないかもしれない。でも、俺にできる限りの幸せを約束する。それに毎朝、君のために朝ごはんを作るよ、約束する」

「うん……私からもお願いします。私と結婚してください。王族を捨てて、私はただのリットになるかもしれない。でも私はあなたを愛すると約束する。例え2人がしわくちゃのお爺ちゃんとお婆ちゃんになったとしても、私は生涯あなたの側にいる」


 リットは、俺から指輪を受け取り、自分の左の薬指へ通した。

 銀の指輪に小さなダイヤモンドをあしらった指輪が、燭台の光をあびて輝いていた。


「嬉しい……夢みたい」


 耐えきれなくなったのかリットの目元が歪んだ。ひとしずくの涙がこぼれ落ちる。

 耐えきれないのは俺も同じだ。俺はリットの身体を抱きしめ、その温かな体温を感じていた。

 

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