第五十七話 焦れるエルハム
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モラヴィアの貴族たちはエルハムにとって下僕も同じ存在だった。
どんなに偉そうにしている貴族でも、最後の最後にはエルハムに屈服する。
そう考えるとエルハムの嫁ぎ先であるバジール王国の人間は大嫌いだ。
イヤルハヴォ商会の会頭をしているアクラムも嫌い、バジール王の第一妃も嫌い、第一妃が産んだマシャアル王子も嫌い。このままモラヴィアを植民地とするのなら、南大陸には帰らずにモラヴィアに居続けた方が良いのかもしれない。
暑くて乾燥したバジールよりも、モラヴィアに居る方が肌の調子も良いように思えるし、何より水が豊富な国なだけあって入浴でたっぷりの湯が使えるのも嬉しい。信者となった貴族たちの財産を没収して、エルハムだけの宮殿を建てるのも良いし、エメラルドに輝く丸屋根の白亜の宮殿を建造してエルハムは贅沢に暮らすのだ。
「エルハム様!エルハム様!ああ!あああ!」
向かい側の席に座った男は馬車に揺られながら恍惚とした表情を浮かべているため、幻覚と幻想の世界に迷い込んでいるのに違いない。
「エルハム様!どうぞ踏みつけてください!私を踏みつけて!」
「本当に面倒くさい!」
足を伸ばしたエルハムはヨダレを垂らす男の股間を踏みつけながら、うんざりとした様子でため息を吐き出した。
「私のハレムには絶対におじさんは置かないわ。若い男、しかも美男だけで揃えてやる」
ハーレムは男たちの専売特許のようなものではあるけれど、ここは北の大陸なのだから女が男に傅かれるハーレムがあったって良い。今は底をついているオピもいずれはきちんと入って来ることになるだろうから、麻薬を使ったビジネスも続けていきたい。
依存性の高いオピの麻薬を利用すれば、ジジイどもからは金を巻き上げ、年若い男にはその金を使って着飾らせてやる。エルハムの寵愛を誰が一番勝ち取ることが出来るのか、ハーレムの男たちに競わせるようなこともしてみよう。
「でもその前に、まずはカロリーネの奴を裸にひん剥いてやらないと・・」
カロリーネの次にはカサンドラ、二人が終わったらコンスタンツェも酷い目に遭わせてやらなければ気が済まない。
コンスタンツェはカサンドラの兄と無事に結婚をしたというけれど、幸せの絶頂にいるところで絶望の淵から転がり落としてしまいたい。そうしてエルハムが味わった何倍もの苦痛と恥辱を味あわせてやる。
「そうするためには、お前に早いところ正気に戻ってもらわなくちゃだわ」
恍惚となった男にエルハムは水を飲ませ続けたのだが、途中で男が粗相をしたのでうんざりとした。
男の着替えを済ませて、馬車も乗り換えて、途中で休みながら移動を続けていたら、カロリーネとダーナが居るという小屋に到着したのは夜中となってしまったのだ。
「ハーッ・・つくづくうんざりする」
シュバンクマイエルの領堺ではすでに衝突が繰り広げられているということなのだが、遠くから砲弾の音が聞こえてくるほど戦地からも近い森の中に、埋もれるように建っていた一軒の小屋に二人の令嬢が連れ込まれているという。
「エルハム様は我らの戦を有利に運ぶようにするために、令嬢たちを利用するのですよね?」
入浴を済ませて汚れていた衣服も着替えた男は、自分が馬車の中で粗相をしたなどということは忘れ果てたような様子で笑みを浮かべる。
「エルハム様の計らいは十分に理解しております。まさか宰相ウラジミールが隣国クラルヴァインに恥知らずにも助けを求めるようなことをするとは思いもしませんでした。人数ではこちらが優位であっても、火龍砲によってこちらが劣勢に立たされることを先見の明で理解されていたのですね?」
エルハムの顔は無表情のまま固まった。
「宰相がダーナ嬢をとても大事にしていることは有名ですし、ダーナ嬢を助けるために降伏を申し出る可能性も非常に高いと思われます。そして、エルハム様が切望されたカロリーネ嬢は、クラルヴァインのカサンドラ王太子妃の右腕とも呼ばれる令嬢です。この者との引き換えを条件とすれば、クラルヴァインも砲撃部隊をすぐさま自国へと引き下げることになるでしょう」
男は胸を張って言い出した。
「戦争時の駆け引きに利用する捕虜をあまりにいたぶって仕舞えば、相手の反感を買うのは必定。一つの傷も付けずに誘拐し、今は小屋で保護をしておりますので」
「一つの傷も付けずにって・・どういうこと?」
エルハムの怒りの声が森の中に響き渡った。
「一つの傷も付けずじゃなくて、傷を付け続けなさいよ!満身創痍にしなさいよ!せっかく誘拐して来たのだから何で嬲りものにしないのよ!」
「え・・でも・・」
「え・・でも・・じゃないわよ!バカじゃないの!なんで二人を誘拐して来たのよ!戦っているこちらの士気を上げるために利用しようって言うんでしょうよ!」
エルハムは地団駄を踏みながら言い出した。
「お淑やかなお嬢様をお淑やかなまま扱っているんじゃないわよ!交渉の道具にする?冗談じゃないわよ!戦列の最前線に素っ裸で柱に括った状態で敵の陣地まで進軍するのよ!そしたらクラルヴァインの虎の子の砲撃部隊だって大砲を撃ち込むことを躊躇するでしょう!」
「な・・なるほど」
「なるほどじゃないわよ!頭悪すぎるんじゃないの!私の言っていることが理解出来ているの?相手の戦意を削ぐためには人間の盾が有効だって猿でも分かることよね?」
「はあ・・でも・・」
人間の盾は古来から使われる戦術であり、敵陣の愛する人間を盾として最前線に並べて敵の攻撃を緩めるために利用されるのだが、たった二人の令嬢でそれが出来るかどうかは甚だ疑問に思うのだ。
「あれはずらーっと並べてこそ脅威となるわけで・・たった二人では・・」
「じゃああんたが盾になる?同じモラヴィア人同士!躊躇してくれるかもしれないわよ?」
「いやいやいやいやいや」
男は真っ青になりながら首を激しく横に振った。
「人間の盾は二人の令嬢で十分でしょう、夜は長いのですから女たちはエルハム様が思う通りにしたら良いと思われます」
「そうでしょ?最初からそう言っておけば良いのよ」
フンッとエルハムは鼻を鳴らすと、先陣を切るようにして歩きだしたのだった。
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