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93話 祭りの夜にレッドはうじうじと悩む


 カチャカチャとキッチンに音が鳴る。

 俺は石鹸と水でコップを洗い、それをリットに差し出した。

 リットは差し出された食器を受け取ると、フキンで水気を拭いて棚へ置く。

 ルーティ達が帰った後、俺とリットは2人で洗い物をしていた。


「はい終わり」

「おつかれさま」


 最後のコップを棚へ置くと、リットは片手をあげた。その手を俺がかるくタッチする。


「イエーイ」


 ちょっと一緒に食器を洗っただけだというのにリットは一仕事終えた後のような笑顔を浮かべている。何か共同作業をする度に、俺達はしょっちゅう、ハイタッチしたり、握手したり、ハグしたりしていた。

 いや、まぁ、人がいる前ではやってない。やってなかったと思う、ちょっとくらいはしたかもしれない。


「じゃあお風呂準備してくるね」

「ああ、頼む」


 俺は居間に戻ってテーブルを拭いておいた。使ったフキンは、しっかり絞って干しておく。

 それが終われば、リットがお風呂の調整をしてくれている間、のんびり待つ。


「さて、冬至祭の夜か」


 どのタイミングで渡すか、それが問題だ。


「緊張してきたな。やっぱなんでもない日の方が良かったか?」


 考えてみればお祭りの日に渡すというのもカッコつけすぎな気がしてきた。明日にするか?


「いやいや、何事もそうやって引き伸ばすのは良くないと団長から教えてもらったじゃないか。打つと決めたら躊躇せず、決意即断こそ常勝の剣だって」


 もちろん剣と用兵の話だ。団長もまさかこんな場面で思い出されることになるとは思わなかっただろうな。

 懐かしいな、騎士団に入ったばかりのころ、『導き手』の初期レベル増加で戦っていた俺に、スキルに関係ない剣術の重要さを教えてくれた人だった。

 団長は少なくとも旅立ちの時点では、王都において数少ない俺より強い人だった。加護は『ウォードレイダー』という蛮人バーバリアン系の加護だが理知的な剣を心がけていた。

 それに剣術だけではない。見習い時代の俺のことを“ギィ坊”と呼んでいた団長は、口を酸っぱくして『加護』に頼りすぎないことを教えてくれた。


「いいかギィ坊、『加護』はたしかにワシらの力の源だ。だが『加護』は何も判断しちゃくれない。なにが正しいかはワシら自身が選ばなければダメなのだ」


 加護は判断をしない。この原則を、この世界の人々はよく忘れる。

 衝動に従うのが正しいということを、衝動に反抗する苦しみと、衝動を解消する喜びとで感覚的に学ばされるからだ。

 また聖方教会の教義でも、加護の衝動によって起こった失敗や罪を、デミス神は責めたりはしないとしている。


 7年前、山賊王として知られた凶悪な『バンデッド』の加護を持つ男が処刑されたとき、この男がどれだけの人々から殺し、奪ってきたのにも関わらず、加護に与えられた役割を全うしたと、教会や市民から多くの尊敬を受け、処刑されるその日まで、牢獄で何不自由なく過ごしていた。

 処刑の日には多くの見物人が押しかけ、死の恐怖で震える男に対し、頑張れなどと応援の声が飛び交うほどだった。


 そして山賊王は盛大な拍手と共に処刑された。


「なんだかなぁ」


 山賊王を捕らえる戦いには俺も参加したのだが、あの男はいわゆる義賊などの類ではない。人を引きつけるカリスマのようなものはあり、子分への面倒見は良かったそうだが、私利私欲のために襲撃され殺された被害者達を思えば、同情する気にはなれない。


