第十六話 ペトルという男
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王太子妃となったカサンドラにペトルという男を会わせるべきか、散々迷いはしたものの、あのブティックのオーナーであるペトルが、何を考えてか屋敷までやって来たと言うのなら、早急に回収しないと大変なことになるに違いない。
ハイデマリーに案内されたカロリーネは、カサンドラの他に二人の侍女を連れて応接室へと向かうと、
「あら〜!元気そうで良かった〜!怪我でもしていないかと心配していたのよ〜!」
と、ソファから立ち上がった大男が言い出した。
背が見上げるほどに高く、戦士と言われてもおかしくないような体格のペトルは、複数のブティックを抱えるオーナーだ。三十代と思しきペトルは灰銀色の髪の毛を後ろ一つに束ねており、涼しげな紫水晶の瞳を見開くと、
「いや〜ん!うっそ〜!有名人発見〜!」
と、カロリーネの背中に隠れながら興奮の声を上げている。
そんな彼の視線の先にはお仕着せ姿のカサンドラがおり、
「あー・・アー・・あ〜」
と、ペトルは声の調子を整えると、
「クラルヴァイン王国の王太子妃殿下であらせられるカサンドラ殿下に、ご挨拶申し上げます」
まるで騎士がするようにペトルは膝をつき頭を下げた。
「まあ!まあ!まあ!」
お仕着せ姿のカサンドラは、侍女らしくその黄金の髪の毛をシニヨンの中にまとめていたのだが、それでも隠しきれない気品というものがあるのだろう。カサンドラも驚いた様子で目の前で跪くペトルを見下ろすと、
「ペトローニオ将軍じゃございませんか!まあ!びっくり!なんでこんな所におりますの?」
と、驚きの声をあげている。
「「ペトローニオ将軍?」」
ハイデマリーとカロリーネがキョトンと顔を見合わせた。
複数のブティックを抱えるペトルは姐さんのような人であり、
「あらっ!私は追放されたクラルヴァイン人という噂なんかには惑わされないわよ!私は自分の目で見て自分のハートで判断するようにしているの!」
と、言い出して、路頭に迷いそうになったハイデマリー一家を雇用してくれた人でもある。
「あら!私のブティックのライバル会社の社長さんじゃな〜い!」
ハイデマリーの家に厄介になっているカロリーネを発見したペトルは、
「経営について相談させて欲しいの〜!」
と、カロリーネのことを毛嫌いせずに甘えるように声をかけてきた人でもある。
背が高くて、体付きもがっしりしているというのに、
「ペトルお姉様と呼んでも良いのよ!いつでも困ったことがあったら私を頼ってらっしゃい!」
と、言い出すほどのきっぷが良い人だった。
「えっと」
「あっと・・」
「その・・」
「うーんと・・」
ハイデマリーの家族はみんなで揃って後ろを振り返ると、
『そういう人だということなのだろう』
と、考えてペトルのキャラクターを受け入れることにした。
ちなみにカロリーネはペトルとの初対面の場では、
「『洗濯場のシェリー』に出てくるマルクスみたい・・」
と、考えていた。
『洗濯場のシェリー』とは、洗濯女として雇われたシェリーの恋模様を描いた物語となる。シェリーには結婚を約束した恋人が居たのだが、その恋人は得意先の令嬢と浮気をした末に、シェリーは振られてしまうことになる。自暴自棄となったシェリーだけど、そんなシェリーに声をかけたのがマルクスというオネエ言葉の男で、
「あなたのアイロン技術は素晴らしいわよ!うちで働かないかしら!」
と、勧誘されたシェリーは、新しい世界に踏み出すことになる。
「「えーっと・・ペトローニオ将軍とは?」」
カロリーネとハイデマリーが二人掛けのソファに座りながらカサンドラに問いかけると、一人掛けのソファに堂々と座ったカサンドラが、ソファの肘掛けに肘を突き、指先で自分の顎を支えながら思案するように言い出した。
「数年前に北方諸国の一つであるナエルとコルソが海戦を始めた時に、うちはコルソ側の援軍として、アークレイリはナエル側の援軍として船を出すことになったのだけれど、その時にアークレイリとは折衝を続けるようなことがあったのよ」
この海戦にはカサンドラの兄のセレドニオが参加をしていた、その兄についてカサンドラが乗船した。そのカサンドラを追いかけて、アルノルトまで船に乗り込んだ。
当時から鎖国状態のアークレイリ相手に国交を開くことは出来ないかどうかの交渉ごととなり、クラルヴァインは見事に交易を結ぶことに成功したのだが・・
「当時、植民地で綿が大豊作になったもので、寒い国に売れないものかと考えていた所だったのよ。そうしたら丁度良いタイミングでナエルとコルソが海戦を始めたものだから、海戦繋がりで交渉を進めることが出来たのよ」
カロリーネはカサンドラの説明に激しく頭が痛み出してきた。
「ですが、あの海戦ではアークレイリは敵側についていたんですよね?」
「そうなのよ」
カサンドラは優雅に紅茶を飲みながら笑みを浮かべる。紅茶や茶菓子は優秀なカサンドラの侍女たちが用意した。侍女と自称をしてはいるものの、カサンドラは侍女の仕事をやる気が今のところないらしい。すると、少しだけ前のめりになりながらペトルが言い出した。
「当時、ナエルに輿入れしたのがうちの国の公爵令嬢だったから、ここで援軍を送らないと娘の立場が悪くなる!と父親の方がゴネ出して、仕方なしに私が出て行くことになったのだけれど、敵の戦艦の方からやたらと顔が美しい将校が小舟に乗ってやって来て、戦争なんかよりも綿について話し合いをしませんか!と、言い出したのよ!」
「当時からペトローニオ将軍が女性よりも男性がお好きという噂が流れて来ていたので、セレドニオお兄様を送ったの」
「「えっ?」」
思わずカロリーネとハイデマリーは顔と顔を見合わせた。
「実の兄を生贄として差し出すなんて!クラルヴァインの王太子の婚約者はなんて鬼畜なんでしょうってその時も思ったのだけれど、ギラギラしたイケメンよりも私は綿に興味を持つことになったのよ!」
北辺の国と言われるアークレイリはとにかく寒い。一年のうちの七割が雪に閉ざされているため、男も女も毛皮を纏って寒さを凌ぐ。
「綿を使ったキルトを我が国でも使うのだけれど、中綿がとにかくお高いの!それを格安で買いませんか?なんて言われたら飛びつかないわけにはいかないでしょう〜!」
ペトルはやっぱりペトルだった、彼の頭の中にはいつでも服飾関係で埋め尽くされているのだから。
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