63話 3人と1匹は話し合う
翌日。
ティセとうげうげさんは再び俺の店へとやってきた。
昨日のお風呂であった話は、ルーティから聞いている。
「ありがとう」
正面に座ったティセとうげうげさんに対し、俺はまず頭を下げた。
「お礼は必要ありません。ルーティ様は、私にとっても友達なんです」
「俺がお礼を言いたいのはそこだよ。ルーティの友達になってくれてありがとう」
ルーティはいつだって孤立していた。
勇者の加護の与えるスキルは、周りのものに強い勇気を与える。
だが同時に、勇者が自分達とは遠い存在であるという畏怖も同時に与えてしまう。
仲間達でさえ、ルーティに対して一線を引いていた。ルーティと常に一緒にいられたのは俺だけだったのだ。
俺がいた場所にアレスのやつが入れたと勘違いしたときは、ルーティにはもう俺は必要ないのかと思い悲しかったが、同時に俺以外にもルーティと気軽に話すことができる仲間ができたのではと嬉しくも思った……結局間違いだったのだが。
それが今はティセとうげうげさんという頼もしい友人ができていたとは。
これほど嬉しいことは無い。
「本当ならばルーティ様がギデオンさん……この場ではレッドさんと呼びますね。レッドさんに伝えるべきなのでしょうが、今はそれも難しい状況ですので」
「分かってる。大丈夫だ」
ルーティの様子がおかしいことは、俺もリットも気がついている。
あれほど表情豊かに笑ったり泣いたりはこれまでできなかった。
それになにより、このゾルタンで暮らすなんてことは本来、勇者の加護の衝動によって言えないはずなのだ。
「お二人を信用して、私の知る限りの情報を話します」
ティセは簡潔に、自分が見聞きしてきたことを俺達に伝えてくれた。
俺はゾルタンで起こった事件が遠く離れたルーティへと影響を及ぼしたことに驚きを隠せない。
ゾルタンは魔王軍との戦いとは関係のない辺境のはずなのに。
「まさかあのコントラクトデーモンがルーティに接触していたとは」
ティセも一体コントラクトデーモンがルーティに何を話したのかまでは分からない。
コントラクトデーモンを捕らえたルーティは、自分1人でコントラクトデーモンの尋問を行っている。
「そこで悪魔の加護の効果と調合レシピを知ったのか」
「ねぇ、レッドがアデミに使った薬をルーティに使わせるわけにはいかないの?」
「ダメだ、あれはルーティには効果がない」
俺がアデミに飲ませた加護の衝動を抑える薬は、加護にとっては毒として扱われる。
毒に対する完全耐性を持つルーティには効果がない。
あの薬について調べていたのも、一時的にでもルーティが加護の重圧から解放されることができるようにという理由だったのだが、あの薬では不可能だった。
「このまま悪魔の加護を服用して勇者の加護を抑えた場合どうなると思います?」
ティセが考え込みながら尋ねた。
そのまま服用を続けた場合か……俺の脳裏に、苦しむ中毒患者の姿がルーティと重なった。
「悪魔の加護がどのような原理なのか、俺も詳しく知らないから分からないが、勇者の加護の耐性が残っているうちは大丈夫だと思う。だが悪魔の加護は生来の加護のレベルを下げる効果があるはずだ」
「完全耐性を失うレベルまで下がると中毒症状が現れるということですか」
「その可能性が高いと思う」
悪魔の加護の中毒症状については、ニューマンのところで何回か患者を診ている。
依存性が高く、過剰摂取した場合、激しい頭痛、心肺機能の麻痺などの症状が現れる。ただ、こうした症状が見られた患者は、加護レベルが低かった者達だけだ。
悪魔の加護も通常の麻薬と同じように、過剰摂取により身体機能に異常がでるのだが、十分な加護レベルがある場合、薬による身体機能への影響より加護のもたらす活力と回復力の方が高くなる。
悪魔の加護の場合は加護のレベルが減少するため、話がややこしくなるが、それも下がった分だけアックスデーモンの加護が高くなるため同じように中毒症状に耐えてしまえる。
依存性とアックスデーモンの加護が優位になったことによる殺戮衝動以外は、ルーティの場合でも問題にならないだろう。
「いや待てよ」
「どうしたの?」
俺の表情が変わったのを見て、リットが不安そうに言う。
「俺は調合レシピまでは調べてなかったけれど、たしかデーモンの心臓が素材に必要のはずだが」
「確かに手に入りにくいものだけど、ルーティなら簡単じゃない?」
確かにルーティの強さなら、魔王軍の野営地を襲撃して何十というデーモンの心臓を手に入れることができるだろう。
だが、ここはゾルタン。魔王軍との前線からは遠く離れた辺境だ。
「ルーティ様が作ろうとしている薬にはデーモンの心臓は必要ないそうですよ」
ティセが付け加えた。
どういうことだ? 確か悪魔の加護はデーモンの加護を増やすことで生来の加護の衝動を抑える薬だろ?