「お風呂ちょうどいいよ!」


 リットの声がした。いかん、思考が完全に脇道にそれていた。

 肝心の、あれをいつ渡すかが決まっていない。

 ……風呂に入りながら考えるか。


☆☆


 俺とリットは一緒にお風呂に入る。

 リットは背中を俺の胸にあずけて、気持ちよさそうに脱力していた。

 リットの後頭部から見える景色、その健康的なうなじとか湯船に浮かぶ胸とかは、こう、色々と照れるものがある。

 毎日のことだけど。

 まぁリットだって毎日のことなのに、俺の胸に背中が触れる瞬間はちょっと身体が固くなるのだからおあいこだろう、多分。


「今日は楽しかったね」


 リットが言った。ぽちゃんと天井についた雫が湯船に落ちた。


「私、ルーティと一緒にお祭りを回る日が来るなんて思わなかった。人生って分からないものよね。良い意味で」

「そうだな、俺もゾルタンに来たときは、もっとひっそりと孤独にスローライフするものだと思っていたよ」

「その方が良かった?」


 俺はリットの肩を抱いた。


「そんなわけないだろ」


 俺達は目を閉じて、お互いの体温を感じ合う。


「シサンダン、死んだと思う?」

「どうだろうな」


 リットは俺の手をギュッと握った。俺もその手をギュッと握り返す。


「あいつは二回も死んだ。一回目は私が、二回目はルーティが殺した」

「そうだな」

「だからもういい。私はもうあいつを追わない。また生き返って、もし私とレッドとルーティ達が暮らすこのゾルタンを脅かすなら戦うけれど、そうでないならもういい」

「いいのか?」

「うん、仇討ちは一回で十分。二回もすれば余分だよ」


 リットはそう言って、俺の方を振り返り笑った。


「それよりレッド、あなたの方が大切だもん」


 言ってから恥ずかしくなったのか、リットは顔を赤くしている。

 リットの中で、シサンダンのことは整理がついたようだ。


「り、リット」


 言わなければ。


「お、お風呂から上がったら渡したいものがあるんだ。ちょっと時間いいかな」

「いいけど……そ、その、今日って冬至祭の夜なんだけど」

「あ、あぁ、そうだね」


 緊張でお互いの身体が硬直したのがわかった。

 落ち着け、深呼吸だ。


☆☆


 冬至祭の夜について、こんな伝説がある。

 『冬の悪魔』を倒した『竜騎士』は、氷の城に閉じ込められた『お姫様プリンセス』を助け出す。

 だが『お姫様』は『冬の悪魔』の呪いによって、心臓の芯まで凍りついてしまっていた。

 『竜騎士』はその美しい『お姫様』の姿に見惚れ、『お姫様』の心臓が凍てつき、その鼓動を止めていることを深く悲しんだ。

 『竜騎士』は己の薬指の指輪を抜き取ると、それを『お姫様』の胸に乗せ、指輪の中に自分の血を垂らした。

 すると『竜騎士』の熱い血が『お姫様』の肌を通り抜け心臓へと達し、凍てついた心臓を温めた。『お姫様』の心臓は再び鼓動を始め、『お姫様』はゆっくりと目を開ける。


 そして2人は口づけを交わす。『竜騎士』は『お姫様』と結婚し、『お姫様』の故郷に行くと王となった。

 そういうあらすじの伝説だ。


 これがアヴァロニア大陸で、婚約の際に指輪を贈る習慣の由来だとされている。薬指につけるというのも、この伝説のためだ。


 まぁあれだ。いささか暗喩が分かりやすい伝説だとは思う。女性の指輪の中に血液を通すとか……。

 秋に産まれる子供が多いのも、この伝説のせいじゃないかという説もある。ちなみに秋は冬至祭からちょうど10ヶ月後くらいだ。


 お風呂から上がって着替えているリットを待ちながら、俺は“指輪”の入った箱を手に、祭りの勢いで渡したと思われないか、幻滅されたりしないか、やっぱり普通の日に渡したほうがいいんじゃないか、と今更うじうじと悩んでいたのだった。

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