「その肝心のデーモンがいないのならば、どうやって加護の衝動を抑えているんだ?」
この疑問を前に3人共、黙ってしまった。
俺達は全員、冒険者や暗殺者として、ある程度は薬に関する知識を持っている。
薬を作るのは俺だけだが、リットもティセも薬を利用する側として、並の薬屋よりは詳しい知識を得ていた。そうした知識を身に着けてこなければ、戦いの中で倒れていただろう。
だからこそ、ルーティの飲んでいる薬の矛盾がただごとではないことに気がついた。
「どういうことだ? あの薬を作ったのはデーモンなんだぞ。同族を殺して素材にしていたのに、それが必要ないなんてことがあるのか?」
「不自然ですね。すみません、私ももっと注意するべきでした」
だがティセがその時に気がつかないのも無理はない。
なぜならばティセは俺の家に来るまで、魔王討伐のために悪魔の加護が必要なのだと認識していたからだ。
悪魔の加護によって勇者の加護の衝動を抑えるのが目的だとは知らなかった。
「……ティセは、アレスの依頼で勇者パーティーに同行した暗殺者だったよな。良かったのか?」
アレスからの依頼は、自分の手駒となって勇者パーティーに同行すること。
仲間との折り合いが悪いアレスは、自分に従う仲間が欲しかったのだろう。
「ルーティ様と同行するのは依頼通りですので」
ティセは勇者ルーティが魔王討伐を辞めるという可能性について、思うところはないようだ。
魔王討伐を目的としていないティセからすると大した問題ではないのかもしれない。
「私も、何百万、何千万って人々が暮らすこの世界の命運を、たった1人の勇者に背負わせるなんて間違っていると思う」
リットが言った。これはリットが俺達に出会った時にも言った言葉だ。
そう思うからこそ、リットは俺達に反発し、自分の力でロガーヴィアを守ろうとした。
「でも、駄目だったんだよね」
リットの表情は複雑だ。
結局ロガーヴィアを救ったのは勇者ルーティだった。ルーティがいなければ、今頃ロガーヴィアは魔王軍に占領された多くの都市と同じように悲惨な運命を辿っていただろう。
「ルーティ様が魔王との戦いを続けるにしろ、辞めるにしろ、それはルーティ様の意思で選ばれるべきです」
「ティセ……そうよね、世界の命運なんて話の前に、ルーティがどう考えるかだよね」
「そうだな。勇者のパーティーはみんな自分の意志で集まっていた。俺もアレスも王命なんて受けていない。俺はルーティと一緒に戦うために、アレスは失った名家の栄光を取り戻すため。テオドラは自分の武で世界を救うため、そのために聖堂騎士団武術指南役という地位を辞めている。ダナンは故郷の町と道場を魔王軍に焼かれた復讐のための参加だ。ヤランドララは正義感から参加している。全員、命令されたからではなく、自分の意志で参加していた……加護に強制された勇者ルーティ本人を除いてな」
一緒に戦った仲間達の顔を思い出す。
他にも一時的な仲間はいた。領主の命令で同行した二人の戦士、監視役として同行した聖方教会の僧侶。
だがそういった仲間は最後まで一緒に行くことはない。
どんな権威からの命令であれ、命令のために大陸を蹂躙する魔王軍との戦いに命を賭け続けることは難しい。戦いの中で一生遊んで暮らせるほどの財宝を何度も手に入れることになるのだからなおさらだ。
「その意味では私は仲間ではありませんね。私は暗殺者ギルドの仕事で参加しているので」
「そんなことはない」
ティセの言葉を俺は即座に否定した。
「ただの仕事なら、ティセは今ここにいないよ。自分の意志だからこそ、こうして俺達と勇者を救うためにはどうすればいいのかを話しているんだろ?」
ピシッとうげうげさんも腕を上げた。
「そうだね、うげうげさんも私が命令したからここにいるんじゃないよね」
うげうげさんに微笑みながらティセは頷いた。
「勇者を救う……実は、前にも俺はその方法を探していたんだ」
俺の言葉にリットとティセは真剣な表情に戻る。
俺は旅の合間に加護の衝動を抑える方法を探していた。
アデミに飲ませた薬もその中で見つけた方法であったし、加護に悩むアルへしたアドバイスもそうだ。
だが勇者の加護は最強の力と引き換えに絶大な衝動を与える。
前にワイルドエルフの集落に潜入した時、長老に相談したこともある。
その時の言葉は、今もはっきりと憶えている。
「勇者の加護の衝動を抑えたいのか、ならば死ぬことだ」
俺の知る限り、アヴァロン大陸で最も加護に精通しているワイルドエルフでさえ、勇者の加護の衝動を抑えるのは不可能だった。
「新しいお茶をいれてくるよ」
出口の見えない問題だ。時間をかけて意見を出し合っていくしかないだろう。
だが、かつて俺1人では解決できなかった問題も、今はリットとティセとうげうげさんがいる。
きっとルーティを救う方法が見つかると、そう俺は信じている。
あけましておめでとうございます! 今年も更新を続けていきますので、どうかよろしくお願いします!